勇者の名産地
物置部屋にて
「うおおおお! 離してくれ! 村長! 母さん!」
村の教会の物置部屋の中で、カトリ青年は目を血走らせていた。
大きな桶を頭上に抱え、ボロい板切れで出来た床の上でドタバタと暴れまわっている。
「おお! カトリよ! そのようなことをしてもコノハは生き返らぬぞ!」
「そうだよお前! 早くその桶を下ろしなさい!」
彼の母親とトンガス村の村長が必死に取り押さえようとしていた。
「たのむから離してくれえええ!」
青年の目の前には、開け放たれた棺が一つ置いてある。
その棺に入れられているのは、カトリの妹のコノハだった。
瑠璃色のつややかな髪を持つその少女は、まだたったの12歳。幼げなその表情は眠るように穏やかだ。
棺に入れられているからには、少女はすでに死んでいるのだろう。しかし、どうやらただの屍ではないようだった。
少女の顔と手足、肌と言う肌が粉をふいている。そして、まるで全身が砂糖菓子で出来ているかのように、キラキラと光っているのだ。
「俺は夢のお告げで聞いたんだ! こいつをぶっかければコノハは生き返るんだー!」
何かの液体が入った桶を抱えたまま、青年カトリは右往左往する。
「おお、カトリよ! そんな理由で勇者汁をぶちまけようというのか!」
「カトリ! それはただの夢だよ! コノハはもう戻らないんだよ!」
青年が抱えている桶の中身は『勇者のすりおろし汁』だった。
どっぷりたっぷり40本分。丹精こめて育て上げた青々しい『勇者』を、一晩かけてすりおろした。
「そんなことはやってみなきゃわからないだろ!?」
青年はもはや我を失っていた。顔を真っ赤に火照らせて、あらん限りの力で村長と母親の体を押し返す。棺の前でつっぱり棒のようにしてカトリを押しとどめていた二人は、徐々にその力に押しのけられていった。
「頼むから正気に戻っておくれ!」
「むおおおっ! なんという馬鹿力じゃ!」
古ぼけた木の床がギシギシと軋む。
ついに、手を伸ばせば届く位置まで来た。
「蘇れ! 俺の妹お!」
そしてカトリは、謎の雄叫びとともに棺の中に勇者汁をぶちまけたのだった。
――ドッパアアア。
「おお! やってしまいよった!」
「あれええ! コノハあああ!」
ついに根負けした母と村長が、棺の前に膝をついた。
「はあ……はあ……」
青年は空になった桶を放り出すと、棺の前に仁王立ちして妹の様子を見守った。
するとその直後、誰もが予想しなかった出来事が起きた。
「おお! 勇者汁がコノハの体に吸い込まれていく!」
村長が驚愕に目を見張った。たっぷりと湯水のように注がれた勇者のおろし汁が、乾いた大地を潤す慈雨のように、コノハの体に吸収されていく。
――ピカッ!
「うわっ!?」
突如ほとばしる閃光。棺の中から萌黄色の光が湧き上がった。
勇者の持つ神秘の力が、その真価を発揮しようとしている。
カトリが一晩かけて摩り下ろした勇者汁は、本当に夢のお告げの通り、妹の体に奇跡を呼び起こしたのだ。
「う、ううーん……」
少女は不機嫌そうに眉をしかめると、やがてその大きな瞳を見開いた。
「ここは……」
すっかり潤いを取り戻した少女の肌。
ゆっくりと体を起こして周囲を見渡す。
「コノハ! お兄ちゃんだぞ! わかるか!」
すかさず声をかけるカトリ。その表情は喜びに満ちている。
「ああ……神様!」
傍らで見守っていた母親が、白目を剥いて気絶した。
カトリの妹コノハは、涙を流して喜んでいる兄に目を向けた。
「お兄ちゃん? わたし、一体……えっ?」
そして何かに気付いたように、自分の体の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。
「やだ! なにこれ!? 勇者臭い!」
「コノハ! やったぞ! 勇者がお前を救ってくれたんだ!」
感極まったカトリは、そのまま勇者臭くなった妹に抱きついた。
「ほ、へ……?」
しばし呆然と佇む妹。
やがてその視線が、棺の側に投げ捨てられた桶に向く。
「ま、まさか……」
部屋中にたちこめる勇者のむせ返るような匂い。
コノハは顔を青くして、その体を小刻みに震わせ始めた。
「お兄ちゃん……まさか私に勇者を……」
「ああ、お前が嫌いな勇者を40本分、たっぷり摩り下ろしてぶっかけたんだ! そしたらお前は蘇ったんだ! 流石は勇者だ!」
と言ってカトリは、得意げに鼻の下をこすった。
妹の怒りには殆ど気付いていなかった。
「だから『魔王』は食べちゃいけないって言ったじゃないか、コノハ。これからは好き嫌いせずに、ちゃんと勇者も食べるんだぞ?」
そして諭すように妹に言い聞かせるが……。
「このバカお兄ちゃんがっ!」
「あがっ!?」
感謝の言葉は返ってこなかった。
その代わりに渾身のパンチが飛んできた。
「なんてことしてくれたのっ!? いやっ! いやああああー!」」
妹は棺から出ると、勇者臭くなった体を洗うため、一目散に外へと飛び出していった。
「な、何故だ、妹……ガクッ」
白目をむいて気絶する。
こうして兄カトリは、致命的なまでに妹に嫌われてしまった。
コノハの体は、その後一月以上も勇者臭いままだった。
村の教会の物置部屋の中で、カトリ青年は目を血走らせていた。
大きな桶を頭上に抱え、ボロい板切れで出来た床の上でドタバタと暴れまわっている。
「おお! カトリよ! そのようなことをしてもコノハは生き返らぬぞ!」
「そうだよお前! 早くその桶を下ろしなさい!」
彼の母親とトンガス村の村長が必死に取り押さえようとしていた。
「たのむから離してくれえええ!」
青年の目の前には、開け放たれた棺が一つ置いてある。
その棺に入れられているのは、カトリの妹のコノハだった。
瑠璃色のつややかな髪を持つその少女は、まだたったの12歳。幼げなその表情は眠るように穏やかだ。
棺に入れられているからには、少女はすでに死んでいるのだろう。しかし、どうやらただの屍ではないようだった。
少女の顔と手足、肌と言う肌が粉をふいている。そして、まるで全身が砂糖菓子で出来ているかのように、キラキラと光っているのだ。
「俺は夢のお告げで聞いたんだ! こいつをぶっかければコノハは生き返るんだー!」
何かの液体が入った桶を抱えたまま、青年カトリは右往左往する。
「おお、カトリよ! そんな理由で勇者汁をぶちまけようというのか!」
「カトリ! それはただの夢だよ! コノハはもう戻らないんだよ!」
青年が抱えている桶の中身は『勇者のすりおろし汁』だった。
どっぷりたっぷり40本分。丹精こめて育て上げた青々しい『勇者』を、一晩かけてすりおろした。
「そんなことはやってみなきゃわからないだろ!?」
青年はもはや我を失っていた。顔を真っ赤に火照らせて、あらん限りの力で村長と母親の体を押し返す。棺の前でつっぱり棒のようにしてカトリを押しとどめていた二人は、徐々にその力に押しのけられていった。
「頼むから正気に戻っておくれ!」
「むおおおっ! なんという馬鹿力じゃ!」
古ぼけた木の床がギシギシと軋む。
ついに、手を伸ばせば届く位置まで来た。
「蘇れ! 俺の妹お!」
そしてカトリは、謎の雄叫びとともに棺の中に勇者汁をぶちまけたのだった。
――ドッパアアア。
「おお! やってしまいよった!」
「あれええ! コノハあああ!」
ついに根負けした母と村長が、棺の前に膝をついた。
「はあ……はあ……」
青年は空になった桶を放り出すと、棺の前に仁王立ちして妹の様子を見守った。
するとその直後、誰もが予想しなかった出来事が起きた。
「おお! 勇者汁がコノハの体に吸い込まれていく!」
村長が驚愕に目を見張った。たっぷりと湯水のように注がれた勇者のおろし汁が、乾いた大地を潤す慈雨のように、コノハの体に吸収されていく。
――ピカッ!
「うわっ!?」
突如ほとばしる閃光。棺の中から萌黄色の光が湧き上がった。
勇者の持つ神秘の力が、その真価を発揮しようとしている。
カトリが一晩かけて摩り下ろした勇者汁は、本当に夢のお告げの通り、妹の体に奇跡を呼び起こしたのだ。
「う、ううーん……」
少女は不機嫌そうに眉をしかめると、やがてその大きな瞳を見開いた。
「ここは……」
すっかり潤いを取り戻した少女の肌。
ゆっくりと体を起こして周囲を見渡す。
「コノハ! お兄ちゃんだぞ! わかるか!」
すかさず声をかけるカトリ。その表情は喜びに満ちている。
「ああ……神様!」
傍らで見守っていた母親が、白目を剥いて気絶した。
カトリの妹コノハは、涙を流して喜んでいる兄に目を向けた。
「お兄ちゃん? わたし、一体……えっ?」
そして何かに気付いたように、自分の体の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。
「やだ! なにこれ!? 勇者臭い!」
「コノハ! やったぞ! 勇者がお前を救ってくれたんだ!」
感極まったカトリは、そのまま勇者臭くなった妹に抱きついた。
「ほ、へ……?」
しばし呆然と佇む妹。
やがてその視線が、棺の側に投げ捨てられた桶に向く。
「ま、まさか……」
部屋中にたちこめる勇者のむせ返るような匂い。
コノハは顔を青くして、その体を小刻みに震わせ始めた。
「お兄ちゃん……まさか私に勇者を……」
「ああ、お前が嫌いな勇者を40本分、たっぷり摩り下ろしてぶっかけたんだ! そしたらお前は蘇ったんだ! 流石は勇者だ!」
と言ってカトリは、得意げに鼻の下をこすった。
妹の怒りには殆ど気付いていなかった。
「だから『魔王』は食べちゃいけないって言ったじゃないか、コノハ。これからは好き嫌いせずに、ちゃんと勇者も食べるんだぞ?」
そして諭すように妹に言い聞かせるが……。
「このバカお兄ちゃんがっ!」
「あがっ!?」
感謝の言葉は返ってこなかった。
その代わりに渾身のパンチが飛んできた。
「なんてことしてくれたのっ!? いやっ! いやああああー!」」
妹は棺から出ると、勇者臭くなった体を洗うため、一目散に外へと飛び出していった。
「な、何故だ、妹……ガクッ」
白目をむいて気絶する。
こうして兄カトリは、致命的なまでに妹に嫌われてしまった。
コノハの体は、その後一月以上も勇者臭いままだった。
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