勇者の名産地
意気投合
「じゃあ塗るぞ、ドラゴンさん」
燦々と太陽が照りつける中、カトリは砂のドラゴンと対峙した。
「うむ。やってみるが良い、青年よ」
「こいつらにも手伝ってもらうけど、いいよな?」
と言って三姉妹を指差す。
「そのようなことで、我の火の部族への怒りは微塵も治まりはせぬが、かまわんぞ」
「よしきた!」「ほいきた!」「頑張るぜ!」
カトリを先頭にしてドラゴンの背中に登って行く。下に残ったミッタが、小さなバケツで勇者汁をすくい取り、上にいるミツカに渡す。ミツカはさらにミーナに渡し、最後に背中の上にいるカトリに渡す。
バケツリレーの要領で次々と皮膚病の薬を運び上げ、ドラゴンの爛れた背中に塗っていく。その薬は、砂漠に水を撒くが如く、あっという間にドラゴンの皮膚に吸い込まれていった。
「どうだい、ドラゴンさん。気持ちいいだろう?」
「うむむ……確かに」
勇者汁は、肌に塗るとひんやり冷たく、痒みなどもすぐに引いて行く。ドラゴンの表情には、はっきりとした安らぎの色が現れていた。
「一体どんな毒を塗られていたんだ。こんなにボロボロに爛れて、可哀想に……」
「火の部族は悪知恵ばかり働く、野蛮な者どもだった。奴隷などを沢山使役して、実にけしからん痴情にふけるなどしておった」
「……流石はあいつらの祖先ってことか」
とは言え、あの三人に罪は無い。これを機に少しは真面目になってくれれば良いとカトリは思う。
「でもさあ、なにも皆殺しにすることはなかったんじゃないか?」
ドラゴンの機嫌が良さそうなので、カトリは少しつっこんだ話をしてみることにした。
「ふふふ、我が天誅を下せたのはごく僅かだ。後は蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった」
「そうだったのか……」
「または巧妙に姿を隠して、我がここを離れた隙に荷物をまとめて出て行ったようだ」
「したたかな人達だったんだな」
どうりで殆ど何も残っていないわけだ。
「以来、我は奴らがここに戻って来ていないよう、定期的に訪れているのだ」
「いつもは何処で暮らしているんだ?」
「砂漠のあちこちに巣穴を作ってある。そこで日がな砂を食べて暮らしている」
「砂を? そんなので腹が膨れるのか!?」
「うむ、我は砂の竜であるがゆえ……。しかしそのせいか、便秘がひどい」
「う、ううん……」
そりゃそうだろうなとカトリは思った。もしかしてアーリヤは、そのことさえ知っていたのだろうか?
「……いや、きっと違うな」
湖の精霊が、こんな砂漠地帯の事情に精通しているわけが無い。ドラゴンの腹に下剤を流し込んだことは、恐らくただの天然だろう。
「おぬしは一体どこからどうやってきたのだ。見た所、この大陸の人間ではないようだが」
「ああ、それはな……」
カトリはこれまでのことを、かいつまんで話した。
自分は勇者を広める旅をしていたが、連れの三姉妹が突然何かに覚醒して、想像を絶する魔力でここまで飛ばされてきた。
「ふむ、それは気の毒なこどだった……」
するとドラゴンは、カトリを哀れむようにそう言ってきた。
思いのほか良い人……もとい良いドラゴンだとカトリは思った。
「火の部族の者どもは、魔法で自分達の子供だけ安全な場所に避難させたのだろう。そして恐らくは、ある年齢になったら戻ってくるよう仕掛けてあったのだ」
「随分と都合の良い魔法だ!」
カトリは憤慨する。つまり自分は、この砂のドラゴンと同じ火の部族の被害者なのだ。
「ふふふ、青年よ。都合が良いから魔法なのだ」
「うお! た、確かに……」
カトリの目からうろこが落ちる。
流石はドラゴン、人間の何十倍も長生きするだけはある。
* * *
「はあ……」
ドラゴンの背中に薬を塗りながら、カトリハ故郷のことを思い出していた。
何とかドラゴンの機嫌を取ることには成功した。だが、ドラゴンから事情を聞いたことによって、この遺跡をキャラバンが訪れることはまずないことがわかってしまった。
つまり、故郷に戻ることは絶望的なのだ。
「……なあドラゴンさん。あなたにも家族や兄弟はいるのか?」
気付けば、そんな質問を口にしていた。
「うむ、もちろんだ」
「そうか、俺には妹が一人いるんだ。コノハって名前でさ、俺の5つ年下なんだ。海みたいな青い髪で、目が大きくて、小さい頃はお兄ちゃんお兄ちゃんって、いつでも俺のあとをくっついてきたんだ。そりゃあ、可愛い妹だったんだ」
「……うむ。我にもそのような妹がいる」
「え? そうなの?」
意外な発言だった。
「うむ。我より500歳年下のドラゴンだ。今は氷竜として北限の島を支配している。幼き頃は、よく我の背中によじ登ってきたものよ」
「へえ、可愛いな」
「ああ、だが女と言うものは、成長とともに大きく変るものだ。いつしか我を疎み、近づこうとすらしてこなくなった」
「ああ……」
自分と同じだとカトリは思う。
「どこも一緒なんだな。うちのコノハも、ろくに俺と口をきいてくれないんだ」
「ふふふ……そういう定めなのであろう」
「悲しいな……。もう本当に、俺の心をえぐるようなことばかり言ってくるんだ」
「我の妹もそのようなものだ。あの氷のドラゴンの冷たき言葉に、幾度この胸を凍らされたことかわからぬ……だが」
そこでカトリとドラゴンの目があった。
二人同時に口にする。
「「それでも妹は可愛いものだ!」」
兄同士、意気投合の瞬間である。
燦々と太陽が照りつける中、カトリは砂のドラゴンと対峙した。
「うむ。やってみるが良い、青年よ」
「こいつらにも手伝ってもらうけど、いいよな?」
と言って三姉妹を指差す。
「そのようなことで、我の火の部族への怒りは微塵も治まりはせぬが、かまわんぞ」
「よしきた!」「ほいきた!」「頑張るぜ!」
カトリを先頭にしてドラゴンの背中に登って行く。下に残ったミッタが、小さなバケツで勇者汁をすくい取り、上にいるミツカに渡す。ミツカはさらにミーナに渡し、最後に背中の上にいるカトリに渡す。
バケツリレーの要領で次々と皮膚病の薬を運び上げ、ドラゴンの爛れた背中に塗っていく。その薬は、砂漠に水を撒くが如く、あっという間にドラゴンの皮膚に吸い込まれていった。
「どうだい、ドラゴンさん。気持ちいいだろう?」
「うむむ……確かに」
勇者汁は、肌に塗るとひんやり冷たく、痒みなどもすぐに引いて行く。ドラゴンの表情には、はっきりとした安らぎの色が現れていた。
「一体どんな毒を塗られていたんだ。こんなにボロボロに爛れて、可哀想に……」
「火の部族は悪知恵ばかり働く、野蛮な者どもだった。奴隷などを沢山使役して、実にけしからん痴情にふけるなどしておった」
「……流石はあいつらの祖先ってことか」
とは言え、あの三人に罪は無い。これを機に少しは真面目になってくれれば良いとカトリは思う。
「でもさあ、なにも皆殺しにすることはなかったんじゃないか?」
ドラゴンの機嫌が良さそうなので、カトリは少しつっこんだ話をしてみることにした。
「ふふふ、我が天誅を下せたのはごく僅かだ。後は蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった」
「そうだったのか……」
「または巧妙に姿を隠して、我がここを離れた隙に荷物をまとめて出て行ったようだ」
「したたかな人達だったんだな」
どうりで殆ど何も残っていないわけだ。
「以来、我は奴らがここに戻って来ていないよう、定期的に訪れているのだ」
「いつもは何処で暮らしているんだ?」
「砂漠のあちこちに巣穴を作ってある。そこで日がな砂を食べて暮らしている」
「砂を? そんなので腹が膨れるのか!?」
「うむ、我は砂の竜であるがゆえ……。しかしそのせいか、便秘がひどい」
「う、ううん……」
そりゃそうだろうなとカトリは思った。もしかしてアーリヤは、そのことさえ知っていたのだろうか?
「……いや、きっと違うな」
湖の精霊が、こんな砂漠地帯の事情に精通しているわけが無い。ドラゴンの腹に下剤を流し込んだことは、恐らくただの天然だろう。
「おぬしは一体どこからどうやってきたのだ。見た所、この大陸の人間ではないようだが」
「ああ、それはな……」
カトリはこれまでのことを、かいつまんで話した。
自分は勇者を広める旅をしていたが、連れの三姉妹が突然何かに覚醒して、想像を絶する魔力でここまで飛ばされてきた。
「ふむ、それは気の毒なこどだった……」
するとドラゴンは、カトリを哀れむようにそう言ってきた。
思いのほか良い人……もとい良いドラゴンだとカトリは思った。
「火の部族の者どもは、魔法で自分達の子供だけ安全な場所に避難させたのだろう。そして恐らくは、ある年齢になったら戻ってくるよう仕掛けてあったのだ」
「随分と都合の良い魔法だ!」
カトリは憤慨する。つまり自分は、この砂のドラゴンと同じ火の部族の被害者なのだ。
「ふふふ、青年よ。都合が良いから魔法なのだ」
「うお! た、確かに……」
カトリの目からうろこが落ちる。
流石はドラゴン、人間の何十倍も長生きするだけはある。
* * *
「はあ……」
ドラゴンの背中に薬を塗りながら、カトリハ故郷のことを思い出していた。
何とかドラゴンの機嫌を取ることには成功した。だが、ドラゴンから事情を聞いたことによって、この遺跡をキャラバンが訪れることはまずないことがわかってしまった。
つまり、故郷に戻ることは絶望的なのだ。
「……なあドラゴンさん。あなたにも家族や兄弟はいるのか?」
気付けば、そんな質問を口にしていた。
「うむ、もちろんだ」
「そうか、俺には妹が一人いるんだ。コノハって名前でさ、俺の5つ年下なんだ。海みたいな青い髪で、目が大きくて、小さい頃はお兄ちゃんお兄ちゃんって、いつでも俺のあとをくっついてきたんだ。そりゃあ、可愛い妹だったんだ」
「……うむ。我にもそのような妹がいる」
「え? そうなの?」
意外な発言だった。
「うむ。我より500歳年下のドラゴンだ。今は氷竜として北限の島を支配している。幼き頃は、よく我の背中によじ登ってきたものよ」
「へえ、可愛いな」
「ああ、だが女と言うものは、成長とともに大きく変るものだ。いつしか我を疎み、近づこうとすらしてこなくなった」
「ああ……」
自分と同じだとカトリは思う。
「どこも一緒なんだな。うちのコノハも、ろくに俺と口をきいてくれないんだ」
「ふふふ……そういう定めなのであろう」
「悲しいな……。もう本当に、俺の心をえぐるようなことばかり言ってくるんだ」
「我の妹もそのようなものだ。あの氷のドラゴンの冷たき言葉に、幾度この胸を凍らされたことかわからぬ……だが」
そこでカトリとドラゴンの目があった。
二人同時に口にする。
「「それでも妹は可愛いものだ!」」
兄同士、意気投合の瞬間である。
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