ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

悶絶、灰色の魔術師

「どういうことですか? リーン」


 その日の夕方、満月亭を訪ねてきたゲンリは、リーンの姿を見て首を傾げた。
 リーンはアルメダ姫のポスターを、その背にまとっていた。


「熱烈ファンになったんだ」
「はあ」


 カウンターの奥からヨアシュが慌てて走り出てくる。


「魔術師さまっ、これは実はその、かくかくしかじか……」


 そしてあたふたと、ことの次第を説明する。
 アルメダ姫のポスターを普及しにやってきた武官達が、満月亭に難癖をつけてきて、それをリーンが肩代わりしてくれたのだと。


「はやくもそんな厄介ごとを背負い込みましたか!」


 ゲンリは目を丸くして言った。
 だがリーンは、へらへらと薄ら笑いを浮かべるのみだ。


「勇者になっちまえばこっちのもんさ」
「確かに、そうなれば武官達も黙るでしょうが」
「だろ? これから魔王を倒しに行くって奴が、世話になってる宿屋一つ守れないでどうするってんだ」
「まあそうですねえ……」
「うんむ、そうなんだ。それで、なんの用で来たんだ? ただ会いにきてくれただけも嬉しいけどな」
「ふふふ、もちろんリーンの顔を見たかったというのもありますよ? 今夜は明日の試験の日程を伝えにきたのです。お昼前になりました。王様の予定がその時間に空きましたので」
「そうか、じゃあゆっくり寝てからいけるな」
「準備万端整えて待っていてください。試験は一度こっきりですから」
「おう、まかせとけ!」


 リーンはトンッと自分の胸を叩いた。


「ところでリーン、さっきから何を見ているのです?」
「ああ、これな。今日出かけてきたときに、広場でもらってきたんだ」


 リーンが見ていたのは、粗末な紙に印刷された広告チラシだった。


「ふむふむ……、テルマ・エヴァーハル、新装開店ですか」
「風呂だぜ風呂ー。やっぱ水が豊富なところは違うよなー」
「国王様が市民のためにお作りになった、国営の浴場ですね。お湯の滑り台などもあって楽しいところです。行かれるのですか?」
「ああ、試験が終わったら、ヨアシュとランを連れて行くことになってるんだ。なっ、ヨアシュ」
「はいっ、お姉さま!」


 ヨアシュはその場で小躍りしながら言う。
 右に左に体を揺らし、心底嬉しそうな様子だ。


「お風呂なんて久しぶりです。お父さんが兵隊にとられてしまってから、お出かけもなかなか出来なくなってしまって」
「男手がないと大変でしょうね」
「そうなんです。お風呂にいけるのは、リーンお姉さまのおかげなんです」
「じゃあ、明日は昼からまたお出かけだな。明後日は俺も宿の仕事を手伝うからさ、メイリーとマーリナさんにも、羽を伸ばしてもらおうぜ」


 リーンがそういうと、ゲンリはなにやらニコニコし始めた。


「素晴らしいですね、リーン! たった一晩でこんなにも仲良く……、素敵です、ハァハァ……」


 にわかに呼吸を荒げ始めたゲンリを、リーンはジットリとした目で見据えた。


「なぁ、ゲンリの性癖って……やっぱ、あれなのか?」
「ハァハァ、ヨアシュの前ではとても言えません……ハァハァ」


 そのとき、カウンターの壁にぶら下がっている、呼び出しの鈴が鳴った。


「あっ、304号室のお客さまがお呼びです。ちょっと行ってきますね」


 と言ってヨアシュはパタパタと走って言った。


「ちょうどいいや、いま話してもらおうか、ゲンリの性癖!」
「はいリーン、私の性癖は……ずばり『女同士』です!」
「女同士?」
「はい、そうなのです。私は女性と女性の関係性について、激しく興奮してしまう体質なのです!」
「関係性ね……」
「私は魔術師としての特殊な訓練を受けておりますので、女人そのものには興奮いたしません。ですがその反動といいますか、とばっちりといいますか、女同士の関係性に興味がいくようになってしまったのです。まあ、魔術師には良くあることです」
「よくあるのかよ!」
「あるんです。男という生物が本来持つ欲望を、魔力増強のために押し殺しているのですから。それはもう、魔術師というのは大概が変態になるわけです。しかし女人に対してはいたって無害ですので紳士であるといえます」


 と言ってゲンリは胸に手をあて、爽やかな笑顔を浮かべた。


「まあ、良くわからねえけど、良くわかったぜ!」
「ふふふ、流石はリーン。飲み込みが早いです。私とてこの話をして、速攻で頬を張られたことも一度や二度ではないのです。女人には興奮しないがその関係性には興奮する。そのことを中々理解していただけないのです」
「じゃあさ、ちょっと試してみてもいいか?」
「はい、なんなりと」


 リーンはゲンリの手を取り、そして自らの胸にグニュっと押し当てた。


「どうだ!」
「ぜんぜんへっちゃらです。それにしても、良く鍛えられた身体をされております」
「じゃあこれはどうだ!」


 リーンはゲンリの身体にからみつき、そして彼の膝に自らの股間をすりよせた。


「心地よいマッサージです。やはり炎の属性を持つお方。活力が漲ってくるようです」
「でも肝心な場所には全然反応がないのなー」
「はい。厳しい訓練を重ねてきましたから」
「ふむー、これは手ごわいぜ」


 と、その時、カウンターの奥からメイリーが出てきた。


「な、何をしているんです、二人とも?」
「おっ、いいところに来たなメイリー、ちょっと手伝ってくれ!」
「ええ?」


 そしてリーンはメイリーとともに、魔術師の身体をこれでもかと蹂躙したのだが、まったくと言っていいほど肝心な部分に反応はなかった。
 魔術師は、良く晴れた日の野原を散歩しているかのような、涼しげな表情でいた。


「だめだこりゃ」
「これはこれで腹が立つわね!」
「ふふふ、言ったでしょう? 私は女人そのものにはけして欲情しないのです」
「でも関係性には興奮するんだろ……? つまり、こうしてやれば……」


 といってリーンは、いきなりメイリーに抱きついた。


「おおおお!」


 ゲンリの痩せこけた頬が、一気に紅潮した。


「ちょっとリーン、いきなり何するの? 嬉しくなってしまうじゃない!」
「見せ付けてやろうぜ!」
「え、ちょっとまだ心の準備が……ああん!」
「ああリーン! 私の目の前でそんな淫らなことを! いけません! これは堪えきれない!」


 魔術師の前で、くんずほぐれつ、激しい愛撫の応酬を始めたリーンとメイリー。
 ゲンリは興奮が過ぎるあまり、その場で尺取虫のように仰け反ってしまった。


「ほらほらほらー!」
「ああーん! リーン!」
「いけません二人とも! ビクビクッ、このままだと私……ああっ!」


 魔術師の姿は、もはやエヴァー川にかかる三日月橋のようになっていた。
 ありえない姿勢で反り返ったまま、両手で抱えた頭を床にグリグリとこすり付ける。
 その姿はまさに、変態だった。


「…………魔術師さま?」
「はっ!」


 いつの間にかヨアシュが戻ってきていた。
 ブリッジ状態で身悶える魔術師の姿を見て、目を丸くしている。
 ゲンリは紅潮させていた顔を一気に青ざめさせて、滝のような冷や汗を流し始めた。


「あ……いや……これはですね、ヨアシュ」
「あっ! もしかして修行中だったのですか!? これはお邪魔しました!」


 だが無邪気なヨアシュは、そのように解釈した。
 続いて床の上でもつれ合っているリーンとメイリーを見て。


「お姉さまも、メイリーさんと特訓ですか? 明日は絶対合格してくださいね、ヨアシュもささやかながら応援してます!」
「ああ、がんばるぜ!」
「……心臓に良くないわ」




 * * *




「人生最大のピンチでした……」


 ゲンリがため息混じりに言った。


「社会的に終わっちまうところだったな」
「だれのせいですと!?」
「うん、悪かったぜ。あやまる」
「ヨアシュが良い子で助かりました……ホッ」


 魔術師は胸を撫で下ろす。
 リーンは、ヨアシュが良い子であることについて、思うところがあった。


「ところでゲンリ。人属性っていうのは何なんだ? ヨアシュの属性がそうなんだ」
「はい、ヨアシュは確かに人属性を持つ子です。何となくわかりませんか? 人属性を持つ者の周囲は、つねに明るい雰囲気で満たされるのです」
「ああ、ヨアシュがいると、部屋の明るさが三割増しになる気がするぜ」
「他にも人属性を持つ者は、人と人の関係をとりなしたり、楽しい話題を振りまいたりと、社交的な場ににいてくれるととても助かる存在だったりするわけです」
「確かにな。ヨアシュが居てくれたから、俺はこの満月亭にすんなり受け入れてもらうことが出来たんだ」
「ヨアシュは人を見る特別な目を持った子ですからね。あの子に懐いてもらえたなら、もうそれだけで万事順調でしょう。それともう一つ、人属性を持つ者に特徴的なことがあります」


 ゲンリはグッと真剣な表情になった。


「人属性を持つ者は、魔物に狙われやすいのです」


 リーンは息を飲む。


「その様子だと、ランから昔の話を聞いたのですね」
「ああ、人間に化けた魔物にナンパされたことな」
「はい。そしてその魔物は引きずり回しの刑に……惨い話です」
「やっぱり、ヨアシュが人属性ってことが関係していたのか」
「そうだと思います。魔物は人間に憧れて魔界から上がってきますので、やはり、より人間らしい人物を狙って近づいてくるのです」
「そうか。じゃあヨアシュはあまり一人に出来ないな。心配だ」


 そして二人は、しばし七つの属性について話し合った。


 光、炎、水、風、土、人、金。


 それぞれの属性には、それ特有の能力があり、かつ難点がある。
 例えばリーンの炎属性は、反応と活力を象徴する属性であり、この属性を持つものは、新しい状況を切り開く力を備えていると言われる。
 その一方、周囲に与える影響力が強すぎるために、よく人と衝突を起す。
 厄介者と思われることもしばしばだ。 


「リーンはそのことを自覚して、出来る限り自分を抑えた行動をするとよいでしょう」
「んー、心当たりがありありだぜ。強すぎる炎は大事なものも燃やしちまうってわけだな」
「その通りです。くれぐれもお気をつけください。だいぶ日も暮れてきましたね、私、そろそろお城に戻るとします」
「ああ、色々と教えてくれてありがとな」
「どういたしまして。それでは明日、余裕を見て迎えにきます」


 と言ってゲンリは満月亭を後にした。
 リーンは宿の外まで出て、その灰色のローブを身に纏った魔術師を見送った。


「属性か……」


 リーンはレベルモノクルを取り出して、周囲の人々をとりとめもなく観察してみた。
 そして思った。
 村のみんなは、一体どんな属性を持っていたのだろうな――と。


 カテリーナは絶対に人属性。
 シスターはきっと水属性。
 そんでもって、あのクソ親父は…………なんだろうな?
 炎か、土か……、人属性だったら皮肉だな。


 そんなことを考えつつ、リーンは故郷へと繋がる空を見上げた。


「みんな、元気でやってるかな」


 そう呟きつつ、リーンは再度その胸に誓う。
 俺は絶対、勇者になる。
 みんなのために、世界のために。


 そしてなにより、自分のために。













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