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アシアセラフィカ ―久遠の傍観者―

ナガハシ

帰路

 ホテルを出た僕達は、運転手さんに頼んで、車で市街を流してもらった。


 高齢化に伴うホスピタライゼーションの進行により、住宅地は総合病院を中心とした同心円状に広がるようになった。
 駅前通りやかつてあった商店街は、今は公園になっているか、もしくは緑地帯になっている。環状道路を走るリムジンの窓には、そうして形成された市街地と緑地帯が、代わる代わる流れていった。


 一時は隆盛を誇った郊外型ショッピングモールも、人口減少と高齢化の影響により、少しづつその数を減らしている。
 その代わりに増え始めたのが、高度に情報化された個人店舗だった。
 今では個人経営の商店でも数機のサービスロボットを所有していて、買い物が困難な人のための宅配サービスなどを行っている。


 その地域に住む人達が求める商品は、全て高度なデータマイニング技術によって経営者に提示されるから、個人店舗であっても、欲しいものが手に入らないことは殆どない。
 小売店舗事業者が行う仕事は、それら機械が提示するサービスに『品の良いアレンジ』を加えることなのだ。


 だから機械化が進行した今でも、店舗経営は人間の仕事であり、能力開発プログラムを受けている者の多くが目指す職業の一つになっている。
 個性的で、人々に新しい価値をもたらすような店舗経営を行えば、それだけ客が集まりやすくなり、国に納めるべき所得税も多くなる。
 多くの人から賞賛を得られる人物になれる。


 『言いなりの勝者』という言葉がある。
 いずれ機械の知性が人間のそれを越えた時、人はただ機械の言う事を聞くだけで繁栄できる。そういう概念だ。
 2070年現在、世界中の計算機械は、国際計算機力機関によって、『著しく人間の能力を越えない程度』に抑えられている。つまり、今や人間は、半分は言いなりの勝者なのだ。
 たぶんその気になれば、己の運命を完全に機械知性に預けてしまうことも出来るのだろう。


 今、人々はみな高度な職業についている。いや、就きたいと願っているのだろう。でなければ、計算能力に制限を加える必要がないのだから。
 そして例え高度な職業に就けない者でも、勤勉で社会貢献の意思あり、己を磨くことを怠らない人であれば、家庭を持って数人の子供を育てられるくらいの収入は保証される。
 国民の平均寿命も90歳を超えた。女性だけなら100歳に届きつつある。
 もう、日本という国はこれ以上無いというところまで来たように思える。
 途上国もそのうち追いついてくるだろう。
 だが、しかし。


――全ての人間が悟りをひらく。


 いずれ行き着くかもしれないその地平。
 それは果たして、人類に真の幸福をもたらすのだろうか。


 地上最高のコンピューターは、この問いに対してどんな結論を出すのだろう。
 そして、あのクリスタルタワーの少年は、どんな結論を導き出したのだろう。
 どう考えても僕にはわからない。
 真理さんが吐露するように、未来に対するどうしようもない不安が、今もってこの世界には存在するようだった。


 * * *


 旭川を後にして、自分達の住む街へと帰る。
 その途中で、僕は真理さんの子供達を映した動画を見せてもらった。後部座席と運転席の間の仕切りをディスプレイに変えて表示させる。
 その動画には、長男のラヴィ君が弾くピアノのリズムに合わせて、下の子供達が踊っている光景が映されていた。
 いつの時代も、子供達が元気に遊びまわる光景というものは、僕らの心を癒し慰めてくれる。
 僕は、真理さんがこんなにも沢山の子供を産もうとする気持ちが、少しだけわかったような気がした。


 しかし、全ての人が自らの子を残せるわけではない。
 望む、望まないに関わらず、僕のように一生を独身で過ごす人間は、この先どんなに社会制度が進歩しても、いなくならないだろう。
 むしろ、完璧な社会に近づけば近づくほど、自らの子供をもうけようとする人の割合は、減っていくような気がする。
 これはおそらく生物学的なもので、とても根の深い問題なのだろう。
 僕のような人間は、一体どうやって虚無に立ち向かえば良いのか。


 そんな僕の問いに対し、真理さんはこう答えた。


「子供という存在を、社会全体の宝と思うようになれば良いのです」


 どことなく不安そうな表情をしながらも、真理さんは言う。


「この世の全ての子供のことを、自分の子供と同然だと思えるような世の中になれば……」


 そう言われて僕は、再度、ディスプレイの中で踊る子供達の姿を見る。
 確かにそれは名案のように思えた。
 子供たちのために今自分が出来ることを考えて生きれば良い。
 そうすれば、充実感を失うことなく日々を過ごすことが出来る気がする。


 あくまでも『気がする』だけだが、それでも僕は、真理さんの子供が自分の子か孫かと思えるまで、その動画を眺め続けた。


「少し、寄り道をするよ」


 帰り道の半ばまで来た頃に、僕は真理さんにそう伝えた。
 あらかじめ伝えておいたことだったから、真理さんは何も言わずに頷いてきた。
 死ぬ前に一度、行っておかなればならない場所がある。


「ん……」


 不意に、締め付けられるような痛みを感じて、僕はそっと手で胸を抑えた。
 車窓の外はうっすらと夕日を帯び始め、眩しい景色になりつつあった。









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