ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

訪問、城下町

「門はあるのに外壁はないんだな」


 街門をくぐったリーンは、その石造りのアーチを振り返りながら呟いた。


「外壁を作ろうにも街が大きすぎるのです。その代わり、街の外側の建物はとりわけ頑丈に作ってあります」
「建物が防壁の役目も兼ねてるんだな。道も随分せまいな」


 四階建て五階建てが当たり前のエヴァーハル城下街にあって、通りの幅は大人が5人並んで歩けるかどうかという狭さだ。
 馬車などが往来すれば、通行人はすべて片側によけなければならない。
 道をわざと狭くするのは、敵に攻め込まれにくくするための設計だった。


「他の人とぶつかってはいけませんので、リーンは私の後ろを付いて来て下さい」


 言われるまでもなく、リーンはゲンリの後ろについた。
 そして馬の手綱を握るがごとく、目の前にゆれる灰色のローブを手で掴む。


「せせこましい街だなー」
「慣れるまでは圧迫感があるかもしれません」


 魔術師の後ろを歩きながら、リーンは通りに並ぶ建物を見上げた。
 街の外周付近は、どこか要塞めいた雰囲気ふんいきが漂っている。
 道行く人も、鎧を身にまとった兵士が目立つ。
 リーンはポケットからレベルモノクルを取り出して、早速周りの人を調べてまわる。


 正規兵 男
 Lv5 土属性


 紺色魔術師 男
 LV8 炎属性


「んー、あまり強そうなのはいないなー」


 しばらくすると運河が見えてきた。いっきに視界が開ける。
 運河は街を横断するように流れているようだ。
 エヴァー湖から直接引き込まれた運河の流れは澄みきっている。
 その水面に、資材を積み込んだ船がいくつも浮かんでいた。


 運河を過ぎると倉庫群があり、そこから先がようやく居住向けの区画になっていた。
 明るい色調の建物が並び、ベランダには花が飾られていたりもしている。
 だが木造の建物はまったく無い。
 そのことにリーンは違和感を覚えた。
 グリムリールでは石の建物の方が珍しかったのだ。


「石の建物ばっかりだな」
「そんなことありませんよ。鉄とか石膏とかも使われております」
「家建てるのに鉄を使うのかよ? 贅沢だな」
「戦争がなくなりましたので、鉄は余り気味なんです」
「なんで木を使わないんだ?」
「木造の建物は火事の元ですので、建ててはいけないことになっているんです」
「ふーん」


 確かに、こんな密集した場所で火事が起きたら大変だなとリーンは理解する。
 しかしその一方で、何か引っかかるものも感じる。


「もっと道幅を広げればいいんじゃねーか? 戦争はもうないんだろ?」
「確かにその通りなのですが、そう簡単にはいかないんですよ」


 街の中心部に差し掛かり、王宮の防壁が大きく見えてくる。
 二人の歩みは商店街に入っていた。
 巨大なガラス窓の中に、目も眩むほどに豪華なドレスが飾られている。
 生地そのものが宝石のように光っている。
 その値段を見て、リーンは自分の目を疑った。
 5万6千ルコピー。
 村の娘たちの衣装全てをあわせても、到底及ばないような金額だ。


 貴婦人 女
 Lv3 金属性


 老紳士 男
 Lv7 水属性


 資産家の子供 女
 Lv1 光属性


 道行く人々にも裕福そうな者が目立つ。


「誰でも調べられるんだな」
「ええ。レベルが高いほど危機に対応する力があるということです」
「どういう仕組みなんだ、この眼鏡」
「その人の胆力を読み取っているのです。簡単な魔法ですよ?」
「ゲンリが言うとほんとに簡単そうに聞こえるから不思議だな!」


 ほどなく人通りの多い区画を抜け、角を一つ曲がる。


「どなたか目ぼしい娘はおりましたかな?」
「うーん、綺麗な子は沢山いるけど、なんつーか、みんな華奢だな。抱いたら折れちまいそうだ」
「では今度、宮廷の近くの酒場に行ってみると良いでしょう。女流の剣士などもおりますので」
「へえ、強いのか?」
「リーンと張り合える者もいると思いますよ」
「そうか、それは楽しみだ。俺は可愛い娘も好きだけど、強い女も大好きだぜ」


 商店街から離れ、人の往来が少なくなってくる。
 馬車を何台かやり過ごして進んだ先に、宿屋が見えた。
 五階建ての建物で、窓は通り側にしかない。
 隣の建物との間の隙間は、ネコ一匹分もないだろう。


 けして高級とは言えない宿だが、その分、気軽に利用できる雰囲気がある。
 そんな宿の入り口に、箒をもって通りを掃除している一人の少女がいた。


「お、可愛い子発見」


 と言ってリーンはさっそくレベルモノクルで確認した。


 宿屋の娘 女
 Lv2 人属性


「ふんふふーん、ふふーん♪」


 短い茶色のツインテールを高い位置にまとめた、十歳そこそこの少女である。
 藍色のエプロンドレスを着て、自分の背丈より長い竹箒を器用に使って通りを掃いている。
 少女はゲンリの姿に気付くと、その表情を太陽のように輝かせた。


「あ、魔術師さま!」


 大きな声でそう言って、竹箒を抱えたまま、たどたどしい足取りで駆け寄ってくる。


「魔術師さま魔術師さま魔術師さまー!」
「やあ、久しぶりですねヨアシュ。元気にしていましたか?」
「はいっ、みんなも元気ですよ! いつ戻っていらしたのですか?」
「つい先ほどです。今日は念願の勇者さまを連れ来たのです」
「ええ、勇者さま!? あっ!」


 ヨアシュと呼ばれた少女は、リーンの姿に気付くと、その丸い瞳を最大限に輝かせた。


「わ、うわぁー! これはようこそなのです!」


 と言って万歳をしたのち、ヨアシュは両手でほっぺたを押さえながら右へ左へとオロオロした。


「どうしましょうどうしましょう! おもてなしをしなくては!」
「おお、なんか賑やかな子だな。ヨアシュって言うのか? 俺はリーンだ、よろしくな!」


 と言ってリーンが手を差し出すと、ヨアシュはピタリと止まってその手を両手で握り返してきた。


「こちらこそよろしくです! とりみだしてすみませんっ。今夜はこちらにお泊りですか? 一泊朝食つき鍵代込みで60ルコピー、夕食付きで70ルコピー、鍵代分の10ルコピーはお帰りの際にお返しします! そしてなんと、今なら湯浴みのお湯がタダでついてきます!」
「おお、そりゃありがたいな」


 説明しながらヨアシュは何度も握った手を振ってきた。
 人懐っこい眼差しが絶えずリーンに注がれている。


「というわけでリーン。今夜はこちらをおすすめするのですが、いかがです? 家庭的な雰囲気があって、地方から来られた方に特に人気のある宿です。私も駆け出しの頃によくお世話になりました」
「ああ、こんな可愛い子がいるのに泊まらねえ理由はないな」
「ふふふ、そうですね。というわけでヨアシュ、お願いできますか?」
「はいっ、おまかせ下さい! 可愛いって言ってくれてありがとうございます、勇者さま!」


 と言って少女は、ほんのりと頬を赤らめた。
 二人はロビーへと案内され、リーンはすすめられるままに長椅子に座る。


「少々お待ちくださいませ!」


 ヨアシュはそう言って、そのままカウンターの奥に入っていった。


「いい子だなー」
「しばらく見ないうちに随分大きくなりました。もう立派な看板娘ですね」
「いくつくらいだ? 10か11か」
「今年で11歳のはずです」
「ふむ、よし、あの子は大切に育てよう」
「ええ? 手を出す気なのですか……!?」
「ああ、いずれな……。あの子は絶対綺麗になるぜ」


 少しして、ヨアシュがぱたぱたと靴を鳴らしながら戻ってきた。


「お待たせしました! 通り側の部屋は一部屋!……しか空いてませんでした」


 と言って申し訳なさそうに顔を下げる。


「ああ、私は宿舎に戻るので、リーン一人分でよいですよ」
「わっ、それなら大丈夫ですね! すぐに鍵をご用意しますのでカウンターへどうぞ」


 リーン達がカウンターに進むと同時に、奥の部屋から二人の女が出てきた。
 二人ともヨアシュと同じ、藍色のエプロンドレスを着ている。


「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいだガル」


 二人同時に頭を下げてくる。


 一人は二十歳前後で、腰ほどもある黒髪を一本に結わえた女性。
 物腰の落ち着いた様子で、指先から髪の毛先に至るまで清楚な雰囲気が漂っている。


 もう一人は人獣の混血であるリバ族の娘。
 頭の上に耳がついていて、頭部もろともフサフサとした群青色の毛で覆われている。
 ヨアシュよりは年上のようだが、外見からは推測しにくい。 


「おや、新しく入った方ですかな?」


 と魔術師は黒髪の女を見て言う。


「はい。メイリーといいます。宮廷魔術師のゲンリ様ですね、ヨアシュから話を聞いています」
「お父さんが兵隊にとられちゃって。メイリーさんに手伝いに来てもらってるんです」


 鍵を持ってきたヨアシュが言う。


「え、そうなんですか?」
「はい。お城は今すごい勢いで兵隊さんを集めているんです。その……魔物狩りを強化するとかで」
「ふむ、私のいない間に城の中でも色々と変化がおきているようですね……。ん? リーン、何をしているのです?」
「……しげしげ」


 リーンはレベルモノクルを使って宿屋の娘達を調べていた。
 本人達の目の前で遠慮することもなく、まるで美術品の鑑定をするようにしてモノクルを覗く。


 リバ族の戦士 女
 Lv9 風属性


「うーん、もふもふでふさふさだぜ」
「ガル?」


 便利屋 女
 Lv24 水属性


「おお、レベルたけーなっ」
「はい?」


 納得のいくまで鑑定すると、リーンはモノクルを道具袋にしまった。
 そして魔術師に向かって言う。


「ゲンリ、俺はここが気にいったぜ。しばらく世話になるぞ」
「ああ、それは良かった。ではひとまず、勇者認定試験のある明後日まで二泊分ですね。料金は私がもちましょう」
「おっ、いいのか?」
「ええ。昨夜は私が宿をいただきましたからね。ささやかながら、お返しです」
「そっか、じゃあ遠慮なく頂いておくぜ」
「ひとまず部屋を確認してきて下さい。どこかで昼食をとりましょう」


 料金を前払いで済ませ、リーンはヨアシュから部屋の鍵を受け取る。


「鍵は魔法鍵ですので、外出する際にお預けいただく必要はありません。ただし、無くされた場合は鍵代をお返しできませんのでご注意ください。では、お部屋にご案内します!」


 ヨアシュは溌剌とした声で説明すると、ぺこりと頭を下げ、階段に向かって歩き始めた。


 リーンもそれに続いた。











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