勇者の名産地
吟遊詩人
魔物を撃退しながら進むこと丸一日。
大きな樹の根元で野宿をし、さらに半日歩いた。
聞いていたより魔物の出現率が高い。ルジーナ王国に魔王が広まっていることが原因かもしれない。魔王を食べた魔物はより凶暴になるのだ。
「随分たまったな」
カトリのリュックの中身は、大量にもってきた勇者に変って、倒した魔物のみしるしと、岩トカゲの黒焼きで一杯になっていた。
「それ売って金に換えたら」
「あたしらの装備を」
「整えてくれよな!」
「ああ、そうだな」
思いのほか魔物が出るので、装備を充実させることは重要だろう。戦闘は殆ど三姉妹が担当していて、カトリは戦闘後の処理がもっぱらの仕事になっていた。
「おっ、あそこに村があるみたいだぞ」
ミツカが道の先を指差す。しばらく歩いていくと、住民が100人居るか居ないかの小さな集落が見えた。
――ルルルーララー♪
集落に近づくと、にわかに美しいテノールの歌声が響いてきた。
「吟遊詩人だ!」
「見に行こうぜ!」
「イケメンイケメン!」
三姉妹はさっさと走って行ってしまう。
「お、おいっ、ちょっとまて!」
カトリも慌てて後を追った。
――ガヤガヤ、ドヤドヤ……。
村の広場に、住民達が集まっていた。
その輪の中心で竪琴を奏でているのは、恐ろしくアゴのとがった美男子だった。
虹色の光沢を放つローブを纏い、頭には羽飾りをつけている。
「「「うひょー!」」」
詩人の、これまた恐ろしく切れ味の鋭い瞳に見つめられて、三姉妹は黄色い声を上げた。三人は褐色の肌の上からでもわかるほど、頬を上気させていた。
詩人の旅仲間と思しき男達が、それぞれの楽器を奏で始める。
それにあわせて、詩人の力強いテノールが空に響き渡った。
……♪
おお、かつて栄華を誇りしクリアラの都。
磯の香りと、ウミネコの鳴き声に満ちた、美しき島の国。
気高き王子の名はレナウン、麗しき王女の名はアーリヤ。
二入は仲良し、仲良し兄妹。
「ん?」
聞き覚えのある名前を聞いた気がするとカトリは思ったが、深くは考えなかった。
ただ詩人の歌唱力に圧倒されていた。
……♪
かくも美しきクリアラの兄妹。
七色の花が咲き誇る庭、楽しげな二人の声響く。
ああ、されど二人は兄妹。
けして許されざる、姫の想い。
「うーむ……」
カトリはうなった。それは、クリアラ王国の滅亡を詠った歌だった。
ルジーナ王国の東の海には、レーゲ島という小さな島があり、そこにはかつてクリアラの都があった。しかしその国の王女が、実の兄に恋をしてしまったことがきっかけで、国は滅んでしまったのだ。
カトリは、胸がしめつけられる思いだった。
一度で良いから、国が滅ぶほど妹に想われてみたいと。
……♪
王子レナウンは、隣国の姫を娶る。
壮麗を極める婚姻の宴、王女の心は激しく乱れる。
凄まじきは嫉妬の念、あたかも荒ぶる魔王の如し。
かくて美しき島の都は、一夜で魔都となる。
広場に拍手が巻き起こった。
旅の吟遊詩人は恭しく礼をすると、仲間とともに村を去って行った。
「いやー、いい男だった」
「いい声だった」
「いいアゴだった」
余韻覚めやらぬ中、三姉妹はカトリの顔をチラリと見てきた。
先ほどの詩人のアゴが暗殺ナイフの切っ先だとするなら、カトリのそれはスコップの先だった。
「「「いまいちだなー」」」
そう言って三人は、やれやれと肩をすくめてきた。
美男子というのは、アゴが尖っているものなのだ。
「傷つくだろー!?」
カトリは涙目になっていた。
* * *
時間が丁度良かったので、四人はその村で一泊することにした。
トンガス村よりさらに小さなその村は、住民の殆どが農民ということもあり、すんなりとカトリ達を受け入れてくれた。そして彼が勇者を広める旅をしていることを知ると、村人達は殊更に親切にしてくれた。
食料と寝具を用意してくれた上に、村の集会場を宿として貸してくれたのである。
「これが人情ってやつだよなぁ!」
頂いたきゅうりをほお張りつつ、カトリは咽び泣く思いだった。悪い村もあれば良い村もある。先日泊まった村とは大違いだった。
この村には清浄な畑も多くあり、カトリが村人達に渡した勇者の種は、早速畑に撒かれることになった。
「それにしてもさあ」
鳥もも肉を齧りながらミーナが言う。
「本当にヤバいんだな、魔王の被害って」
村人達は、明らかに魔王がもたらす糖化症に怯えていた。ルジーナまでは、歩いてあと半日の距離である。ルジーナの住民が次々と砂糖菓子になっている話を聞いて、戦々恐々としているのだ。
「大丈夫さ。勇者があれば、砂糖になってしまった人だって救えるんだ」
カトリは妹のことを思い出しつつ言った。
勇者のおろし汁をしこたまぶっかける。それはいまだかつて無い糖化症の治療法だった。
「でもよ、それって信じてもらえるのか?」
ミツカがパンを食べながら言ってきた。
勇者汁をたっぷりどっぷりぶっかける。この荒療治のことを、知らない人が聞いてすぐに納得出来るかといえば、それは難しいだろう。そもそもの発想がぶっ飛んでいるのだ。
「試してみたいっていう人もいるんじゃないかな?」
だがカトリはあくまでも楽観的である。ルジーナ程の街なら、一か八か試してみたいと思う者もいるだろう。実際にやって見せるのが一番なのだ。
だが、問題はそれだけではなかった。
「そもそもさあ、ルジーナにそんな良い畑があるのかって話だよ」
リンゴに齧りつきながらミッタが言う。それこそまさに、一番の問題だった。
「うむむ、それは確かに気がかりなんだよな……」
都会の近くの土地だから、あまり清浄ではないかもしれない。
街から離れた野山を調査して、大がかりな開拓をする必要があるかもしれない。そしてそれを行うには、ルジーナ国の承認と協力が必要になる。
「何はともあれ」
「ルジーナの王様と」
「相談だな」
方針は決まった。カトリはポリポリときゅうりを齧りつつ、今夜は随分と三姉妹が真面目だなあと、少し不自然に思った。
トンガス村から持ってきた勇者は、今日、村の人達にあげた分で最後となってしまった。今ごろ各ご家庭で食されていることだろう。
――むおっ、青臭!
どこからともなく、村人の声が響いてきた。
誰もが叫ばずにはいられないセリフである。
「ああ、勇者が食べたいなあ……」
トンガスに戻るまでは、まず補給できない。
ひどく口寂しいカトリだった。
大きな樹の根元で野宿をし、さらに半日歩いた。
聞いていたより魔物の出現率が高い。ルジーナ王国に魔王が広まっていることが原因かもしれない。魔王を食べた魔物はより凶暴になるのだ。
「随分たまったな」
カトリのリュックの中身は、大量にもってきた勇者に変って、倒した魔物のみしるしと、岩トカゲの黒焼きで一杯になっていた。
「それ売って金に換えたら」
「あたしらの装備を」
「整えてくれよな!」
「ああ、そうだな」
思いのほか魔物が出るので、装備を充実させることは重要だろう。戦闘は殆ど三姉妹が担当していて、カトリは戦闘後の処理がもっぱらの仕事になっていた。
「おっ、あそこに村があるみたいだぞ」
ミツカが道の先を指差す。しばらく歩いていくと、住民が100人居るか居ないかの小さな集落が見えた。
――ルルルーララー♪
集落に近づくと、にわかに美しいテノールの歌声が響いてきた。
「吟遊詩人だ!」
「見に行こうぜ!」
「イケメンイケメン!」
三姉妹はさっさと走って行ってしまう。
「お、おいっ、ちょっとまて!」
カトリも慌てて後を追った。
――ガヤガヤ、ドヤドヤ……。
村の広場に、住民達が集まっていた。
その輪の中心で竪琴を奏でているのは、恐ろしくアゴのとがった美男子だった。
虹色の光沢を放つローブを纏い、頭には羽飾りをつけている。
「「「うひょー!」」」
詩人の、これまた恐ろしく切れ味の鋭い瞳に見つめられて、三姉妹は黄色い声を上げた。三人は褐色の肌の上からでもわかるほど、頬を上気させていた。
詩人の旅仲間と思しき男達が、それぞれの楽器を奏で始める。
それにあわせて、詩人の力強いテノールが空に響き渡った。
……♪
おお、かつて栄華を誇りしクリアラの都。
磯の香りと、ウミネコの鳴き声に満ちた、美しき島の国。
気高き王子の名はレナウン、麗しき王女の名はアーリヤ。
二入は仲良し、仲良し兄妹。
「ん?」
聞き覚えのある名前を聞いた気がするとカトリは思ったが、深くは考えなかった。
ただ詩人の歌唱力に圧倒されていた。
……♪
かくも美しきクリアラの兄妹。
七色の花が咲き誇る庭、楽しげな二人の声響く。
ああ、されど二人は兄妹。
けして許されざる、姫の想い。
「うーむ……」
カトリはうなった。それは、クリアラ王国の滅亡を詠った歌だった。
ルジーナ王国の東の海には、レーゲ島という小さな島があり、そこにはかつてクリアラの都があった。しかしその国の王女が、実の兄に恋をしてしまったことがきっかけで、国は滅んでしまったのだ。
カトリは、胸がしめつけられる思いだった。
一度で良いから、国が滅ぶほど妹に想われてみたいと。
……♪
王子レナウンは、隣国の姫を娶る。
壮麗を極める婚姻の宴、王女の心は激しく乱れる。
凄まじきは嫉妬の念、あたかも荒ぶる魔王の如し。
かくて美しき島の都は、一夜で魔都となる。
広場に拍手が巻き起こった。
旅の吟遊詩人は恭しく礼をすると、仲間とともに村を去って行った。
「いやー、いい男だった」
「いい声だった」
「いいアゴだった」
余韻覚めやらぬ中、三姉妹はカトリの顔をチラリと見てきた。
先ほどの詩人のアゴが暗殺ナイフの切っ先だとするなら、カトリのそれはスコップの先だった。
「「「いまいちだなー」」」
そう言って三人は、やれやれと肩をすくめてきた。
美男子というのは、アゴが尖っているものなのだ。
「傷つくだろー!?」
カトリは涙目になっていた。
* * *
時間が丁度良かったので、四人はその村で一泊することにした。
トンガス村よりさらに小さなその村は、住民の殆どが農民ということもあり、すんなりとカトリ達を受け入れてくれた。そして彼が勇者を広める旅をしていることを知ると、村人達は殊更に親切にしてくれた。
食料と寝具を用意してくれた上に、村の集会場を宿として貸してくれたのである。
「これが人情ってやつだよなぁ!」
頂いたきゅうりをほお張りつつ、カトリは咽び泣く思いだった。悪い村もあれば良い村もある。先日泊まった村とは大違いだった。
この村には清浄な畑も多くあり、カトリが村人達に渡した勇者の種は、早速畑に撒かれることになった。
「それにしてもさあ」
鳥もも肉を齧りながらミーナが言う。
「本当にヤバいんだな、魔王の被害って」
村人達は、明らかに魔王がもたらす糖化症に怯えていた。ルジーナまでは、歩いてあと半日の距離である。ルジーナの住民が次々と砂糖菓子になっている話を聞いて、戦々恐々としているのだ。
「大丈夫さ。勇者があれば、砂糖になってしまった人だって救えるんだ」
カトリは妹のことを思い出しつつ言った。
勇者のおろし汁をしこたまぶっかける。それはいまだかつて無い糖化症の治療法だった。
「でもよ、それって信じてもらえるのか?」
ミツカがパンを食べながら言ってきた。
勇者汁をたっぷりどっぷりぶっかける。この荒療治のことを、知らない人が聞いてすぐに納得出来るかといえば、それは難しいだろう。そもそもの発想がぶっ飛んでいるのだ。
「試してみたいっていう人もいるんじゃないかな?」
だがカトリはあくまでも楽観的である。ルジーナ程の街なら、一か八か試してみたいと思う者もいるだろう。実際にやって見せるのが一番なのだ。
だが、問題はそれだけではなかった。
「そもそもさあ、ルジーナにそんな良い畑があるのかって話だよ」
リンゴに齧りつきながらミッタが言う。それこそまさに、一番の問題だった。
「うむむ、それは確かに気がかりなんだよな……」
都会の近くの土地だから、あまり清浄ではないかもしれない。
街から離れた野山を調査して、大がかりな開拓をする必要があるかもしれない。そしてそれを行うには、ルジーナ国の承認と協力が必要になる。
「何はともあれ」
「ルジーナの王様と」
「相談だな」
方針は決まった。カトリはポリポリときゅうりを齧りつつ、今夜は随分と三姉妹が真面目だなあと、少し不自然に思った。
トンガス村から持ってきた勇者は、今日、村の人達にあげた分で最後となってしまった。今ごろ各ご家庭で食されていることだろう。
――むおっ、青臭!
どこからともなく、村人の声が響いてきた。
誰もが叫ばずにはいられないセリフである。
「ああ、勇者が食べたいなあ……」
トンガスに戻るまでは、まず補給できない。
ひどく口寂しいカトリだった。
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