勇者の名産地

ナガハシ

勇者の名産地

 その後の話である。
 カトリ達は直接トンガスには向かわず、ひとまずルジーナ城の近くに降り立った。
 当然、お城の人たちがビックリして駆けつけてきた。
 その中には、あの妙に名前の長いアッパラなんとかという王様もいた。


 そして当然、ビックリ仰天である。
 カトリ達の話を聞いた国王は大いに感動し、カトリにドラゴンマスターの称号をあたえ、なおかつ一行を盛大にもてなした。
 ドラゴンと仲良くなることは凄いことなのだ。どれだけ凄いかと言えば、勇者になって魔王を倒すのと同じくらい凄いのだ。
 国王は、南大陸から遥々やってきたドラゴンにも最大限のもてなしをした。大陸中から肉と美酒をかき集め、湯水のようにふるまった。そして、国を挙げて勇者の生産にのぞむことを約束したのである。
 こうして図らずも、カトリの旅の目的がかなってしまった。
 勇者は大いに広まったのである。


 カトリはその後一月以上にわたって勇者の栽培適地を探す調査隊に加わった。
 そのために、少しばかり帰郷が遅れてしまったのだった。


 * * *


「帰ってきたぜ……」


 トンガス滝の流れる音が聞こえてきて、カトリの胸は高鳴った。
 滝の近くの分かれ道で馬車から降りる。季節は移り変わって秋になろうとしていた。道の横の畑には黄金色になった麦が揺れている。


「だいぶ涼しくなってきたな……」


 滝の方から漂ってくる冷気がカトリの肌を撫でる。
 音も、光も、匂いも、何もかもが懐かしかった。


「ブヒヒンッ?」


 しばらく足を進めると、近くの草むらでハナちゃんとその子馬が草を食べていた。
 結局、あの大きな剣の街は、ルジーナ王の手によってお取り潰しとなった。今では役所も出来てまっとうな街になっている。だからハナちゃんはカトリ達のもになった。子馬が大きくなったら、二頭立てにして馬車でも引かせてみようかと思っている。


「ヒヒーンッ」
「おお、よしよし」


 ハナちゃんのたてがみをひとしきり撫でてから、カトリは村へと足を向けた。


 野菜畑はその多くが収穫を終えて寂しいことになっていた。
 夏の間に収穫した勇者は、ドラゴンの薬を作るために全部ルジーナに行ってしまった。だからカトリは、またしばらく勇者が食べれない。少々口寂しいが、来年にはルジーナで採れた勇者がたらふく食えるだろう。
 その日が来るのを指折り数えて待ちながら、今年の冬を越えるのだ。


「ふふふ……だが実は」


 ニヤリと笑って、カトリは胸ポケットに手を入れる。
 そこには砂の都で最後に収穫した、小ぶりな勇者が入っていた。
 勇者はとても日持ちのする野菜なのだ。
 どうしても我慢できなくなったら食べようと思っている。


「カトリや!」
「おお、カトリよ!」


 村に入るなり、村長と母親が抱きついてきた。


「まったく心配をかけよって!」
「無事でなによりだよ!」


 カトリは大げさだよと言ってはにかむが、群がる村人達に囲まれて、ややしばらくそこから抜け出せなかった。なんといっても彼はドラゴンマスターなのだ。
 そのうち村人達は宴会を始めてしまった。
 大した娯楽もない村なので、何かにつけて宴をやらかすのだ。


「……ふう」


 しばらくして、何とかして人だかりから抜け出したカトリ。
 家の前で、妹のコノハが待っていた。
 感動の再会である。


「コノハ……ただいま」
「お兄ちゃん……」


 妹の様子はかなり変っていた。
 髪が少し伸び、たった3ヶ月離れていただけなのに、随分と大人びたように感じられた。


「ごめんな、心配かけて」
「べ、別に心配なんか……」


 だが、そこでコノハは泣きそうな顔になった。


「お、おいおい……」


 カトリはビックリする。こんな妹の顔は初めて見たのだ。


「ああ、そうだ。お土産があるんだ、コノハ」
「……ほえ?」


 カトリは腰のポケットから紙包みを取り出して渡した。
 その中には、黄色い髪飾りが入っていた。


「わあ、奇麗……」


 それは、コノハの瑠璃色の髪によく映えそうな髪飾りだった。
 妹の瞳が、急激に潤んでいく。


「あ、あのねお兄ちゃん、私、お兄ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの……」


 助けてくれてありがとう。
 いつか言わなければならないと思っていたが、勇者汁をぶっかけられた怒りが勝って言い出せずにいた。でも、今なら言える気がする。


「あのね……、あのねお兄ちゃん……」
「こ、コノハ……」


 カトリの鼓動が高鳴っていく。夢にまでみた和解の瞬間だ。


「わ、私のこと助けてくれて……その……ありが……」
「カトリさん!」


 その時だった。


「「!?」」


 突然若い女性の声がしたのだ。
 カトリとコノハは、ビックリしてそちらを振り向く。


「お久しぶりですね! カトリさん!」
「あ、アーリヤさん!?」


 カトリは驚きのあまり声がひっくり返る。
 そこには、消えてなくなったはずの湖の精霊が浮かんでいた。そしてその姿は、妹のコノハにもはっきり見えているらしかった。


「だ、だれ!?」


 目を丸くして驚く。


「ど、どどど、どうしてここに?」


 カトリもまた、口をパクパクさせがら聞くが。


「私、勇者の精霊に生まれ変わったんです! カトリさんがその小さな勇者をここまで持ってきてくれたから、またこうして現れることが出来たんです!」


 といってアーリヤは紫色の瞳を輝かせ、カトリの胸ポケットを指差した。


「ゆ、勇者の精霊……?」


 わけがわからなかった。もうこの人、何でもありだ。


「これからもずっと一緒ですねっ!」
「え、えええ!?」


 そして気付けば、隣でコノハが肩を震わせていた。


「お、お兄ちゃん……この人、だれなの?」
「こ、コノハ……まずは落ち着け」
「この女の人……! だれなの!?」


 眉間に鋭いしわを寄せ、頬を引きつらせて兄に迫る。


「は、話すと長くなるんだ……」
「コノハさん、私アーリヤって言うの! カトリさんは私の大切な人なんです! よろしくね!」
「た、大切な人ぉ……!?」


 ブチッ。どこかで太い糸が切れる音がした。


「お、お兄ちゃん……。私達が心配している間に……こんな奇麗な人と……」
「ま、待てコノハ。話せばわかる」


――ゴゴゴゴゴゴ。


 妹の様子は一転、すっかり鬼のようになっていた。


「おおー!」「カトリじゃーん!」「おっかえりー!」


 そこに三姉妹がやってきた。


「「「んお!?」」」


 そして、そこにフワフワと浮かんでいる湖の精霊――もとい勇者の精霊を見て、一様に目を丸くした。


「「「この美人さん誰だぜ!?」」」
「お、お前ら……こんな時に!」


 ややこしい事態がさらに混ぜ返されること間違いなしだった。


「みなさん初めまして! 砂の遺跡では、ずっとあなた方のことを見ていました! 勇者の精霊アーリヤです!」
「な、なんだってー!」
「一体いつの間に!」
「どこに隠れていたんだ!」


 そこで三姉妹は顔を見合わせ、超高速で議論を始めた。


「つまりカトリは、あたしらに隠れて!」
「その美人さんとしっぽりすっぽり!」
「励んでいたと言うわけか!」


 そして、もっとも恐ろしい結論を出した。


「なんでそうなる! この人は、俺達の命の恩人……ぐおわ!」


 6本の手にガシッと掴まれる。


「あたしらを差し置いて!」
「そんなことしてたなんて!」
「乙女の純情が傷ついたぜ!」
「わっー!」


 そこに妹まで乗っかってくる。


「まさか、お姉ちゃん達にも手を出していたの!? 最低!」
「コノハ! それは早とちりだ!」
「ちょっとでも見直そうとした私がバカだったわ!」
「ぐわー!」


 そしてカトリは、三姉妹と妹にかこまれてボコボコにされたのだった。


「うおー! アーリヤさんも何とか言って下さい!」
「うんっ、とっても賑やかで楽しい所ね!」
「やっぱりだめだこの人!」


 湖の精霊は、勇者の精霊になっても天然のままだった。


「この色ボケ茄子め!」
「今日と言う今日は!」
「肥やしにしてやる!」
「お兄ちゃんの変態! バカ! 青臭い!」
「こら! お前ら殴るな! 頼むから話をきいてくれー!」


 トンガスの空にこだまする若者達の声。
 今日も実にいい天気。
 カトリ青年の受難はまだまだ続くようである。


 大きな滝とだんだん畑。
 この風光明媚な村のことを、人は『勇者の名産地』と呼ぶ。









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