ガチ百合ハーレム戦記
驚愕、呪いの剣
宿屋「満月亭」のカウンター。
植木鉢が一本飾られただけの簡素なロビーに、武官達の卑下な笑いが響く。
「くくく、三日坊主とは良く言うが、まさか二日ももたんとはな」
カウンターを挟んで二人の武官に向かう宿屋の女4人は、一様に強張った表情を浮かべていた。
先日、アルメダ姫のポスターを、無理やり普及しにやってきた武官達。
もし約束をやぶれば、その時は極刑も辞さないという覚悟のもと、リーンは自分が広告塔になってやると宣言したのだった。
そのリーンは今、勇者認定試験のために出掛けてしまっている。
そしてそのことを知っていた武官達は、まさに狙いすまして満月亭を訪ねてきたのだ。
ひときわ小柄な少女が、一歩前に出て言う。
「お姉さまはすぐ戻ってきます! 必ず勇者さまになって戻ってきます!」
健気にそう訴えるヨアシュを前に、二人の武官はニヤニヤと薄ら笑みを浮かべる。
「くくく、本当に勇者になれたのなら、処分のことを考えなくもないがな」
「まあ、なれる訳が無いのだがな、くくく」
と言って、武官の一人は木の箱に納められたアルメダ姫のポスターを取り出す。
「あの娘のことは後々考えるとしよう」
「まずはそこの壁に、このアルメダ様の見目麗しきポスターを貼り付けるのだ!」
そして武官達は、一歩一歩、威圧するようして足を踏み出した。
宿屋の女将マーリナが、その気迫に青ざめ、よろけて倒れそうになる。
「奥様!」
「しっかりするガル!」
そんな中、ヨアシュは一人、武官達に対峙し続ける。
強いまなざしで彼らを見据え、奥歯をギュッと噛み締めて恐怖に耐える。
――早く戻って来てください、お姉さま!
ヨアシュがそう胸の内で願った、その時だった。
「たっだいまー!」
威勢の良い声が宿屋中に響き渡った。
「むっ!」
「帰って来ただと!?」
本来なら近衛兵二人にボロボロに打ち負かされているはずの者が、ケロッとした表情で現れたのだから、武官達の驚きも殊更だった。
「おっ、あんたら来てたんだ。丁度いいや、これを見てくれ!」
と言ってリーンは、背中に担いでいたものを突きつけた。
「それは!」
「エヴァーハル王国に代々伝わる宝剣!」
金細工が施された剣の鞘。
それに収められたマギクリスタル製の剣。
拳一個分ほど引き抜くと、その透明な刀身が眩い光をともなって現れた。
刀身の中には、王国のシンボルたる「菱形の目」が埋め込まれている。
そのシンボルを目の当たりにした武官達は、その場で思わず膝をついてしまった。
「へっへっへ、どうだわかったか」
「な、なんとうことだ……」
「国王さまに認められたというのか……」
リーンはカチリと剣を収める。
「国王のおっちゃんだけじゃないぜ」
と言って今度は、怪我をした肩口に巻かれていた、輝くような白布を指差した。
「まさかそれはーー!」
「あ、あああ、アルメダ様のベール! うががが!」
その事実を知った武官達は、その場でガクブルと震えだし、興奮のための過呼吸に襲われて、そして間もなく気絶してしまった。
「効果がバツグンすぎるぜ!」
二人の武官を見下ろしながらリーンは言う。
砕けた肩の骨は、リーン自身の回復力と、ベールに込められた魔力のおかげで、早くも治りかけていた。
「お姉さま!」
ヨアシュがカウンターの中から飛び出してきた。
「勇者になられたのですね!」
「ああ、ばっちしな。お姫さまにも会ってきたぜ!」
マーリナ、メイリー、ランの三人も、リーンを囲むようにして歩み寄ってきた。
そしてリーンの慢談が始まった。
* * *
「ふぉふぉふぉ、見事じゃ、リーン」
半刻ほど前の話。
見事、二人の近衛兵を倒したリーンは、砕けた肩の激痛に耐えながら国王に歩みよった。
「これで……ハァハァ、勇者って認めてもらえるんだな」
流石のリーンも、その痛みに、額に汗を滲ませていた。
国王は顔色一つ変えずに言う。
「そうであるな。じゃが勇者よ、一撃も食らわず倒すと言ったが、それはならなかったのう?」
「ああ、確かにそうだぜ……」
「ふぉふぉふぉ、では約束どおり、我がものとなってくれような」
しかしリーンは、その口元に不敵な笑みを浮かべた。
「いいや違うぜ、国王のおっちゃん。俺は負けたらおっちゃんのものになると言ったんだ。一発もらうもらわないは関係ねえ」
「ふむ……」
国王は思案するように、その白髭を撫でる。
隣にいた宰相が、外れていたアゴを無理やり直して叫んだ。
「この! 小娘ぇ! 国王様をたばかるか!」
「えー? でも俺は確かにそう言ったんだぜー?」
「ええい! もう我慢ならん! この場でワシが成敗してくれるわ!」
と言って宰相は、その右腕に暗黒のいかずちを滾らせた。
「覚悟せーい!」
「まて、宰相ゴーンよ」
「え、ええ!? 国王さま、ですが……」
「それよりも、ちょいと耳を貸せ」
「は、ははぁ……」
いかずちを鎮めた宰相は、国王の傍らに膝を付き、そっとその耳元を傾けた。
「ごにょごにょごにょ……」
「はあはあ……ふむふむ…………ほほぉ」
国王の言葉を聞いた宰相は、ニッと悪魔のような笑顔を浮かべる。
「かしこまりました国王様、すぐに取って参ります」
「うむ」
そして宰相は、慌ただしくどこかへと行ってしまった。
「リーンよ」
国王が厳かな声で告げる。
「そなたを勇者と認め、そして王国に伝わる宝剣スプレンディアを授けよう」
「おお、やったぜ!」
「ふぉふぉふぉ、大陸中の転移陣も自由に使うが良い。強力な仲間を集め、一刻も早く魔王を討伐するのじゃ」
そこでゲンリが歩み寄って来た。
そして国王に告げる。
「国王陛下、恐れながらわたくしゲンリが、その一番のお供になりたく存じます」
「うむ、そなたなら勇者の片腕として、十全に活躍してくれるであろう。期待しておるぞ」
「ははっ」
「ところで、勇者リーンよ、その肩の傷を直さねばならんのう。すぐに医法師を呼ぼう」
と言って国王は手を上げて人を呼ぼうとする。
だがその時、奇跡のように澄んだ天使の声が、宮殿の中庭に差し込んできたのだ。
――その必要はございません、お父様。
中庭の一角に、太陽の輝きが現れた。
リーンはその眩しさに、思わず手で目元を覆ってしまった。
どこからともなく、真っ赤な絨毯のロールが転がってくる。
そしてあっと言う間にリーンの側を横切り、黄土の地面の上に道を作った。
「おお、アルメダよ。自ら来るとは」
それは見まごう事なきアルメダ姫の姿だった。
あのポスターの中で微笑んでいた、至上美の女神であった。
純白のドレスに身を包み、黄金の髪をたなびかせ。
二人の侍女を伴って、しゃなりしゃなりと歩み出てくる。
「お、おおお……」
リーンは砕けた肩の痛みすら忘れた。
目の前に現れた信じがたい光景に、すっかりと心を奪われる。
二人の侍女も、市井にあれば目を見張るほどの美女であるが、太陽の如き輝きを放つ姫の前にあっては、その魅力もネズミ色にくすむ。
「……はあっ!」
「……ほえぇ!?」
気絶していた二人の近衛兵が、アルメダ姫のオーラに触れただけで目を覚ました。
そしてすぐさま跪く。
中庭の隅で萎れ気味だった草木までもが、一斉にその首を持ち上げた。
固く閉じていた花の蕾が、一斉に弾けて咲き誇った。
「なんてこった!」
着実に近づいてくる太陽を前に、リーンはゲンリと供に、無意識のうちに膝を付いてしまった。
そして姫を迎える騎士の如く、胸に手を当てうやうやしく敬礼をする。
女神はリーンのすぐ目の前まで来て、そして止まった。
「頭を上げなさい。勇者リーン」
自らにかけられたその声の美しさに、リーンはぶるりと身震いした。
そして静かに頭を上げる。
「お目にかかれて光栄の極みに、姫さま」
そして、自然とそんな言葉が口を出た。
普段のリーンであれば、けして口にしないような言葉だ。
アルメダはそっと微笑むと、リーンの砕けた肩に手をかざした。
「イデス・キューア」
- 至急の癒し -
するとその部分が淡く輝き、リーンの肩から痛みが抜けていった。
「おお、すごい……」
「あくまでも一時的な処置です。しばらくは安静に」
と言ってアルメダは、付き添いの侍女から白いベールを受け取った。
「回復を早める術を編み込んであります。どうかお使いください」
そしてかいがいしくリーンの肩の傷に巻き始めた。
「い、いけねえぜ、姫さま。その白鳥みたいに綺麗な手が汚れちまう」
「ふふふ、よいのです。あなた様のご勇姿、ずっと見ていました」
くるくると巻いて軽く結んだ後、アルメダは一歩身を引いて、中庭を囲む壁の一角を指差した。
壁の向こう側には小宮が見えた。
おそらくは閲兵式の時などに使われるものだ。
姫はずっとそこに控えていたのである。
「あなた様なら、かならずや魔王を打ち倒し、アルデシアに真の平和をもたらしてくれると信じております。では、これにて」
アルメダはスカートをつまんで上品なお辞儀をすると、身を翻して絨毯の上を戻っていった。
中庭を明るく照らしていた太陽が、徐々に隅の方へと沈んでいく。
その姿はあくまでも粛々としていて、もはや微塵もリーンを省みる様子はなかった。
だがその冷徹なまでの立ち振る舞いが、更なる欲求をリーンの内に掻き立てるのだった。
「なんて人……いや女神なんだ……」
――勇者として認められた今、俺にはあの至高の存在を手中に収める権利がある。
その事実が、リーンの中にある不埒な欲望を、ふつふつと煮え滾らせるのだった。
「……はっ! 姫さま!」
その時ちょうど宰相ゴーンがもどってきた。
両手に剣を抱えたまま、慌ててアルメダ姫の前に跪く。
アルメダ姫は、まるでその姿が見えていないかのような態度で、淡々と通路の奥に消えていった。
その後リーンは、国王の手より直々に宝剣スプレンディアを授与された。
だが城を後にしてもまだ、アルメダ姫の存在が胸中にわだかまり、依然として心ここに在らずだった。
故に、しばらく気付くことが出来なかった。
国王より渡された宝剣に、とんでもない陰謀が秘められていたことに。
* * *
「つうわけで……勇者にもなれたし、お姫様にも会えたんだが……」
宝剣スプレンディアは、リーンの手の平にぴったりとくっついていた。
「全然離れないガル!」
「びくともしないわ!」
ランとメイリーが二人がかりで剣の鍔を握ってを引っ張るも、リーンの手の平からはけして離れない。
「もう、肉と肉みたいにくっついちまってるんだ。まいったぜ」
宝剣スプレンディアは、呪われた剣だった。
植木鉢が一本飾られただけの簡素なロビーに、武官達の卑下な笑いが響く。
「くくく、三日坊主とは良く言うが、まさか二日ももたんとはな」
カウンターを挟んで二人の武官に向かう宿屋の女4人は、一様に強張った表情を浮かべていた。
先日、アルメダ姫のポスターを、無理やり普及しにやってきた武官達。
もし約束をやぶれば、その時は極刑も辞さないという覚悟のもと、リーンは自分が広告塔になってやると宣言したのだった。
そのリーンは今、勇者認定試験のために出掛けてしまっている。
そしてそのことを知っていた武官達は、まさに狙いすまして満月亭を訪ねてきたのだ。
ひときわ小柄な少女が、一歩前に出て言う。
「お姉さまはすぐ戻ってきます! 必ず勇者さまになって戻ってきます!」
健気にそう訴えるヨアシュを前に、二人の武官はニヤニヤと薄ら笑みを浮かべる。
「くくく、本当に勇者になれたのなら、処分のことを考えなくもないがな」
「まあ、なれる訳が無いのだがな、くくく」
と言って、武官の一人は木の箱に納められたアルメダ姫のポスターを取り出す。
「あの娘のことは後々考えるとしよう」
「まずはそこの壁に、このアルメダ様の見目麗しきポスターを貼り付けるのだ!」
そして武官達は、一歩一歩、威圧するようして足を踏み出した。
宿屋の女将マーリナが、その気迫に青ざめ、よろけて倒れそうになる。
「奥様!」
「しっかりするガル!」
そんな中、ヨアシュは一人、武官達に対峙し続ける。
強いまなざしで彼らを見据え、奥歯をギュッと噛み締めて恐怖に耐える。
――早く戻って来てください、お姉さま!
ヨアシュがそう胸の内で願った、その時だった。
「たっだいまー!」
威勢の良い声が宿屋中に響き渡った。
「むっ!」
「帰って来ただと!?」
本来なら近衛兵二人にボロボロに打ち負かされているはずの者が、ケロッとした表情で現れたのだから、武官達の驚きも殊更だった。
「おっ、あんたら来てたんだ。丁度いいや、これを見てくれ!」
と言ってリーンは、背中に担いでいたものを突きつけた。
「それは!」
「エヴァーハル王国に代々伝わる宝剣!」
金細工が施された剣の鞘。
それに収められたマギクリスタル製の剣。
拳一個分ほど引き抜くと、その透明な刀身が眩い光をともなって現れた。
刀身の中には、王国のシンボルたる「菱形の目」が埋め込まれている。
そのシンボルを目の当たりにした武官達は、その場で思わず膝をついてしまった。
「へっへっへ、どうだわかったか」
「な、なんとうことだ……」
「国王さまに認められたというのか……」
リーンはカチリと剣を収める。
「国王のおっちゃんだけじゃないぜ」
と言って今度は、怪我をした肩口に巻かれていた、輝くような白布を指差した。
「まさかそれはーー!」
「あ、あああ、アルメダ様のベール! うががが!」
その事実を知った武官達は、その場でガクブルと震えだし、興奮のための過呼吸に襲われて、そして間もなく気絶してしまった。
「効果がバツグンすぎるぜ!」
二人の武官を見下ろしながらリーンは言う。
砕けた肩の骨は、リーン自身の回復力と、ベールに込められた魔力のおかげで、早くも治りかけていた。
「お姉さま!」
ヨアシュがカウンターの中から飛び出してきた。
「勇者になられたのですね!」
「ああ、ばっちしな。お姫さまにも会ってきたぜ!」
マーリナ、メイリー、ランの三人も、リーンを囲むようにして歩み寄ってきた。
そしてリーンの慢談が始まった。
* * *
「ふぉふぉふぉ、見事じゃ、リーン」
半刻ほど前の話。
見事、二人の近衛兵を倒したリーンは、砕けた肩の激痛に耐えながら国王に歩みよった。
「これで……ハァハァ、勇者って認めてもらえるんだな」
流石のリーンも、その痛みに、額に汗を滲ませていた。
国王は顔色一つ変えずに言う。
「そうであるな。じゃが勇者よ、一撃も食らわず倒すと言ったが、それはならなかったのう?」
「ああ、確かにそうだぜ……」
「ふぉふぉふぉ、では約束どおり、我がものとなってくれような」
しかしリーンは、その口元に不敵な笑みを浮かべた。
「いいや違うぜ、国王のおっちゃん。俺は負けたらおっちゃんのものになると言ったんだ。一発もらうもらわないは関係ねえ」
「ふむ……」
国王は思案するように、その白髭を撫でる。
隣にいた宰相が、外れていたアゴを無理やり直して叫んだ。
「この! 小娘ぇ! 国王様をたばかるか!」
「えー? でも俺は確かにそう言ったんだぜー?」
「ええい! もう我慢ならん! この場でワシが成敗してくれるわ!」
と言って宰相は、その右腕に暗黒のいかずちを滾らせた。
「覚悟せーい!」
「まて、宰相ゴーンよ」
「え、ええ!? 国王さま、ですが……」
「それよりも、ちょいと耳を貸せ」
「は、ははぁ……」
いかずちを鎮めた宰相は、国王の傍らに膝を付き、そっとその耳元を傾けた。
「ごにょごにょごにょ……」
「はあはあ……ふむふむ…………ほほぉ」
国王の言葉を聞いた宰相は、ニッと悪魔のような笑顔を浮かべる。
「かしこまりました国王様、すぐに取って参ります」
「うむ」
そして宰相は、慌ただしくどこかへと行ってしまった。
「リーンよ」
国王が厳かな声で告げる。
「そなたを勇者と認め、そして王国に伝わる宝剣スプレンディアを授けよう」
「おお、やったぜ!」
「ふぉふぉふぉ、大陸中の転移陣も自由に使うが良い。強力な仲間を集め、一刻も早く魔王を討伐するのじゃ」
そこでゲンリが歩み寄って来た。
そして国王に告げる。
「国王陛下、恐れながらわたくしゲンリが、その一番のお供になりたく存じます」
「うむ、そなたなら勇者の片腕として、十全に活躍してくれるであろう。期待しておるぞ」
「ははっ」
「ところで、勇者リーンよ、その肩の傷を直さねばならんのう。すぐに医法師を呼ぼう」
と言って国王は手を上げて人を呼ぼうとする。
だがその時、奇跡のように澄んだ天使の声が、宮殿の中庭に差し込んできたのだ。
――その必要はございません、お父様。
中庭の一角に、太陽の輝きが現れた。
リーンはその眩しさに、思わず手で目元を覆ってしまった。
どこからともなく、真っ赤な絨毯のロールが転がってくる。
そしてあっと言う間にリーンの側を横切り、黄土の地面の上に道を作った。
「おお、アルメダよ。自ら来るとは」
それは見まごう事なきアルメダ姫の姿だった。
あのポスターの中で微笑んでいた、至上美の女神であった。
純白のドレスに身を包み、黄金の髪をたなびかせ。
二人の侍女を伴って、しゃなりしゃなりと歩み出てくる。
「お、おおお……」
リーンは砕けた肩の痛みすら忘れた。
目の前に現れた信じがたい光景に、すっかりと心を奪われる。
二人の侍女も、市井にあれば目を見張るほどの美女であるが、太陽の如き輝きを放つ姫の前にあっては、その魅力もネズミ色にくすむ。
「……はあっ!」
「……ほえぇ!?」
気絶していた二人の近衛兵が、アルメダ姫のオーラに触れただけで目を覚ました。
そしてすぐさま跪く。
中庭の隅で萎れ気味だった草木までもが、一斉にその首を持ち上げた。
固く閉じていた花の蕾が、一斉に弾けて咲き誇った。
「なんてこった!」
着実に近づいてくる太陽を前に、リーンはゲンリと供に、無意識のうちに膝を付いてしまった。
そして姫を迎える騎士の如く、胸に手を当てうやうやしく敬礼をする。
女神はリーンのすぐ目の前まで来て、そして止まった。
「頭を上げなさい。勇者リーン」
自らにかけられたその声の美しさに、リーンはぶるりと身震いした。
そして静かに頭を上げる。
「お目にかかれて光栄の極みに、姫さま」
そして、自然とそんな言葉が口を出た。
普段のリーンであれば、けして口にしないような言葉だ。
アルメダはそっと微笑むと、リーンの砕けた肩に手をかざした。
「イデス・キューア」
- 至急の癒し -
するとその部分が淡く輝き、リーンの肩から痛みが抜けていった。
「おお、すごい……」
「あくまでも一時的な処置です。しばらくは安静に」
と言ってアルメダは、付き添いの侍女から白いベールを受け取った。
「回復を早める術を編み込んであります。どうかお使いください」
そしてかいがいしくリーンの肩の傷に巻き始めた。
「い、いけねえぜ、姫さま。その白鳥みたいに綺麗な手が汚れちまう」
「ふふふ、よいのです。あなた様のご勇姿、ずっと見ていました」
くるくると巻いて軽く結んだ後、アルメダは一歩身を引いて、中庭を囲む壁の一角を指差した。
壁の向こう側には小宮が見えた。
おそらくは閲兵式の時などに使われるものだ。
姫はずっとそこに控えていたのである。
「あなた様なら、かならずや魔王を打ち倒し、アルデシアに真の平和をもたらしてくれると信じております。では、これにて」
アルメダはスカートをつまんで上品なお辞儀をすると、身を翻して絨毯の上を戻っていった。
中庭を明るく照らしていた太陽が、徐々に隅の方へと沈んでいく。
その姿はあくまでも粛々としていて、もはや微塵もリーンを省みる様子はなかった。
だがその冷徹なまでの立ち振る舞いが、更なる欲求をリーンの内に掻き立てるのだった。
「なんて人……いや女神なんだ……」
――勇者として認められた今、俺にはあの至高の存在を手中に収める権利がある。
その事実が、リーンの中にある不埒な欲望を、ふつふつと煮え滾らせるのだった。
「……はっ! 姫さま!」
その時ちょうど宰相ゴーンがもどってきた。
両手に剣を抱えたまま、慌ててアルメダ姫の前に跪く。
アルメダ姫は、まるでその姿が見えていないかのような態度で、淡々と通路の奥に消えていった。
その後リーンは、国王の手より直々に宝剣スプレンディアを授与された。
だが城を後にしてもまだ、アルメダ姫の存在が胸中にわだかまり、依然として心ここに在らずだった。
故に、しばらく気付くことが出来なかった。
国王より渡された宝剣に、とんでもない陰謀が秘められていたことに。
* * *
「つうわけで……勇者にもなれたし、お姫様にも会えたんだが……」
宝剣スプレンディアは、リーンの手の平にぴったりとくっついていた。
「全然離れないガル!」
「びくともしないわ!」
ランとメイリーが二人がかりで剣の鍔を握ってを引っ張るも、リーンの手の平からはけして離れない。
「もう、肉と肉みたいにくっついちまってるんだ。まいったぜ」
宝剣スプレンディアは、呪われた剣だった。
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