永久なるサヴァナ

ナガハシ

夜明け

 サヴァナシティの中枢。
 キングタワーの一階は広大なエントランスホールになっている。


 大理石が美しく輝く空間の中央には、分厚い強化ガラスケースに覆われた巨大な都市のジオラマが飾られている。
 そのジオラマの中央に、現代の建築技術の粋をこらして造られた、巻き貝のような形状をしたコロシアムが建っている。そこから3kmほど離れた位置にキングタワーがあり、そこからいびつな楕円を描くようにして、合計八つの高層タワーが配置されている。


 時刻は夜明け前。まだキングタワーの入口は開かれていない。ホールの中はまったくの無人でひっそりと静まりかえっている。
 そこにいる人物はキング・ジョーただ一人だ。


「ふむ……」


 彼は専用の出入口からケースの中に入り、都市のジオラマに最後のタワーを付け加えるところだった。
 鋭い円錐形をしたユニコーンタワーの模型は肩に担ぐ程の大きさ。
 さてどの位置にこの塔を配しようかと、ジオラマの周囲を巡りつつ最後の思案を行なっている。


「迷っておられるのですかな?」


 とそこに、ガラスケースの外から声がかけられてきた。
 ジョーはその声の方を向く。
 いつの間にかそこに、一人の小柄な老人が立っていた。


「早いな、カメ爺」
「ほっほっほ、あなた程ではありませんがな」


 老人はカメの甲羅を頭に載せていた。兜のようにも見えるが列記とした獣面である。戦闘力指数は50。獣化したときの防御力は他の追随を許さないものがある。
 故に奪われにくく、実際その老人は、もう60年以上もカメの地位を守り続けている。彼は先々代の獅子長の時代から、都市設計に関する助言を行なってきた風水師だった。


「かつて、宇宙は四角いと考えられておりました」


 老いた風水師が、若き獅子に向かってささやかな助言を行う。


「古代の都市の多くが真四角に作られているのは、その宇宙を模そうとしたためなのです。そうすることで時の皇帝は、世界を制しようとしたのですな」


 そう言いつつカメの老人は、手にしていた杖を上に向けてくるりと回した。


「しかし、現代の科学はこう申しております。宇宙は“概ね”丸いのだと」


 そしてニヤリと怪しい笑みを浮かべる。獅子もまた、つられるようにを口角を上げた。


「ふふ、概ねか。いっそ真球であれば迷うこともなかったのだがな」
「左様ですな。まん丸であれば何も迷うことはありませんでした。都市の中心に、その都市の象徴シンボルを配置し、それを取り囲むように真円を描けば良いだけなのですから。しかし、ここサヴァナにおいては、それだけでは宇宙を制することは出来ないのです」


 サヴァナシティが存在しているこのゲート内世界も、発見された当時はその大地の円形構造のために、宇宙の縮図であると捉えられてきた。しかしその円形の大地に、これまた同じく円形の都市を築いたとしても、不思議とうまく機能しないのだった。
 時の為政者がどんなに都市の姿を整えようとしても、都市はそれ自体が意志を持っているかのように、その姿を歪なものに変えてしまうのだ。


 カメの老人曰く、それはこの地に、定まった龍脈の流れが存在出来ないことによるという。この地における竜脈は、まさに人々の意識、その集合体によって形作られる。都市が自然と歪になっていくのは、つまり人の心がいびつであること示しているのだと。
 その事実を踏まえた上で、獅子は、自らの美意識を強く打ちつけたかのような都市のジオラマを見渡す。


「美しく歪んだ円を描きなされ。正解はあなた様の胸の内にこそありまする」


 ジョーはジオラマの周囲をゆっくりと歩きまわりながら、最後の一棟を配置すべき場所を、心の目で見定めた。
 都市の地形は、長年にわたって堆積した瓦礫によって、中央部分がゆるやかに盛り上がっている。その最も盛り上がった場所に建てられているのが、サヴァナシティの象徴たるセントラルコロシアムであり、現在その殆どが完成している。


 そしてキングタワー、フェンリルタワー、エルフタワー、オーガタワーの4棟が完成しており、現在5棟目のゴルゴンタワーと、6棟目のチーリンタワーが建造中だ。
 全てキングタワーの立つ位置から、その反対側の湖がある方向へと、順次建造されている。


 最後の一棟であるユニコーンタワーは、必然、湖に最も近い位置に配置することになる。
 そして、その湖近くの一帯には、牛館の者達が支配している農園が広がっているのだった。
 強制的に立ち退かせることは可能だが、牛館は都市内でも五指に入る大勢力。それにこの農園は、悪化の一路をたどるサヴァナシティの食糧事情を、幾らかではあるが改善してくれている。


 湖に向かって大きく突き出す形で配置すれば、全体として鋭さのある、彼好みの攻撃的な輪郭になる。だが、出来れば湖周辺の環境は損ないたくなかった。
 都市の近くに農園があるというのは、彼の美意識にも適っていることなのだ。


「……よし」


 その二者のせめぎあいの末、ついに最後のタワーの位置が決定した。


 大きくて重量感のあるタワーの模型が、ゴトリとジオラマの上に配される。
 その位置は、スラム街と農園地帯の間における、やや農園よりの場所だった。
 そうして10棟のタワーが描く歪な楕円は、比較的穏やかな、安定感のあるフォルムを形成するに至った。


「よいと思いますぞ、獅子どの」


 その老人の言葉に、ジョーは満足げに頷いた。 


    * * *


 ロンの生活リズムは完全な夜型だった。眠りにつくのは昼の2時ごろ。それから6時間ばかり眠って夜の9時までには仕事場の農園へと向かう。
 それから12時間、農園の見張りをする。一日の稼ぎは500サヴァナ。これはサヴァナ市民の感覚では中の下に位置する。
 もし仕事をすっぽかすとどうなるか? それはそれは大変な事態に陥るのだ。
 彼の雇い主である牛館のオスカーは、凶悪な角を頭上に冠したバッファローのお姉さんである。
 戦闘力指数は300。遅刻した時のペナルティーは、立ち上がれなくなるほど彼女の足に踏みつけられた上に、一週間給料抜きのタダ働きだ。


 それでも比較的楽でおいしい仕事であり、ロンはこの仕事を手放したいと思ったことは一度もない。だから今日は、朝のうちからけたたましい叫び声とともに飛び起きたのだった。


「仕事サボっちまったじゃねーかあああああ!」


 ハイエナ達との一戦と、その後に判明したカプラの正体。
 それら大事件のために、すっかり仕事のことを忘れてしまったのだ。疲労もあり、昨夜はぐったり眠りこけてしまった。


 ベッド代わりにしている硬いソファーから転げ落ちた後、ロンはウェスタンハットをひったくりつつ、慌てて一階へと駆け下りて行った。


「やっちまったぜ、おっさん!」


 イノシシのマスターもまた、眠い目をこすりながら起き出してきたところだった。気の抜けたその獣面をしばし呆然と眺め、いまさら焦ってもどうにもならないことにようやく気付いたロンは、力なくテーブル席の一つに腰をおろした。


「おはようロン。何をそんなに慌てているの?」


 隣りの席にはカカポの獣面。
 膝にクラシックギターをかかえて弦の調整をしている。


「……あんたのせいだ」


 ロンは帽子をくしゃくしゃに丸めながら言う。


「あっー! ロン! 仕事すっぽかしちゃったね!」
「気付くのおせーよ! おっさん!」


 ようやく気づいたイノシシに向かって一喝し、ロンは自分の獣面をわしわしとかき回す。


「まいったぜ……姉さんに半殺しにされちまう!」
「どういうことなの?」
「あのなぁ、俺は昨日、仕事にいく途中だったんだ!」
「まあ、そうだったの!? つまりサボっちゃったのね?」
「そういうこった!」


 バンッとテーブルを叩いて立ち上がると、カウンター裏においてあるポリタンクに手を伸ばす。適当なグラスに中身の水を注いで、荒々しく飲み干す。


「怖い人なの? ロンの雇い主さんって」
「この街に怖くない雇い主なんていねえよ……」


 相変わらずサヴァナの常識を知らない女に苛立ちながらも、今となってはその怒りを素直にぶつけること出来ない。カプラはボロボロになっていたドレスを、器用に仕立て直してチョッキにしていた。下にはマスターがゴミ溜めから見つけてきた古いデニムを穿いている。


 昨夜、カプラの湯浴みを覗いた際に、図らずも彼女の素性が判明してしまった。
 ロンとマスターは、しばし思案した結果、彼女をしばらく店においておくことにしたのだった。
 一体どういう心変わりなのかと首を傾げるカプラに、マスターは「最近お客が減ってきたから、何か新しいことをやってみようと……」という、少々苦しい説明をした。
 もちろん、彼女にとっては願ったり叶ったりのようだったが。


 カプラがギター弦をポロンと弾く。
 ロンは店内を行ったり来たりしながら頭を抱えている。


「まあ、サボっちゃったものは仕方ないよね。早めに行って頭下げるしかないよ」
「そうだな……はあ……気が重いぜ」


 しばし様子を見守っていたカプラは、やがてギターを床に置いて立ち上がった。


「私の……せいなのよね?」
「ああそうだ。どうしてくれるんだよ」
「なら……私も一緒に謝りに行くわ!」


 思わぬ提案に、ロンは思わず足を止めた。正気か? 一瞬そんな単語が頭に浮かんだ。


「お前は追われている身だろ?」
「大丈夫よ。昨日一晩かけて練習したの。見てて」


 そう言うとカプラは、胸の前で両手をギュッと握りこみ、眼をつぶって気合を入れた。
 その直後、ボンッ! という破裂音がして、パラパラと黄緑色の羽が舞い散った。


「どう? 中々やるもんでしょう?」


 信じられないと言った様子でロンはマスターと目を合わせた。
 カプラはたった一晩で、獣化の技術を身に着けたのだ。


「死ぬ気で練習したの。これで私を連れて行けるでしょう?」


 その鳥の大きさは人の頭ほど。これなら隠して移動させることは容易だった。











コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品