ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

女勇者、驚かない

 リーンの故郷、グリムリール村。
 そこから少し離れた森の中に、一筋の光が飛び込んでくる。


 ヒューーーーン……。
 ドドーン!


 着地の衝撃で土煙があがった。
 驚いた森の小鳥が、一斉に飛び立つ。


「けほっ、けほっ。これはちょっと激しいぜ」 
「失礼……、急いで飛び立ったので、制御が雑になってしまいました。けふっ、けふっ」


 たちこめる土埃を手で払う。


「どうやら近くの森に飛び込んじまったみたいだな…………うおっと」


 隣にいたゲンリが、突然その場でよろけた。
 リーンは慌てて彼の肩を支える。


「どうした! 大丈夫か!?」
「いえ……魔力を急に消費してクラッときただけです。大丈夫です」
「そうか、飛翔魔法はメチャクチャ魔力を食うもんな」
「はい、それに大して遠くに飛ぶこともできません。村からは脱出できたようですが……」


 そう言うと魔術師は、周囲の森を見渡した。
 さほど深い森ではない。
 すぐ近くに馬車が通れるくらいの小道がある。
 昼なので魔物の気配も薄く、とりわけ危険はなさそうだ。


「む……この場所はもしや、北の森」


 何か思い当たったように呟いて、ゲンリは立ち上がった。
 そして懐中からモノクルを取り出して、右の眼窩にはめる。


「どうしたんだよ? いきなりメガネなんか出して」
「この辺りの景色に見覚えがあるのです。少し調べてみます」


 そして魔術師は魔法を唱えた。


『イデ・メメントー』
 -現れよ、わが記憶ー


 すると、彼が右目にはめたモノクルに、森の小道を歩く若い魔術師の姿が写った。
 その魔術師はひどく衰弱しているようで、杖を突きながらヨロヨロと歩いている。
 行く先すらよく定まっていないようだ。
 着ている服は最低位を意味する黒衣。
 その容姿・容貌は、間違いなく駆け出しのころのゲンリ自身だった。


「やはり……。私は以前、この辺りで道に迷ったことがあるのです。そして、その小道を進んだ先に一軒の木こりの家を見つけて、軒下を借りて休ませてもらったのですよ」
「そうだったのか、そんなところに落ちてくるなんて奇遇だな。この森は昼はそうでもねえけど、夜になるとそれなりに危ない所なんだぞ?」
「ええ。あの人に助けてもらえなかったら、魔物のエサになっていたかもしれません……」


 ゲンリはモノクルを外して懐にしまった。


「ところでリーン様。ここは北の森ですが、何か思いあたることはありませんか?」
「思い当たること? そうだな……森の入り口のところの木陰で、材木屋の娘とよくちちくり合ったっけな」
「いえ、そういうことではなく。もっと大事な……」
「大事な思い出だぞ! すげー良いチチだったんだからな!」
「それは大変よろしゅうございましたね、はぁはぁ。して、他には何か思いつきませんか?」
「うーん……」


 リーンは腕をくんで考え込む。
 北の森、北の森、北の森……。
 そういえばシスターから聞かされた。
 北の森にはとんでもなく偏屈な木こり男が暮していると。
 たまに立派な丸太を村に運んできて、それを売った金で塩やら飴玉やらを買って帰るのだと。


 そしてその昔、森に捨てられていた赤ん坊を、グリムリールの教会まで抱えてやってきたのが、その男であるのだと。


「俺を拾ってくれたヤツがいる?」


 その言葉を聞いたゲンリは、その細面に穏やかな笑顔を浮かべた。


「そうです。その人こそ、昔私を助けてくれた方。そして……他ならぬ、貴方のお父上でもあるのです」
「まじで!? 拾って来たんじゃないのか」


 リーンは驚いて飛び上がった。
 そんな話は初めて聞いた。


「村を出たら話そうと思っていました。もし、貴方がお父上に会いに行くのであれば、今以外にはないでしょうから」
「ちょ、ちょっとまて! それよりなんで、おっちゃんがそんなこと知っているんだ?」
「色々と事情がありまして。少々、込み入った話しなのですが……むっ?」


 そこで彼は話を切り、警戒するように周囲を見渡した。
 樹木の影で、ぬらーっとした黒い物体がうごめいた。


 ホオォォォ……
 ニン……ゲン……


「魔の物が集まってきました。話は後にしましょう。どうします? お父上に会いに行きますか? 行きませんか?」
「おお、もちろんいくぜ。せっかくだからな」


 リーンは腰の剣を抜きながら言う。


 そうして二人は小走りで、森の道を駆け抜けて行った。




  * * *




 すぐに木こりの家が見えてきた。
 丸太で組まれた頑丈な家、むしろ小屋というべきか。
 その隣には小さな家畜小屋が建っている。
 家の周りにある僅かばかりの草地には、こじんまりとした畑が拓かれている。


「こんな所に住んでたのか!」
「私も初めて見たときは夢か幻かと思いました。ああ、あんまり変わってませんねえ」
「どれくらいぶりなんだ?」
「かれこれ15年になります。リーンさまの年齢と同じですよ。実は私、この家で一夜を過ごした時に、あなた様の出産に立ち会ったのです」
「へえ~…………、ななな、なんだってー!?」
「はい、そして私はこの手で、赤ん坊のあなたを取り出したのです」


 リーンはぴたりと足を止めた。
 ぽかんと口を開けて、目の前をゆく魔術師の背を見つめる。


「っつーことは……おっちゃん。俺の裸をみたんだな?」
「ええ、生まれたままの姿をしかと」


 魔術師はバサッとローブをひるがえしながら振り返った。


「でも、気にするとこ、そこですか?」
「おうよ! どうして俺のちんちん引っこ抜いたんだ!」


 そう叫びながらリーンは、痩せこけた魔術師の頬を両手でつまんだ。
 そして引っ張った。


「ぉあぉぅぐぐっ、ひぇっこにゅいてなご、おひぃまへふ」


 リーンは彼の頬から手を離した。
 薄いわりにはよく伸びる皮膚だった。


「あなた様は生まれた時から女の子でしたよ?」
「マジか、俺はずっと、生まれたときにでもちょん切られたのかと思ってたぜ……」


 魔術師は赤くなった頬をさすりながら、ふふふと笑う。


「ちょん切ってなどおりません。へその尾ならちょん切りましたが。あなた様が男の子に生まれてこなかったのは、確かに残念なことだったかもしれません。もし男に生まれていれば、今頃グリムリールの村はベビーラッシュに沸いていたでしょうから」
「ああ、十年で人口を倍にしてみせる自信があるぞ?」
「ふふふ。しかし、リーン様の性別より、もっと大変な取り違えが、実はあの時、起きていたのです。私も随分とあちこちと渡り歩いておりますが、あのような事態、取り違えは、後にも先にも無いと断言できます」
「なんだよ。もったいぶってないで言ってくれよ」
「ええ……ただこれは、たとえリーン様、あなたでもショックを隠しきれないことだと思いますので。私としても、やはりためらいが……」
「いいから早く言えー!」


 リーンはゲンリの首を掴むやいなや、もの凄い勢いで前後左右に振った。
 そして意識が半分飛んだ彼を、後ろから羽交い絞めにすると、そのまま後ろ反りに持ち上げて、頭から地面に叩き付けた。


――グシャリ!


「ぐええ!?」
「ふう……。さあ、おっちゃん! 教えてくれ! 俺は一体どんな取り違え方して生まれてきたんだ!」


 思いのほか丈夫な魔術師は、その場でのっそりと起き上がりながら言った。


「あ痛たた……では、お教えしましょう……リーン様、あなたは」


 リーンはゴクリと生唾を飲み下した。
 自分は普通の人間とは、何かがちょっと違う。
 人並みはずれた体力も。
 生まれながらの魔法の才能も。
 そして、この紫色に光る瞳も。


 それは薄々わかっていたことだった。
 いまさら生まれがどうこう言われたって気にするものか。
 リーンはそんな決意の眼差しで、自らを勇者として勧誘してきた魔術師を見た。




「あなたは……なんと、父親の『はらわた』から生まれてきたのです!」
「!?」




 時が、
 止まった。


 リーンの思考が停止する。
 その手からカラーンと音をたてて小剣が落ちた。


 なんだって?
 俺は、男の腹から生まれてきたって?


 そんな、
 そんなことがあるわけ……。




「うそこけー!!!」


 リーンは地面に座り込んでいたゲンリを押し倒すと、うつ伏せにして逆海老をかけた。


「うおおおおー! うそでは……嘘ではな……のわああああ!」


「冗談にしてもつまんねえ! さんざん引っ張りやがって! このままパスタにしてやるぜ!」


「おおお、パスタはおやめください! せめてニョッキ……うのわああぁぁ!」




 そうして魔術師は、森の奥で平たく伸ばされてしまうのだった。













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