勇者の名産地
晩餐会議
風呂から上がって夕食の時間。
神殿の中でも一番広い場所である祭壇の間で、四人は車座になって座っていた。
三姉妹がここを食事場所にしようと決めたのだ。広すぎて落ち着かないが、夜になるとひんやり涼しく、風通しも良いのですごし易いと言えばすごし易い。
「「「いただきまーすっ」」」
元気良く言って今日の夕食を頂く。風呂釜の隣りで焼いた小麦粉せんべいと、カトリのリュックに入っていたトマト(いつぞやの親切な村の人から頂いたもの)、そして砂糖をお湯で溶かしただけのスープが、今夜のメニューだった。
「ちょっと塩気が欲しくなるな」
せんべいを食べながらカトリがぼやく。小麦粉が見つかっただけでも御の字だが、味が何も付いていないので、ひどくつまらない味だった。
祭壇の横にある燭台に、一つだけ灯りを点してある。祭壇の間のだだっ広い空間に、ぱりぱりとせんべいを食べる音だけが響いていた。
「ぱりぱり」「はぐはぐ」「もぐもぐ」
三姉妹の口数が少ない。本当にこの辺一帯には、カトリ達とハナちゃん以外に動くものが見あたらないのだ。とりあえず今日一日やれることはやった。でもこの先どうやって生きていこう。これまで努めて考えないようにしてきた不安が、夜になってこみ上げてきた。
「なあ、お前ら……」
カトリから話を振ってみる。
「本当に何も覚えていないのか?」
それは、三姉妹がルジーナで見せた、あの凄まじいほどの魔力のことだった。光の塊となって南大陸まで飛んできた三人は、その時のことをまるで覚えていないのだった。
「なにがなんだか」「あたしらにも」「さっぱりだ」
「そうか……」
手がかりなし。来れたのだから帰れるだろうという甘い考えは通用しないようだ。
「そのことだけどなカトリ」
「ここに来てから」
「色々と思い出したんだ」
「おお?」
カトリは期待に目を輝かせた。
「あたしらは間違いなくここで生まれたんだ」
「あのルジーナ王のおっちゃんも言っていただろう?」
「あたしらが、南大陸の火の部族に良く似ているって」
「うーむ……」
それと、ここまで飛ばされてきたことにどんな関係があるのだろう。
アーリヤの話では、三人の体にあらかじめ魔力が封入されていたらしいが……。
カトリはチラリと自分の水筒を見る。蓋は緩めてあるが、中の人は出てこない。
どうやらカトリと二人っきりでなければ嫌なようだ。
「あたしらの部屋もな、どうやらあたしらのために作られた部屋みたいなんだ」
「部屋の扉の前に、知らない文字で名前が書いてあってな、でも読めるんだ」
「あれは間違いなく、あたしら三人の名前だよ」
「ふーむ……不思議だな」
知らない文字なのに何故か読める。それってつまり知ってる文字ってことじゃないか?
そう思わないでもないが、つまらないツッコミをするなと怒られそうなのでカトリは黙っておいた。とにかく三人は、かつて火の部族と呼ばれていた一族の子孫なのだ。
恐らくは、ルジーナからここに飛んできたのと同じ方法で、三人はここからトンガス滝まで飛んできたのだろう。
「状況から推測するに……」
カトリはせんべいを割りながら言う。
「この砂漠の都はずっと前に滅んだ。原因は良くわからないが、たぶん、巨大な生き物に襲われたんだろうな。それで、誰かが魔法を使ってお前らをトンガスまで飛ばしたんだ」
「カトリにしちゃ」
「随分まともな」
「推理だな」
「いや、誰でも想像できそうなことだぜ?」
千切ったせんべいを砂糖のスープに浸して食べる。少し面白い味になった。
「でもなんでトンガスだったんだろうな」
「わりと適当にぶっ飛ばしたんじゃないか?」
「滝つぼに落っこちてなくてよかったぜっ」
三姉妹が突然トンガス滝の洞窟に現れたのは、コノハが生まれた次の年のことだ。
その時カトリは6歳で、三姉妹は5歳だった。
「お前らあの時、自分の名前と歳は覚えてたんだよな? 子供の頃のことってあんまり覚えていないのか?」
5歳程度の記憶なら、ぼんやり残っていてもおかしくないが。
「おうよ!」
「その記憶がここに来て」
「蘇り始めているんだ!」
「なるほどな」
「この祭壇にも見覚えがあるんだ」
「昔見たときと印象違うから、すぐにはわからなかったけどな」
「子供の頃に見た祭壇はもっと大きかったんだ」
「まあ、そういうことってあるよな」
子供の頃に訪れた事のある場所に成長してから再来すると、その場所が思っていたより小さかったり狭かったり感じることは良くあることだ。
「じゃあ、そのうち色々思いだすな。その記憶の中に、南大陸の大砂漠を抜けるヒントがあるかもしれない」
「それはどうかなカトリ」
ミーナが浮かない顔をして言う。
「正直、ここにはもう大したものは残ってないと思うぜ」
せんべいをひらひら振りながらミツカ。
「盗賊に荒らされた痕跡があるんだ」
と言って甘いだけのスープをすするミッタ。
魔法の道具とかあったりするのかなと期待していたカトリは、三人の言葉を聞いて気落ちした。
「じゃあ、仕方ないな……。気長にキャラバンでも通るのを待つしかないか」
キャラバン隊なら、砂漠に強いラクダを持っているし、砂漠越えの装備も十分にある。それについて行けば、わりと安全にこの砂漠を抜けられるだろう。ここでは水を得られるのだから、キャラパンにとっても立ち寄る意義はあるはずだ。ともすれば、重要な中継地点になっている可能性もある。
「「「そう上手くいくかなー?」」」
だが三姉妹は、そう言って同時に首を傾げてきた。
「何ヶ月もかかるかもしれないけど、南大陸にだって人は住んでいるんだ。そのうちきっとやってくるさ」
「「「何ヶ月かで済むかなー?」」」
だがさらに三姉妹は、そのままひっくり返って逆立ちしてしまうのではないかというほどに首を傾げてきた。
「お前らトンガスに帰る気ないのかよ……」
と口にして、カトリはハッとなった。
「なあカトリ」「ここがあたしらの」「故郷なんだ」
「……そうだったな」
悪いことを言ってしまったとカトリは反省した。
ひどく突拍子もない事態ではあるが、三姉妹は自分達の生まれ故郷に帰ってきたのだ。そしてその故郷が、すでに廃墟と化していることを知ってしまった。
もし自分が三人の立場だったらどう思うだろう。
十年ぶりにトンガスに帰ったら、そこが無人の廃墟になっていた。家族もいない、仲間もいない、畑は原野に戻っていて、トンガスの滝だけが変らずに流れ落ち続けている。
もしそんなことになったら、カトリは妹の名前を叫びながら泣いてしまうかもしれないと思った。
「あたしらが」「考えているのは」「こうだ」
「ん?」
三人はカトリに向き直ると、どこか頬を赤らめながら言ってきた。
「「「この都を復活させるんだ!」」」
「はあ?」
カトリは一瞬、三人が何を言っているのかわからなかった。
復活させる? 都を一つ、たった四人で?
「ど、どうやってだよ!」
正気かっ、とカトリは胸の内で叫んだ。
「そんなの!」「もちろんっ」「決まってるだろ?」
三人はそう言って、照れくさそうに頬をかいた。
普通に見れば、それは可愛らしい乙女の仕草なのだが、何故だかカトリはゾッとしてしまった。
「ま、まさかお前ら……」
ゴクリ、生唾を飲み下す。
「なあ、カトリ。流石のカトリもあたしら三人同時ってのは大変だろう?」
「だからあたしら、別々の部屋で暮らすからさ、一日おきに訪ねてきてくれよ」
「体奇麗にして待っているからさっ」
と言って、ついに両手で頬を押さえて顔を真っ赤にした。
「まてまてまてー!」
カトリは立ち上がって絶叫した。
「それはちょっと気が早いだろ! まだ他に出来ることあるだろ!」
ここで夫婦となって子孫を増やす。それは本当に本当に最後の手段だ。
カトリは想定こそしていたが、現実にそうすることはまるで考えていなかった。
「だってカトリ、子供を作るには」
「十月十日もかかるんだぜ?」
「早いに越したことはないじゃないか」
「断る! いくらなんでも焦りすぎだ!」
カトリは、ハナちゃんの分の小麦粉せんべいと砂糖壷を抱えると、一目散に逃げ出した。
「ああ、あたしらの種馬が逃げる!」
「まてカトリー! いや、待ってるぞカトリー!」
「いつでも夜這いにこいよー!」
「お前らちょっと頭冷やせ!」
神殿の中でも一番広い場所である祭壇の間で、四人は車座になって座っていた。
三姉妹がここを食事場所にしようと決めたのだ。広すぎて落ち着かないが、夜になるとひんやり涼しく、風通しも良いのですごし易いと言えばすごし易い。
「「「いただきまーすっ」」」
元気良く言って今日の夕食を頂く。風呂釜の隣りで焼いた小麦粉せんべいと、カトリのリュックに入っていたトマト(いつぞやの親切な村の人から頂いたもの)、そして砂糖をお湯で溶かしただけのスープが、今夜のメニューだった。
「ちょっと塩気が欲しくなるな」
せんべいを食べながらカトリがぼやく。小麦粉が見つかっただけでも御の字だが、味が何も付いていないので、ひどくつまらない味だった。
祭壇の横にある燭台に、一つだけ灯りを点してある。祭壇の間のだだっ広い空間に、ぱりぱりとせんべいを食べる音だけが響いていた。
「ぱりぱり」「はぐはぐ」「もぐもぐ」
三姉妹の口数が少ない。本当にこの辺一帯には、カトリ達とハナちゃん以外に動くものが見あたらないのだ。とりあえず今日一日やれることはやった。でもこの先どうやって生きていこう。これまで努めて考えないようにしてきた不安が、夜になってこみ上げてきた。
「なあ、お前ら……」
カトリから話を振ってみる。
「本当に何も覚えていないのか?」
それは、三姉妹がルジーナで見せた、あの凄まじいほどの魔力のことだった。光の塊となって南大陸まで飛んできた三人は、その時のことをまるで覚えていないのだった。
「なにがなんだか」「あたしらにも」「さっぱりだ」
「そうか……」
手がかりなし。来れたのだから帰れるだろうという甘い考えは通用しないようだ。
「そのことだけどなカトリ」
「ここに来てから」
「色々と思い出したんだ」
「おお?」
カトリは期待に目を輝かせた。
「あたしらは間違いなくここで生まれたんだ」
「あのルジーナ王のおっちゃんも言っていただろう?」
「あたしらが、南大陸の火の部族に良く似ているって」
「うーむ……」
それと、ここまで飛ばされてきたことにどんな関係があるのだろう。
アーリヤの話では、三人の体にあらかじめ魔力が封入されていたらしいが……。
カトリはチラリと自分の水筒を見る。蓋は緩めてあるが、中の人は出てこない。
どうやらカトリと二人っきりでなければ嫌なようだ。
「あたしらの部屋もな、どうやらあたしらのために作られた部屋みたいなんだ」
「部屋の扉の前に、知らない文字で名前が書いてあってな、でも読めるんだ」
「あれは間違いなく、あたしら三人の名前だよ」
「ふーむ……不思議だな」
知らない文字なのに何故か読める。それってつまり知ってる文字ってことじゃないか?
そう思わないでもないが、つまらないツッコミをするなと怒られそうなのでカトリは黙っておいた。とにかく三人は、かつて火の部族と呼ばれていた一族の子孫なのだ。
恐らくは、ルジーナからここに飛んできたのと同じ方法で、三人はここからトンガス滝まで飛んできたのだろう。
「状況から推測するに……」
カトリはせんべいを割りながら言う。
「この砂漠の都はずっと前に滅んだ。原因は良くわからないが、たぶん、巨大な生き物に襲われたんだろうな。それで、誰かが魔法を使ってお前らをトンガスまで飛ばしたんだ」
「カトリにしちゃ」
「随分まともな」
「推理だな」
「いや、誰でも想像できそうなことだぜ?」
千切ったせんべいを砂糖のスープに浸して食べる。少し面白い味になった。
「でもなんでトンガスだったんだろうな」
「わりと適当にぶっ飛ばしたんじゃないか?」
「滝つぼに落っこちてなくてよかったぜっ」
三姉妹が突然トンガス滝の洞窟に現れたのは、コノハが生まれた次の年のことだ。
その時カトリは6歳で、三姉妹は5歳だった。
「お前らあの時、自分の名前と歳は覚えてたんだよな? 子供の頃のことってあんまり覚えていないのか?」
5歳程度の記憶なら、ぼんやり残っていてもおかしくないが。
「おうよ!」
「その記憶がここに来て」
「蘇り始めているんだ!」
「なるほどな」
「この祭壇にも見覚えがあるんだ」
「昔見たときと印象違うから、すぐにはわからなかったけどな」
「子供の頃に見た祭壇はもっと大きかったんだ」
「まあ、そういうことってあるよな」
子供の頃に訪れた事のある場所に成長してから再来すると、その場所が思っていたより小さかったり狭かったり感じることは良くあることだ。
「じゃあ、そのうち色々思いだすな。その記憶の中に、南大陸の大砂漠を抜けるヒントがあるかもしれない」
「それはどうかなカトリ」
ミーナが浮かない顔をして言う。
「正直、ここにはもう大したものは残ってないと思うぜ」
せんべいをひらひら振りながらミツカ。
「盗賊に荒らされた痕跡があるんだ」
と言って甘いだけのスープをすするミッタ。
魔法の道具とかあったりするのかなと期待していたカトリは、三人の言葉を聞いて気落ちした。
「じゃあ、仕方ないな……。気長にキャラバンでも通るのを待つしかないか」
キャラバン隊なら、砂漠に強いラクダを持っているし、砂漠越えの装備も十分にある。それについて行けば、わりと安全にこの砂漠を抜けられるだろう。ここでは水を得られるのだから、キャラパンにとっても立ち寄る意義はあるはずだ。ともすれば、重要な中継地点になっている可能性もある。
「「「そう上手くいくかなー?」」」
だが三姉妹は、そう言って同時に首を傾げてきた。
「何ヶ月もかかるかもしれないけど、南大陸にだって人は住んでいるんだ。そのうちきっとやってくるさ」
「「「何ヶ月かで済むかなー?」」」
だがさらに三姉妹は、そのままひっくり返って逆立ちしてしまうのではないかというほどに首を傾げてきた。
「お前らトンガスに帰る気ないのかよ……」
と口にして、カトリはハッとなった。
「なあカトリ」「ここがあたしらの」「故郷なんだ」
「……そうだったな」
悪いことを言ってしまったとカトリは反省した。
ひどく突拍子もない事態ではあるが、三姉妹は自分達の生まれ故郷に帰ってきたのだ。そしてその故郷が、すでに廃墟と化していることを知ってしまった。
もし自分が三人の立場だったらどう思うだろう。
十年ぶりにトンガスに帰ったら、そこが無人の廃墟になっていた。家族もいない、仲間もいない、畑は原野に戻っていて、トンガスの滝だけが変らずに流れ落ち続けている。
もしそんなことになったら、カトリは妹の名前を叫びながら泣いてしまうかもしれないと思った。
「あたしらが」「考えているのは」「こうだ」
「ん?」
三人はカトリに向き直ると、どこか頬を赤らめながら言ってきた。
「「「この都を復活させるんだ!」」」
「はあ?」
カトリは一瞬、三人が何を言っているのかわからなかった。
復活させる? 都を一つ、たった四人で?
「ど、どうやってだよ!」
正気かっ、とカトリは胸の内で叫んだ。
「そんなの!」「もちろんっ」「決まってるだろ?」
三人はそう言って、照れくさそうに頬をかいた。
普通に見れば、それは可愛らしい乙女の仕草なのだが、何故だかカトリはゾッとしてしまった。
「ま、まさかお前ら……」
ゴクリ、生唾を飲み下す。
「なあ、カトリ。流石のカトリもあたしら三人同時ってのは大変だろう?」
「だからあたしら、別々の部屋で暮らすからさ、一日おきに訪ねてきてくれよ」
「体奇麗にして待っているからさっ」
と言って、ついに両手で頬を押さえて顔を真っ赤にした。
「まてまてまてー!」
カトリは立ち上がって絶叫した。
「それはちょっと気が早いだろ! まだ他に出来ることあるだろ!」
ここで夫婦となって子孫を増やす。それは本当に本当に最後の手段だ。
カトリは想定こそしていたが、現実にそうすることはまるで考えていなかった。
「だってカトリ、子供を作るには」
「十月十日もかかるんだぜ?」
「早いに越したことはないじゃないか」
「断る! いくらなんでも焦りすぎだ!」
カトリは、ハナちゃんの分の小麦粉せんべいと砂糖壷を抱えると、一目散に逃げ出した。
「ああ、あたしらの種馬が逃げる!」
「まてカトリー! いや、待ってるぞカトリー!」
「いつでも夜這いにこいよー!」
「お前らちょっと頭冷やせ!」
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