勇者の名産地

ナガハシ

月夜に吠える

 大きな月が出ていた。
 砂漠の月というのは、ずいぶん大きく見えるものだなとカトリは思った。
 おかげで灯りがなくても足元が明るい。神殿の階段には亀裂が入っていて、足を滑らせると下の空間に落ちてしまうから、この月明かりはありがたかった。
 階段を下りて少し歩いた場所に、ハナちゃんを繋いだ馬小屋がある。
 元はおそらく、ラクダを繋ぐための場所だったのだろう。そのラクダ小屋の向かいに立っている石の建物が、カトリの寝る場所だった。


「ヒヒーン!」


 カトリの気配を察したハナちゃんが、高い声でいなないてきた。見知らぬ土地に一人ぼっち、馬でなくとも寂しいだろう。


「よしよし、寂しかったなハナちゃん」


 カトリはハナちゃんに駆け寄ると、そのたてがみを丹念に撫でてやった。ハナちゃんもまた、人恋しそうにカトリに頭を擦り付けてきた。


「ブルルルッ」
「腹減ってるだろ? こんなのしか無いんだけど、食わないよりはいいよな……」


 といてカトリは、持ってきた小麦粉せんべいに砂糖をまぶしてハナちゃんに与えた、
 ハナちゃんは嬉しそうに齧りついて、モグモグとあっという間に食べてしまった。馬は甘いものが大好きなのだ。
 カトリは向かいの石小屋に入ると、中に置いてあったリュックからキュウリを一本取り出した。そしてハナちゃんに食べさせた。


「ひとまずこれで我慢してくれよな」


 ハナちゃんは、そのきゅうりも嬉しそうにバリバリと食べた。貴重な野菜であるが、小麦粉ばかりを食べさせるわけにもいかない。ひとまず持ち合わせの野菜でカバーする。
 しかし馬は草食動物だから、きちんとイネ科の牧草を食べさせなければ、いずれ体を壊して死んでしまうだろう。


「よしよし……」


 もっと欲しいと鼻をすりよせてくるハナちゃんをあやしながら、カトリが気落ちした表情を浮かべた。
 昼間に三姉妹が、ハナちゃんに食べさせる草を育てると言って、あちこち水を撒いてまわっていた。確かにこの辺りには、砂漠地帯特有の乾燥に強い植物がみられる
 肉厚な葉を持つものや、トゲが沢山ついた植物などだ。どう考えても、馬の餌として適したものではない。つまり一番の気がかりは、ハナちゃんの餌なのだった。


「どうしたもんかな……」


 砂糖壷を石小屋の中にしまう。三姉妹に渡しておいたら一晩でなくなってしまいそうだ。
 馬小屋に戻ると、カトリはふうとため息をついた。


「俺達、ずっとここで暮らすことになるのかな……?」
「ブルルル……」
「困ったなあ……」


 先ほど三姉妹に言われた「子供を作ってしまう」という提案も、あながち無視は出来ないとカトリは思った。確かに今のままでは寂しすぎる。


「トンガスに帰りたいよ……」


 静まり返った砂の遺跡に、ポツンと佇む一人と一頭。
 三姉妹からは、ハナちゃんも神殿に入れたらどうかと言われているが、あの石の階段を昇らせるのはやはり危ないだろう。神殿の中の硬い床もハナちゃんの足にはよくない。
 だからこうして、カトリが一人で離れに住むことになった。
 三姉妹と一緒にいればひとまずは寂しくない。これは認めざるを得ない事実だ。そのことを思ってカトリは、自分が気付かないうちに、どれだけあの三人を頼りにしていたかを知る。
 そして恐らくそれは、あの三姉妹にとっても同じことなのだろう。寂しさを癒す方法として子供を作るというのは、たぶん、とっておきの手段なのだ。


「ハナちゃん、俺頑張るよ。なんとかしてハナちゃんの餌を育ててみせる!」


 そしてハナちゃんもまた、居なくなってしまっては寂しい存在なのだった。
 もしかすると、今カトリの心を支えているのは、このハナちゃんなのかもしれない。


「ヒヒーンッ!」
「んお? ハナちゃん?」


 すると突然、ハナちゃんが高い声でいななき始めた。
 背中に向けて頭をしゃくり、何かをカトリに伝えようとしてきてる。


「……乗れって言うのか?」
「ブヒヒンッ」


 どうやら背中に乗って欲しいようだ。しかし、どこへ行こうというのか。


「ふーむ……」


 夜になってだいぶ涼しくなってきた。今ならハナちゃんを外に出しても大丈夫だろう。
 少しくらい辺りを散策したっていいかもしれない。どのみち今夜は眠れないだろうから。


「よし、わかった、行こう!」


 カトリはハナちゃんを小屋から出すと、その背中にまたがった。


「ヒヒーン!」


 ハナちゃんは自らの意思で、ある地点を目指して一目散に駆けて行く。


 * * *


「ここは……」


 遺跡を出て少し行ったところ、砂漠に大きな剣が突き刺さっている場所でハナちゃんは足を止めた。そこは、カトリが目を覚ました時にいた場所だった。


「こんなところに何があるって言うんだい?」


 ハナちゃんはハナちゃんなりに帰巣本能を発揮しているのかもしれない。もといた場所に戻れば、そこから飛んで帰れるのではと思っているのかもしれない。
 しかし、それは期待するだけ無駄なことだった。大陸間を渡るほどの魔力が、そう簡単にポロリと出てくるわけが無いのだから。


「ブルルンッ」


 カトリが背から降りると、ハナちゃんは鼻先で砂をほじり始めた。


「何をやっているんだ? ハナちゃん」


 砂遊びでもしようというのだろうか? 確かにハナちゃんは砂が大好きなようだ。いやしかし、それとはまた違うようだった。
 しばらく鼻先で砂をほじくっていたハナちゃんは、やがて何かを見つけ出して、パクリと口に咥えて持ち上げた。


「そ、それは……!」


 そして、もっさもっさと音を立てて食べ始めた。


「干草じゃないか!」


 なんとそれは、ルジーナの宿の厩に置いてあった干草の束だった。
 三姉妹の魔力に巻き込まれて、ここまで飛ばされてきたのだろう。


「おおおお!」


 カトリはその場で飛び跳ねた。そしてすぐさま砂を手で掘り返し始めた。


「あるぞ! 草があるぞ!」


 無我夢中でほじくりかえす。干草の束が、2つ、3つと、次々出てきた。


「ああ、まってくれハナちゃん! 今は食べちゃだめだ!」
「ブルルッ、ブルルンッ」


 心を鬼にして、嫌がるハナちゃんから干草を取り上げる。
 でも、あんまりかわいそうだから、結局1束だけ食べさせてしまった。
 その間にカトリは、干草を状態を調べた。
 どれも、馬の飼料に適した草で作った干草だ。「穂」が付いているものもたくさんある。ほうきの先ほどの大きさの束が、全部で9つだ。


「これは大収穫だぞ! ハナちゃん!」


 カトリは月夜に向かって吠えた。
 牧草の穂には、もちろん牧草の「種」が実っているのだ。これでハナちゃんの餌を「栽培」できる。カトリの農民魂に火がついた。


「大丈夫だ、生きていける! 生きていけるぞハナちゃん!」


 そして、月夜に向かって拳を突き上げる。


「絶対にトンガスに帰るんだ!」











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