アシアセラフィカ ―久遠の傍観者―
移住 ―2032年―
僕が北海道のとある片田舎に3ヘクタールの農地を購入したのは、西暦2032年の春のことだった。
冷たい春風が吹きすさぶ、その一面の荒野に辿り着いた時、僕はまだ38歳だった。
人里離れた場所に住み、この身一つで自然に向き合う。
七十数年にわたる僕の人生において、それはもっとも重大な決意だった。
農地を取得するためには、その農地を十分に活用できるだけの技術が必要になる。未経験者がいきなり農地取得の許可をもらえることはまずない。
そしてもちろん、都市部のサラリーマン家庭に生まれた僕に、農業の経験などあるはずもなかった。
だが当時、ある特殊な機能をもった植物が開発されたことによって、未経験者にも新規就農への道が開けていたのだ。
『光発電性植物』を利用した発電事業。
いわゆる、農地発電のことだ。
【光発電性植物】
土壌中に普遍的に存在する微生物である『電流発生菌』と共生することにより、根茎中に電流を発生させる植物の総称。
農業試験場において偶然発見されたこの植物によって、農地発電の実用化が進んだ。
【電流発生菌】
代謝の際に呼吸として電子を放出する性質を持った菌類。
土壌中や海水中に普遍的に存在する。
存在自体は100年以上前から知られており、電流発生菌を利用したバイオ燃料電池の研究等が進められていた。
研究者たちの究極的な目標は、自然界から直接電力を取り出すことにあった。
すなわち農地発電の実用化だが、それは長い間、夢物語と言われてきた。
水田や湖沼などに単に電極を差すだけでも、実は0.01%程度の発電効率を持つ太陽電池を作ることが出来る。しかし実用的な発電効率としてはその約100倍、1%以上の発電効率が必要とされていた。
この発電効率の悪さがネックとなって、実用化の見込みはまずないと考えられてきたのだ。
光発電性植物の発見によって、その実用化が一気に現実味を帯び始める。
この植物は、根部に電流発生菌が付着しやすい性質を持っている。そのために、光発電性植物を植えられた土壌は、通常の土壌よりも劇的に高い電位を保持するのだ。
また光発電性植物の根は、互いに密なネットワークを築くことで生きた送電網となる。つまり、広大な面積を持つ農地であっても、そこから容易に電力を吸い上げることが出来るのだ。
最初に光発電性植物として発見されたシバムギの一種――学名エリトリジア・エレクトリカ――は、品種改良が施された後に『エレノア』と命名され、市販化された。
エレノアを植えた土地の発電効率は、面積あたり、一般的な太陽光発電のおよそ5分の1程度であり、条件次第では十分実用に耐えるものだった。
こうして、農地発電は黎明期を迎えた。
農地発電を始めるにあたって、農業に関する知識はそれほど必要とされない。
畑に種を撒いて光発電性植物を栽培し、集電端子を畑に設置する。それだけで簡単な発電設備を作ることが出来てしまうからだ。
発電された電気の多くは地方自治体に買い取られて、主にその地域で利用される。
新規就業者に求められるものは、長期間にわたって業務を継続する意欲と、初期投資のみだった。
放棄された農地は、日本各地に数多く存在し、地方自治体も人口減と税収不足に喘いでいた。
使われていない農地を活用できて、さらには発電事業のための資金を呼び込める。過疎の進む自治体にとって、これほど良い話はなかった。
さらに、農地発電は植物を利用した発電であるため、自然環境にあたえる影響も少なく、住民たちの理解も得られやすかった。
これら好条件が重なって、多くの野心ある人々が、農地発電を行うために都市部から地方へと移住した。
僕もその一人だった。
冷たい春風が吹きすさぶ、その一面の荒野に辿り着いた時、僕はまだ38歳だった。
人里離れた場所に住み、この身一つで自然に向き合う。
七十数年にわたる僕の人生において、それはもっとも重大な決意だった。
農地を取得するためには、その農地を十分に活用できるだけの技術が必要になる。未経験者がいきなり農地取得の許可をもらえることはまずない。
そしてもちろん、都市部のサラリーマン家庭に生まれた僕に、農業の経験などあるはずもなかった。
だが当時、ある特殊な機能をもった植物が開発されたことによって、未経験者にも新規就農への道が開けていたのだ。
『光発電性植物』を利用した発電事業。
いわゆる、農地発電のことだ。
【光発電性植物】
土壌中に普遍的に存在する微生物である『電流発生菌』と共生することにより、根茎中に電流を発生させる植物の総称。
農業試験場において偶然発見されたこの植物によって、農地発電の実用化が進んだ。
【電流発生菌】
代謝の際に呼吸として電子を放出する性質を持った菌類。
土壌中や海水中に普遍的に存在する。
存在自体は100年以上前から知られており、電流発生菌を利用したバイオ燃料電池の研究等が進められていた。
研究者たちの究極的な目標は、自然界から直接電力を取り出すことにあった。
すなわち農地発電の実用化だが、それは長い間、夢物語と言われてきた。
水田や湖沼などに単に電極を差すだけでも、実は0.01%程度の発電効率を持つ太陽電池を作ることが出来る。しかし実用的な発電効率としてはその約100倍、1%以上の発電効率が必要とされていた。
この発電効率の悪さがネックとなって、実用化の見込みはまずないと考えられてきたのだ。
光発電性植物の発見によって、その実用化が一気に現実味を帯び始める。
この植物は、根部に電流発生菌が付着しやすい性質を持っている。そのために、光発電性植物を植えられた土壌は、通常の土壌よりも劇的に高い電位を保持するのだ。
また光発電性植物の根は、互いに密なネットワークを築くことで生きた送電網となる。つまり、広大な面積を持つ農地であっても、そこから容易に電力を吸い上げることが出来るのだ。
最初に光発電性植物として発見されたシバムギの一種――学名エリトリジア・エレクトリカ――は、品種改良が施された後に『エレノア』と命名され、市販化された。
エレノアを植えた土地の発電効率は、面積あたり、一般的な太陽光発電のおよそ5分の1程度であり、条件次第では十分実用に耐えるものだった。
こうして、農地発電は黎明期を迎えた。
農地発電を始めるにあたって、農業に関する知識はそれほど必要とされない。
畑に種を撒いて光発電性植物を栽培し、集電端子を畑に設置する。それだけで簡単な発電設備を作ることが出来てしまうからだ。
発電された電気の多くは地方自治体に買い取られて、主にその地域で利用される。
新規就業者に求められるものは、長期間にわたって業務を継続する意欲と、初期投資のみだった。
放棄された農地は、日本各地に数多く存在し、地方自治体も人口減と税収不足に喘いでいた。
使われていない農地を活用できて、さらには発電事業のための資金を呼び込める。過疎の進む自治体にとって、これほど良い話はなかった。
さらに、農地発電は植物を利用した発電であるため、自然環境にあたえる影響も少なく、住民たちの理解も得られやすかった。
これら好条件が重なって、多くの野心ある人々が、農地発電を行うために都市部から地方へと移住した。
僕もその一人だった。
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