勇者の名産地

ナガハシ

死闘

「ふふふ、そんな武器で私に勝てるのかね? どんな武器かは知らないが」


 意味がわからないが、男は自信満々だった。


「やってみなきゃわからないだろ!」


 剣先を麻袋で包んだ金のスコップを、男の頭上に振り下ろす。
「無駄だ!」
「なにい!?」


 男は滑るように横に移動して、カトリの一撃を回避した。
 それは、普通の身のこなしではなかった。恐らくは魔法を使っているのだろう。


「君が私に勝てない理由は三つある。血糖値が低いこと、君が農民で私が魔法使いであること、そして年の功だ」
「あんたいくつだよ!」
「36だ」
「マジか!? 二十歳くらいにみえるぜ!」
「ありがとう、よく言われるよ。だが容赦はせん……ファラア!」


 妙に若作りなその男は、横に移動しつつ炎の魔法を唱えてきた。
 渦巻き状の火炎を発生させる上級魔法だ。今のカトリに防ぐ術は無い。


「くっ!」


 咄嗟に金のスコップを前方に構える。


「ふふっ、そんなもので私の魔法は防げんよ!」


 見る見るうちに火炎が迫る。カトリは思わず目をつぶった。そして全身パーマをかけたようになることを覚悟した。だが。


――シュボボボッ!


「なにっ! 私の魔法がかき消されただと!?」


 金のスコップを中心にして、迫ってきた炎が霧散したのだ。


「な、なんだ?」


 カトリ自身が一番びっくりした。金のスコップには、魔法を無効化する力があったのだ。


「……どうやらタダの武器ではないようだな。杖か、斧か、それとも槍か」


 いえ、ただのスコップです。
 そう言いたいのをグッとこらえて、カトリは一か八か、賭けに出た。


「ああ、こいつはタダの武器じゃないんだ。なめてると痛い目みるぞ!」
「むうう……」


 男がじりじりと後退しだした。カトリの次の攻撃を恐れているのである。


「突く武器か、切る武器か、それとも叩く武器か……」


 それぞれ対応の仕方が違うのだろう。スコップは一応、突く武器であるが、カトリの金のスコップはボコボコになっているので、恐らく今は叩く武器だ。


「さあ、どれかな!」


 カトリはいつも農作業をするときのようにスコップを持つと、打突の構えで突っ込んだ。


「馬鹿め! 持ち方でバレバレだわ! それはスコップだな!」


 男は先ほどと同じように、滑るような動きで横に回避する。
 その脇をすり抜けていくカトリのスコップ。だが。


「かかったな!」


 カトリはスッと武器を引くと、すぐさま横殴りにぶん殴った。


――ボコオッ!


「グフッ!?」


 男のどてっ腹に重い一撃が加わる。たまらず手で押さえてしゃがみ込んだところを、今度は脳天めがけて振り下ろした。


――ベコォ!


「ぎゃあ!」


 男は白目を剥いてその場に倒れた。何が何だかよくわからないもので殴られたのだから、その衝撃はひとしおだっただろう。


「お前が負けた理由は三つある。俺の武器を知らなかったこと、農民を舐めたこと、そして見た目ほど若くなかったことだ」
「くっ……俺の負けだ」


 カトリは適当に言ってみただけなのだが、男はひどくショックを受けていた。


「一つ教えてくれ……。その武器は何だ」


 男は、火炎の魔法で焦げたスコップの麻袋を指差した。


「ああこれか」


 カトリは焦げて穴のあいた麻袋をむしりとる。どんな形になっているのか、実は気になっていたのだ。


「お前が予想したとおり、スコップだ……って、なんじゃこりゃあ!」


 カトリは自分の金のスコップを見て驚いた。
 純金製のスコップの剣先が、びっくりするほど丸くなっていたのだ。
 丸くて少しイボイボしているその金の塊を見て、男は呆れ果てたように言った。


「ふ、ふふふ……私はその武器をスコップとは認めない!」
「で、ですよね……」


 こんなふざけた武器で倒してしまったことを、カトリは正直申し訳ないと思った。
 男は最後の力を振り絞って言い放った。


「その武器の名は……さしずめ……『金玉の棒』だ…………ぐふっ」
「…………」


 カトリは既に言葉もない。まさに男の武器であった。


 * * *


 巨大子供を倒しに向かったトンガス三姉妹。
 カトリは急いで彼女達の元にかけつける。
 巨大子供は、もう上半身が全部外に出ていた。


――ホギャアアアア!


 大地を揺るがす産声を上げるヤドヤノムスコビッチ。
 ただの小太りな子供を、このような異形に変えてしまう『甘魔王』とは一体なんなのか。カトリはにわかには信じられない思いだった。


「ええい!」「腕が邪魔で!」「近づけない!」


 三姉妹のことをお人形か何かと思っているのだろうか。その巨大な手で三人の体を掴もうとしてくる。何とか顔に近づいて、穴と言う穴に勇者をねじ込んでやりたい所なのだが。


「お前ら! 俺が注意をひきつける!」


 カトリは神官教本をパラパラとめくる。神官の基本技の一つに、泣いてる子供を大人しくさせる、というものがある。子供をあやせない神官は一人前と認められないのだ。


「ヤドヤノムスコビッチ君!」


 カトリは巨大子供の正面に立つと、己の目を両手で隠した。そして。


「イナイナー・ババーン!」


 と叫んで両手を振り上げ、舌をベロベロさせながら変な顔をした。
 巨大子供は一瞬キョトンとなった。


「よし、効いてるな! じゃあもう一度!」


 イナイナー・ババーン! カトリの心が羞恥心でねじ切れそうになる。


「あはははは!」
「何やってるんだよカトリ!」
「バカみてー!」
「笑ってないで早くやれ!」


 このままでは俺のハートがもない。カトリは顔を真っ赤にして叫んだ。


――プギャーーー!


 すると巨大子供が、その大きな人指し指をカトリに突きつけて笑ってきた。カトリはますます居心地が悪くなる。


「イナイナー・ババーン! もういっそ殺せ!」


 穴があったら永眠したい気分だった。
 しかしその甲斐あって、巨大子供の注意は完全にカトリに向いていた。
 そこに三姉妹が、勇者を持って突っ込んだ。


「食らえ!」


 ミーナが一本を鼻の穴に突っ込む。


「大人しくしろ!」


 ミツカがもう片方の鼻の穴に突っ込む。


「トンガス村の名物だぞ!」


 そうして鼻呼吸が出来なくなったところで、ミッタが最後の一本を口に放り込んだ。


――ホゲギャーーー!


 途端、巨大子供が喉元を押さえて苦しみ始めた。


「残さず!」「食べな!」


 ミーナとミツカが、鼻に突っ込んであった勇者を抜き取って巨大子供の喉の奥に投げ込む。そして三人がかりで顎を蹴り上げ、さらに後頭部をひっぱたいた。


――グヘッ!


 ヤドヤノムスコビッチは、咽ながらも勇者を飲み込んだ。
 三本の勇者は速やかにその体内に吸収され、恐るべき速度で五臓六腑に染みていく。


「おお!」「息子さんが!」「しぼんでいく!」


 宿屋の息子はシュウシュウと湯気を吹きながら、穴の開いた風船のように萎んでいった。











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