勇者の名産地
砂漠の主
「スヤスヤ……」
ドラゴンのかさぶたの効果が切れると急に眠くなってきた。
カトリは日陰でしばしの昼寝をすることにした。
「うふふふ……」
アーリヤが膝枕をしてくれている。彼女の肌はひんやりとしていて、とても心地よく、カトリはあっという間に寝入ってしまった。
そんなカトリの寝顔を、アーリヤは慈しむよう見つめる。
「本当に、お兄様に良く似ている……」
微笑みながら呟く。魔王だった頃の自分だったら、きっと捕まえて砂糖菓子にしていただろうとアーリヤは思う。
「でも私……今は湖の精霊……」
昔の荒くれていた頃の罪を償うためにここにいる。アーリヤはカトリの力になってあげたいと思っている。身を燃やし尽くすほどに愛したお兄様に良く似たこの青年を、そして、かつて自分のことを好きだと言ってくれた勇者マルクスと同じ香りをもつこの青年を、何とかして助けてあげたい。
「きっと、勇者を愛する人のことを勇者と呼ぶのね」
勇者マルクスもまた、勇者をこよなく愛する男だった。その体からは常に、カトリと同じ青臭い香りが漂っていた。
「あれからもう40年……」
遠くを見つめながら思う。自分は魔王だった頃の罪を償えたのだろうかと。
「……ううん」
しかしアーリヤは首を振る。そう簡単に償える罪ではない。たとえ七回生まれ変わっても、この身の罪は消えないだろうと、湖の精霊は思う。
出来ることなら、カトリをトンガスに連れて帰ってあげたい。魔王だった頃の自分なら出来たはずだと思う。しかし今は湖の精霊。そしてここは、アーリヤが最も力を発揮できない砂漠地帯なのだった。
アーリヤはカトリの腰にくくりつけてある水筒に目を向けた。ずっと肌身離さず持っていてくれた、アーリヤの揺り篭にして最後の砦。カトリには言っていないが、こうしてアーリヤが外に出てくるたびに、水筒の中の水は少しずつ減っている。さらには、魔法を使うことによっても減っていく。
もし、全ての水が蒸発してしまった時、アーリヤは一体どうなってしまうのか。
それは彼女自身にもわからないことだ。
「皮肉なものね……」
かつて、絶大な魔力で世界を恐怖に陥れたアーリヤは、そう言ってため息をついた。力を持っている時にはそれを正しく使えず、失ってからそれをどう使えば良いかわかる。
それはまさに、皮肉なことだった。
――うおおお~~。
――カトリぃ~~。
――どこにいるぅ~~。
「あら?」
ふいに聞こえてきた三姉妹の声にアーリヤは振り返る。どこか熱に浮かされたような、亡霊じみた声色だ。
「あらあら」
遺跡の影からヨロヨロ歩き出てきた三人を見て、また一波乱あるなとアーリヤは思った。
「カトリさん、覚悟を決める時が来たようですよ?」
そっと耳元でささやいてから、アーリヤは水筒の中に消えた。
枕にしていた膝が消えたことで、カトリの頭がガックリと砂の上に落ちた。
「む、むむ……」
寝苦しそうに眉をしかめるカトリ。そこへ三つの足音が近づいてきていた。
「……おおー、カトリだー」
「……こんなところに居やがったのかー」
「……気持ち良さそうに寝ているなー」
――ハアハア、ハアハア、ハアハア……。
三人とも呼吸が荒い。顔を真っ赤に紅潮させ、胸と股間を押さえてモジモジしている。
「もういいよな? あたしたち、こんなに我慢したんだもの……ハアハア」
「ああ、本当はちゃんと愛しあってからしたかったけど、仕方ないな……ハアハア」
「そのうちカトリも、あたし達の愛に気付いてくれるさ……ハアハア」
熱を帯びた瞳でカトリを見下ろす三姉妹。そろそろとカトリに寄り添う。
「ああ、もうダメ、カトリ……」
長女のミーナが、その胸をカトリの顔に押し付けた。
「ああ、青臭い、カトリの匂いだ……」
次女のミツカが、カトリの胸元に頬を擦り寄せる。
「きっとここは、もっと青臭いんだぜ……」
三女のミッタが、カトリのズボンに手をかける。
まさに絶対絶命のピンチ。青年の貞操が危機に瀕していた。
「ん、んんん…………」
そこでようやく、カトリが目を覚ました。
「むわー!?」
両目を剥いて驚く。飛び跳ねるようにして飛び退いて、後ろの壁に背中をぶつける。
「んななななっ! なんだお前ら! いつのまに!」
三人の状態が普通ではないことを、カトリはすぐに理解した。
「カトリがなかなかご飯食べに戻ってこないから、あたしとミツカでミッタの様子を見に行ったんだ。そしたら……」
「ミッタが顔を真っ赤にて、わんわん泣きながら地面を転がってるから、何事かと思って話を聞いたんだ。そしたらドラゴンのかさぶたが何たらで……」
「ヒドイじゃないかカトリ、あたしを一人で置いていくなんて、姉者達が来てくれなかったら、あのまま狂い死にしてたかもしれない……」
口々に言いながら、ジリジリと這い寄ってくる三姉妹。
カトリはもう終わりだと思った。三人が子孫繁栄の秘薬を服用したことは明らかだった。
「だ、だからって、みんなで試すことないだろ! ドラゴンのかさぶたー!」
「「「おうよっ! これすっごく威力あるな!」」」
「嬉しそうにいうな!!」
「「「興奮しすぎて頭がおかしくなりそうだぜ!」」」
「もうずっとおかしいよお前らは!」
カトリの絶叫は虚しく砂漠の空に吸い込まれていった。
そしてついに観念した。
――父さん、母さん、コノハ……。ごめん、俺は今から、大人になります。
この蛮族みたいな娘達の種になります……!
「ふふふ」「どうやら」「観念したみたいだな」
「くうううっ……!」
三姉妹がよだれを垂らしながら迫ってくる。この世の終わりのようなその光景を、カトリはただ震えて見守った。
「んっ!?」
だが、その時だった。
――シュゴオオオオ……。
大いなる存在の息吹がカトリの魂を揺さぶった。
「な、なんだあれは……」
三姉妹達の背後から、巨大な翼をバッサバッサとはためかせながら、巨大な影がこちらに向かって飛んできているのだ。
「お、お前ら! 後ろを見ろ!」
「んあ? 後ろがなんだって?」
「この期に及んで悪あがきか?」
「もう絶対に逃がさないんだからな?」
だが、三人は聞く耳持たない。
「いや! マジで! なんかデッカイのが飛んできてるんだ! やばいって!」
カトリは必死でそちらを指差し、三姉妹に正気に戻るよう訴える。
三人の背後、青い空の一角は、すでに巨大な生物の姿で覆いつくされていた。
「うわわわ……」
ドラゴンのかさぶたなどと言うものがあるのだから、きっとそう遠くない場所に潜んでいるのだろうとは思っていた。でも、こんなにすぐに遭遇するなんて。
「ま、まじかよ……」
それは紛れもなくドラゴンだった。
巨大な翼と砂岩のような鱗。
砂漠の竜、デザートドラゴンである。
――まだ生き残りが居たとはな。
「!?」「!?」「!?」
後方から発せられた遠雷のような声。流石の三姉妹も正気に戻る。
そして速やかに後ろを振り向いて。
「「「な、なんじゃこりゃあー!!?」」」
声を重ねて絶叫した。
見捨てられし、火の部族の遺跡。砂の都の上空に、砂漠の主が羽ばたいている。
「やべえよ!」「あれはマジで!」「やべえよ!」
「だから言っただろう!」
子作りしている場合じゃない!
ドラゴンのかさぶたの効果が切れると急に眠くなってきた。
カトリは日陰でしばしの昼寝をすることにした。
「うふふふ……」
アーリヤが膝枕をしてくれている。彼女の肌はひんやりとしていて、とても心地よく、カトリはあっという間に寝入ってしまった。
そんなカトリの寝顔を、アーリヤは慈しむよう見つめる。
「本当に、お兄様に良く似ている……」
微笑みながら呟く。魔王だった頃の自分だったら、きっと捕まえて砂糖菓子にしていただろうとアーリヤは思う。
「でも私……今は湖の精霊……」
昔の荒くれていた頃の罪を償うためにここにいる。アーリヤはカトリの力になってあげたいと思っている。身を燃やし尽くすほどに愛したお兄様に良く似たこの青年を、そして、かつて自分のことを好きだと言ってくれた勇者マルクスと同じ香りをもつこの青年を、何とかして助けてあげたい。
「きっと、勇者を愛する人のことを勇者と呼ぶのね」
勇者マルクスもまた、勇者をこよなく愛する男だった。その体からは常に、カトリと同じ青臭い香りが漂っていた。
「あれからもう40年……」
遠くを見つめながら思う。自分は魔王だった頃の罪を償えたのだろうかと。
「……ううん」
しかしアーリヤは首を振る。そう簡単に償える罪ではない。たとえ七回生まれ変わっても、この身の罪は消えないだろうと、湖の精霊は思う。
出来ることなら、カトリをトンガスに連れて帰ってあげたい。魔王だった頃の自分なら出来たはずだと思う。しかし今は湖の精霊。そしてここは、アーリヤが最も力を発揮できない砂漠地帯なのだった。
アーリヤはカトリの腰にくくりつけてある水筒に目を向けた。ずっと肌身離さず持っていてくれた、アーリヤの揺り篭にして最後の砦。カトリには言っていないが、こうしてアーリヤが外に出てくるたびに、水筒の中の水は少しずつ減っている。さらには、魔法を使うことによっても減っていく。
もし、全ての水が蒸発してしまった時、アーリヤは一体どうなってしまうのか。
それは彼女自身にもわからないことだ。
「皮肉なものね……」
かつて、絶大な魔力で世界を恐怖に陥れたアーリヤは、そう言ってため息をついた。力を持っている時にはそれを正しく使えず、失ってからそれをどう使えば良いかわかる。
それはまさに、皮肉なことだった。
――うおおお~~。
――カトリぃ~~。
――どこにいるぅ~~。
「あら?」
ふいに聞こえてきた三姉妹の声にアーリヤは振り返る。どこか熱に浮かされたような、亡霊じみた声色だ。
「あらあら」
遺跡の影からヨロヨロ歩き出てきた三人を見て、また一波乱あるなとアーリヤは思った。
「カトリさん、覚悟を決める時が来たようですよ?」
そっと耳元でささやいてから、アーリヤは水筒の中に消えた。
枕にしていた膝が消えたことで、カトリの頭がガックリと砂の上に落ちた。
「む、むむ……」
寝苦しそうに眉をしかめるカトリ。そこへ三つの足音が近づいてきていた。
「……おおー、カトリだー」
「……こんなところに居やがったのかー」
「……気持ち良さそうに寝ているなー」
――ハアハア、ハアハア、ハアハア……。
三人とも呼吸が荒い。顔を真っ赤に紅潮させ、胸と股間を押さえてモジモジしている。
「もういいよな? あたしたち、こんなに我慢したんだもの……ハアハア」
「ああ、本当はちゃんと愛しあってからしたかったけど、仕方ないな……ハアハア」
「そのうちカトリも、あたし達の愛に気付いてくれるさ……ハアハア」
熱を帯びた瞳でカトリを見下ろす三姉妹。そろそろとカトリに寄り添う。
「ああ、もうダメ、カトリ……」
長女のミーナが、その胸をカトリの顔に押し付けた。
「ああ、青臭い、カトリの匂いだ……」
次女のミツカが、カトリの胸元に頬を擦り寄せる。
「きっとここは、もっと青臭いんだぜ……」
三女のミッタが、カトリのズボンに手をかける。
まさに絶対絶命のピンチ。青年の貞操が危機に瀕していた。
「ん、んんん…………」
そこでようやく、カトリが目を覚ました。
「むわー!?」
両目を剥いて驚く。飛び跳ねるようにして飛び退いて、後ろの壁に背中をぶつける。
「んななななっ! なんだお前ら! いつのまに!」
三人の状態が普通ではないことを、カトリはすぐに理解した。
「カトリがなかなかご飯食べに戻ってこないから、あたしとミツカでミッタの様子を見に行ったんだ。そしたら……」
「ミッタが顔を真っ赤にて、わんわん泣きながら地面を転がってるから、何事かと思って話を聞いたんだ。そしたらドラゴンのかさぶたが何たらで……」
「ヒドイじゃないかカトリ、あたしを一人で置いていくなんて、姉者達が来てくれなかったら、あのまま狂い死にしてたかもしれない……」
口々に言いながら、ジリジリと這い寄ってくる三姉妹。
カトリはもう終わりだと思った。三人が子孫繁栄の秘薬を服用したことは明らかだった。
「だ、だからって、みんなで試すことないだろ! ドラゴンのかさぶたー!」
「「「おうよっ! これすっごく威力あるな!」」」
「嬉しそうにいうな!!」
「「「興奮しすぎて頭がおかしくなりそうだぜ!」」」
「もうずっとおかしいよお前らは!」
カトリの絶叫は虚しく砂漠の空に吸い込まれていった。
そしてついに観念した。
――父さん、母さん、コノハ……。ごめん、俺は今から、大人になります。
この蛮族みたいな娘達の種になります……!
「ふふふ」「どうやら」「観念したみたいだな」
「くうううっ……!」
三姉妹がよだれを垂らしながら迫ってくる。この世の終わりのようなその光景を、カトリはただ震えて見守った。
「んっ!?」
だが、その時だった。
――シュゴオオオオ……。
大いなる存在の息吹がカトリの魂を揺さぶった。
「な、なんだあれは……」
三姉妹達の背後から、巨大な翼をバッサバッサとはためかせながら、巨大な影がこちらに向かって飛んできているのだ。
「お、お前ら! 後ろを見ろ!」
「んあ? 後ろがなんだって?」
「この期に及んで悪あがきか?」
「もう絶対に逃がさないんだからな?」
だが、三人は聞く耳持たない。
「いや! マジで! なんかデッカイのが飛んできてるんだ! やばいって!」
カトリは必死でそちらを指差し、三姉妹に正気に戻るよう訴える。
三人の背後、青い空の一角は、すでに巨大な生物の姿で覆いつくされていた。
「うわわわ……」
ドラゴンのかさぶたなどと言うものがあるのだから、きっとそう遠くない場所に潜んでいるのだろうとは思っていた。でも、こんなにすぐに遭遇するなんて。
「ま、まじかよ……」
それは紛れもなくドラゴンだった。
巨大な翼と砂岩のような鱗。
砂漠の竜、デザートドラゴンである。
――まだ生き残りが居たとはな。
「!?」「!?」「!?」
後方から発せられた遠雷のような声。流石の三姉妹も正気に戻る。
そして速やかに後ろを振り向いて。
「「「な、なんじゃこりゃあー!!?」」」
声を重ねて絶叫した。
見捨てられし、火の部族の遺跡。砂の都の上空に、砂漠の主が羽ばたいている。
「やべえよ!」「あれはマジで!」「やべえよ!」
「だから言っただろう!」
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