永久なるサヴァナ

ナガハシ

水牛女

 袋にいれたカカポを肩に担ぎ、時速30kmの速度で巡航すること数分。ロンは仕事場の農園に辿り着いた。
 いつもなら仕事を終えている時間だった。
 視界に一杯のトウモロコシ畑が広がり、その向こうには、不死鳥の日差しを受けた湖の水面が、キラキラと輝いている。


「すごいわっ、本当に自動車いらずね!」


 袋からちょこんと首を出したカカポが、キョロキョロと周囲を見渡して言う。
 遠くの方で盛大に土煙があがっていた。無数の蹄が土を蹴る音が響いてくる。牛館の者達が牛の姿に変身して、一斉に鋤を引いて土起こしをしているのだ。


「さて……と」


 袋からカカポを出して地面に置く。超人的な走力で駆けてきたにも関わらず、その顔には汗粒ひとつ浮かんでいない。そのまま何食わぬ顔で巡回経路に入る。


「案外、バレてなかったりしてな……」


 辺りの様子を伺いつつ、ロンはトウモロコシが群れなす畑の横を歩いていった。
 後ろから、カカポがちょこまかとついてくる。
 このまま仕事を終えたことにして、牛達に一声かけてから店に帰れば、それで問題はないのかもしれなかった。


「うあっ……!」


 だがロンは不運にも、畑の一角が荒らされているのを発見してしまった。
 トウモロコシが根っこから引き抜かれ、収穫目前だった房が全てもぎとられている。


「やべえ……」


 引き抜かれた茎をかき集めて、誤魔化せないかと考えてみるが、やはりどう考えても無理だった。その傍らでは、カカポがその小さなくちばしで葉をつついていた。


「おい、てめえ……」
「ギクゥ!?」


 その時、ドスの聞いた声とともに、ロンの背後に深い影が差した。
 恐る恐る振り返ると、そこには胸の大きなミノタウロスがいた。
 金属板があてがわれたプロテクターのようなブーツとガントレット。黒革のホットパンツに胸当てという露出の多い服装で、その腹筋は見事に8つに分かれている。


 まさにアマゾネスのような風体。
 頭のうえに巨大な水牛の角を載せていて、これが彼女の獣面だった。


「サボりやがったなテメェ! 何してやがった!」


 女とは思えないような怒鳴り声で怒りを伝えてくる牛頭の女。
 彼女こそが牛館の主、バッファローのオスカーだった。


「おらぁ!」


 オスカーはロンを蹴り飛ばすと、その背中の上に馬乗りになった。


「ぐええ!?」


 凄まじい重圧がのしかかる。ミシリと背骨が軋んで肺の空気が全て抜ける。


「どうしてくれるんだこの始末! ごっそりもっていかれたじゃねーか!」


 と言ってオスカーは、荒らされた畑に向かって顎をしゃくる。


「す、すまねえ……! ちょっと色々あったんだ!」
「知らないねえ! サボりはサボりだ! あたしらをなめたらどうなるか、その体に刻み込んでやる!」


 オスカーはロンの首根を引っ掴むと、片手で軽々と持ち上げた。


「こいやあ! その間抜け面、あたしら全員でしこたま踏み抜いてやる!」
「げええええっ!?」


 そこまでしなくても……と思われるが、獣面を被っているロンに対しては、それくらいしないと折檻にはならない。
 獣面は、着用するものの耐久性をも向上させるのだ。


「まって! お姉さん!」


 そこにカカポが歩み寄ってきた。


「ん? なんだこの変な鳥は」
「私カプラっていいます! その人が仕事をサボってしまったのは私のせいなんです!」


 と言ってカプラは、ロンの身体を足でよじ登り、その頭の上に立った。
 それで大体、オスカーと同じ視線の高さになる。


「私は昨日、荒くれ者に絡まれていたところをロンに助けてもらったんです!」
「ほお。人助けをしてきたってわけか。柄にもないな、ロン」
「う、うぐぐ、成り行きで仕方なかったんだ……」
「だがサボりはサボりだ。あたしらの畑には、あんたらのせいで損失が出ちまった。ここ以外にもあちこちやられてる。悪いが当分ただ働きだ」
「じゃあ、私もその仕事を手伝います! 他にもお金を得るあてがあるんです、必ず損失分は弁償します。だからロンを許してあげて!」


 頭の上でパタパタと緑色の羽をばたつかせながら、カプラは必死に交渉する。
 圧倒的な力の差があるにも関わらず、カプラはけして気迫負けしていなかった。


 するとひとまずオスカーは、片手で掴み上げていたロンを地面に下す。


「仕事を手伝うだって? どんな鳥かは知らないが、そんな小さな体じゃうちの見張りはつとまらないね。ネズミにだって負けそうじゃないか」
「うっ、でも、なんとか頑張ってみます!」
「実際、なんの鳥なんだアンタは」
「か、カカポです!」
「聞いたことのない鳥だな。雑食か?」
「草食だと思いますよ!? さっきからここの作物がおいしそうで仕方ないんです!」


 カカポはまたの名をフクロウオウム。
 オウム属の中でもっとも体が大きく、寿命も長くて半世紀以上も生きる。
 草の柔らかいところを噛んだり、種や果実を拾ったりして生活する草食獣だ。


「そのくちばしの形、確かに草食のようだな。あたしらと同類か……ふむ」


 頭の上のカカポが重い。
 どういうわけか牛館の住民達は、草食系の獣面に対して寛容だ。
 もしかすると罪を減じてもらえるかもしれないと、ロンは期待せずにはいられなかった。


「よし、ではその獣面に免じて減刑してやろう。一万サヴァナを用意するか、その額の分をタダ働きしろ。それで折檻は許してやる」
「あ、ありがとうございます!」
「い、一万サヴァナ……だと?」


 労働時間にして三週間分……。
 これなら折檻でチャラにしてもらった方が良かったと、ロンはその場にくずおれた。









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