永久なるサヴァナ

ナガハシ

へたれ狼

 そして翌日。ついにセントラルコロシアムと、それに付随する商業施設『サヴァナモール』の全面オープンの日が訪れた。
 VIPは前日のうちにチェックイン済み。そしてゲート前広場は、一時入国手続きを済ませた一般客でごった返していた。


 午前9時。アナウンスとともに花火が打ち上げられた。全ゲートが開放されると、来訪者達がなだれ込むようにしてモール内に入ってきた。
 同午前10時より、コロシアム入場口が開放されて『早い者勝ち』の入場が開始される。2階席3階席ともに高額であるにも関わらず、開始30分で鮨詰め状態になり、落下防止用プラスチック壁から溢れ出しそうな程になった。


 時を同じくして、コロシアムの外部出入り口も開放され、サヴァナ住民が入場を始めた。その殆どが獣面持ちであり、面無し達は金を払って用心棒を頼むか、もしくはコロシアム外壁に設置されたオーロラビジョンの前で、大人しく膝を抱えていた。
 一階席入場者の中にはマスターとミーヤの姿もあった。二人とも上手く前方の席を確保できたようだ。
 VIP席にはヤマネコ婦人の姿が。そして、オスカー率いる牛館の面々が、1、2、3階全ての客席で、焼きトウモロコシの立ち売りを始めていた。


 午前12時。獅子長の開催宣言とともに再び盛大に花火が打ちあがり、サヴァナシティの歴史をモチーフにした演舞が行われ、その後にファーストプログラムの『バトルロワイヤル』が始まった。
 戦闘力指数50以下の獣闘士100名による乱戦。フィールドを所狭しと駆け回る人と獣、半獣の闘士達の姿を見て、2階と3階にいる客はここぞとばかりに声をあげる。


――いいぞ! やれええ!
――ぶちころせええ!


 対して一階席の住民達は、まるで見慣れた光景だと言った様子。手弁当をぱくつきながら、この先に控えている獅子長戦のことなどを話している。


 続いて、無断入国者の公開処刑が開始されると、会場の雰囲気が一変した。
 手斧を持った15名のネズミ獣闘士はすべてサヴァナの罪人、タワーやその周辺施設で悪行を働いた者で構成されている。
 そのネズミ達が始末しなければならないのは、今回58名の無断入国者。武器を持っているとは言え、若干の不利である。


 開始と同時に、8人の面無しが首を切り落とされた。1階席の者は眉をしかめ、上階席の者達は顔をそむけて嗚咽する。その後、決死の反抗を試みてきた10数名の面無しによって、ネズミ面が3人屠られ、パワーバランスは完全に拮抗。最終的に面無し2名が生き残った。


「酷いものを見たにゃ!」


 ネコのミーヤが背中の毛を逆立てていた。手で両目を覆っているが、指の隙間からちゃっかり見ている。
 今は肉塊と化した屍を、係りの者達が片付けているところだ。


「こんなの喜んで見る人の気が知れないよ……」


 マスターもげんなり青い顔。しかし観客の中には、これくらいの刺激がないと興奮できない者も少なくないのだった。


「もう2時過ぎか……」


 マスターはちらりと時計を確認する。


「マスクレスの試合は8組だったよね。一試合10分として、一時間半くらい?」
「獅子長戦は4時ごろになるのにゃ」


 そして二人は、フィールドの隅、獣闘士入場口に目を向ける。


「来るのかな……ロン」
「やることは全部やったのにゃ。あとはあのヘタレ狼の気分しだいにゃ」


 腕を組んでフンッと鼻息を荒げるミーヤ。
 ロンはコロシアムに来ていない。観客としても、挑戦者としても。


    * * *


 ロンは自室で一人、悶々としていた。ソファーの上で寝転がったり起き上がったりしている。
 枕代わりにしているソファーの肘掛に、誰かがカプラの着ていた服を縫い付けていった。酷い嫌がらせだとロンは思った。そちらを頭にして寝れば、当然、布にしみついた花のような匂いに悩まされることになる。かといってそちらに足を向けて寝ることも、まるで女を足蹴にしているような気になるので出来ない。


 結局、切れ端が縫い付けられた方に頭を向けて寝ることになる。
 そして定期的にたまらない気分になって起き上がる。
 その繰り返し。


「くそっ!」


 寝て過ごすことを諦めたロンは、立ち上がると部屋の中をぐるぐる回り始めた。
 歩きながらここ一週間のことを考える。獅子長戦にカプラが景品として出されることを知ったあの日、ロンは一日中サヴァナを走り回った。
 獅子長の野郎はぶん殴りたい。しかしカプラを助けには行きたくない。
 もう自分とあいつの間には一切の関係性がない。そう言い聞かせて走り続けるものの、一向に気分は晴れない。
 むしろ、獅子長の挑発的な言動が脳裏に浮かんで、殴ってやりたくて仕方がなくなった。そして結局、汗だくになるまで走ってしまった。


 次の日からはさらに散々だった。農園に仕事に行くと、ウシ男達がロンに飛び掛ってきたのだ。


――練習相手になってやるよ!


 ニヤニヤと愉快そうな笑顔を浮かべるウシの群れに追い回され、打ちのめされ、踏みつけられて、ロンは昨日以上にへとへとになって店に戻った。


 さらに次の日は、一日中、猫館のネコ達に見張られて、徹底的に生活の妨害をされた。ロンは朝から晩までネコを追い払い、そして追いかけ、日がな食料を奪われ続けた。


 そしてついに、イノシシのマスターまでが勝負を挑んできた。
 理由は無い、とにかく僕と戦うんだ。そう言われてロンはしぶしぶ手合わせをした。
 だが太ってもイノシシ。獣化したマスターはなかなかに手ごわかった。パンチの威力は十分で、驚くほどのタフネスがあり、フットワークも軽かった。
 油断していたロンは、マスターが得意とする突進攻撃によって、三度ほど宙に放り上げられた。へとへとになるまで戦い続け、日が暮れたころにマスターが降参してきた。


「いいダイエットになったよ……ブヒィ」


 そう言い残して自室に戻ったマスターは、その後、全身筋肉痛で三日寝込んだ。


 次の日のことは思い出したくもない。突然やってきたオスカーに。『良い特訓相手を紹介してやる』と言われて、サイの館に連れて行かれたのだ。
 サイの獣面の持ち主は、名をロゴンと言って相当に歳をとっている。戦闘力指数700を誇る老いたサイは、今回、獅子長戦に参加する気はないらしい。しかし挑戦者を応援したい気持ちは強いらしく、手当たりしだいに稽古をつけているという話だった。


「俺は出ねえぞ!」
「まあまあ、滅多に無い機会だ。存分に可愛がってもらうがいい……くくく」


 そしてロンは、強大なサイのパワーにいたぶられて大怪我を負うことになった。


 瞬く間に一週間が過ぎていった。気付けばロンの肉体は、二周り以上も筋肉が盛り上がり、かつて無いほどに出来上がっていた。
 ヤマネコ婦人が毎日肉を差し入れてくれたおかげで、血管の隅々にまでエネルギーが行き渡っていた。恐ろしく体が軽く、その肉体の動きに反射神経が追いつかないほどだ。
 彼に戦って欲しいと願う者達が、寄って集ってロンを戦える体に仕立て上げた。
 後は本人の気持ち次第だった。


 ソファーに縫い付けられたカプラの服に悩まされること一晩、ロンは窓の鉄格子をグッと掴むと、そこから首を突き出して空を見上げた。
 街角は静まり返っていた。コロシアムに行っているか、もしくはテレビのある場所に集まっている。
 午後の空に燃える不死鳥。どこからともなく言葉が降ってくる。


――さあ、戦え! 今こそ力を尽くし、男らしく戦う時。大切な者のために――。


「やめてくれ!」


 思いっきり鉄格子を叩くと、あっさり壊れて吹き飛んでいく。
 そして通りをはさんだ向かいの建物に突き刺さった。


「……うおおお!」


 有り余るエネルギー。ロンは忌々しげに拳を握る。
 あいつは俺の大切なものなんかじゃない。断じてない。俺はあいつを忘れるために獅子長を殴りたかった。だが、今あのライオン野郎を殴れば、俺はもっとあいつのことを忘れられなくなる。
 そういう状況にされちまった!
 ああいらいらする! あのライオン野郎め!


「……むぐうう!」


 ロンは荒々しく獣面を脱ぐと、壁に向かって投げつけた。
 そしてソファーに腰を下ろし、頭を抱えてうなだれた。









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