永久なるサヴァナ

ナガハシ

獣面(マスク)

 サヴァナシティは油断ならない都市まちである。
 ここでは力こそが全てであり、その力を失うことは己の全てを失うことに等しいからだ。


 サヴァナにおける力。
 それは獣面マスクの一言で表現される。
 簡潔に言って、獣面を持つ者は強いのだ。
 最強の獣面である獅子を長とし、トラ、サイ、クマ、バッファロー、他にもイタチやネズミといった小動物まで、ここサヴァナには多種多彩な獣面が存在する。
 この獣面を身につけた者は、不死のエターナル・フォースの加護を受け、超常的な力で戦えるようになるのだ。


 現在、サヴァナシティに存在する獣面の数は10万と少し。それに対して都市の人口は150万。およそ15人に1人が獣面を所持出来ることになる。
 マスクを持たぬ者は面無し(ゼブラ)と呼ばれ、その多くが惨めな生活を強いられる。
 彼らが一人の人間として扱われることはまず無く、力ある者達に媚びへつらい、残飯を漁り、泥水をすすって生きるのが常道だ。


 一方、最強の獅子面を手に入れた者は都市の全権を握る獅子長となる。サヴァナシティの生きた法律となり、一等地を専有し、好きなものを好きなだけ手に入れて、栄華を極めた生活を送ることができる。


 そこまでいかずとも、ある程度の力を持つ者であれば多くの甘い汁をすすることが出来る。
 豪勢な住居を建てるもよし、数多の美男・美女をはべらせるもよし、己の趣味趣向をとことん極めるもよし。とかく力さえあれば大抵のことは出来てしまうのが、サヴァナという場所なのだ。


「おい、なんで付いてくるんだよ」


 ポケットに手をつっこんで、憮然とした態度で歩いていたロンは、後をついてくる少女に向かって問いかけた。
 彼の被っているオオカミ面はそれなりに強い獣面である。面無しの力を1、獅子の力を1000として定められる戦闘力指数において130という中位の数値を示す。
 ガゼルの群れに睨みをきかすと、その全てが飛んで逃げていく程の実力だ。


「もちろんミーヤはロンについてくんだにゃ」


 ロンの問いかけに、少女はにべもなく答えた。


「なんでだよ。お前は館に帰れ」
「つれないこと言わないにゃあ。どうせこのあと食べなおすに決まってるにゃー」
「店に戻って寝るだけだよ」
「にゃふふ、マスターに肉のこと言うにゃ?」
「ふがっ!?」


 ロンは顔を青くする。


「ツケが一杯たまってるのに、ステーキなんか食べてたーって言ってやるにゃ!」
「て、てめえ……! この上まだ俺をゆする気か!?」


 全然懲りてねえ。
 胸のうちに沸々と怒りをたぎらせながら、ロンは片手の拳を握り締めた。


 彼の年齢は24。
 その体は良く鍛えられ、まさに闘士としての最盛期を思わせるエネルギーに満ちている。
 しかし彼は長い間、獣面を巡る闘争には加わっていない。普通に仕事をして日銭を稼ぎ、袋麺を食わせる店『いんすたんとめん』の二階を借りて暮らしているのだ。


「にゃふふー。チャーシュー1枚で黙っててやるにゃーん」
「ぐ、ぐぬぬ……」


 これまた絶妙なさじ加減だった。
 マスターに小言を言われるのと、チャーシュー1枚失うことを天秤にかければ、まさにぴったり釣り合いがとれるだろう。どこまでもしたたかなミーヤに対して、ロンは怒りを通り越してただ呆れ果てるのだった。


   * * *


 雷撃によって木っ端微塵に破壊されたスラム街から7区画。600mほど歩いた場所に『いんすたんとめん』はある。
 大通りを一つ折れて、そこからさらに小路に入ったところに建っている三階建ての朽ちた店舗ビルだ。
 壁はコンクリートブロックを積み上げて作ってあるが、砂をたっぷり混ぜ込んだ安物で、すでに屋上から基礎の部分までアリが食ったようにボロボロになっている。
 扉の上に掲げられた木製の看板も良い具合に傾いて、ある種の侘び寂びを醸し出していた。


「マスター! またチャーシュー頂きにきたにゃー!」


 両方の壁に二つずつ、計4つ並べられたテーブル席は思いのほか清潔。中途半端な時間なので客は一人もいない。
 その奥にある三人がけの狭いカウンター席に、ロンとミーヤは腰を下ろした。カウンターの奥で雑誌を読んでいたイノシシ面が、その腰をよいしょと持ち上げた。


「やあおかえり。ロンってば、またミーヤちゃんに弱み握られたのー?」


 よく言えば恰幅が良い。悪く言えば小太りなイノシシのマスターは、悪戯な笑みをうかべながら問いかけてきた。
 イノシシの獣面はすっかりくたびれて、その獣毛の殆どが抜けてしまっている。そのツルツルとした表面はまるでブタの肌のよう。口元についている小さな牙だけが、イノシシであった頃の面影を残している。


「べ、別に大したことじゃねーぜ。チキン味チャーシュー入りで」
「あいよ。150サヴァナね。一応聞くけど、ツケとく?」
「……たのむ」


 いつになったら返してくれるのかなーと、どこか愉快げな様子で、イノシシのマスターは台所の下から片手鍋を取り出した。


「ミーヤちゃんもいることだし、今日はチクワを一本サービスしておくよ」


 そう言ってマスターは、半分に切ったチクワを鍋に放り込んだ。どういう筋を通してサヴァナに流れてくるのか、その一切が謎に満ちている胡散臭い一品である。


「にゃああん! マスター愛してるにゃー!」


 あからさまに猫撫で声で店主に甘えるミーヤ。それを横目に見てロンはため息。


「このネコを甘やかしても良いことはねーんだぜ?」
「いいのいいの。こんな場末に、女の子が寄り付いてくれるってだけでありがたいんだから」
「ふんっ、相変わらず女に甘いな、おっさんは」


 ミーヤはぐつぐつと煮える鍋を覗き込んで、口端からだらしなく涎をたらしていた。
 チャーシューとチクワ以外のものも、ちゃっかりと頂くつもりだ。ロンの食べものを横取りして楽しむのは、この少女の趣味のようなものだった。


 サヴァナシティの食料事情はお世辞にも潤沢とはいえない。
 直径15kmの狭い円形の土地に農地は少なく、150万もの人口をまるで養いきれていないのだ。
 獅子長が現在の人物になってからは更に悪化している。次々とスラムつぶしをして闇市場を都市から駆逐しているからだ。
 以前はサヴァナシティの経済収支の半分以上が闇市場からもたらされていた。そしてその収益で外の世界から食料を買っていたのだ。
 その収益が激減した今、都市のいたるところで飢餓が発生していた。最近では獣面を巡る闘争よりも、食料をめぐる闘争の方が多いくらいだ。


 つまりその食料をかすめていく泥棒ネコは、厄介者以外の何者でもないはずなのだが……。


「はい、できたよー」


 ここサヴァナシティにも人情というものはあるのだった。
 三人は食料を奪い合う敵対者である以上に、居心地良い場所を共有する利害関係者でもあった。
 それ故に、力で全てが決するこの世界においても、情や絆といった人間臭さは健在なのだった。


 マスターは何も言わずに小鉢を出す。
 そして約束のチャーシューとチクワとともに、いくらかの麺とスープを注ぎいれた。


「いただきますにゃー!」


 ミーヤは遠慮なくその温かな麺をすすり始めた。
 マスターはその様子を見て満足げな表情。
 チャーシューを取られたロンだけが仏頂面だった。









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