勇者の名産地

ナガハシ

長女

 朝の仕事を終えて調理場に行くと、そこで長女のミーナが朝食を作っていた。
 キャミソールにホットパンツという、殆ど下着に近い格好だ。


「あっ、お疲れ様カトリ。ご飯にする? お風呂にする? それとも朝から?」


 と言ってミッタは、怪しく腰をくねらせてくる。


「ご飯で頼む……」


 うんざりしながらカトリは答える。食事の支度はミーナがやるようになっていた。


「もうー、カトリったら。相変わらずそっけないんだからっ」
「何を作っているんだ?」
「今日の朝ごはんは、ヘビの蒲焼とサボテンの天ぷらよっ」
「朝から重いなぁ……」


 調理場は油っこい匂いがしていた。天ぷらの油は、古びた油をアーリヤの魔法で浄化してもらったものだ。


「だって、カトリ毎日畑仕事してるでしょ? 一杯食べて元気をつけてもらわないと。夜の仕事にまで体力がまわらないでしょ? うふふふっ」
「むむー!? 夜の仕事なんかしないからな!」


 本当に色んな意味で重い。カトリは下腹を押さえながら席に着いた。
 三姉妹は相も変らず、こうしてカトリに子作りを迫ってくる。始めのうちは、農作業でヘトヘトだったため、その気になることはまったくなかったカトリだが、近頃かなり余裕が出来てきた。勇者の手入れと、牧草畑の水遣り。カトリの仕事はそれくらいのもので、あとは三姉妹がやってくれるのだ。


「というか、お前らまだ別行動してるのかよ」
「その方が効率いいから」
「でも調子でないんだろう?」
「ううん、カトリがいるから大丈夫なの」
「……そうか」


 すっかり頼もしい旦那さん扱いされしまっているカトリ。
 しかしまったく素直には喜べないのだった。
 夕食だけは四人揃って祭壇の前で食べるが、朝はこうして調理場で済ませるのだ。かまどの脇に積み上げられた石材のような岩塩の塊を眺めていると、程なく塩気の効いたスープが出てきた。小麦粉を練って焼いたものが、具として入っている。


「めしあがれっ」
「頂きます……」


 ズズッとスープをすする。暑い場所で暮らしているせいか、この頃は塩気さえあれば何でも美味しく感じられるようになってきた。
 今飲んでいるスープも、ただの塩汁のはずなのだが、なんともいえぬ深いコクが感じられる。不思議なものだとカトリは思う。


「どう? 美味しい?」
「ああ、うん、ミーナって料理上手だよな」
「伊達に野山を駆け回ってないわよ。野外料理はお手のものなんだから」
「よく塩だけでこんなに美味しく作れるよ。正直、凄いと思う」
「う、ううん……まあ、ね」


 今、少し間があった。カトリの背筋に、ざわざわと危険信号が走った。


「もしかして……隠し味でも入ってるのか?」
「……えっ? そんな大したものじゃないわよ?」


 と言って、目をメダカのように泳がせるミーナ。


「口に出しては言えないものなのかっ!?」
「だ、大丈夫よ? おかしなものじゃないからっ」


 わざわざおかしくないと言うあたり、ますます怪しい。


「何が入ってるんだ!? 気になるじゃないか!」
「もうっ、そんなつまらないこと気にしちゃって。愛のおまじないとでも思っておいてっ」


 カトリはひとまず塩汁(?)を食卓に置くと、指の先で眉間を強く押した。


「信じてるからな……ミーナ。頼むぜ? な?」
「食べ物の鮮度と品質には気を配っているわ!」


 一体どんな鮮度と品質だろう。とても気になるカトリだったが、もう一月近くもこのスープを飲んでしまっている。いまさらどうしようもない。


「ちゃんと絞りたてを使っているもの!」
「うおおおー! 何が入っているんだー!」


 カトリはたまらず頭を抱えた。


 * * *


 やたらと脂がのったヘビの蒲焼を、ミーナと二人でもしゃもしゃと食べる。これを食べるとすごく元気が出る。


「砂漠にヘビがいてくれて良かったね!」
「ああ、本当にな」


 ミーナが半日がかりで見つけ出してくるヘビは、カトリ達の貴重な栄養源だった。
 サボテンの葉っぱと小麦粉だけでは、流石に体が持たなかっただろう。


「もうかれこれ二ヶ月だよ。カトリ」
「ああ、そうだな」


 カトリは軽くため息をつく。


「来ないね、キャラバン」
「ああ……何でだろうな。ここには水も塩もあるっていうのに……」


 苦い顔をしながら首を振る。期待していたキャラバンは未だにやってこない。話し相手がミーナ達しかいないことも、カトリの不満を募らせていた。
 三人とも、カトリを見るや否や子作りを迫ってくる。ミーナなどはすっかり新妻気分だ。最近では口調まで変ってきて、やりにくいことこの上ない。


「ねえカトリ。私達、始めに来た時から思っていたことがあるの」
「ん?」


 目線を上げると、いつになく真剣な表情をしたミーナがいた。


「ここがキャラバンが来るような場所だったなら、そもそも廃墟にはなってないと思うの」
「…………」


 まさに正鵠を得た発言だった。三姉妹は、トンガスに帰りたいであろうカトリの心中を思って、あえてそのことを指摘せずにいたのだ。
 砂漠生活を始めてから二ヶ月という節目に、どうやら長女のミーナは、踏み入った話をする決意をしたらしかった。


「どういう理由かは知らないけど、ここはもう見放されてしまった場所なのよ」
「……そんなこと言ったって」


 誰か着てくれないことには帰れない。それは間違いないことだ。
 そしてカトリは、やはり故郷に帰りたかった。


「だからねカトリ、私達は決めたの、ここに私達の町を作るって。そのためにはカトリ、あなたにとても重い負担をかけてしまうこともわかっていた」
「うむむむ……」


 重いなんてものじゃなかった。カトリはこの砂漠の遺跡に暮らしている唯一の男として、一族の始祖とならなければならないのだ。


「まあ待てよ、ミーナ。まだそんなに慌てなくても……」
「ねえカトリ」


 強い口調で言いつつ、ミーナがカトリの手を握ってくる。


「現実から目をそむけてはいけないわ」
「うっ……」
「たった四人だけでもう二ヶ月……私達、そろそろ限界なのよ……」
「うううっ……」


 恋すがるような眼で見つめられて、カトリはただ視線をそらすことしかできなかった。


「そんなに寂しいなら、三人揃っていつもみたいに騒いでいればいいだろう……」


 三姉妹がこうも狂おしく子種を求めてくるのは、一重に寂しいからだった。極めて人口密度の低い環境に放り込まれて、生物としての本能が、早く増えろと訴えているのだ。
 だがカトリは、自分で言いながら気付いていた。三人でつるんで騒いでいても、それは一時的な気晴らしにしかならないことを。これまで常に本能で動いてきた三人は、こんな砂漠の遺跡に放り込まれても、やはり本能で生きているのだ。


「そんなこと言わないでよ……泣きたくなるじゃない……」


 ミーナは立ち上がると、カトリの横に移動した。


「……お、おいっ」
「ねえカトリ、私寂しい……」


 そしてひしとカトリに寄り添って、その目に涙を浮かべるのだった。









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