ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

到着、常春の国

 アルデシア大陸の中央にある巨大な湖、エヴァー湖。
 へちまのような形をした、その楕円形の湖は、もっとも直径が長い箇所で3エルデンもの距離がある。


 湖の周辺は天の円盤の直下であり、大陸中でもっとも温暖な地域なのだが、湖底より冷たい水が大量に湧き出しているため、周囲には常に冷涼な空気が漂う。
 草原の草が風に吹かれてそよそよとなびき、湧き出した大量の湖水が川となり、遥か地の果てを目指して流れていく。


 そんな湖畔の片隅にあるエヴァーハル転移陣は、今まさに大魔力を放出して、新たなる来訪者を受け入れるところだった。


 キラーン


 空が光る。
 その直後、猛烈な勢いで魔力の塊が飛び込んできた。


 シュパパーン!


 魔力に包まれていた二つの人影は、最高速度から一瞬で静止し、潰れることなく転移陣に着陸した。
 魔力の残滓が、七色の星くずとなって周囲に飛び散る。


「地面にめり込むかと思ったぜ!」
「魔力トランポリンで軟着陸余裕でした」
「いや、パン一枚分の余裕しかなかったぞ!?」
「ほほほ、パン一枚分もあれば充分です」


 青ざめた顔をした赤髪の少女と、余裕綽々の灰色魔術師は、転移陣から歩み出る。
 少女は周囲の景色を見渡して、すぐにエヴァー湖の壮大な眺めを発見する。


「おおおー、これがエヴァー湖か!」


 リーンはすぐさま湖畔に向かって駆け出した。
 靴が濡れるのも気にせずにバシャバシャと湖の中に入って行き、手で水をすくって撒き散らす。


「冷たいな! キンキンに冷えてるぜ」
「湖底より湧き出した生まれたての水です。そのまま飲んでも大丈夫ですよ」


 言われてリーンは一口すくって飲んでみた。
 よく冷えた湖水は、さらさらと透き通った味がした。


「すごいな、どこからこんなに湧いてくるんだ?」
「エヴァー湖の湧水はアルデシア七不思議の一つ、その謎はいまだ解明されておりません。ある潜水師の調査によれば、巨大な穴が地底に向かって果てしなく続いているとか」
「へえー、それはすげえなー」


 清涼な水を湛える湖の周りには、ただひたすらに草原が広がる。
 しかし農地らしきものは見当たらない。
 遠くに目をこらすと、馬に乗った警備兵が見えた。
 どうやら湖の周囲を巡回しているようだ。


「この辺りの土地はみんなほったらかしなのか?」
「王宮の御用農場が何軒かあります。ここは王宮の直轄地なのですよ。勝手に立ち入ったり利用したりすると、処罰されます」
「そりゃ残念だ。何匹でもヤギが飼えそうなのにな」


 リーンは、再び湖の中央に目を戻す。
 湖の真ん中、天の円盤の真下、恐らくはアルデシア大陸のど真ん中であろうその場所に、うっすらと『光の塔』が見えるのだ。
 塔は高くに行くほど細くなり、どうやら天の円盤と繋がっているらしい。


「なあゲンリ、あれはなんなんだ?」


 リーンは光の塔を指差す。


「え? なんですリーン?」
「いや、あの光る塔みたいなやつ」
「光る塔? はて、なんのことですかな?」
「はぁ?」


 どうやらリーンの見ている光の塔は、ゲンリには見えないらしい。
 リーンはポカンと口あけて魔術師を見る。


「どうしたんですリーン? ヤギがおあずけ食らったような顔をして」
「もしかしてゲンリ、目悪い?」
「人並みだと心得ておりますが」
「むむー?」


 リーンは目をぱちくりさせながら、再び湖の中央を見た。
 光の塔は確かにそこに立っていた。


「何かが見えるのですか? リーン」
「ああ……湖の真ん中に……光る塔がみえるぜ。ちゃんとな」
「ふーむ」


 ゲンリは首をひねってしばし思案する。


「エヴァーハルの西にある森に、エルグァ族と呼ばれる一族が暮しております。その一族の中には、稀に、天の円盤に続く道を見つける者が現れるのだそうです。リーンはもしかすると、その者達と似たような能力を持つのかもしれませんね」
「天へと続く道ねえ……何だかよくわからないな。俺の目の調子がおかしいのかも」


 と言ってリーンは、湖水を顔に叩きつけた。
 そして再び前を見る。
 光の塔はやっぱりあった。


「うーん、やっぱり見えるなー。ま、別にいいか。今んとこ、神様には用事がねえや」
「ふふふ、やっぱりリーンは不思議な人ですね。そのことはあまり人に言わないほうが良いでしょう。変わった人と思われかねませんから」


 そうして二人は、エヴァーハルの城下町へと続く道へと歩いていった。




 * * *




「エヴァーハルは常春の国と呼ばれております」


 道すがら、ゲンリが説明を始める。


「ここは大陸の中央であり、本来ならば非常に暖かい場所なのですが、湖の冷水によって気温が下がるために、年間を通して気候は穏やかです。土地はよく肥え、鉄や石炭といった資源にも恵まれています。また大陸の中央ということで、世界の果てから這い上がってくる魔物達の被害も受けにくいのです。つまるところ、エヴァーハルによる大陸制覇は、地政学的な必然だったわけです」


 その説明を耳半分に聞きながら、リーンの目はすでに、遠く見える城下町に引き寄せられていた。
 石造りの高い建物が所狭しと並ぶその光景は、まさに王都と呼ぶにふさわしいものだった。
 さらにその奥には、一際巨大なエヴァーハル王宮が鎮座している。
 周りのどんな建物よりも高い球根型の屋根が、銃眼城壁の上に突き出しているのだ。


「エヴァー歴801年、先々代の王、ゲニアス・エブラハーンによって大陸は統一され、人間同士の争いはなくなりました。しかし、魔物との戦いは今なお終わっておりません。この終わりなき魔との戦いを終わらせる計画、それこそが宮廷による勇者の発掘・育成なのです」
「んー、ちょっと聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「王宮には凄い魔術師や精鋭騎士団がいるんだろ? なんでそいつらで攻めないんだ?」
「良い質問ですリーン。それに答えるためには、魔物の性質から説明しなければなりません。魔界から這い上がってくる魔物は、その全てが人間になりたいという本能を持っています。つまるところ、人ある場所に必ず魔物は現れるのです」
「おおう? なんだか哲学的だな」
「そうですね。つまりは、人がたくさん居る場所ほど、より多くの魔物が集まってしまうということなのです。とりわけ魔界においては、一人の人間に二体の魔物、二人の人間に四体の魔物、三人の人間に九体の魔物というように、人間の数を二乗する数の魔物が押し寄せてくると言われています」
「それは軍隊なんか出したら大変なことになるな!」
「魔界に大軍勢を差し向けた例が過去に二度ありますが、その二回とも全滅の憂き目にあっています。それ以来、軍隊を魔界に差し向けることはなくなりました」
「ふむふむ、そこで勇者の出番というわけだな? 少数精鋭で魔界のボスを狙い打ちにするんだ」
「その通りでございます。まあ、他にもいくつか理由はあるのですが……。それは追々説明するとして、ひとまずリーンにこれを渡しておきます」


 と言ってゲンリは懐からモノクルを取り出した。


「レベルモノクルです」
「レベルモノクル?」


 リーンは渡されたモノクルをしげしげと眺める。何の変哲もないただの片眼鏡だ。


「それで私を覗いてみてください」
「おうよっ」


 灰色魔術師 男
 Lv53 光属性


「なんか数字やら文字やら出たぜ?」
「そのモノクルを使えば、相手の強さと属性が、大よそですがわかります。ただし、そのモノクルに術をかけた者を超える相手は測れません」
「ゲンリより強い人間は調べられないってことか」
「はい。ちなみに、私のレベルは53です」


 と言って魔術師は得意げな顔をした。
 リーンは少しムッときた。


「俺のレベルは調べられるのか?」
「ご自身の手の平などを見てください」


 炎剣士 女
 Lv30 炎属性


「ふーん……」


 リーンはモノクルを道具袋にしまうと、速攻でゲンリの首を締めた。


「ムググ! なにゅあしゅry」
「納得いかねーぜ! なんでお前が俺より強い!?」
「ま、まじゅ、ムゴムグ! 魔術師をにゃめてはいけませにゅ!」


 その直後、リーンの背筋に電撃が走った。


「わー!!」


 リーンは慌てて飛び退く。


「バチッってきたぜ、バチッって!」
「ゲッホゲホ、ゲフフン! 自分で言うのもなんですが、魔術師には喧嘩を売ってはいけません。酷い目にあいますよ?」
「そうなのか?」
「ええ。灰色魔術師の能力は、一人で100人分の騎士に相当するのです」
「なんだってー!?」
「魔術師はもともと、戦場を主な活動の場とする存在。優秀な魔術師を抱えることが、戦争に勝つための第一条件とされていた程なのです」
「そうだったのか。悪いな、ずっとゲンリのこと甘く見てたぜ」
「見ため的にですね?」
「ああ、見ため的にな。あんた、もっとメシ食った方がいいぜ!」
「太らない体質なんですよっ。ともかく、魔術師ほど敵に回すと怖いものはありません。灰色魔術師の上位である白色魔術師になると精鋭騎士300人相当。さらに最上位である白銀魔術師ともなれば、精鋭騎士500人と魔術師団の混成部隊に同等であるとされます」
「げげ、ほとんど歩く軍隊だな」
「一人で一国を滅ぼすことも出来たとか」
「恐ろしいぜ……」
「恐ろしゅうございます……」


 リーンはたった一人で国を滅ぼすヒゲもじゃの爺さんを想像して青くなった。


「でもリーンはきっと強くなりますよ、私なんかよりずっと。その歳でもうLv30なんですから」
「あたりまえだぜ! Lv53なんてあっと言う間に追い越してやるぞ!」
「ふふふ、息巻くのは良いですが、ただ剣の腕を磨くだけでは魔術師には敵いませんよ。リーン、貴方の本当の強さは、魔力によるところが大きいのです」
「でもまだ炎しか操れないぜ?」
「その炎こそが重要なのです。炎は万物の反応を象徴する概念、貴方は実に様々なものを燃やすことが出来ます。例えばリーン、貴方は傷の治りが異様に早いですよね?」
「おお、よく知ってるな」
「村の娘達から聞いたのです。リーンの身体についた傷は、どういうわけかあっと言う間に治ってしまうのだと。同じ布団で寝ると肌がとても綺麗になるとも言っていましたね、はぁはぁ。これは炎の属性が持つ、自然治癒の加速にあたる能力なのですが、リーンのそれは尋常ではありません。一緒に寝た相手にまで影響を与えるなど、余程のことです」
「俺と寝た女がみんな綺麗になるのはそのせいだったのか。すげーな、炎の力」
「リーンは素晴らしい魔法の素質を持っています。炎の力を巧みに使いこなせるようになれば、貴方はきっと、並ぶ者のない程の魔法剣士になれます」
「そっかそっか。さすがだな、俺!」


 と言ってリーンは鼻を高くした。
 隣のゲンリは、どこまでも調子の良いリーンを見て微笑んだ。


「んで、このレベルモノクルを使って何をするんだ?」
「それを使って仲間を探してください。見込みのありそうな者を見つけたら仲良くしておくと良いでしょう。いずれリーンが勇者となったとき、頼りになる旅の同行者となります」
「仲間……か。確かにゲンリ一人じゃ心もとないな。Lv53でもな」
「私も流石に、リーンと二人だけで魔王を倒す自信はありません。仲間の数は四人程度が良いとされています。これまで最も魔界に深く潜り、帰還してきたパーティーが四人編成でした」
「四人か。ゲンリのほかにあと二人。うーん、どんなヤツがいい?」
「そうですね。回復術の使える医法師は必ず一人は欲しいところです。医法師は魔界においては戦力にもなります。回復術は逆転させれば破壊の術ともなりますので」
「ふむふむ、一人は医法師……」
「もう一人はそうですね、武具の使用に長けたものを加えるのが無難ですが、他にも色々な可能性があるでしょう。あれこれと考えてみてください。勇者と認められるまでには、まだしばらく時間がかかるでしょうから」
「え、そうなのか? 試験を通ればなれるんだろ?」
「まあ確かにそうなのですが……、そう上手く行くようには出来ていません」


 どこか煮え切らない態度の魔術師に、リーンは腑に落ちない表情を浮かべた。
 あれこれと話しをしているうちに、二人は城下町の入り口に差し掛かろうとしていた。
 門番の兵士が二人、リーン達に向かって鋭い視線を向けてきていた。


「詳しい話は宿を取ってからにしましょうか」
「そうだな」


 魔術師はそう言うと、門番に向かって身分証を示した。
 兵士はすみやかに敬礼を返してきた。


「お仕事ご苦労さまでございます」
「おーし、可愛い子探すぞー!」




 そのまま二人は城下町へと入っていく。











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