ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
優しさは忘れない 10
陽が西に暮れようとしていた。
私は一日の仕事を終え、いつも通りリプリニッシャーに入ってから寮を後にする。
本当なら一刻も早く家に戻ってセツコさんに連絡したいところだが、いつもと違う行動を取っていると知られるのは大変危険だ。
あくまでもいつも通りの行動をするという方針に変わりはない。 
「ナナねーちゃん!」
正門から出ようとしたところで呼び止められる。
私は素早く周囲を確認し、人がいないことを確かめてから振り向いた。
健太くんを先頭にして、3人の少年が走ってくる。
「どうしたのですか、誰かに見られたら大変です」
「大丈夫だよ、ちゃんと確認したから」
と言って少年たちが差し出してきたのは手の平に乗るサイズのトイドローンだった。
「これは……」
「これから犯人さがすんだろ? 使えるんじゃないかと思って」
受け取って確かめるが重量は100gも無い。
翼を格納するとスマホと同じくらいのサイズになる。
計3機、子供たちが、自分のお金で買ったものだ。
「このドローンを使って外を確認したのですか?」
「そうだよ。わからなかったでしょ? プロペラを音の出ないやつに変えてあるんだ」
と言って健太くんは得意げに笑う。
この子達の将来が楽しみでならない。
「ちょっと使っちゃったから、バッテリーはあと5分も保たないかな」
「5分……グラフェンバッテリーですか?」
「うん、充電は早いんだけど、あんまり長持ちしないんだ」
「それなら大丈夫です」
私はへそからポケットに通してあったUSBを引き抜くとドローンに繋いだ。
いつでも自分の設定を変えられるように用意してあったものだが、充電にも使うことが出来る。
「自前でいけます」
「お、おおー……」
私自身の電源で充電するという解決策を見て、子供たちは身震いした。
「あとは、無線で操作できるように設定を変えれば完璧ですね」
「流石ナナねーちゃんだ!」
「未来に生きてる!」
「うふふ、なんと言っても最新鋭ですから。このドローンはありがたく使わせてもらいます。本当に助かります。必ずお返ししますからね」
「なんだったら、ずっと持っててよ! また朝の体操で新しいの買うからさ!」
と言って朗らかに笑う健太くんを前に、私の胸は高鳴った。
もし私が彼と同じ年くらいの少女だったら、間違いなく惚れていただろう。
「その代わり、必ず帰ってきてね」
「帰ってきてね!」
「絶対だよ!」
「はい、必ず全てを解決して戻ってきます」
そして私たちは手を振って別れた。
戻ってこられる保障はないが最善を尽くすのみだ。
さらに陽は沈み、西の空の地平に暗紫色のグラデーションが出来上がる。
畑作地帯の側を通り過ぎ、住宅地に入り、犬を散歩させている人とすれ違う。
犬は何かを憂うような瞳で私を見つめている。
通い慣れたはずの通勤経路が、今はまるで異世界のようだ。
そのまま薄暗い路地を歩いていると、突如として不安がこみ上げてきた。
ここを通るのが一番の近道であり、いつも通勤に使っているルートではあるのだが、このまま進んでは行けないという予感が否応なく押し寄せてくる。
やむなく私は交通量の多い通りに出た。
そして、いつもと違う帰宅経路を使うことに意味を持たせるため、スーパーに立ち寄ることにした。
ELFの腕章をつけた白スーツ姿の私に、買い物中の人々が視線を送ってくる。
明るい場所に入ったことで私はいくらか安心するが、危機が近づいていることを告げるアラームが消えることはなかった。
私は買い物かごは持たずに、そのまま店内の奥に進んでいく。
万が一のために、盾になるものを手に入れておきたかった。
店内を見て回った後に、書店で月刊の漫画雑誌を購入することにする。
中高年女性向けの内容であり、今でも紙媒体で売られている。
セツコの指示で買ってきたことにも出来るだろう。
セルフレジで精算してマイバックに入れておく。
そして店を出て、スーパーに立ち寄った場合に使う経路で家に向かった。
普段の通勤経路に不審者が張り込んでいたとしても、これで回避できるはずであり、盾になる物も買ったのだから盤石なはずだった。
しかしどういうわけか、嫌な予感が収まらなかった。
私鉄に沿った細い道を歩いて行く。
人と人が辛うじてすれ違える程度の道だ。
小学校のグラウンドが近くに広がっているが、校舎の明かりは全て消えている。
道の脇には打ち捨てられた民家があり、草が生え放題になっている。
誰のために存在するのかわからない電灯がポツリと立っていて、周辺の虫をおびき寄せている。
そして、遠くから踏切の音が聞こえてきた。後方から大きな質量が徐々に迫ってくる。
それに混じってかすかに、後ろから駆け足で近づいてくる人の気配があった。
こんな時間にジョギングだろうか。
けしてありえないことではない。
しかし私は、振り返ってそれを確認することが出来ない。
後方からの急接近に反応するような機能は、一般的なELFにはついていないのだ。
特急列車が、今までに無い恐怖を伴いながら通り過ぎていく。
次の瞬間、私は背後に強い衝撃を受けた。
私は一日の仕事を終え、いつも通りリプリニッシャーに入ってから寮を後にする。
本当なら一刻も早く家に戻ってセツコさんに連絡したいところだが、いつもと違う行動を取っていると知られるのは大変危険だ。
あくまでもいつも通りの行動をするという方針に変わりはない。 
「ナナねーちゃん!」
正門から出ようとしたところで呼び止められる。
私は素早く周囲を確認し、人がいないことを確かめてから振り向いた。
健太くんを先頭にして、3人の少年が走ってくる。
「どうしたのですか、誰かに見られたら大変です」
「大丈夫だよ、ちゃんと確認したから」
と言って少年たちが差し出してきたのは手の平に乗るサイズのトイドローンだった。
「これは……」
「これから犯人さがすんだろ? 使えるんじゃないかと思って」
受け取って確かめるが重量は100gも無い。
翼を格納するとスマホと同じくらいのサイズになる。
計3機、子供たちが、自分のお金で買ったものだ。
「このドローンを使って外を確認したのですか?」
「そうだよ。わからなかったでしょ? プロペラを音の出ないやつに変えてあるんだ」
と言って健太くんは得意げに笑う。
この子達の将来が楽しみでならない。
「ちょっと使っちゃったから、バッテリーはあと5分も保たないかな」
「5分……グラフェンバッテリーですか?」
「うん、充電は早いんだけど、あんまり長持ちしないんだ」
「それなら大丈夫です」
私はへそからポケットに通してあったUSBを引き抜くとドローンに繋いだ。
いつでも自分の設定を変えられるように用意してあったものだが、充電にも使うことが出来る。
「自前でいけます」
「お、おおー……」
私自身の電源で充電するという解決策を見て、子供たちは身震いした。
「あとは、無線で操作できるように設定を変えれば完璧ですね」
「流石ナナねーちゃんだ!」
「未来に生きてる!」
「うふふ、なんと言っても最新鋭ですから。このドローンはありがたく使わせてもらいます。本当に助かります。必ずお返ししますからね」
「なんだったら、ずっと持っててよ! また朝の体操で新しいの買うからさ!」
と言って朗らかに笑う健太くんを前に、私の胸は高鳴った。
もし私が彼と同じ年くらいの少女だったら、間違いなく惚れていただろう。
「その代わり、必ず帰ってきてね」
「帰ってきてね!」
「絶対だよ!」
「はい、必ず全てを解決して戻ってきます」
そして私たちは手を振って別れた。
戻ってこられる保障はないが最善を尽くすのみだ。
さらに陽は沈み、西の空の地平に暗紫色のグラデーションが出来上がる。
畑作地帯の側を通り過ぎ、住宅地に入り、犬を散歩させている人とすれ違う。
犬は何かを憂うような瞳で私を見つめている。
通い慣れたはずの通勤経路が、今はまるで異世界のようだ。
そのまま薄暗い路地を歩いていると、突如として不安がこみ上げてきた。
ここを通るのが一番の近道であり、いつも通勤に使っているルートではあるのだが、このまま進んでは行けないという予感が否応なく押し寄せてくる。
やむなく私は交通量の多い通りに出た。
そして、いつもと違う帰宅経路を使うことに意味を持たせるため、スーパーに立ち寄ることにした。
ELFの腕章をつけた白スーツ姿の私に、買い物中の人々が視線を送ってくる。
明るい場所に入ったことで私はいくらか安心するが、危機が近づいていることを告げるアラームが消えることはなかった。
私は買い物かごは持たずに、そのまま店内の奥に進んでいく。
万が一のために、盾になるものを手に入れておきたかった。
店内を見て回った後に、書店で月刊の漫画雑誌を購入することにする。
中高年女性向けの内容であり、今でも紙媒体で売られている。
セツコの指示で買ってきたことにも出来るだろう。
セルフレジで精算してマイバックに入れておく。
そして店を出て、スーパーに立ち寄った場合に使う経路で家に向かった。
普段の通勤経路に不審者が張り込んでいたとしても、これで回避できるはずであり、盾になる物も買ったのだから盤石なはずだった。
しかしどういうわけか、嫌な予感が収まらなかった。
私鉄に沿った細い道を歩いて行く。
人と人が辛うじてすれ違える程度の道だ。
小学校のグラウンドが近くに広がっているが、校舎の明かりは全て消えている。
道の脇には打ち捨てられた民家があり、草が生え放題になっている。
誰のために存在するのかわからない電灯がポツリと立っていて、周辺の虫をおびき寄せている。
そして、遠くから踏切の音が聞こえてきた。後方から大きな質量が徐々に迫ってくる。
それに混じってかすかに、後ろから駆け足で近づいてくる人の気配があった。
こんな時間にジョギングだろうか。
けしてありえないことではない。
しかし私は、振り返ってそれを確認することが出来ない。
後方からの急接近に反応するような機能は、一般的なELFにはついていないのだ。
特急列車が、今までに無い恐怖を伴いながら通り過ぎていく。
次の瞬間、私は背後に強い衝撃を受けた。
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