勇者の名産地

ナガハシ

覗き見

 日が暮れる頃に、カトリは宿屋に戻った。
 この街で勇者を広めることは不可能に近いと感じながらも、諦めきれずにあちこち調べて回っていたのだ。


 その結果わかったことは、この辺一帯の土地がとても穢れているということだ。
 昔は戦場だったのではないかとカトリは推測する。土の中に多くの悪い精霊がはびこっていて、良い土の精が住み着けないのだ。
 当然、勇者の栽培には根本的に適さない。もしかすると、この街の住民の様子がどことなくおかしいのも、この土壌の穢れによるのかもしれない。
 まさに不浄の地。カトリはフウとため息をつきながら、大きな剣の隣りに建つ宿屋へと戻っていった。


「うひひひー、たまりまへんなー、フヒヒー」


 宿屋の裏を通ったところで、カトリは挙動不審な宿屋の主人を見かけた。


「何をしているんですか?」
「フヒョ!? なんだ、お兄さんじゃないですか。いきなりビックリしたじゃないですか」
「壁の隙間から何か覗いていたように見えたのですが」
「むひょ!? 失敬な。私は建物の建付け具合を確認していただけでございます。ピチピチ三姉妹の入浴シーンなど、けして覗いてはおりませんよっ!」


 といって主人は、ゲフフンッと咳払いをして戻っていった。


「覗いてたのか……」


 思えば、丁度お風呂の予約をした時間だった。
 カトリは壁と柱の間に空いた、指の先ほどの隙間から中を覗いてみた。


『泡々だぜー!』『魂の洗濯ー!』『きゃほーい!』


 狭い浴槽を泡だらけにして、トンガス三姉妹が湯に浸かっていた。


「あいつら……」


 子供のようにはしゃぐ三人を見て、やれやれと首をふる。
 こうして見ると、三人とも随分と肌の色が濃いんだなとカトリは思った。
 赤い髪がお湯に塗れて、宝石めいた輝きを放っている。
 本当に、どこの国からやってきたのだろう。


 三人の体は少女から大人へと変貌する過程にあり、あどけなさとなまめかしさが同居していた。
 日頃から野山を駆け回っているので、その肉体はよく締まり、肌はプルンと泡を弾く。
 浴槽の中で戯れる三姉妹の姿は、花のように艶やかで、太陽のようにエネルギッシュだ。
 普通の男ならたまらず興奮してしまうところだが、幼い頃からの付き合いであるカトリにとっては、どうと言うことのない光景なのだった。


「……石鹸はどこで手に入れたんだ?」


 ただそのことだけが気になった。
 また無駄使いしたのではないかと危惧しつつ、カトリはその場を後にする。
 お腹が減っていたが、この町はひどく物価が高い。
 夕食は持ち合わせのもので我慢することにした。


 * * *


 部屋は、どう見ても立派なものではなかった。
 粗末な木の床は歩くとギシギシ音がなり、クリーム色の壁紙も所々はがれたり黒ずんだりしている。テーブルもなく、置いてあるのは小さなベッドが一つだけだった。


「……完全にぼったくりだ!」


 これならトンガス村の宿の方がよっぽど良い。どこまでも見かけ倒しの宿だった。


「「「はびばのーん」」」


 全身から石鹸臭を振りまきながら、三姉妹が部屋に戻ってきた。


「なんだか」「眠く」「なってきたー」


 風呂に入って気持ちが良くなったのか、部屋に戻るなり三人はベッドになだれ込んだ。
 夕食を持ち合わせで済ませることを、どう説得したものかと悩んでいたカトリは、その様子をみてホッとした。このまま眠ってくれれば一番安上がりだ。


「あーカトリ」
「あたしらだけで夕食」
「食べてきちゃったー」
「なにぃ!?」


 一体いくらかかった!?
 喉元まで出かかったその言葉を、カトリは飲み込んだ。
 聞くのが怖かった。
 ともすれば、お金を使わずに飲食した可能性すらあるからだ。
 あの三人には、あまり多くの金を持たせていない。


「んじゃおやすみ~」
「このベッドせまあ~い」
「むにゃむにゃ~」


 そして三人は、狭いベッドの上で器用に体を重ねて眠ってしまった。


「知らん……俺は知らんぞ……!」


 カトリはリュックから干し肉を取り出して齧る。
 いつも以上に塩辛く感じた。











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