魔法学園の料理当番

ナガハシ

 そして翌日。


「つまり、二人羽織みたいな状態だったってことだよね? リリア先輩と小石先輩」


 俺は部屋で妹とだべっていた。
 ヒロミ君はお出かけ中だ。


「んー、どうかな」
「心が動かなくなってしまったリリア先輩の代わりに、小石先輩がその心を動かしていたんでしょ? だったら二人羽織だよ」
「そいうもんかなあ」


 七日がコンビニで買ってきたフライドポテトを食しながら、あの二人が二人羽織をしているところを想像する。
 心を失って無表情なリリアの背後から手を伸ばして、必死にご飯を食べさせてあげている小石さん。
 とってもシュールだ。


「お兄ちゃんはどう考えているの?」
「んー、もっとこう、複雑な状態なんだと思うんだ」
「そんなこと七日だってわかってるよー。私はただわかりやすい例えとして言っているだけ。ポテト炙って」
「おうよ」


 突き出されたフライドポテトに魔法の炎を放射する。
 いくらかカリカリになる。


「リリアが心を失う前の二人って、どうだったんだろな」
「ふみ?」
「いやだってさ、二人とも読心能力を持っていたんだぞ? 互いが互いに心を読みあうことができるんだ。それってもう、二人羽織どころか、一心同体だったんじゃないか?」
「んー、確かに。ちょっと想像つかないかもお……」


 心の中で念じただけで、相手の体を動かすことだって出来てしまったかもしれない。
 リリアはどこからどこまでが自分の心で小石さんの心なのか、はっきりとは区別できないと言っていた。それはおそらく幼少の頃からそうなのだろう。


「物心ついたときから一心同体じゃなきゃ、自分の体に相手の心を保存するなんてこと、考え付かないだろうしな」
「コンピューターみたいだよね、本当に」


 あの二人の心理状態については、いくら考えても埒があかない気がした。


「それよりも七日、この話は絶対に他の人にはするんじゃないぞ? 下手すりゃ小石さんの身柄が危うい」
「わかってるよお兄ちゃん」
「あと、一人であんまり外を出歩くなよ? 未熟な魔法使いを狙っている悪の組織は実際にあるみたいだからな」
「もうお兄ちゃんってば。あんまり子供扱いしないでよね!」


 と言ってプンっとそっぽを向く妹。
 どうみても子供だろ。


「まあ、俺も人のこと言えないんだけどな……」


 俺とてまだ大人とは言い切れない年齢だ。
 何かあったときは、先生方や周囲の大人を頼らなければならない。
 図らずも知ることになってしまったリリアと小石さんの秘密。
 その秘密を果たして守りきれるのかと不安がこみあげてくる。


 そうして俺がため息をついたその時、部屋のドアがノックされた。


「おお、七日君も来ていたのか」
「……おじゃま」


 リリアと小石さんが、なにやら食べ物をいっぱい抱えてやってきた。




 * * *




 二人が持ってきた、ポテチやらするめやら煎餅やらに、俺は次々と魔法の炎を放射していった。
 ぶっちゃけ人体実験の真っ最中である。


「んー、どれもこれも、大して変化がないのお」


 ださジャージ姿のリリアが、あぐらをかきながらするめを食っている。
 小石さんは煎餅を袋のなかで割って、綺麗に食べていた。


「海苔の時みたいにはならないですかあ、先輩」
「うむ、あの時のような衝撃は今のところないな。では五日よ、次はこれをたのむ」
「……ちょっとクラクラしてきたんだが」


 ひとまずコーラで糖分を補給する。
 そして串に刺されたマシュマロに魔法の炎を浴びせた。


「もぐもぐ……うまい!」
「成功ですか先輩!?」
「うむ、焼きマシュマロはいつ食ってもうまいものだ!」
「そうですか……」


 何故だかガッカリしている妹を見守りつつ、俺は他のマシュマロも炙っていく。
 七日と小石さんに一本づつ渡して、自分でも一口食べてみる。


「これは……焚き火で炙ったマシュマロの味だな」


 ガスコンロで炙るよりかは美味しいはずだ。
 気分もあると思う。


「もぐもぐ……あまい……あつあつ……美味しい」
「小石さん、味わかるんですか? その、今は心が……」


 ほぼリリアを動かすために使われてしまっているわけだが。


「なんとなく……夢の中で食べているような」
「それはちょっと、不憫ですう」
「リリアはどうなんだ? やっぱり心の底からは味わえてないのか?」
「ふむ、私の舌と脳みそは確実にマシュマロの滋味を認識しておるが……心の底から堪能できているかどうかは……どうなのだろうな?」


 結局よくわからないってことか。
 どちらかと言えば、小石さんの方が不憫なような気がしてきた。


「さあ、どんどんいくぞ! 次はこのチョコを溶かしてチョコレートフォンデュにするのだ!」
「もう実験とか関係ないだろお前!」


 これではただのお茶会だ。
 山のようなお菓子を前にして、俺はやれやれと頭を抱えてしまう。
 しかしそれと同時に、部屋の片隅にまとめてある調理器具に意識がいってしまう。
 もうやだ……この体質。


「お、お兄ちゃんの炎で溶かしたチョコ……リリア先輩って天才なんですか!」
「ふふふ、いまさら気づいたのかね七日君」
「もう私、一生先輩についていきますよ! お兄ちゃん早く作って!」
「はいはい……ちょっと待ってろよ」


 とりあえず俺は、一番小さな手鍋を用意してその中にチョコレートを割り入れた。
 そして魔法の炎で直火焼きにすると、カラメルのような香ばしさとともにチョコの甘い香りが広がった。


「よし、食うぞ!」


 そしてみんな一斉に、パンやら煎餅やらするめやらをチョコに突っ込む。


「す、するめ? チョコとするめって合うんですか!?」
「ふふふ……何事も挑戦することが大事なのだ」
「甘いお煎餅……いい」


 リリアが食あたりでも起こさないかと心配しながら、俺はポテチを半分だけチョコに浸して口に入れた。
 いつだったか父さんが買ってきてくれたお土産に、そんなお菓子があったのだ。


「う、うめえ……」


 糖分と塩分のコラボレーションがたまらなかった。
 魔法の調理によって失われた血糖値が、みるみる回復していくかのようだった。
 お前ら、これ美味いぞ、試してみろよ。


「おお、そんな菓子をヒロミが買ってきてくれたことがあったな」
「やばい! お兄ちゃんこれはやばいよ! 太っちゃうよ!」
「…………じゅるり」


 小さな机に山盛りのお菓子。
 みんなで食べたり喋ったり笑ったり。
 たぶん、こういった幸せを集めるために俺たちは生きてるんだろうな。
 目の前で繰り広げられる平和な光景を見ながら、俺はしみじみそう思った。


 ずっとこんな日々が続いてくれるのなら、魔法使いになってしまったことも、そう悪いことじゃない。
 リリアが心を取り戻せなくても、小石さんが眠そうなままでも、こうしてみんなで笑っていられるなら、それはどんなに素晴らしいことだろう。
 本当に、こんな日常がずっと続いて欲しい。
 俺はそう願わずにはいられなかった。


「あっという間に空になっちまった……」
「流石に食い飽きてきたな、お茶でも沸かしてはもらえんか?」
「そうだな、今クッキングヒーターを出す」
「いんや、五日よ。お前さんの魔法の炎で沸かすのだ」
「ちょ!? 何言ってんの!」


 お湯を沸かすのにどれだけの熱量が必要だと思っているんだ……。
 俺が軽い絶望感を感じた、その時だった。


「おい、みんな大変だぞ……!」
「ヒロミ君?」


 あわてて廊下を走ってきたヒロミ君が、ドアを開けるなり言ってきた。


「科文省の特殊車両が来ている……抜き打ち検査だ!」
「なんだと!?」


 リリアの目の色が変わった。
 俺も七日も、直感的にやばいことを起こっているのだと理解した。
 ああ、この世に打ち砕かれることのない平穏など、ありはしないのだ。









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