勇者の名産地

ナガハシ

散策

 まだ日没まで時間がある。
 宿を出たカトリは、ここで一つ勇者を広めておこうと、町の散策を始めた。


「随分と活気のある町だな」


 まだ明るい時間なのに、酒場やカフェはすでに多くの客で賑わっていた。
 テラスでコーヒーを飲んだりサンドウィッチを食べたりして、優雅なひと時を過ごしている。


「うおっぷ」


 軒先からほんのりと魔王の甘い香りが漂ってきて、カトリは思わず鼻をつまんだ。この街も随分と魔王の魔の手に犯されているようだ。
 カトリは近くのカフェに立ち寄り、看板に書かれているメニューとその値段を確認した。


「なっ!?」


 すると、びっくりするほどの高額だった。
 コーヒーが一杯8ヤン。これはカトリの感覚で言えば一日分の食費だ。その他、パンやソーセージやスープなどはもっと高かった。


「どういうことだ……」


 カトリは他にも色んな店を回って歩いて見た。
 スコップが一本300ヤンで売られていた。これはカトリの知っている相場の6倍だ。あきらかに物価がおかしいことになっているが、町の人々はそれで当たり前だといった様子だ。


「うむむむ……」


 カトリは試しに、先ほど狩った岩トカゲを薬屋に売ってみることにした。


「5匹で50ヤンになりますよ、ウヒッ」


 薬局の主人はカトリにそう答えてきた。相場より少し安いくらいだった。物価が高いのだから、そのぶん高く売れるかと思ったのだが、どうやらそうでもないようだ。
 とかく、あまり長く居て良い場所ではなさそうだと思いつつ、カトリは農家を探しに村の外れへと足を進めた。
 すると。


「ねえねえ、そこのお兄ちゃん。ちょっといい情報があるんだけど」


 10歳くらいの少年が物影から出てきて、カトリに話しかけてきた。


「2ヤンでどうだい?」


 どうやら情報屋らしい。こんな小さな子が……。


「どんな情報なんだい?」


 ひとまず探りをいれてみる。


「知らなきゃ困ったことになる情報さ。この町ってちょっと変だろう?」


 まあ確かに、いささか一般的ではない常識がまかり通っているようだ。
 少し気になったので、カトリは財布から小銭を取り出して少年に渡した。


「まいどあり。じゃあ教えるぜ? あっちの建物を見てくれ」


 カトリは言われた方を向く。そこには石造りの三階立ての建物があり、その建物の影に、太ももを大きく露出させた女が立っていた。


「あの女は胸に詰め物をしている女なんだ、気をつけな」
「はあ?」


 カトリは首を傾げた。


「そんでもって、そっちの建物の影に建っている女は、本物のパイパイでパフパフしてくれる良い女だ。覚えておきな。じゃ」


 と言って少年はさっさと居なくなってしまった。


「…………」


 カトリの胸に、空っ風がピュウと吹き抜けた。
 言われて見た方には、確かに胸元を大きく露出させた女が立っていた。


「やられた……」


 あんな小さな少年に騙されるなんて……。
 カトリは忸怩たる思いを抱えなが再び歩き始めた。本物の方の女が怪しく目配せしてくる。もちろんそんな気はないし、あちらはあちらで怪しい。怖いお兄さんでも出てきそうだ。
 だからカトリは、無視してその場を離れようとした。


「おい、そこの兄ちゃん」


 だがそこに今度は、強面の男が立ちはだかってきたのだ。


「な、なんですか?」


 カトリは腰のスコップに手をかけた。なにやらヤバイ予感がした。


「親切な情報を貰っておいて、それを無視するなんて、ちょっと酷いんじゃねえか?」


 そして男は「ああん?」と言ってカトリに凄んで来た。


「いえ、間に合ってますので……」
「間に合ってるだあ!? てめえ何様だ、ちょっと面貸せやこのリア充が!」
「ひいいっ!?」


 カトリは一目散に逃げ出した。


「リア充ってなんだ!?」


 * * *


「はあ、はあ……酷い目にあった」


 美人局という言葉は知っていたが、あんな因縁のつけ方があるとは思わなかった。2ヤン払って怖い思いをしただけだった。社会勉強にしたってこれは酷い。
 町の中心部を離れたカトリは、ひとまず周辺の農家を尋ねて回ることにした。


「こんにわー」
「はあい?」


 一軒の木造家屋の扉を叩く。中から人のよさそうなオバサンが出てきた。


「俺、トンガス村から来たカトリって言います。勇者の種を広めて回っているのですが、どうでしょう、興味ありませんか?」
「出て行ってください!」


 バタン! 速攻で扉を閉じられた。


「…………」


 たちの悪い訪問販売とでも思われたのだろうか。カトリは再度扉をノックする。


「すみませーん、お金を取ったりとか、そういうのじゃないんですけど……」


 しかし返事は一切なかった。
 仕方なくその家を後にしたカトリは、麦畑で作業をしている一人の農夫に話しかけた。


「精が出ますね」
「旅のお方ですか? こんにちは」


 麦はまだ青かったが、良く育っているようだ。


「トンガス村から来ました。勇者の種を広めてまわってるんですが……」
「はあ? 勇者だって!? あんた、何てとんでもないことを言うんだ!」


 するとその農夫は、手にしていた鍬を振り上げてカトリを追いたててきた。


「え!? うわ! ちょっと!」


 取り付く島もなかった。カトリは逃げるようにその場を後にした。


 一体どういうことだろうと、カトリは考えながら次の民家を目指す。もしかして、この町の人はみんな勇者が嫌いなんだろうか。


「少なくとも、勇者のことは知っているんだよな……」


 食されることの少ない野菜なので、勇者を知らない者も当然いる。しかし先ほどの拒絶っぷりを見るあたり、知ってて嫌っているのは間違いない。
 カトリは、次は聞き方を変えてみることにした。


「こんにちわー」


 民家の扉を叩く。
 中から出てきたのは白髭をたっぷりと蓄えた老人だった。


「なんじゃね、こんな老いぼれのところに」
「ちょっとお尋ねしたいことがあるんです。この辺りで、勇者を育てている人が居ないか探しているんですけど、心当たりはありませんか?」


 するとその老人は、鋭く眉間にシワを寄せつつ言った。


「そんなもん居るわけがなかろう! 勇者なんぞ育てたら、すぐにでも追いだされるわ!」
「……そんなに嫌われているんですか?」
「当たり前じゃい! あんな青臭くて苦いもの。誰が食うか!」


 その老人の言葉を聞いて、青年はガックリと肩を落とした。


「そなた、もしやトンガスの者かね?」
「はい、実はそうなんです」


 しょぼくれた表情で答える。
 老人は鼻息を荒くしていた。


「ふんっ、前にもトンガスから勇者がうんたら言ってやってきた奴がおるわ。じゃが何度来られても、この町に勇者を根付かせることは無理じゃ。この町では、勇者を食べる者は家畜以下の扱いを受けるのじゃ」
「本当に、心底勇者が嫌いなんですね……」


 カトリがさもガッカリとしたように言うと、老人は少しだけ哀れむような顔をした。


「いや、実はワシはの、昔は勇者を食っておったのじゃ」
「そうなんですか!?」


 カトリの瞳に、一縷の希望が光る。


「体に良いからと、親に無理やり食わされてのう。嫌で嫌でしかたなかったんじゃ。それでこの村に逃げてきて、それからというものは勇者を食わなくて済むようになった。せいせいしたのじゃ」
「故郷から逃げ出すほど嫌いだったんですか!?」


 それは相当なものだと、カトリは逆に感心した。
 そしてある疑問が浮かんだ。
 この老人はどこからか引っ越してきたらしいが、一体いつここにやってきたのだろう?
 見た感じでは一人暮らし。家の裏庭で細々と畑仕事をして暮らしている。この『大きな剣の街』は、地図に載っていない街だから、恐らくは最近になって出来た町なのだろう。だから役所がまだ無いのかもしれない。


「ところで、お爺さんはいつからここに住んでるんですか?」
「ワシか? ワシは五年前にこの街に来たのじゃ」


 五年前、結構最近のことだ。


「ここの街って、俺の地図に乗ってないんですよね」
「そういうこともあるじゃろう。ワシが来た時はほんの小さな集落じゃった」
「なるほど、急に大きくなった街なんですね」


 ひとしきり話をすると、カトリは丁寧に礼を言って老人の家を後にした。
 これまで出会った町人の中で、一番まともに口を利いてくれた人だった。
 そして道すがら思った。
 あのご老人は、いい歳になるまで親御さんと暮らしていたのだなと。









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