勇者の名産地

ナガハシ

最後の魔法

 身を寄せ合ってガタガタ震えている三姉妹を見下ろしながら、ドラゴンは言った。


「火の部族の娘どもよ。いまこそ積年の恨みを晴らしてくれようぞ」


 黄土色の眼がギラリと光る。その瞳の奥にあるものは、間違いなく怒りだ。


「あわわわ……」
「あたしらが一体」
「何したってんだよお……」


 心底脅えきっている三姉妹。さっきまでの威勢は何処へ行ったのか。


「ふざけた名前の剣で切ろうとしたじゃないか……」


 目の前でぶんぶんと振り回されているドラゴンの尻尾を眺めながら、カトリは呟く。
 ドラゴンの注意は完全に三姉妹の方に行っている。いまならやってやれなくもないもない。カトリは金のスコップを握り締めた。


「ジワジワと踏み潰してくれるわあ!」
「「「うぎゃああああーー!!」」」


 ズンと踏み出されるドラゴンの足。三姉妹は子供のように泣きじゃくっている。ギリギリまでこうして眺めているのも良いかなと一瞬思ったカトリだが、すぐに考えを改める。


「……あんな奴らでも俺の仲間だ!」


 そして意を決して、ドラゴンの尻めがけて走っていった。


「うおおおっ!」


 ドラゴンの後ろ足にしがみつく。岩石のような鱗に包まれているそれは、まるで崖のようだった。ロッククライミングの要領で、尻を目指してよじ登っていく。


「ほーれほれほれ、踏み潰してやるぞおー!?」


 再びズウンと踏み出されるドラゴンの足。


「「「ひぎゃあああーー!!」」」


 泣き叫ぶ三姉妹。ギリギリまで死の恐怖を味あわせるべく、ドラゴンは焦らしに焦らす。


「一体どんな恨みを買ったんだ!」


 ひとつ腰をすえて話し合ってみたいところだったが、今はそうも言っていられない。
 何とかよじ登って、尻穴のすぐ側までくる。デザートドラゴンの排泄口は、まるで岩の詰まった井戸穴だった。


「刺さるのか? こんな所に……」


 金のスコップ(金玉の棒)を取り出してガツガツと突き込んでみる。
 これがドラゴンの尻穴だと思うといたたまれない気持ちになる。だからカトリは、これは農作業のようなものだと割り切ることにした。


「ええいっ、くそっ!」


 中々硬くて、スコップの先(金の玉)が入っていかない。


「カトリさーん! がんばってー! キャー!」


 後ろでアーリヤが応援している。その瞳は何故か、シャンデリアのように輝いていた。


「なんで楽しそうなんですっ!?」
「えっ!? だってそれは……。もう! 女の子にそんなこと聞いちゃいけません!」


 何故か怒られた。理不尽な思いを抱きつつ、カトリは懸命にドラゴンの尻を掘り続けた。


――ズブリッ。


 ある一点を過ぎると、金のスコップはいとも簡単に突き刺さっていった。そのままカトリは、その穴の中に手を突っ込み、出来るだけ奥深い場所にまでスコップを挿入した。


「素晴らしいですカトリさん! そこまでやるなんて!」
「え、ええと、とりあえず、ありがとうございます! それでどうするんですか?」
「魔法を使います! カトリさんは離れていて!」


 言われた通り、カトリはドラゴンの足から飛び降りた。


「むむうぅ?」


 そこでようやくドラゴンが気付いた。


「ふむむ、我の尻に虫がついておったわ」


 不愉快そうな顔をしながら振り向いてくる。三姉妹は恐怖のあまり、白目を剥いて口から泡を吹いていた。


「ま、まてっ! まずは話し合おうぜ!? ドラゴンさん!」


 カトリは必死にドラゴンをなだめるも、一向にその怒りは収まる様子がない。


――カトリさん。


「アーリヤさん!?」


 その時、湖の精霊の声がした。気付けばドラゴンの背後、目を閉じ、両手を胸の前で合わせて、全身から神々しい光を放っているアーリヤの姿が見えた。


――いままで楽しかったです、ありがとう、カトリさん。


「えっ? ちょっと? なんですかアーリヤさん!?」


 何故今になってそんなことを?
 しかしカトリがその疑問を彼女にぶつける前に、目の前のドラゴンが、その形相を激しくゆがませたのだった。


「む、むおおおおっ!?」


 ドラゴンの体内から、何かダクダクと、氾濫した川のような音が響いてきた。
 凄まじい勢いで、何らかの液体がドラゴンの腸内に注ぎ込まれている。


「まさかアーリヤさんが!?」


――はいそうです、私の魔法です。


 もしかするとアーリヤは、全魔力を使い果たそうとしているのかもしれない。
 そう気付いたカトリは、反射的に叫んでいた。


「一体どんな無茶をしているんですか!? アーリヤさん!」


 何か恐ろしい毒水でも流し込んでいるのだろうか。こんな枯れ果てた砂漠の地で、そんな大それた水魔法を使ったら、一瞬で魔力が干からびてしまうだろう。
 そうなったらアーリヤはどうなるのか。


――大丈夫、カトリさんは私が守って見せます。


「アーリヤさーん!?」


 カトリは絶叫する。ドラゴンの体内には、なおも液体が流し込まれている。その腹がどんどん膨らんでいく。


「おほおっ……。ぐ、ぐおおおお……!」


 放心したようなドラゴンの表情。そこでようやくアーリヤの魔法が止んだ。
 やがて凄まじい音が、ドラゴンの腹の中から響いてきた。


――ギュルルルルルー……。


「む、むおわああああ!」


 ドラゴンはたまらず腹を抱え、そして何処へともなく走り去っていった。


「……た、助かったのか?」


 カトリはその場にへたれこむ。それにしてもアーリヤは、一体どんな魔法を使ったのか。


――下剤というものを精製してみました。


 どこからともなくアーリヤの声が聞こえてきた。辺りを見渡すも、彼女の姿は何処にも見当たらなかった。


「げ、下剤?」


――はい、下剤です。これでドラゴンさんは、きっとシオシオになるでしょう。


「え、えええ!?」


 カトリにはアーリヤが考えていることがまるでわからなかった。


――頑張って生き抜いてください、カトリさん。それじゃあ、さようなら……。


「え!? ちょっと!?」


――生まれ変わったら、勇者になりたいな……。


 それだけ言い残して、アーリヤは完全にその気配を消した。


「アーリヤさーん!?」


 突然のことで、何が何だかさっぱりわからなかった。
 カトリは慌てて水筒を手に取ってみた。


「……空っぽだ!」


 水筒は振っても何も音がしなかった。中にはもう、水は入っていなかった。


「さようならって……まさか」


 カトリは信じられない思いで一杯になった。アーリヤはその身と引き換えに、ありったけの下剤をドラゴンの腹に流し込んだのだ。


「それって……それって……!」


 自らの命と引き換えに……? そんな、何も言わずにあんまりだ。
 しかしアーリヤを思う気持ちよりも大きな疑問があった。
 本当にドラゴンを倒せたのだろうか?
 下剤は確かに強力な薬だ。大量に飲めば、シオシオになるまで中身のものを放出することになるだろう。でも流石に死にはしないのではないか?


「根本的な解決になってないんじゃ!?」


 命と引き換えに下剤って……。
 カトリは、ただ呆然と立ち尽くす。









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