魔法学園の料理当番

ナガハシ

 そんなこんなで、転校初日である。


「じゃあ五日君、先生が呼んだら教室に入ってきてね」


 そう言って、スーツ姿の真知子先生が先に教室に入っていく。
 驚いたことに、俺のクラスの担任教師だったのだ。
 人手不足なんだそうで、教師が寮監の仕事も掛け持ちしているらしい。
 だからあんなに忙しそうだったんだな。


「ん……よしっ、と」


 ネクタイが曲がっていないか確かめる。
 新品の制服はそれはもう真っ白で、落ち着かないことこの上ない。
 確かに一目で魔法使い見習いってわかるだろうけど、もう少し地味な色合いにしても良かったんじゃないかな科文省。
 ケチャップでもこぼしたら、一発でアウトだ。


「それじゃー五日君、入ってきてー」


 おっと、呼ばれてしまった。
 寮の人とは昨日のうちに一通り顔を合わせておいたから、そんなに緊張はしてないけど、自己紹介の時に噛んだりしないよう気をつけないとな。


「けふんっ」


 軽く咳払いをしてから、俺は教室のドアを開ける。
 すると目の前に、カボチャが一杯並んでいた。


「…………」


 俺は速やかにドアを閉じる。教室を間違えたのかもしれない。
 そして目をゴシゴシとこすった。
 収穫期の田舎の物産展のような光景が見えたのだが……そんなバカな


「五日くーん?」
「え、あっ、はい! いま入ります!」


 気をとりなおして再びドアを開ける――――どういうことだ!


「な、ななな……」


 なんとクラスメートが全員カボチャになっていた。
 25席ある机が全て前の方に寄せられていて、その上に色んな形と色をしたカボチャがデンッと乗っかっている。
 その後ろには黒い垂れ幕がかかっていて、いかにも怪しげな、儀式めいた雰囲気だった。


「せ、先生これ一体……ってエエェェー!」


 パンツスーツ姿だったはずの真知子先生が、コッテコテの魔女っ子になっていた。
 紺色のミニスカワンビースに黒衣を羽織り、星のついたステッキを手に持っている。


「どうしたの五日君? そんなに先生のこと見つめちゃって?」
「あああ、あの……くくく、クラスのみんなは……?」
「目の前にみんないるじゃない五日君、いきなりスットボケちゃって、イケナイ子っ!」


 しかも先生、キャラが変わってるし……。
 正直若作り過ぎてドン引きだし……。
 どこからともなくつむじ風が吹いてきて、真知子先生のスカートがめくれ上がる。


「いやあああん!」


 甘ったるい声を出してめくれるスカートを抑える。
 パンツはぎりぎり見えなかった。


「まうぃっちんぐ!」
「…………!??」


 頭の中が真っ白になった。
 まさに白目でドン引きだ。


「うふふふ、五日君が緊張しないようにって、みんなカボチャに化けてくれたのよっ?」
「えっ!?」


 確かに、人前で緊張したときは人のことをカボチャだと思いなさいってよく言うけど、でもこれは本当に本当のカボチャで……。
 あっ、でも言われて見るとそれぞれ個性がある。
 あのやたらでっかい、黒帯の巻かれたオレンジ色のカボチャ、アレはきっとA103号室の山中君だ。彼、部屋着からして柔道着だったもんな。
 そいでもってその隣の、ピンクのスカーフが巻かれたカボチャ、あれがヒロミ君だろう。
 あのスカーフは、変身後のマジカ君が右腕につけているものだ。
 何個かジャック・ランタンが混ざっているけど、そのうちの一つ、大きな赤いリボンをつけているものはB112号室の井口さんだろう。今にも箒に乗って、にしんパイとか届けに行きそうな人だったし。


「じゃあまずは、ホワイトボードに名前を書いてくれるかな、五日君」
「え、あ、はい……」


 まさにホワイトボードの如く真っ白になった頭のまま、俺は自分の名前を黒ペンで書いた。


「な……七月五日と言います……みなさんよろしく……」


 しかし、かぼちゃ達は何も言わなかった。
 なんかもう、走って逃げたい。


……ククククク


 すると、どこからともなく笑い声が聞こえ始めた。
 真知子先生かと思って振り向いてみたけど、先生は別段平然とした顔をしている。


……へへへ……ふふふ……うほほほほ……


「な、なんだ……」


 教室のあちこちから不気味な笑い声が響いてくる。


「みんな喜んでいるわね……また一つ、新しいカボチャが増えたって……フヒヒッ」
「せ、先生!?」


 フヒヒッて……なんて恐ろしい笑い方をするんだ!


「さあ……五日君、一人だけ仲間はずれは嫌でしょう……? だから五日君も、みんなと同じ……カボチャにしてあげるわね」


 そう言って先生は、星のステッキでテンッと教卓を叩いた。
 それと同時に、教室にならんだカボチャの群が、音も無くふわりと浮き上がった。


「え、ああ、あの……これは、うわ、うわわ……!」


 俺はわけも解らず慌てふためく。
 色とりどりのカボチャが俺の周りグルグルと飛び始め、一斉に騒ぎ立てた。


――キャハハハハ! ――フウヒヒヒヒー! ――ウホッウホーッ、ホアーッ、ホアアァー!


「ひいぃ!?」


 思わず悲鳴を上げ、俺は教室から逃げ出そうとドアに手をかけた。
 しかし。


「なっ……開かない!」


 だが教室のドアは、まるで接着剤で固めたようにびくともしなかったのだ。


「うふふふ……逃げられないわよ五日君、あなたはこのままかぼちゃになるのよ!」
「や、やだー!」


 後ろから次々とカボチャが迫ってきた。
 先生はいつの間にかいなくなっていた。
 きっと先生もカボチャになってしまったんだ。
 最初から何もかもカボチャだったんだ。


「あわわわわわわ……」


 ドアを背にして恐れおののく。
 悪夢だ、これは悪夢以外のなんでもない。
 夢なら早く覚めてくれ……!


………………ん?


 すると前触れもなく辺りが静かになった。


「ほ……?」


 宙に浮かんでいたかぼちゃがボトボトと床に落ちる。
 続いて教室の後ろ側に張られていた暗幕の中から、クラスのみんながゾロゾロ出てきた。
 各々、自分のかぼちゃを回収する。


「これはまた、随分と大げさなリアクションだな、五日よ」


 と、紫色のカボチャを持ったリリアが言う。
 それ、お前のだったのか。


「ごめんねー、五日君。これ1年A組のしきたりなのっ」


 と言って、教卓の影から先生が這い出てきた。ドッキリっだったのか!




 * * *




「ぷくっ、くくく! ぶふー!」


 昼休み、一緒に弁当を食ってたヒロミがまた思い出し笑いをしてきた。


「笑いすぎだよ!」
「いやぁ、けどよ。ふつー暗幕張ってある時点で気づくだろ?」
「そういうもんだと思っちまったんだ……」
「ははは! 先生の演技も中々のもんだったしなー」


 と言ってガツガツと弁当をかきこむヒロミ君。


「それにしてもあれだけのカボチャ、どうやって浮かばせていたんだ?」
「ああ、あれな。重力系を使える奴がみんなで動かしてたんだ。まあ、半分くらい先生がやってたんだけどな」
「重力系ね……」


 午前中の授業は普通に数Ⅰとか現国とかだった。
 だが、午後からの二コマは「重力」と「光子」になっている。
 日本中の高校を探しても、こんな科目があるのは魔法学園くらいだろう。


「元素、重力、光子、生成――これが魔法の基本四科。そんでもって、真知子先生は重力系魔法のエキスパートなんだ」
「そうだったのか……。寮で会ったときは、普通の人にしか見えなかったんだけど」


 そう、魔法使いじゃない一般の人に。


「寮の中じゃ、先生達も私服でOKだからな。でも真知子先生、街歩くときはいつもあの格好なんだぜ?」


 あの格好というのはつまり、ミニスカワンピースな魔女っ子のことだ。


「マジか……」
「マジだ! あの先生、おしとやかな顔して実はノリノリなんだぜ」


 せめて担任の先生くらい常識的な人であってほしかった。
 俺はそう思いつつ、弁当のミニナポリタンを慎重に口に運んだ。
 そしてふと、教室の隅のほうに目を向ける。
 そこには。


「…………もぐもぐ」


 机に座って、一人で黙々と弁当を口に運ぶショートカットの女の子がいた。
 先日、俺のあとをつけてきたあの人だ。


「小石さんは、いっつも一人で食べてるのかな?」
「ああ、ノアちゃんか。いつもそうだな。あの子は本当に大人しい子なんだ」
「大人しい子……ね」


 そんな人が、なんで俺のあとなんかつけてきたのだろう。
 穴が開くほど俺の顔をにらみつけてきて。
 尋常じゃない行動力だと思うのだが。


「なんだあ? 五日、早くも気になる子ができたってのかー?」
「いやいや、そんなんじゃ。寮に越して来る時に、偶然外で会ってさ」
「ん? 外で?」
「うん、まあその……色々あってね」


 リリアに椅子にされたあの日のことだ。
 あまり思い出したくない、忌まわしき記憶だ。


「へえー。小石ちゃん、学校以外ではめったに外出しないのになあ」
「そうなの?」
「月に一回くらいかな、リリアちゃんにくっついて出かけるくらいなんだぞ?」
「そんなに……」


 学校に来ても人と殆ど話さず、休みの日も滅多にお出かけしない。かなりレベルの高い引きこもりとお見受けする。俺はあの日、そんな激レアな小石さんに遭遇してしまったというわけか。
 でもどうしてあの日に限って外出していたんだろう。
 そして、なんで俺に異常なまでの興味を示してきたのだろう。


「気になるなら声かけてみろよ。べつに悪い子じゃないからさ」


 疑念をいだきつつ小石さんを見ていると、突然ヒロミ君が言ってきた。


「んー、まあ、小柄な外見に見合わず大人びてるところがあって、なかなかの魔性を秘めているのかもしれねーな……。ああいうのが好みなのか? アタックするってんなら応援するぜ!」
「えっ? いや、だからそんなんじゃ……!」


 ヒロミ君がなにやら盛り上がり始めたので、俺は弁当に集中することにした。
 気になるとは言っても、それは別の意味でのことなのだから。









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