アシアセラフィカ ―久遠の傍観者―

ナガハシ

少年

 食後のデザートには三種のジェラートが出てきた。
 スイートコーン、メロン、そしてアケビ。
 真理さんは、それら色とりどりの氷菓をスプーンでつつきながら、僕にこう洩らしてきた。


「先々のことを考えると、正直、不安なことしかありません」
「はい……」
「子供達がこれから生きる世界のことについて、恐ろしい光景ばかりが浮かんでしまうんです」
「恐ろしい光景?」


 自然と、返す口調が重くなる。
 真理さんは、先を続けにくそうに口元を強張らせる。
 ジェラートをいじる手も止めてしまった。


「少し深刻な話になってしまうのですが」
「いえかまいません。話を聞くだけなら、いくらでも出来きますから」
「はい、では……」


 真理さんは、アケビのジェラートを一口だけ食べてると、皿の上にスプーンを置いた。
 まさか相談事をされるとは思わなかった。
 僕は居住まいを正して、気持ちを切り替える。


「昔、インドに留学していた頃の話です。その時私はまだ13歳で、自分の限界がどこにあるのかを、まだ知りませんでした」


 僕は一つだけ頷く。


「留学先だった国際英才スクールには、世界中から優れた頭脳を持つ子供が集められていました。そこに参加することの意義は、能力開発というよりも、むしろ自分がどの位置にいるかを知ることだったんです」
「上には上がいるということですか」
「はい、それはもう。頂上が見えないという経験を、私はその時初めてしました。彼らの多くは、遺伝子的に知能を極大化させた人間でした。生まれ落ちた時点で、埋めようのない差が出来ていたんです」


 ジーンリッチ。
 最新の遺伝子技術によって産み出された天才児のことだ。


「フラッシング――彼らはみな、網膜に直接情報を照射することで、辞書一冊分の知識を数分で読み込んでしまえるような能力を身につけていました。私には真似のできないことでした」
「僕のドクターがやっているあれか……」
「はい。ドクターにもフラッシングの能力があります。今現在、医者になる者に求められる最低限の能力ですから。しかし彼らのフラッシング許容速度は、およそ人間外れしたレベル……電子装置とそう変わらない水準にまで引き上げられていたのです」
「そんなに……」


 僕は二の句が継げなかった。
 彼らはある種、人為的に創りだされた生体コンピューターなのだ。


「彼らは『これまで地球上で起きたこと』を、ほぼ全てを知っていました。知った上で『これからのこと』を考えようとしていました。未来を予測することは、どれほど高度な知識を持っていても不可能なことですから、知識欲に溢れる人達は、最終的には未来へと目を向けることになる……。この先、どんな世界がありえるのか、どのような世界こそが、ヒトが生きるに値する世界か……。そんなことを、世界中の若い頭脳が集まって考えていたのです」


 それは確かに、恐ろしい光景が見えたとしてもおかしくない。


「率直に『ついていけない』と感じました。そこでようやく、私は私の立ち位置を知ることになったのです。私は未来を創る仕事には就けないし、就きたくもないと」
「ふむ……」
「そんなある日のことでした。私達はあるアメリカ人の学生に、興味深いものがあるから見に行かないかと誘われたのです。彼は天才児達の中でも特に抜きん出た人で、スクールのリーダー的な存在でした。そんな彼が興味深いと言う程のものは、一体何なのだろう、そう気になった私達は、彼についていくことにしました」


 そこで真理さんは、どこか遠くを見るような目をした。
 どんな時もその凛々しさを失わない彼女の姿が、この時ばかりは嵐に怯える小動物のように見えた。


「連れていかれた場所は、ニューデリーの中心部にあるオフィス地区でした。その一角に、明らかにオフィスビルとは違ったものが建てられていました。それは、構造物の全てがクリスタルガラスで出来た、地上80mの高さがある塔だったのです」
「塔……」


 僕は記憶を探ってみる。
 何かそのような記事を、ネットか何かで見た覚えがある。


「現在、クリスタルタワーと呼ばれている建物です。その塔は何の前触れもなく、突然現れました。建設予定地にはなっていましたが、おそらく別の場所で作った部材を搬入して組み立てたのでしょう」
「一夜城みたいなものだね」
「はい。その塔にエレベーターは無くて、最上部までひたすら螺旋階段を昇っていくだけの構造になっていました。組み立てるのは、そう難しいことはなかったと思います」


 ただし、お金は随分とかかっただろう。
 何故そんなものが、オフィス街の中心に突如として現れたのか。
 真理さんは表情を強ばらせながら話を続ける。


「私達を案内してくれた学生が、階段を昇っている間に色々と教えてくれました。その塔はたった15歳で世界有数の財をなした、インド人の少年によって建てられていたのです。少年は、ある時点できっぱりと経済活動をやめて、クリスタルの塔を建造し、その頂上にガラスの密室を作りました。そしてその密室に……」


 僕は固唾を飲んだ。
 この話を僕は知っている。当時、世界中を賑わせていた話題だ。


「自らのミイラ化した遺体を安置したのです」









コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品