永久なるサヴァナ
青草の上
ロンは水辺に寝そべって休憩をとっていた。
その隣でカプラが、湖に向かって石を投げている。石は水面の上で3回ほど跳ねてから沈んでいく。
湖の水はさらさら透き通っていて、そのまま飲むことも出来る。
都市の汚水がどんどん垂れ流されているにも関わらず、この湖の水はけして汚染されることがないのだ。いまも桶を担いだ水売り達が、ひっきりなしに水を汲んでは街の中心部へと運んでいる。
水売りは、面無しが金を稼ぐ上での一番手っ取り早い方法だ。
「うーん、退屈ー」
カプラは一つ背伸びをしてからその場にしゃがみ込んだ。ロンはまったく話し相手にならないし、後はひたすら畑の周囲をぐるぐる回っているだけだ。
「ねえ、なにか喋ってよロン。このままじゃ私、退屈で死んでしまうわ」
「そいつあ贅沢な死に方だな」
がっかりとした表情のカプラ。しかしめげずに話しを続ける。
「ロンは退屈じゃないの? ただ歩き回ってるだけじゃない。いつまで続けるのよこれ」
「明日の朝までだよ」
「ええー!?」
カプラの顔が青ざめていく。あと丸一日もこのままで居なければならないのだ。
彼女にとってそれは拷問に等しいことだった。店に戻ろうにも、カプラ一人では街中を歩けない。
「もう……ずっとロクなことがないわ!」
「そいつはこっちの台詞だぜ」
ため息をつくロン。
「なにもかも、あのハイエナ達がいけないのよ」
そう言ってカプラは、寝転んでいるロンの顔を覗き込んできた。
「ねえ、ロンは私のことが気にならないの?」
「なんで俺があんたのことを気にしなくちゃならない」
「だってほら、私ってこんなに良い女じゃない。ハイエナに狙われちゃうくらい」
「はあ?」
流石のロンも反応せずにはいられなかった。
「なに言ってるんだ、あんた」
「私みたいな美女と一緒に居て、何とも思わないのかって聞いているのよ」
そしてカプラは、その奇妙な緑色の獣面の奥から、誘うような視線を飛ばしてきた。ロンはその頭の上に拳骨を落としてやりたい気持ちになった。
「べっつにぃ」
だがロンは極めて平静を装い、そっけなくカプラをあしらった。
退屈しのぎに自分をからかってきているだけなのだと知っていたからだ。
「そう? 昨日、ロンが私を助けてくれたのって、本当にただの気まぐれだったの?」
カプラは膝を抱えて悲しげな表情をした。気まぐれというか、それより他になかっただけなのだが……とロンは思ったが、口には出さなかった。
「イノシシさんはどうして私を信用してくれたのかしら……」
ロンは面倒臭そうに頭をかく。
実際のところはロンにも良くわからなかった。カプラの頬には金色の頬髭が生えていて、それは『金の山羊』となった者の証であって、それをもってカプラの素性と境遇が判明した。
それで幾らかは、彼女のことを信じる気にもなったのだろう。
「おっさんは女に甘いんだよ」
と、当たり障りのない返事をしておく。
ロンもまた、カプラの素性を知ってしまったために、彼女を強く突き放すことが出来ないのだった。
金の山羊。
サヴァナシティにおける悲運の象徴。
彼女の存在が、ロンの胸中に説明しがたい感情を巻き起こしているのは確かだった。
気付けばロンは、カプラの横顔を見つめていた。そして考えていた。
何故、こんなにも胸がむかむかするのだろうかと。
彼女に対して怒っているわけではない。ただ彼女を取り巻く状況そのものに、言い知れようのない苛立ちを感じるのだ。
「なあに? 私の獣面に何かついてる?」
ロンの視線にカプラが気づく。後ろに目が付いてるのかとロンは思う。恐らくは、男の視線に馴れている女なのだろう。
「相変わらず変な獣面だ」
「そんなに変? 丸くてふさふさしてて、けっこう可愛いと思うのだけど」
カカポという鳥が可愛いことは、認めないでもなかった。しかしその可愛らしさは、どこか悲しみを伴うものでもあった。そしてあまりにも彼女に似合いすぎていた。
カプラは金の山羊になってしまったために、以前いた場所を離れなければならなくなったのだ。
カカポの獣面は、その頬髭を隠すために被っている。そしてあのハイエナ男たちは、カプラが『金の山羊』であることを見破ったのだ。
ならば、あそこまで執拗に追いかけてきたことにも納得がいく。金の山羊は、サヴァナにおける夢の象徴でもあるのだから――。
「よっと」
そこでロンは、弾みをつけて立ち上がった。
そして見張り番の仕事を再開するべく、一つ大きく伸びをした。
「行くぜ? 立てよ」
「うん……仕方ないけど、ロンに付いて回るしかないわ」
「カカポになって、袋の中に入ってるか?」
ロンはカプラを入れてきた麻袋を指し示す。するとカプラは、ロンがたじろぐほど大げさに喜んできた。
「ええっ? それってつまり、ロンがずっと私を背負っててくれるってこと?」
「むぐっ……!? か、勘違いするな。話しかけられると気が散ると思ったからだ……」
喜ばせようと思って言った訳ではなかった。ロンは余計なことを言ってしまったと反省し、それ以上は何も言わずに、カプラに背を向けて歩き始めた。
「にゃー! いたにゃー!」
だがその時だった。トウモロコシ畑の一角から、突如ミーヤの叫び声が聞こえてきたのだ。
「ああ?」
どうしてこんな所にミーヤが――?
しかも切羽詰った声を出して。
ロンはひどく嫌な予感がした。その声がした方を振り向きたくなかった。
「ミーヤは大ピンチにゃー! 何とかするにゃー!」
その叫び声はどんどん大きくなっていく。がさがさと茂みを踏み鳴らして、複数の人間が近づいてくるのが感じられた。
「やめてくれよまったく……」
しぶしぶロンは振り返る。カプラは既にそちらを向いて、恐怖に凍りついた表情を浮かべていた。
「いよおー! やっと見つけたぜ!」
そこには昨夜カプラを襲っていた、二人のハイエナ男がいた。そしてその一人が、ミーヤの首根っこを掴んでぶら下げている。
ロンはその表情を険しくし、腰を落として身構えつつ、鋭い眼で相手を睨んだ。
ミーヤは空中でバタバタと手足を振り回している。まるで捕らえられたネコ。計らずもミーヤまで巻き込んでしまったことを、ロンは心の中で密かに詫びた。
「あれがロンにゃ! わかったらさっさと離すにゃ! ヤマネコ様が黙ってないにゃあー!」
「まったく、うるせえネコだぜ!」
ハイエナ男は据わった眼でジロリとミーヤを睨みつけると、そのままポイと放り投げた。
ミーヤは四本足でしゃかしゃかとロンの足元に駆け寄って、その背後に隠れた。
「一体何したにゃロン! あいつらいきなりミーヤを捕まえて、オオカミ野郎のところに連れてけって脅してきたにゃ! って……この女だれにゃ?」
ロンとカプラを見て怪訝な表情を浮かべるミーヤ。しかしかまっている暇はなかった。
「オオカミ野郎をしらみつぶしにあたってたんだ。骨が折れたぜ」
ゆっくりと歩み寄ってくる男達。盛り上がった筋肉と腹の脂肪を革のジャケットに包んで、腰の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら近づいてくる。
「女も無事だったとはな。これは願ったり叶ったりだ」
「正体知ってたんじゃねーのかよ? それとも知ってて手を出さなかったチェリー坊やか?」
ボキボキと指をならし、すでに殺る気まんまんだった。
「悪りぃが、あんたらが何言ってるのかさっぱりわからないぜ」
恐らくは先日と同様、ハイエナ達はロンのことも始末しようとしてくるだろう。カプラの身柄を完全に確保して、ゆっくりと楽しみたい彼らにとって、ロンはまさに邪魔者なのだ。
「腹と欲望の皮が張ってる連中は、ここじゃ長生き出来ないんだぜ? 知ってたかよ」
「まともな肉もついてねえ青瓢箪が、気取ったこと言ってんじゃねえ!」
「どう考えてもテメエの方が早死にだろうが!」
ハイエナとオオカミが二対一。まともにやりあってはまず勝てない。相手を挑発しつつ、いかにして状況を利用するかとロンは思考を巡らせた。
ハイエナ達はカプラを生け捕りにしたい。ミーヤを傷つけなかったあたり猫館の怖さも知っている。そしてここは牛館のオスカーが支配する農園地帯――。
「ミーヤ。頼みがある」
「にゃにゃ!? ロンが頼みごととか、雪でも降ってくるにゃ!?」
「茶化すな……。その女と一緒に、獣化して畑の中に逃げこんでくれ。たぶん一人が追って来るから、出来るだけ遠くまで逃げて、姉さん達に知らせてくれ」
「なだかよくわからにゃいけどピンチだにゃ!? やってみるにゃ!」
「帰ったら好きなラーメンおごってやるよ」
「ホントに槍でも降ってくるにゃあ!?」
ミーヤはあまりの驚きに、顎が外れそうになっていた。そしてロンの態度の原因が、傍らに立っている女にあることを確信し、針の様に尖った眼でカプラを凝視する。
「あんた何者にゃ!」
「か、カカポよっ! 始めましてネコさん」
「ロンとどういう関係にゃ!」
「命の恩人なのっ。昨日知り合って。あなたはロンのお友達?」
「友達どころじゃないにゃ! 魂で結ばれた深い関係なんにゃあ!」
まずい敵に睨まれている状況にもかかわらず、カプラとミーヤはややしばらくそこでお喋りを続けていた。ロンもハイエナ男達も、その様子を見て呆れてしまった。
「おい! てめえら舐めてんのか!」
「図太てえ! あの女ども図太てえ!」
ロンは焦った様子で、二人に向かって「シッシ!」と手を振った。
ようやく挨拶をすませたカプラとミーヤは、すぐにネコとカカポの姿に変身して、バタバタとトウモロコシの密林に逃げ込んでいった。
ハイエナ男達は目配せし合うと、そのうち一人がハイエナ形態に獣化。トウモロコシを押しのけながら、二人の後を追っていった。
「やっと行ったか……」
二兎を追う者はなんとやら。ロンはこの二人はやはり頭が悪いと思った。もしくは生涯最高のご馳走を目の前にして平常心を失っているのか。
「一対一なら勝てるなんて思ってねえだろうな?」
男は中腰になって突進の構えだ。
ロンはウェスタンハットを脱ぎ捨てると、獣人化して狼男の形態を取った。
この獣人の状態は、人体の器用さと獣体のパワーと速度、その両方を兼ね備えており、スタンディングファイトに最も向いている。
相手のハイエナ男もまた、その半獣の形態をとった。
「思っちゃいねえさ」
手足に深い毛が生えて、獣面と顔の皮が一体化する。
全身にみなぎる不死の炎。鋭い牙が、研ぎ澄まされた刃物のようにギラリと輝く。
「だが負けもしねえよ!」
農園に響き渡る咆哮。
それが戦闘開始の合図だった。ハイエナは前に、オオカミは横に、それぞれ強く地を蹴って跳躍する。
青草たなびく大地の上で、二体の獣人がつむじ風のように交差する。
その隣でカプラが、湖に向かって石を投げている。石は水面の上で3回ほど跳ねてから沈んでいく。
湖の水はさらさら透き通っていて、そのまま飲むことも出来る。
都市の汚水がどんどん垂れ流されているにも関わらず、この湖の水はけして汚染されることがないのだ。いまも桶を担いだ水売り達が、ひっきりなしに水を汲んでは街の中心部へと運んでいる。
水売りは、面無しが金を稼ぐ上での一番手っ取り早い方法だ。
「うーん、退屈ー」
カプラは一つ背伸びをしてからその場にしゃがみ込んだ。ロンはまったく話し相手にならないし、後はひたすら畑の周囲をぐるぐる回っているだけだ。
「ねえ、なにか喋ってよロン。このままじゃ私、退屈で死んでしまうわ」
「そいつあ贅沢な死に方だな」
がっかりとした表情のカプラ。しかしめげずに話しを続ける。
「ロンは退屈じゃないの? ただ歩き回ってるだけじゃない。いつまで続けるのよこれ」
「明日の朝までだよ」
「ええー!?」
カプラの顔が青ざめていく。あと丸一日もこのままで居なければならないのだ。
彼女にとってそれは拷問に等しいことだった。店に戻ろうにも、カプラ一人では街中を歩けない。
「もう……ずっとロクなことがないわ!」
「そいつはこっちの台詞だぜ」
ため息をつくロン。
「なにもかも、あのハイエナ達がいけないのよ」
そう言ってカプラは、寝転んでいるロンの顔を覗き込んできた。
「ねえ、ロンは私のことが気にならないの?」
「なんで俺があんたのことを気にしなくちゃならない」
「だってほら、私ってこんなに良い女じゃない。ハイエナに狙われちゃうくらい」
「はあ?」
流石のロンも反応せずにはいられなかった。
「なに言ってるんだ、あんた」
「私みたいな美女と一緒に居て、何とも思わないのかって聞いているのよ」
そしてカプラは、その奇妙な緑色の獣面の奥から、誘うような視線を飛ばしてきた。ロンはその頭の上に拳骨を落としてやりたい気持ちになった。
「べっつにぃ」
だがロンは極めて平静を装い、そっけなくカプラをあしらった。
退屈しのぎに自分をからかってきているだけなのだと知っていたからだ。
「そう? 昨日、ロンが私を助けてくれたのって、本当にただの気まぐれだったの?」
カプラは膝を抱えて悲しげな表情をした。気まぐれというか、それより他になかっただけなのだが……とロンは思ったが、口には出さなかった。
「イノシシさんはどうして私を信用してくれたのかしら……」
ロンは面倒臭そうに頭をかく。
実際のところはロンにも良くわからなかった。カプラの頬には金色の頬髭が生えていて、それは『金の山羊』となった者の証であって、それをもってカプラの素性と境遇が判明した。
それで幾らかは、彼女のことを信じる気にもなったのだろう。
「おっさんは女に甘いんだよ」
と、当たり障りのない返事をしておく。
ロンもまた、カプラの素性を知ってしまったために、彼女を強く突き放すことが出来ないのだった。
金の山羊。
サヴァナシティにおける悲運の象徴。
彼女の存在が、ロンの胸中に説明しがたい感情を巻き起こしているのは確かだった。
気付けばロンは、カプラの横顔を見つめていた。そして考えていた。
何故、こんなにも胸がむかむかするのだろうかと。
彼女に対して怒っているわけではない。ただ彼女を取り巻く状況そのものに、言い知れようのない苛立ちを感じるのだ。
「なあに? 私の獣面に何かついてる?」
ロンの視線にカプラが気づく。後ろに目が付いてるのかとロンは思う。恐らくは、男の視線に馴れている女なのだろう。
「相変わらず変な獣面だ」
「そんなに変? 丸くてふさふさしてて、けっこう可愛いと思うのだけど」
カカポという鳥が可愛いことは、認めないでもなかった。しかしその可愛らしさは、どこか悲しみを伴うものでもあった。そしてあまりにも彼女に似合いすぎていた。
カプラは金の山羊になってしまったために、以前いた場所を離れなければならなくなったのだ。
カカポの獣面は、その頬髭を隠すために被っている。そしてあのハイエナ男たちは、カプラが『金の山羊』であることを見破ったのだ。
ならば、あそこまで執拗に追いかけてきたことにも納得がいく。金の山羊は、サヴァナにおける夢の象徴でもあるのだから――。
「よっと」
そこでロンは、弾みをつけて立ち上がった。
そして見張り番の仕事を再開するべく、一つ大きく伸びをした。
「行くぜ? 立てよ」
「うん……仕方ないけど、ロンに付いて回るしかないわ」
「カカポになって、袋の中に入ってるか?」
ロンはカプラを入れてきた麻袋を指し示す。するとカプラは、ロンがたじろぐほど大げさに喜んできた。
「ええっ? それってつまり、ロンがずっと私を背負っててくれるってこと?」
「むぐっ……!? か、勘違いするな。話しかけられると気が散ると思ったからだ……」
喜ばせようと思って言った訳ではなかった。ロンは余計なことを言ってしまったと反省し、それ以上は何も言わずに、カプラに背を向けて歩き始めた。
「にゃー! いたにゃー!」
だがその時だった。トウモロコシ畑の一角から、突如ミーヤの叫び声が聞こえてきたのだ。
「ああ?」
どうしてこんな所にミーヤが――?
しかも切羽詰った声を出して。
ロンはひどく嫌な予感がした。その声がした方を振り向きたくなかった。
「ミーヤは大ピンチにゃー! 何とかするにゃー!」
その叫び声はどんどん大きくなっていく。がさがさと茂みを踏み鳴らして、複数の人間が近づいてくるのが感じられた。
「やめてくれよまったく……」
しぶしぶロンは振り返る。カプラは既にそちらを向いて、恐怖に凍りついた表情を浮かべていた。
「いよおー! やっと見つけたぜ!」
そこには昨夜カプラを襲っていた、二人のハイエナ男がいた。そしてその一人が、ミーヤの首根っこを掴んでぶら下げている。
ロンはその表情を険しくし、腰を落として身構えつつ、鋭い眼で相手を睨んだ。
ミーヤは空中でバタバタと手足を振り回している。まるで捕らえられたネコ。計らずもミーヤまで巻き込んでしまったことを、ロンは心の中で密かに詫びた。
「あれがロンにゃ! わかったらさっさと離すにゃ! ヤマネコ様が黙ってないにゃあー!」
「まったく、うるせえネコだぜ!」
ハイエナ男は据わった眼でジロリとミーヤを睨みつけると、そのままポイと放り投げた。
ミーヤは四本足でしゃかしゃかとロンの足元に駆け寄って、その背後に隠れた。
「一体何したにゃロン! あいつらいきなりミーヤを捕まえて、オオカミ野郎のところに連れてけって脅してきたにゃ! って……この女だれにゃ?」
ロンとカプラを見て怪訝な表情を浮かべるミーヤ。しかしかまっている暇はなかった。
「オオカミ野郎をしらみつぶしにあたってたんだ。骨が折れたぜ」
ゆっくりと歩み寄ってくる男達。盛り上がった筋肉と腹の脂肪を革のジャケットに包んで、腰の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら近づいてくる。
「女も無事だったとはな。これは願ったり叶ったりだ」
「正体知ってたんじゃねーのかよ? それとも知ってて手を出さなかったチェリー坊やか?」
ボキボキと指をならし、すでに殺る気まんまんだった。
「悪りぃが、あんたらが何言ってるのかさっぱりわからないぜ」
恐らくは先日と同様、ハイエナ達はロンのことも始末しようとしてくるだろう。カプラの身柄を完全に確保して、ゆっくりと楽しみたい彼らにとって、ロンはまさに邪魔者なのだ。
「腹と欲望の皮が張ってる連中は、ここじゃ長生き出来ないんだぜ? 知ってたかよ」
「まともな肉もついてねえ青瓢箪が、気取ったこと言ってんじゃねえ!」
「どう考えてもテメエの方が早死にだろうが!」
ハイエナとオオカミが二対一。まともにやりあってはまず勝てない。相手を挑発しつつ、いかにして状況を利用するかとロンは思考を巡らせた。
ハイエナ達はカプラを生け捕りにしたい。ミーヤを傷つけなかったあたり猫館の怖さも知っている。そしてここは牛館のオスカーが支配する農園地帯――。
「ミーヤ。頼みがある」
「にゃにゃ!? ロンが頼みごととか、雪でも降ってくるにゃ!?」
「茶化すな……。その女と一緒に、獣化して畑の中に逃げこんでくれ。たぶん一人が追って来るから、出来るだけ遠くまで逃げて、姉さん達に知らせてくれ」
「なだかよくわからにゃいけどピンチだにゃ!? やってみるにゃ!」
「帰ったら好きなラーメンおごってやるよ」
「ホントに槍でも降ってくるにゃあ!?」
ミーヤはあまりの驚きに、顎が外れそうになっていた。そしてロンの態度の原因が、傍らに立っている女にあることを確信し、針の様に尖った眼でカプラを凝視する。
「あんた何者にゃ!」
「か、カカポよっ! 始めましてネコさん」
「ロンとどういう関係にゃ!」
「命の恩人なのっ。昨日知り合って。あなたはロンのお友達?」
「友達どころじゃないにゃ! 魂で結ばれた深い関係なんにゃあ!」
まずい敵に睨まれている状況にもかかわらず、カプラとミーヤはややしばらくそこでお喋りを続けていた。ロンもハイエナ男達も、その様子を見て呆れてしまった。
「おい! てめえら舐めてんのか!」
「図太てえ! あの女ども図太てえ!」
ロンは焦った様子で、二人に向かって「シッシ!」と手を振った。
ようやく挨拶をすませたカプラとミーヤは、すぐにネコとカカポの姿に変身して、バタバタとトウモロコシの密林に逃げ込んでいった。
ハイエナ男達は目配せし合うと、そのうち一人がハイエナ形態に獣化。トウモロコシを押しのけながら、二人の後を追っていった。
「やっと行ったか……」
二兎を追う者はなんとやら。ロンはこの二人はやはり頭が悪いと思った。もしくは生涯最高のご馳走を目の前にして平常心を失っているのか。
「一対一なら勝てるなんて思ってねえだろうな?」
男は中腰になって突進の構えだ。
ロンはウェスタンハットを脱ぎ捨てると、獣人化して狼男の形態を取った。
この獣人の状態は、人体の器用さと獣体のパワーと速度、その両方を兼ね備えており、スタンディングファイトに最も向いている。
相手のハイエナ男もまた、その半獣の形態をとった。
「思っちゃいねえさ」
手足に深い毛が生えて、獣面と顔の皮が一体化する。
全身にみなぎる不死の炎。鋭い牙が、研ぎ澄まされた刃物のようにギラリと輝く。
「だが負けもしねえよ!」
農園に響き渡る咆哮。
それが戦闘開始の合図だった。ハイエナは前に、オオカミは横に、それぞれ強く地を蹴って跳躍する。
青草たなびく大地の上で、二体の獣人がつむじ風のように交差する。
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