勇者の名産地
お産
ドラゴンの背から降りて、空っぽになった大瓶を覗き込む。
何とか一回分の量にはなったが、もう勇者は使い切ってしまった。
「残念な報せがあるんだ、ドラゴンさん」
カトリは恐る恐る告げる。
「薬の原料がもうない。これで全部使い切ってしまったんだ……」
「ふむう……」
残念そうな表情を浮かべるドラゴン。
「この薬の原料になる植物を育てるのに、早くても二ヶ月かかる。だから、次にこの薬を塗ってあげられるのは二ヵ月後だ」
「そうか、いたしかたあるまい。この薬は本当に良く効く。我は大いに気分を良くした」
「じゃ、じゃあ……!」
「うむ、あの娘どもはひとまず生かしておいてやろう」
「ありがとうございます! ドラゴンさん!」
カトリは満面の笑みで感謝の言葉を述べた。
砂漠のドラゴンは、ゴツゴツとした頑強な外見とは裏腹に、とても律儀で素直だった。
もっともそういう性格だから、火の部族に付け入られたのだが。
「おおーい!」「カトリー!」「大変だー!」
そこに、三姉妹が血相を変えて走ってきた。
「「「ハナちゃんが産気付いてるー!!」」」
「えええっー!?」
突然のことだった。
「身篭っていたのか! どうりで最近太ってきたはずだよ!」
慌ててハナちゃんのもとに走っていく。
* * *
「ハナちゃん!」
カトリが馬小屋に駆けつけると、中でハナちゃんが横になっていた。
「……ブルッ! ブルルルッ!」
鼻息を荒くし、栗毛の肌にびっしょりと汗をかいていきんでいた。
そのハナちゃんを前にして、こういうことに慣れていない三姉妹が右往左往する。
「ど、どどどど、どうすれば!?」
「産湯か! 産湯をわかすのか!?」
「まずは落ち着いて呼吸を整えるんだ!?」
――ヒッハッフー!
「それは人間用だ!」
これまで農作業や家畜の世話などはしてこなかった三姉妹は、何をどうして良いかわからない。一方カトリは、馬のお産には何度か立ち会ったことがあるのだ。
「やるしかないか……」
ドラゴンの次は馬である。本当に忙しい一日だ。
慌てず落ち着いて、ひとまずハナちゃんの産道に手を入れてみる。
「破水はもう終わってるな……あ、足だ」
カトリの手に、小さな蹄の感触があった。
「大丈夫、逆子ではない……」
ハナちゃんの羊水でデロデロになった手を引き抜くと、カトリは三姉妹に言った。
「もっとたくさん、下に敷くものが必要だ」
ハナちゃんは今、固い地面の上でゴロゴロ転がっているのだ。
「敷くものっていったてな!」
「絨毯とかじゃまずいだろ!?」
「一体何を敷けば!」
普通なら固めの藁をたっぷりと敷くところだが、そんな藁は今はない。
カトリは困ってしまった。柔らかい干草を敷くか……?
「このままじゃハナちゃんが怪我をしてしまう……うーん、どうしよう」
四人が途方に暮れていると、ドラゴンが様子を見にやってきた。
「おお、これは美味そうな馬だな」
と、ハナちゃんを見下ろしつつ言う。
その言葉に真っ先に反応したのは三姉妹だった。
「だ、だめだぜドラゴンさん!」
「上手いこといってもダメだぜ!」
「食べちゃだめだー!」
ドラゴンと馬小屋の間に割って入り、両手を広げて妨害する。
「ハナちゃんはあたしらの癒しなんだ!」
「オアシスなんだ!」
「心の馬肉なんだ!」
決死の表情で訴える。
「「「食べるならあたしらを先に食べろー!」」」
「おいおい、お前ら……」
せっかく救ってやった命をいとも簡単に……。カトリは正直ガッカリした。
だが同時に、こいつらそんなにハナちゃんのことを想っていたのかと感心もした。
そしてそれは、ドラゴンも同様のようだった。
「ほお、身を挺してその馬を助けるというのか。そなたら本当に火の部族の血筋か」
「「「だったらなんだってんだー!」」」
しばし睨み合う三人とドラゴン。カトリはポンと手を打ってから切り出した。
「俺の村じゃ、生まれより育ちだって言うぞ、ドラゴンさん」
「ほほう。なるほどその娘どもは、そなたと同じ場所で育ったのか」
「そうだ。だからドラゴンさんの知ってる火の部族の人とは、ちょっと違うと思う」
確かに人と比べて野蛮な所はあるが、善良な相手を騙し打ちするほど非道ではない。
「はずだけどな……」
最後の方は少し自信が無かった。しかしドラゴンは気にすることなく、その厳しい顔に柔らかな笑顔を浮かべてきた。
「ふふふ、安心せい。その馬を食べたりはせぬ。どれ、我が材料を用意してやろう」
ドラゴンはそう言うと、両手を口に当てて一息吹いた。
そして、手の平の中に溜まったものを、カトリ達の目の前に下ろしてきた。
「おお! これは!」
ドラゴンの両手に抱えられたのは、よく乾いた清潔な砂だった。
「ありがとう! これは最高の寝床になる!」
乾いた砂は家畜にとって最高の敷科である。
滑りにくく、乾きやすく、雑菌が繁殖しづらい。
早速カトリ達は、その砂を使ってハナちゃんの寝床を作った。
「よしっ、どんどん運べ!」
「砂だぜハナちゃん!」
「これが欲しかったんだろう!?」
ハナちゃんの側にどんどん積み上げられていく砂の山。
少々ペースが速い。
「おい、お前ら! 埋まる! ハナちゃんが埋まる!」
馬が埋まる!
「上手いこと言ってないで早く砂を均せカトリ!」
「そうだ! 全然面白くないぞカトリ!」
「ギャグのセンスはドラゴン以下だな!」
「…………」
そういうつもりで言ったのでは……。
理不尽な思いを隠せないカトリだった。
* * *
ハナちゃんを励ましたり、背中をさすったり、子馬の足を引っ張ったり。
悪戦苦闘すること半アワワ。やがてハナちゃんの大きなお尻から、可愛い子馬が、ホコホコと湯気を立てながら産まれてきた。
「「「「う、うまれたー!」」」」
四人揃って万歳をする。
「馬が産まれた!」「馬が産まれた!」「馬が産まれた!」
「ちくしょう! 馬が産まれたあ!」
下らないことを叫びながら、四人はそろって感動の涙を流したのだった。
何とか一回分の量にはなったが、もう勇者は使い切ってしまった。
「残念な報せがあるんだ、ドラゴンさん」
カトリは恐る恐る告げる。
「薬の原料がもうない。これで全部使い切ってしまったんだ……」
「ふむう……」
残念そうな表情を浮かべるドラゴン。
「この薬の原料になる植物を育てるのに、早くても二ヶ月かかる。だから、次にこの薬を塗ってあげられるのは二ヵ月後だ」
「そうか、いたしかたあるまい。この薬は本当に良く効く。我は大いに気分を良くした」
「じゃ、じゃあ……!」
「うむ、あの娘どもはひとまず生かしておいてやろう」
「ありがとうございます! ドラゴンさん!」
カトリは満面の笑みで感謝の言葉を述べた。
砂漠のドラゴンは、ゴツゴツとした頑強な外見とは裏腹に、とても律儀で素直だった。
もっともそういう性格だから、火の部族に付け入られたのだが。
「おおーい!」「カトリー!」「大変だー!」
そこに、三姉妹が血相を変えて走ってきた。
「「「ハナちゃんが産気付いてるー!!」」」
「えええっー!?」
突然のことだった。
「身篭っていたのか! どうりで最近太ってきたはずだよ!」
慌ててハナちゃんのもとに走っていく。
* * *
「ハナちゃん!」
カトリが馬小屋に駆けつけると、中でハナちゃんが横になっていた。
「……ブルッ! ブルルルッ!」
鼻息を荒くし、栗毛の肌にびっしょりと汗をかいていきんでいた。
そのハナちゃんを前にして、こういうことに慣れていない三姉妹が右往左往する。
「ど、どどどど、どうすれば!?」
「産湯か! 産湯をわかすのか!?」
「まずは落ち着いて呼吸を整えるんだ!?」
――ヒッハッフー!
「それは人間用だ!」
これまで農作業や家畜の世話などはしてこなかった三姉妹は、何をどうして良いかわからない。一方カトリは、馬のお産には何度か立ち会ったことがあるのだ。
「やるしかないか……」
ドラゴンの次は馬である。本当に忙しい一日だ。
慌てず落ち着いて、ひとまずハナちゃんの産道に手を入れてみる。
「破水はもう終わってるな……あ、足だ」
カトリの手に、小さな蹄の感触があった。
「大丈夫、逆子ではない……」
ハナちゃんの羊水でデロデロになった手を引き抜くと、カトリは三姉妹に言った。
「もっとたくさん、下に敷くものが必要だ」
ハナちゃんは今、固い地面の上でゴロゴロ転がっているのだ。
「敷くものっていったてな!」
「絨毯とかじゃまずいだろ!?」
「一体何を敷けば!」
普通なら固めの藁をたっぷりと敷くところだが、そんな藁は今はない。
カトリは困ってしまった。柔らかい干草を敷くか……?
「このままじゃハナちゃんが怪我をしてしまう……うーん、どうしよう」
四人が途方に暮れていると、ドラゴンが様子を見にやってきた。
「おお、これは美味そうな馬だな」
と、ハナちゃんを見下ろしつつ言う。
その言葉に真っ先に反応したのは三姉妹だった。
「だ、だめだぜドラゴンさん!」
「上手いこといってもダメだぜ!」
「食べちゃだめだー!」
ドラゴンと馬小屋の間に割って入り、両手を広げて妨害する。
「ハナちゃんはあたしらの癒しなんだ!」
「オアシスなんだ!」
「心の馬肉なんだ!」
決死の表情で訴える。
「「「食べるならあたしらを先に食べろー!」」」
「おいおい、お前ら……」
せっかく救ってやった命をいとも簡単に……。カトリは正直ガッカリした。
だが同時に、こいつらそんなにハナちゃんのことを想っていたのかと感心もした。
そしてそれは、ドラゴンも同様のようだった。
「ほお、身を挺してその馬を助けるというのか。そなたら本当に火の部族の血筋か」
「「「だったらなんだってんだー!」」」
しばし睨み合う三人とドラゴン。カトリはポンと手を打ってから切り出した。
「俺の村じゃ、生まれより育ちだって言うぞ、ドラゴンさん」
「ほほう。なるほどその娘どもは、そなたと同じ場所で育ったのか」
「そうだ。だからドラゴンさんの知ってる火の部族の人とは、ちょっと違うと思う」
確かに人と比べて野蛮な所はあるが、善良な相手を騙し打ちするほど非道ではない。
「はずだけどな……」
最後の方は少し自信が無かった。しかしドラゴンは気にすることなく、その厳しい顔に柔らかな笑顔を浮かべてきた。
「ふふふ、安心せい。その馬を食べたりはせぬ。どれ、我が材料を用意してやろう」
ドラゴンはそう言うと、両手を口に当てて一息吹いた。
そして、手の平の中に溜まったものを、カトリ達の目の前に下ろしてきた。
「おお! これは!」
ドラゴンの両手に抱えられたのは、よく乾いた清潔な砂だった。
「ありがとう! これは最高の寝床になる!」
乾いた砂は家畜にとって最高の敷科である。
滑りにくく、乾きやすく、雑菌が繁殖しづらい。
早速カトリ達は、その砂を使ってハナちゃんの寝床を作った。
「よしっ、どんどん運べ!」
「砂だぜハナちゃん!」
「これが欲しかったんだろう!?」
ハナちゃんの側にどんどん積み上げられていく砂の山。
少々ペースが速い。
「おい、お前ら! 埋まる! ハナちゃんが埋まる!」
馬が埋まる!
「上手いこと言ってないで早く砂を均せカトリ!」
「そうだ! 全然面白くないぞカトリ!」
「ギャグのセンスはドラゴン以下だな!」
「…………」
そういうつもりで言ったのでは……。
理不尽な思いを隠せないカトリだった。
* * *
ハナちゃんを励ましたり、背中をさすったり、子馬の足を引っ張ったり。
悪戦苦闘すること半アワワ。やがてハナちゃんの大きなお尻から、可愛い子馬が、ホコホコと湯気を立てながら産まれてきた。
「「「「う、うまれたー!」」」」
四人揃って万歳をする。
「馬が産まれた!」「馬が産まれた!」「馬が産まれた!」
「ちくしょう! 馬が産まれたあ!」
下らないことを叫びながら、四人はそろって感動の涙を流したのだった。
「コメディー」の人気作品
-
-
9,896
-
1.4万
-
-
1,701
-
1,520
-
-
1,245
-
1,205
-
-
795
-
1,518
-
-
695
-
806
-
-
662
-
670
-
-
600
-
1,440
-
-
264
-
82
-
-
252
-
74
コメント