勇者の名産地

ナガハシ

不憫な子

「おーい、ヤドヤノムスコビッチ君ー! どこだーい!」


 街はずれの森の近くで、カトリ達は宿屋の息子の名前を呼んでいた。


「ヤドヤノムスコビッチやーい!」
「ヤドヤノムスコビッチよーい!」
「ヤドヤノムスコビッチ出ておいでー!」


 街の子供達に聞いてまわり、少年を最後に見かけたのがこの辺りだという情報を得た。何でも年下の子供達に、よってたかっていじめられていたらしい。


「……なんて不憫な子なんだろう」


 そしてなんと不憫な名前を付けられたのだろう。
 カトリは少年の名を叫ぶたびに胸が締め付けられる思いだった。


「ヤドヤノムスコビッチ君ー!」


 そのままカトリ達は、ややしばらく森の周辺を探してまわった。
 そのうち、この不憫な名前の響きが、意外と格好良いように思えてきた。


「「「ヤドヤノ・ムスコ・ビッチー!」」」


 喉が枯れるほど探し回った後、カトリ達は森の中で集合した。


「なあ、森の中にはいないんじゃないかな」
「あの子、金持ちの息子って言われて嫌われてるんだろ?」
「子供らが教えてくれた情報って本当なのかな?」


 意外に鋭い指摘をしてくる三人を前に、カトリはうーむと首をひねった。
 宿屋の息子は、つい最近までガキ大将だったが、年下の子供達が力をつけてきたことによって、立場を奪われてしまったらしい。


「下克上ってやつか……」


 子供達の一人に至っては「あんなのほっとけよ」とまで言っていた。
 つくづく嫌な街だとカトリは思った。
 子供達が嘘の情報を教えてきたのだとすれば、ここを探すことに意味は無い。
 というか、まるで無かったのだ。


「探す場所を変えよう」


 カトリは岩山のある方に向かった。そこには洞窟があると聞いている。


 * * *


「むっ! この感じ!」


 川を一本越えたところで、カトリはビビビと来るものを感じた。
 すかさずその場にしゃがみこみ、手で土を掘り起こす。


「これは……良い土だ!」


 宿屋息子の探索を放り出して、カトリは夢中で土を掘り始めた。
 金のスコップを使うわけにはいかないから手で掘った。


「なんだなんだ! あるじゃないか! 勇者の栽培適地!」


 地獄に天使とはまさにこのことだった。恐らくは、川の精と岩山の精が、上手い具合に相乗作用を奏でているのだろう。
 手にすくった土の匂いを確かめつつ、カトリは早くも施肥の内容を考えていた。
 少しカリ分とアルカリ分が足りない。草木灰が必要だ。


「おいカトリ、すぐそこに」
「いかにもな洞窟があるんだが」
「全然聞いてないね」


 やれやれと肩をすくめる三姉妹。
 土いじりに夢中なカトリを残して、洞窟へと向かっていく。


――そして。


「「「うおあ”あ”あ”あ”あ”!!」」」


 突然の悲鳴に、カトリはビックリして顔を上げた。


「なんだあ!?」


 なんと、岩山にポッカリと開いた洞窟から、巨大な子供の頭が突き出していた。
 まるで、いままさに産まれ出ようとしている赤子のようだった。


「「「うぎゃあ”あ”あ”あ”あ”!!」」」


 その大きな頭の前で、三姉妹が奇声を上げて慌てふためいている。カトリの首筋に冷たい汗が流れた。


「うわわわ……」


 カトリが見ている間にも、巨大な子供はその体を芋虫のようにくねらせて、洞窟のなかからミチミチになって這い出てくる。はっきり言って気色の悪い光景だった。
 やばい、これはやばい。何が何だか訳がわからないが、とにかく最大級のピンチである。
 カトリの生存本能はそう叫んでいた。


「子供なのか!? 魔物なのか!?」


 どっちなのか? とかく選択肢は二つしかない。逃げるか戦うかだ。


「くっ……どうすれば……」


 カトリはひとまず、三姉妹の様子を見守った。


「あわわわ……」
「洞窟の奥から……」
「でっけえ子供が……」


 まもなく三人とも腰を抜かしてしまった。
 置いて逃げるわけにはいかない。何とかしなければ。


「お前らっ!」


 カトリは神官教本を開きながら走り出た。気付けの魔法が確かあったはず。
 三姉妹の近くに駆けつけてから、パラパラとページをめくる。


「あった!」


 目当ての魔法が見つかった。カトリは早速、ミーナに向かってその呪文を唱えた。


「シャキーン・ナー!」


 やはりというか、少し唱えるのが恥ずかしい呪文だった。


「むむむ……! シャキーン!」


 魔法を受けたミーナの表情が凛々しくなった。そして背筋がピーンと伸びる。


「シャキーン・ナー! シャキーン・ナー!」


 続いてミツカとミッタを立ち直らせる。
 唱えてて空虚しい気持ちになってきたが、とかく三人の救出には成功した。


「「「すげえダセえな神官!」」」
「みなまで言うな!」


 気持ちを切り替えて洞窟の方を向く。大きな子供は、その片腕を外に出し、もう片腕を出そうとしているところだった。


「なんなんだよあれは! ん? この匂いは!?」


 カトリの鼻に、嫌な匂いがまとわりついた。この世でもっとも大嫌いな、魔王の香りだ。


「どうして魔王の匂いがするんだ……?」
「あたしら」
「今朝」
「食べたぜ?」
「いや、それにしては匂いがきつすぎる……」


 その魔王の香りは、これまで嗅いだどんな魔王の匂いよりも甘く、えげつなかった。
 この場にいるだけで胸焼けがし、胃がムカムカしてくるくらいだった。


「ハッハッハ、これはこれは、早くも餌食になりにきた者がいるのかい?」
「誰だ!?」


 いつの間にか洞窟の側に、一人の黒ずくめの男が立っていた。
 外套の裾が、洞窟と巨大子供の間に挟まっていた。


「私は魔王の手先だ。おや、お嬢さん方は」
「「「お、おまえはー!」」」
「知ってるのか!?」


 カトリは三姉妹に問いかける。


「「「あたしらに魔王をくれた人だ!」」」
「…………」


 あんな怪しい人間に貰った果実を、平気でムシャムシャと食っていたのか……。
 カトリはあきれて物も言えなかった。


「おやおや、あの魔王を食べて平気でいるとは。お嬢さん方、只者ではないね?」


 どういうことだ……。カトリは固唾を飲んで言葉を待った。


「あの魔王は、レーゲ島で採れた飛び切り糖度の高い品種『甘魔王』だ!」
「甘魔王だって!?」


 なんという品種名だろう。カトリは唸らずにはいられなかった。聞いただけで胸がムカムカしてきた。


「そうだ。甘魔王を食べた者は、血糖値の急上昇と、それに伴う内分泌物質の混乱により、この子供のように急激な肉体の膨張をきたす……ことが結構ある」
「むぐぐ……」


 下手をすれば、三姉妹があの巨大子供のようになってたということか。
 どのくらいの確率かはわからないが、とにかく肝が冷える思いだった。


「じゃあもしかしてその子供は、ヤドヤノムスコビッチ君なのか!」
「ふふふ、そんな名前だったのかい? えげつないね。彼は私が『力が欲しくないか?』と誘ったら『欲しい欲しい!』と言ってホイホイついてきた少年なのだ」
「とことん救いようのない街だな!」


 流石に匙を投げたくなったカトリだが、あの男が魔王の手先であるならば、放っておく訳にはいかない。魔王の手先は、勇者を広める上での一番の厄介者なのだ。


――ホギャアアア!


 言い合っているうちにも、巨大な子供(ヤドヤノムスコビッチ君)が、洞窟からついに両手を出した。本当にモンスターじみている。しかし魔物のように倒してしまうわけにもいかない。カトリは悩ましかった。


「お前の目的はなんだ!」
「愚問だな。それは魔王を広めることだ。もっと多くの者に魔王を食べさせよと、私の中の魔王が告げるのだ」
「くっ、完全に魂を支配されてしまっているんだな。だが、そう簡単にはやらせないぞ! ミーナ! ミツカ! ミッタ!」


 カトリはリュックに詰めてあった勇者を三つ取り出すと、三人に投げて渡した。


「ひっ!」「はっ!」「ふっ!」


 不思議な呼吸とともに勇者をキャッチした三人は、巨大子供に向かって走っていった。
 まさに阿吽の呼吸。カトリの意図を、すでに三姉妹は理解していたのだ。


「あの男は俺が抑える! お前らはあの子に勇者を食わせてやってくれ!」
「「「よしきた!」」」


 カトリは金のスコップを手に取ると、魔王の手先に向かって突撃していった。









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