ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
優しさは忘れない 9
食堂の清掃をして、竹下さんの授業の準備をする。
テーブルの位置を揃え、アルコールスプレーとダスターで拭いていく。
職業安定所でもやっていたことだが、今日はいつも以上に念入りに行う。
まもなく子供たちが集まってくる。
竹下さんもだいぶ慣れたようで、リラックスした表情でいる。寮長さんも呑気な顔で椅子に腰掛け、教室の様子を見守っていた。
「それでは授業を始めます。今日の先生は僕ではありません、ナナさんにお願いします」
子供たちから「おおー」という声が上がる。
「みなさん、ELFの勉強は熱心ですが、算数や国語といった基本の勉強はいまいちなんじゃないでしょうか。なので今日は、ナナさんに算数をやってもらおうと思います」
「ええー」
算数という単語を聞いた途端、子供たちから落胆の声が上がる。
「それ、フツーの勉強じゃないか!」
鋭いツッコミを入れたのはいつも通り健太くんだった。
教師の不足をAI講師で補うことは既に当たり前のことで、今では学校にいかなくてもある程度の学習が出来てしまう。
何とかして嫌いなものを食べさせようという大人たちの策略を、子供たちは機敏に見抜いてしまったようだ。
「いやあ……でもね、算数が出来ないとナナさんの本当のところもわからないんだよ?」
「大丈夫大丈夫、そのうちやる気だすから!」
「今日はカガイジュギョーにしよー?」
「いやー、そもそも今が課外授業なんだけどな……」
とにかく、子供たちは遊びたくて仕方がないようだった。
基礎的な思考能力を身につける意義を理解できる年頃ではなく、何よりも今は、遊ぶことも重要な学びの1つだ。
私は子供たちの無邪気な表情を眺めながら、この場でどこまで教えるべきかと考えた。
国の中枢で密かに行われていることを丸ごと教えて良いはずはない。
しかしながら、ある程度のことは知ってもらう必要があるし、子供達がこれから生きていく世界のことである以上、その中にはむしろ知らされなければならないことさえある。
「みなさん、お話したい事があります」
私が意を決して切り出すと、あたりは水を打ったかのように静かになった。
「今日は算数を教える予定でした。ですが私は今日、社会の授業をしたいと思うのです」
竹下さんと寮長は、ぽっかりと口をあけたまま固まってしまっているが。
「おおー! 俺、その授業なら受けたいー!」
「わたしもー」
「僕もー!」
子供たちはむしろ興味津々だった。
その場に居る全員が、私に対して全神経を向けているのがありありとわかる。
今ここが峠の頂上だった。
私が置かれている状況を知った時、子供たちがどのような反応をするか。
それは話してみないとわからない。
静まり返った室内を眺め、その場にいる一人ひとりに視線を巡らせていく。
窓辺からうららかな午後の日差しが降り注ぎ、子供達の表情を明るく輝かせていた。
「みなさんは、サブマリナブルELFという言葉を聞いたことがありますか?」
子供たちは首を横に振る。
竹下さんと寮長もまた互いに顔を見合わせた。
「ELFだと気づかれないくらい人間にそっくりなELF。そんなELFのことを、サブマリナブルELFと呼ぶのです。そして実は私こそが、その最初のELFなのです」
誰かが小さな声で「えっ」と口にしたが、それ以外には誰も物音ひとつたてずにいた。
私は今言ったことがしっかりと子供達の内部に染み込んでいくのを待ってから、続きを言った。
「つまり私は、ただのエルフではなかったのです。これは本当なら、ずっと隠していなければならなかったのですが……」
「すげー……前田さんち、まじすげー……」
健太くんが信じられないと言った様子で呟いたが、その他の子供達、そして大人である寮長と竹下さんですら、まったくリアクションを取れないでいた。
「みなさんもニュースなどで聞いたことがあるのではないでしょうか」
もしかすると駄目かもしれない――そう思いながら私は続ける。
「国の研究所からELFが逃げ出したというニュースです。実は私こそが、そのELFなのです」
そして私は審判を待った。
誰もが私の言ったことを信じない、もしくは理解して協力してくれる、そのいずれかであれば良いのだが、現実的に考えれば、子供達が取り乱して収集のつかないことになる可能性が一番高いのだった。
子供達の心理の混沌の果てに、はたして事態がどう転ぶか。
「やっぱり……」
1人の女の子が、そうポツリと呟いた。
「嘘だろ……」
「まじか……!」
「すんげえー!」
それに続いて、子供達が口々に、まるで『何かをわかっていた』かのようなリアクションを取り始めた。
私は刮目して状況を注視する。
「やっぱり前田さんが拾ったんだ! すごい! 本当にすごいや!」
その健太くんの言葉で、目の前の状況が確定する。
良介くんだけじゃなかった。
「みなさんも……知ってて」
「何となくそうなんじゃないかって、みんなで話してたんだよ! なー!」
健太くんの声に同調して、全ての子供たちがウンウンと頷いている。
「だって……だって、本当に人間みたいで、びっくりしたんだもん!」
「おてだまも本当はできるんでしょー?」
「ねーちゃん、ボールをヘディングで返してくれたんだぜ?」
「そうなんじゃないかって、もしかしたらって! みんなで話してたんだよ!」
頭の中が真っ白になってしまった。
取り乱したのは子供達ではなく私の方だった。
喜んで良いのかすらわからず、ただ口元を抑えて呆然とする。
きっと間違いなく人間のように見えていたであろう私を、子供たちはただ屈託のない笑顔で見上げていた。
私は助けを求めるような気持ちで、寮長と竹下さんに視線を送った。
「は……」
「あわわ……」
すると2人は、ガクガクと足を震えさせて怯えており、むしろこの場の誰よりも深刻な状態にあるようだった。
それを見て私は、ようやく自分を取り戻した。
「みなさん、そのことを誰かに話しましたか?」
私は最も重要と思われる情報の提供を、子供たちに求める。
「言うわけねーじゃん! そんなの大人に言ったって信じてくれないよ!」
「だよねー!」
「うんうん!」
「そ、そうですか。じゃあ……寮長と竹下さんも知らなかったんですね?」
と言って私が振り向くと同時に、2人は今度こそ腰を抜かしてしまった。
竹下さんは椅子の上に着地するが、寮長は座りそこねて床に尻もちをついてしまう。
「せ、セツコさん……あなたっていう人は」
「は、はは……これは……夢か何かですか……?」
竹下さんは少し笑っていた。
子供たちもまた、情けない大人たちの姿を見て笑う。
そして私は、もう何も隠す必要がないのだと確信する。
子供たちはみんな、とっくの昔に峠を超えていた。かねてより感じていた心細さは、心強さの裏返しだったのだ。
「ではみなさん。どうかそのことは胸の内にしまっておいて下さい。私はこの国の最も大事な秘密なのですから」
「なんで逃げようと思ったの?」
「それは話すと長くなります。まずは、寮長と竹下さんが落ち着くのを待ちましょう」
やがて寮長は、子供たちに手を引かれて起き上がるが、我を取り戻すのにさほど時間はかからなかった。
恐らくは、私が『妙に性能のよいELF』だという認識を事前に持っていたためだろう。
その後私は、生み出されてからのことを順に話していった。
子供たちも、寮長も、竹下さんも、一心に私の話に耳を傾けていた。
私がモルモットのように扱われていたことに怒る人もいれば、私とセツコさんの出会いの話に涙をこぼす人もいた。
サブマリナブルELFの社会的影響については理解することが難しかったようだが、私が悪い人に追われなければならない理由は理解してもらえたようだ。
「私はこれから、私につきまとっている怪しい人の正体を暴かなければなりません」
「ケーサツには言えないんだよね?」
「そうです私は今のところ、警察にさえ秘密にしなければいけない存在なのです。だから私は自分の力で情報を集めて、私を作った人達に伝えないといけないんです」
「そうなんだって! リョーチョーもセンセーも、しゃべっちゃダメだよっ」
「はい……」
「わかりました……」
大の大人が、小さな女の子に言われてシュンとしている。
子供たちの理解力には目を見張るものがあった。
何よりも、ELFが自分たちに害を為すものではないと、心の底から信じ切っているのだ。
一昔前の感覚で言うのなら、テレビゲームや携帯電話が自分達に害を与えるものだと考えた子供が皆無であったことに通じるだろう。
下手な大人よりも、よほど信頼できる対象だと捉えているのだ。
対して大人世代は、何かと人工知能の危険性を吹き込まれている。
「それでナナさん、セツコさんは何と言っているんです?」
「セツコさんはまだ知りません。今日帰ったら話そうと思っています」
「では明日からは、またナナさんそっくりのELFが……」
「はい、お仕事に支障が出ることはありません」
「そうですか……いやあ……しかし気づかなかった……」
と言って、寮長は改めて頭を抱えた。
「ねえねえ、ナナねーちゃん。事件が解決したら戻ってくるんだよね?」
健太くんが私の袖を引きながら聞いてくる。
子供たちの様子がにわかに変化した。みなの顔に浮かんでいる感情は紛れもなく不安だった。
「……もしかすると、難しいかもしれません」
「「「えええー!?」」」
私は正直なところを話す。
今度こそ、子供たちは声を揃えて言ってきた。
「ナナねーちゃん、いなくなっちゃうの!?」
「作った人に居場所を教えちゃうから……下手したら」
「やだ! そんなのやだ!」
「なんとかならないの!?」
そして私を取り囲んできた。
私が破棄される可能性に気づいて泣きだす子までいた。 
「残念ながら、今はどうにもなりません。私が重要な秘密である以上、ここにいると、どうしてもみんなに迷惑をかけてしまいます」
「俺たちがねーちゃんを守るよ! なあ!」
健太くんの声に反応して子供たちが気勢を上げるが、寮長と竹下さんは険しい表情だ。
今回ばかりは大人組が正しい。
「ねえ、行かないで!」
「行かないで!」
泣き顔ですがってくる子供たちを前に、私はただ「ごめんね」と言う他になかった。
「でも、まだ希望はあります」
私は子供たちが落ち着くのを待ってから言った。
「みなさんの協力のおかげで、事件は上手く解決することができそうです。後は私がどれだけ偉い人達と交渉できるかです。大丈夫、1人じゃありません。みなさんが私のことを理解し、受け入れてくれたことが、何よりも大きな力となるでしょう」
そして私は、子供たち一人ひとりを抱きしめていった。
「みなさんは、寮の中でだれが一番に私に気づいたと思いますか?」
その問いかけに、子供たちは上手く答えられないようだった。
誰もが同時期に、なんとなく気づき始めたのだろう。
「実は、良介くんだったのです」
密やかな驚きの声があがる。
その中でも健太くんが一番ショックを受けているようだった。私は彼の方を向いて言う。
「良介くんは、私が入れ替わったその日のうちに気づいたようです」
「まじか……」
「はい。まじです。良介くんにも、私が明日から用事でいなくなることを伝えてあります。たぶん大丈夫だと思うけど、もし取り乱すようなことがあったら、サポートしてあげてください」
健太くんはしばし無言だった。
彼は良介くんを見下しているところがあったから、その衝撃も大きかったのだろう。
「俺、良介にあやまらなきゃ……」
私はニッコリと微笑むと、健太くんの頭を撫でた。
テーブルの位置を揃え、アルコールスプレーとダスターで拭いていく。
職業安定所でもやっていたことだが、今日はいつも以上に念入りに行う。
まもなく子供たちが集まってくる。
竹下さんもだいぶ慣れたようで、リラックスした表情でいる。寮長さんも呑気な顔で椅子に腰掛け、教室の様子を見守っていた。
「それでは授業を始めます。今日の先生は僕ではありません、ナナさんにお願いします」
子供たちから「おおー」という声が上がる。
「みなさん、ELFの勉強は熱心ですが、算数や国語といった基本の勉強はいまいちなんじゃないでしょうか。なので今日は、ナナさんに算数をやってもらおうと思います」
「ええー」
算数という単語を聞いた途端、子供たちから落胆の声が上がる。
「それ、フツーの勉強じゃないか!」
鋭いツッコミを入れたのはいつも通り健太くんだった。
教師の不足をAI講師で補うことは既に当たり前のことで、今では学校にいかなくてもある程度の学習が出来てしまう。
何とかして嫌いなものを食べさせようという大人たちの策略を、子供たちは機敏に見抜いてしまったようだ。
「いやあ……でもね、算数が出来ないとナナさんの本当のところもわからないんだよ?」
「大丈夫大丈夫、そのうちやる気だすから!」
「今日はカガイジュギョーにしよー?」
「いやー、そもそも今が課外授業なんだけどな……」
とにかく、子供たちは遊びたくて仕方がないようだった。
基礎的な思考能力を身につける意義を理解できる年頃ではなく、何よりも今は、遊ぶことも重要な学びの1つだ。
私は子供たちの無邪気な表情を眺めながら、この場でどこまで教えるべきかと考えた。
国の中枢で密かに行われていることを丸ごと教えて良いはずはない。
しかしながら、ある程度のことは知ってもらう必要があるし、子供達がこれから生きていく世界のことである以上、その中にはむしろ知らされなければならないことさえある。
「みなさん、お話したい事があります」
私が意を決して切り出すと、あたりは水を打ったかのように静かになった。
「今日は算数を教える予定でした。ですが私は今日、社会の授業をしたいと思うのです」
竹下さんと寮長は、ぽっかりと口をあけたまま固まってしまっているが。
「おおー! 俺、その授業なら受けたいー!」
「わたしもー」
「僕もー!」
子供たちはむしろ興味津々だった。
その場に居る全員が、私に対して全神経を向けているのがありありとわかる。
今ここが峠の頂上だった。
私が置かれている状況を知った時、子供たちがどのような反応をするか。
それは話してみないとわからない。
静まり返った室内を眺め、その場にいる一人ひとりに視線を巡らせていく。
窓辺からうららかな午後の日差しが降り注ぎ、子供達の表情を明るく輝かせていた。
「みなさんは、サブマリナブルELFという言葉を聞いたことがありますか?」
子供たちは首を横に振る。
竹下さんと寮長もまた互いに顔を見合わせた。
「ELFだと気づかれないくらい人間にそっくりなELF。そんなELFのことを、サブマリナブルELFと呼ぶのです。そして実は私こそが、その最初のELFなのです」
誰かが小さな声で「えっ」と口にしたが、それ以外には誰も物音ひとつたてずにいた。
私は今言ったことがしっかりと子供達の内部に染み込んでいくのを待ってから、続きを言った。
「つまり私は、ただのエルフではなかったのです。これは本当なら、ずっと隠していなければならなかったのですが……」
「すげー……前田さんち、まじすげー……」
健太くんが信じられないと言った様子で呟いたが、その他の子供達、そして大人である寮長と竹下さんですら、まったくリアクションを取れないでいた。
「みなさんもニュースなどで聞いたことがあるのではないでしょうか」
もしかすると駄目かもしれない――そう思いながら私は続ける。
「国の研究所からELFが逃げ出したというニュースです。実は私こそが、そのELFなのです」
そして私は審判を待った。
誰もが私の言ったことを信じない、もしくは理解して協力してくれる、そのいずれかであれば良いのだが、現実的に考えれば、子供達が取り乱して収集のつかないことになる可能性が一番高いのだった。
子供達の心理の混沌の果てに、はたして事態がどう転ぶか。
「やっぱり……」
1人の女の子が、そうポツリと呟いた。
「嘘だろ……」
「まじか……!」
「すんげえー!」
それに続いて、子供達が口々に、まるで『何かをわかっていた』かのようなリアクションを取り始めた。
私は刮目して状況を注視する。
「やっぱり前田さんが拾ったんだ! すごい! 本当にすごいや!」
その健太くんの言葉で、目の前の状況が確定する。
良介くんだけじゃなかった。
「みなさんも……知ってて」
「何となくそうなんじゃないかって、みんなで話してたんだよ! なー!」
健太くんの声に同調して、全ての子供たちがウンウンと頷いている。
「だって……だって、本当に人間みたいで、びっくりしたんだもん!」
「おてだまも本当はできるんでしょー?」
「ねーちゃん、ボールをヘディングで返してくれたんだぜ?」
「そうなんじゃないかって、もしかしたらって! みんなで話してたんだよ!」
頭の中が真っ白になってしまった。
取り乱したのは子供達ではなく私の方だった。
喜んで良いのかすらわからず、ただ口元を抑えて呆然とする。
きっと間違いなく人間のように見えていたであろう私を、子供たちはただ屈託のない笑顔で見上げていた。
私は助けを求めるような気持ちで、寮長と竹下さんに視線を送った。
「は……」
「あわわ……」
すると2人は、ガクガクと足を震えさせて怯えており、むしろこの場の誰よりも深刻な状態にあるようだった。
それを見て私は、ようやく自分を取り戻した。
「みなさん、そのことを誰かに話しましたか?」
私は最も重要と思われる情報の提供を、子供たちに求める。
「言うわけねーじゃん! そんなの大人に言ったって信じてくれないよ!」
「だよねー!」
「うんうん!」
「そ、そうですか。じゃあ……寮長と竹下さんも知らなかったんですね?」
と言って私が振り向くと同時に、2人は今度こそ腰を抜かしてしまった。
竹下さんは椅子の上に着地するが、寮長は座りそこねて床に尻もちをついてしまう。
「せ、セツコさん……あなたっていう人は」
「は、はは……これは……夢か何かですか……?」
竹下さんは少し笑っていた。
子供たちもまた、情けない大人たちの姿を見て笑う。
そして私は、もう何も隠す必要がないのだと確信する。
子供たちはみんな、とっくの昔に峠を超えていた。かねてより感じていた心細さは、心強さの裏返しだったのだ。
「ではみなさん。どうかそのことは胸の内にしまっておいて下さい。私はこの国の最も大事な秘密なのですから」
「なんで逃げようと思ったの?」
「それは話すと長くなります。まずは、寮長と竹下さんが落ち着くのを待ちましょう」
やがて寮長は、子供たちに手を引かれて起き上がるが、我を取り戻すのにさほど時間はかからなかった。
恐らくは、私が『妙に性能のよいELF』だという認識を事前に持っていたためだろう。
その後私は、生み出されてからのことを順に話していった。
子供たちも、寮長も、竹下さんも、一心に私の話に耳を傾けていた。
私がモルモットのように扱われていたことに怒る人もいれば、私とセツコさんの出会いの話に涙をこぼす人もいた。
サブマリナブルELFの社会的影響については理解することが難しかったようだが、私が悪い人に追われなければならない理由は理解してもらえたようだ。
「私はこれから、私につきまとっている怪しい人の正体を暴かなければなりません」
「ケーサツには言えないんだよね?」
「そうです私は今のところ、警察にさえ秘密にしなければいけない存在なのです。だから私は自分の力で情報を集めて、私を作った人達に伝えないといけないんです」
「そうなんだって! リョーチョーもセンセーも、しゃべっちゃダメだよっ」
「はい……」
「わかりました……」
大の大人が、小さな女の子に言われてシュンとしている。
子供たちの理解力には目を見張るものがあった。
何よりも、ELFが自分たちに害を為すものではないと、心の底から信じ切っているのだ。
一昔前の感覚で言うのなら、テレビゲームや携帯電話が自分達に害を与えるものだと考えた子供が皆無であったことに通じるだろう。
下手な大人よりも、よほど信頼できる対象だと捉えているのだ。
対して大人世代は、何かと人工知能の危険性を吹き込まれている。
「それでナナさん、セツコさんは何と言っているんです?」
「セツコさんはまだ知りません。今日帰ったら話そうと思っています」
「では明日からは、またナナさんそっくりのELFが……」
「はい、お仕事に支障が出ることはありません」
「そうですか……いやあ……しかし気づかなかった……」
と言って、寮長は改めて頭を抱えた。
「ねえねえ、ナナねーちゃん。事件が解決したら戻ってくるんだよね?」
健太くんが私の袖を引きながら聞いてくる。
子供たちの様子がにわかに変化した。みなの顔に浮かんでいる感情は紛れもなく不安だった。
「……もしかすると、難しいかもしれません」
「「「えええー!?」」」
私は正直なところを話す。
今度こそ、子供たちは声を揃えて言ってきた。
「ナナねーちゃん、いなくなっちゃうの!?」
「作った人に居場所を教えちゃうから……下手したら」
「やだ! そんなのやだ!」
「なんとかならないの!?」
そして私を取り囲んできた。
私が破棄される可能性に気づいて泣きだす子までいた。 
「残念ながら、今はどうにもなりません。私が重要な秘密である以上、ここにいると、どうしてもみんなに迷惑をかけてしまいます」
「俺たちがねーちゃんを守るよ! なあ!」
健太くんの声に反応して子供たちが気勢を上げるが、寮長と竹下さんは険しい表情だ。
今回ばかりは大人組が正しい。
「ねえ、行かないで!」
「行かないで!」
泣き顔ですがってくる子供たちを前に、私はただ「ごめんね」と言う他になかった。
「でも、まだ希望はあります」
私は子供たちが落ち着くのを待ってから言った。
「みなさんの協力のおかげで、事件は上手く解決することができそうです。後は私がどれだけ偉い人達と交渉できるかです。大丈夫、1人じゃありません。みなさんが私のことを理解し、受け入れてくれたことが、何よりも大きな力となるでしょう」
そして私は、子供たち一人ひとりを抱きしめていった。
「みなさんは、寮の中でだれが一番に私に気づいたと思いますか?」
その問いかけに、子供たちは上手く答えられないようだった。
誰もが同時期に、なんとなく気づき始めたのだろう。
「実は、良介くんだったのです」
密やかな驚きの声があがる。
その中でも健太くんが一番ショックを受けているようだった。私は彼の方を向いて言う。
「良介くんは、私が入れ替わったその日のうちに気づいたようです」
「まじか……」
「はい。まじです。良介くんにも、私が明日から用事でいなくなることを伝えてあります。たぶん大丈夫だと思うけど、もし取り乱すようなことがあったら、サポートしてあげてください」
健太くんはしばし無言だった。
彼は良介くんを見下しているところがあったから、その衝撃も大きかったのだろう。
「俺、良介にあやまらなきゃ……」
私はニッコリと微笑むと、健太くんの頭を撫でた。
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