勇者の名産地
しけた武器
「はい、次の方どうぞー」
神殿で儀式を済ませた一行は、隣りの役所に来ていた。
転職届けに内容を記述して列に並ぶこと数分。カトリの順番が回ってきた。
「おねがいしますっ」
「はいはい……えーっと、カトリさんが神官、ミーナさんが戦士、ミツカさんが武道家、ミッタさんが魔法使いでよろしいですね?」
はいと返事をしつつ、役場の待合所で騒いでいる三姉妹を見る。
オイオイと泣き咽ぶ次女と三女を前に、長女のミーナが得意げな顔をしていた。
「ではノーカスラン王国より、晴れて転職なさいました皆さんにプレゼントがあります。あちらの窓口でお受け取りください」
転職届けとトンガス村村長の推薦状、転職の儀式を終えたことを証明する証書を窓口に渡して、カトリはその場を後にした。このとおり、手続きは実に簡単なものなのだ。
「おいお前ら、プレゼントもらえるってよ」
「おおー! ついにあたしの武器がもらえるのか!」
飛び跳ねて喜ぶミーナ。
「くそー! いいなー! 剣いいなー!」
泣いて悔しがるミツカ。
「魔法使いなんて、ただの棒きれしかもらえないんだぞー!」
地団駄を踏むミッタ。
「いや……だから、戦士の最初の武器はこんぼう……うあっ!」
「「「さっさと貰いにいくぞ!」」」
青年はずるずると娘どもに引きずられていく。
* * *
「「「話が違うじゃねーか!」」」
数分後。カトリは三姉妹に締め上げられていた。
「「「なんだこのしけた武器は!」」」
ミーナが持っているのは、酒瓶を少し大きくしたくらいの棍棒だった。節くれ立った、ただの硬い木だ。
さらには、武道家のミツカが受け取ったのは、どこの雑貨屋にも置いてありそうな皮のグローブであり、ミッタにいたっては、パイ生地を伸ばすのに丁度良さそうなサイズのヒノキ棒だった。
「「「その辺の石ころの方がよっぽど攻撃力あるわ!」」」
「とにかく落ち着け! お前ら!」
群がる6本の腕を払いのけると、カトリは全力でその場から飛び退いた。
窓口の係員(人の良さそうなオジサン)が困った顔で見ていた。現在ノーカスランは、絶賛財政難なのだ。
「俺の武器なんか、こんなボロボロの『本』なんだぞ!」
と言ってカトリが三人に見せたのは、神官向けの呪文が書き綴られた教本だった。
何度も使いまわされているらしく、色あせてボロボロになっている。肝心の呪文の言葉が、あちこち擦り切れていて読めない。
どうしようもない。
――カーカー。
どこからともなくカラスの鳴き声が聞こえてきた。四人はガックリと肩を落とした。係員のオジサンは、ひたすら申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「「「「出落ちもいいところだよ!」」」」
珍しく四人の声がハモった。
* * *
しけた武器をかかえて役所を出る。サウス・ノーカスランの街は夕日に染まりつつあった。ノーカスラン南部の、これでも一応中核都市だ。のっぺりとした土地の上に、一階建ての、これまたのっぺりとした建物が軒を連ねる。主要産業は畑作と牧羊だ。
一行がトボトボと、街の一応メインストリートを歩いていると、木材を積んだ二頭立ての馬車が通り過ぎていった。今からトンガス村に戻るには時間が遅すぎる。どこか安い宿をとって、安いスープとパンでも食べて、安い部屋の粗末な床の上でゴロ寝しなければならない。
「お前ら、今夜はベッドで眠れると思うなよ」
カトリはプリプリしながら言う。何もかも、娘どもが無駄に時間を食ったせいなのだ。
「こんなこともあろうかと、村長さんが余計に持たせてくれてたんだ」
「おお!」「まじで!」「金あんの!」
金の話をしたとたん娘どもの目の色が変わった。カトリはしまったと思った。
「じゃあその金使って装備を整えようぜ!」
「床の上も野宿も大してかわらないさ!」
「剣買うぞ剣!」
「いやまてお前ら! 剣を買うほどの金はない! つうか、俺はちゃんと屋根のある場所で眠りたいぞ!」
「「「ばかやろう!」」」
「あぶしっ!」
棍棒と皮のグローブとヒノキ棒が同時に飛んできた。
「「「野宿も出来ねえ奴が旅を語るな!」」」
いや別に語るつもりはないのだが……。カトリは鼻血を手で押さえながらその場にうずくまった。一応、棍棒の一撃が一番効いた。
「うぶぶ……お前ら……あっ、鼻血が……」
「ほら、行くぞ武器と防具の店!」
「早く行かないとしまっちゃうぞ!」
「カトリの装備売っちゃうぞ!」
「このうえ身包みまではぐと!?」
青年がどんなに頑張っても多勢に無勢だった。まさに蛮族のような娘どもである。一対一ですら勝てる気がしない。こいつらやっぱり女じゃねえと心の中でぼやきつつ、カトリは三姉妹の後を追った。
「うう……鼻血……。ああ、そうだ、こんな時こそ慌てず落ち着いて」
役場でもらった神官の本を開く。一番簡単な治癒魔法なら、今の自分でも使えるだろう。
「……ぐはあ!?」
しかし、肝心の部分が擦り切れて読めなかった。
「使えねえ!」
カトリはその使えない教本を、したたか地面に叩きつけたのだった。
神殿で儀式を済ませた一行は、隣りの役所に来ていた。
転職届けに内容を記述して列に並ぶこと数分。カトリの順番が回ってきた。
「おねがいしますっ」
「はいはい……えーっと、カトリさんが神官、ミーナさんが戦士、ミツカさんが武道家、ミッタさんが魔法使いでよろしいですね?」
はいと返事をしつつ、役場の待合所で騒いでいる三姉妹を見る。
オイオイと泣き咽ぶ次女と三女を前に、長女のミーナが得意げな顔をしていた。
「ではノーカスラン王国より、晴れて転職なさいました皆さんにプレゼントがあります。あちらの窓口でお受け取りください」
転職届けとトンガス村村長の推薦状、転職の儀式を終えたことを証明する証書を窓口に渡して、カトリはその場を後にした。このとおり、手続きは実に簡単なものなのだ。
「おいお前ら、プレゼントもらえるってよ」
「おおー! ついにあたしの武器がもらえるのか!」
飛び跳ねて喜ぶミーナ。
「くそー! いいなー! 剣いいなー!」
泣いて悔しがるミツカ。
「魔法使いなんて、ただの棒きれしかもらえないんだぞー!」
地団駄を踏むミッタ。
「いや……だから、戦士の最初の武器はこんぼう……うあっ!」
「「「さっさと貰いにいくぞ!」」」
青年はずるずると娘どもに引きずられていく。
* * *
「「「話が違うじゃねーか!」」」
数分後。カトリは三姉妹に締め上げられていた。
「「「なんだこのしけた武器は!」」」
ミーナが持っているのは、酒瓶を少し大きくしたくらいの棍棒だった。節くれ立った、ただの硬い木だ。
さらには、武道家のミツカが受け取ったのは、どこの雑貨屋にも置いてありそうな皮のグローブであり、ミッタにいたっては、パイ生地を伸ばすのに丁度良さそうなサイズのヒノキ棒だった。
「「「その辺の石ころの方がよっぽど攻撃力あるわ!」」」
「とにかく落ち着け! お前ら!」
群がる6本の腕を払いのけると、カトリは全力でその場から飛び退いた。
窓口の係員(人の良さそうなオジサン)が困った顔で見ていた。現在ノーカスランは、絶賛財政難なのだ。
「俺の武器なんか、こんなボロボロの『本』なんだぞ!」
と言ってカトリが三人に見せたのは、神官向けの呪文が書き綴られた教本だった。
何度も使いまわされているらしく、色あせてボロボロになっている。肝心の呪文の言葉が、あちこち擦り切れていて読めない。
どうしようもない。
――カーカー。
どこからともなくカラスの鳴き声が聞こえてきた。四人はガックリと肩を落とした。係員のオジサンは、ひたすら申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「「「「出落ちもいいところだよ!」」」」
珍しく四人の声がハモった。
* * *
しけた武器をかかえて役所を出る。サウス・ノーカスランの街は夕日に染まりつつあった。ノーカスラン南部の、これでも一応中核都市だ。のっぺりとした土地の上に、一階建ての、これまたのっぺりとした建物が軒を連ねる。主要産業は畑作と牧羊だ。
一行がトボトボと、街の一応メインストリートを歩いていると、木材を積んだ二頭立ての馬車が通り過ぎていった。今からトンガス村に戻るには時間が遅すぎる。どこか安い宿をとって、安いスープとパンでも食べて、安い部屋の粗末な床の上でゴロ寝しなければならない。
「お前ら、今夜はベッドで眠れると思うなよ」
カトリはプリプリしながら言う。何もかも、娘どもが無駄に時間を食ったせいなのだ。
「こんなこともあろうかと、村長さんが余計に持たせてくれてたんだ」
「おお!」「まじで!」「金あんの!」
金の話をしたとたん娘どもの目の色が変わった。カトリはしまったと思った。
「じゃあその金使って装備を整えようぜ!」
「床の上も野宿も大してかわらないさ!」
「剣買うぞ剣!」
「いやまてお前ら! 剣を買うほどの金はない! つうか、俺はちゃんと屋根のある場所で眠りたいぞ!」
「「「ばかやろう!」」」
「あぶしっ!」
棍棒と皮のグローブとヒノキ棒が同時に飛んできた。
「「「野宿も出来ねえ奴が旅を語るな!」」」
いや別に語るつもりはないのだが……。カトリは鼻血を手で押さえながらその場にうずくまった。一応、棍棒の一撃が一番効いた。
「うぶぶ……お前ら……あっ、鼻血が……」
「ほら、行くぞ武器と防具の店!」
「早く行かないとしまっちゃうぞ!」
「カトリの装備売っちゃうぞ!」
「このうえ身包みまではぐと!?」
青年がどんなに頑張っても多勢に無勢だった。まさに蛮族のような娘どもである。一対一ですら勝てる気がしない。こいつらやっぱり女じゃねえと心の中でぼやきつつ、カトリは三姉妹の後を追った。
「うう……鼻血……。ああ、そうだ、こんな時こそ慌てず落ち着いて」
役場でもらった神官の本を開く。一番簡単な治癒魔法なら、今の自分でも使えるだろう。
「……ぐはあ!?」
しかし、肝心の部分が擦り切れて読めなかった。
「使えねえ!」
カトリはその使えない教本を、したたか地面に叩きつけたのだった。
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