ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
エンドレス・シーカー 6
「テメエ、もういっぺん言ってみろ!」
「お前みたいな小汚え野郎は出てけってんだよ、酒が不味くなる」
「んだとコラァ―!」
鈴木が、名古屋市街の外れにあるクラブでオレンジジュースを飲んでいると、店の一角が騒がしくなった。
鈴木はやれやれと首をふり、隣にいたホステスに勘定を頼む。
「お客さん、すぐに追い出しますんで」
「いえ、いいです。興が削がれました」
「えー、そんなこと言わないで、まだ来て5分も経ってないじゃない」
この店に私がいないことはわかっていたので、鈴木にはこれ以上ここにいる理由がなかった。
喧嘩を始めた客はすぐに黒服に取り囲まれ、店外へと連れ出されていく。
「ねえ、一杯だけでも飲んでいって」
と言ってホステスは、鈴木の腕にすがってきた。
ここで簡単に立ち去られると、あとで色々言われるのだろう。 
「じゃあ水割りを一杯だけ作ってください」
喧嘩が収まるまでの暇つぶしだと割り切って、飲むことにした。
「わーい、ありがとー」
早速ホステスは、喜々としてお酒を作り始める。
安い焼酎の水割りをよくも楽しそうに作れるものだと鈴木は思う。
つまらない客を相手に愛想を振りまいて金をもらうなど、自分には100回生まれ変わっても出来ないだろう。
「はい、どうぞ」
一口飲むが、ただの致酔物だった。
あとどれだけ無駄骨を折ることになるのかと思うと、図らずもため息が出てしまう。
「ねえ、鈴木さん。さっきから全然楽しそうに見えないけど、何か悩み事でも?」
「話すほどのことじゃありませんよ」
「そう? じゃあね、当ててあげようか。こう見えても私、勘は良い方なの」
鈴木はそれには答えずに、氷水で冷やしてあるチョコスナックを一口かじる。
「鈴木さんって、税務署の人でしょう?」
もう1本食べようとしていた手を止める。
当たらずしも遠からずだ。
「もしかして図星?」
「だったらなんですか……。客の詮索をするのが貴方の仕事ではないでしょう?」
「そっちこそ、私達の仕事をなんだと思ってるの?」
ホステスは少し怒っているようだった。
鈴木は天井を眺めながら考える。
思っていることを言うべきか、女の機嫌をとってやるべきか。
「客を酔わせて金を取ることでしょ?」
結局、はっきり言ってしまう。
長居できない方向に持っていくのが正解だ。
「わーお、せいかーい」
と言って女は、ウーロン茶の入った自分のグラスを、鈴木のグラスに合わせてきた。
「でもねー、うちはボッタクリなんかしてないからね? 税金もちゃんと払ってるし」
「人のこと、取り立て屋みたいに言わないでください」
「ふーん、でもね、鈴木さんってこういう店来るような人に見えないんですよー。何か隠しているでしょ? 気になるー」
やれやれ、こんなことならさっさと帰ってしまえば良かった。
そう思いつつ、用意してあった回避手段を発動する。
「探しものをしているんですよ」
「え? それってキャバで見つかるものなの? もしかして鈴木さんって刑事?」
「ただのサラリーマンですよ。個人的な趣味で、逃げたELFを探しているんです」
女はぽんと膝を打ってから言う。
「はあーん、ELFオタクだ!」
随分時代がかった単語が出てきたが、そう思わせることが目的だったのでよしとする。
「今、話題になってるもんね。高い落し物ってことでお金ももらえるし!」
「お金のことはともかく、野良化したELFなんてロマンあると思いません?」
「お客さん、何かロボットに恋しちゃいそうなタイプだもんね、わかるー」
何をわかっているのかと、鈴木は文句を言いたい気分だったが、努めて抑える。
「最近のELFってよく出来ているわよね。遠目だと本当に人間と区別がつかない」
「そのうち、みなさんの仕事も奪われますよ」
鈴木がそう言うと、女はあからさまにムスッとした。
「最近よく言われるわよ、ELFの方が良いとか何とか」
「失礼なお客さんですねえ」
「お客さんだってそうでしょっ、まったく、女をなんだと思っているのさ」
女はムッツリしながらも、7割ほど空になった鈴木のグラスに勝手に酒を注ぎ始めた。
「でも最近、ELFに接客させる店も増えてるのよね。結局、男なんて、見た目が美人ならそれで良いのよ」
この時鈴木は、何か脳裏にひらめくものを感じていた。
自分のことをELFオタクだということにする。
この回避策が、私にリーチする手段として使える気がしてきたのだ。
その時、喧嘩をしていた男が戻ってきた。身なりの悪い客をバカにしていた方だ。
「あー、やれやれ」
気だるそうに席に戻り、氷の溶けきったオンザロックを飲み干す。
財布の中身に物を言わせて、気に食わない客を追い出したのであろうことが、黒服の様子からも伺えた。
貧乏な客と金を持っている客、店がどちらの味方をするかは言うまでもないことだ。
「あんなのがいるから景気が悪くなるんだ、なあ?」
「ほんとにさー」
「いえてるー」
両脇に若い女をはべらせて、褒めそやさせていい気になっている。
ここはそういうサービスを提供する店なのだから、間違ってはいないのかもしれない。
しかし鈴木は、どうにもその男の振る舞いが鼻持ちならなかった。
日雇い労働者みたいな格好でクラブにくる客も大概ではあるが。
「お姉さん、この店で1番高いお酒はなんですか」
「え、ドンペリピンクですけど」
「じゃ、それください。なんだか無性に飲みたくなってきました」
女の表情がみるみる色めき立った。
「て、テンチョー! ピンドン入りまーす!」
全ての客と店員が鈴木の方を振り向いた。
店内にけたたましいBGMが鳴り響き、全てのフロアレディーが、鈴木の周りに集まって踊り始める。
鈴木は特に表情を変えず、その時代がかった光景を眺めていた。
横からは忌々しげな男の視線を感じるが、勝手に悔しがっていればいいと思うだけだ。
気づけば、鈴木付きの女給は5人に増えていた。
「乾杯ー!」
そしてシャンパンで勝手に酒盛りを始めた。
まるでハトに餌をやっているようだと鈴木は思った。
ひとしきり盛り上がったところで改めて店内を見渡すと、居心地が悪くなったのか、ガラの悪い男は消えていた。
場が落ち着いたのを見計らって、鈴木は思いついたアイデアを実行する。 
「みなさん、本当に遠慮というものが無いんですねえ、ELFの店が流行るわけですよ」
「いやいや社長さん、流行ってなんかいませんって、あんなの」
「そうそう、見た目はいいかもしれないけど、言ったこと繰り返すだけだから、すぐに飽きちゃうのよ?」
「そうなんですか?」
鈴木は、キャバクラにELFが導入されている例があることは知っていたが、その実情まではよく知らなかった。
「第一、酒に酔わないからね―」
「口説いても意味ないしー」
「できないしー」
と言って、女たちは甲高い声で笑った。
「あー、はいはい。もしこの中にELFの人が居たら教えてくださいね。そしたらもう1本いれますから」
「あ、はいはいー! わたしわたしー」
「わたしもわたしもー!」
「ちょっとー、あんたたちー!」
うまい具合にELFの話で盛り上がってきた。
今なら何を言っても洒落で済む。
「ここは本当にELFが多い店ですね。でも冗談抜きでですね、僕は逃げたELFを探しているんですよ? 誰か、隠れてそうな場所知りません?」
「えー? やっぱあの店じゃね?」
「あの店?」
「近くに高級感気取ったガールズバーがあってさ、ELFみたいな店員が働いてるの」
「ほお、それはそれは」
鈴木はメガネの位置を直した。
予想以上の成果が期待できそうだ。
「そこのネーチャン達、みんな真面目くさったのばかりでさ、難しい顔してカクテルつくってんの。朝までやってるのだけが取り柄の店でさ、おさわりもなしなのよ?」
と言って隣に座っていた女が、それとなく鈴木の足に太ももを乗せてきた。
「あー、ずるーい」
「ちょっとちょっとー」
負けじと他の女達も、肩を寄せたり足を伸ばしてきたりした。
だが、仮にも国の情報職員であり、妻子もある身でもある鈴木は、このくらいでは動じない。
「なるほど、ELFみたいな店員に混ざっていれば、正体もバレないかもしれませんね」
「でもさー、逃げたELFってそんなに頭いいの? 面接とかどうすんのさ」
確かにそうだよねと、誰もが我に返ったような反応をする。
逃げたELFは、ただの性能の良いELFだと世間では認識されているから、無理もない。
「しょせんはロボットじゃんね? 田んぼにハマって動けなくなってるんじゃないの?」
ウケルウケルと、再び女たちが騒がしくなる。
鈴木は至って冷静な様子で。
「だったら、とっくに見つかってるでしょ……」
「社長さんは、どこにいると思ってるのさ?」
「やっぱりこういう店なんじゃないですか? 男なんて所詮、美人に弱いですからね、案外面接も通っちゃうのかもしれません」
「そんな間抜けなテンチョーいるー?」
「でもですね、未だに見つからないんですよ? 人間のふりして、どっかに溶け込んだとしか考えられないじゃないですか」
「給料とかももらってるのかなー?」
「だったらすげーな。未来ヤバーイ」
「身分確認もされない場所ってなると、さらに限られて来るでしょ?」
「あー、だったら風俗だわ絶対」
「今時キャバだって、身分確認くらいするしね」
「いやいや、風俗なんて一瞬でバレちゃうでしょ……密着するんだし」
「あ、それもそうだねー。じゃああれかな、海外系のやばいクラブ。あそこって身分確認なんかしてないでしょ」
「下手したら、もう日本に居ないかもね。どっかに連れて行かれて、バラバラに……」
案外、ありえない話でもないので、鈴木は1人肝を冷やす。
「ねえねえ社長さん、マジで逃げたELF探してるの?」
「ええ、まあ……」
「さくっとピンドンいれたし、社長さん、一体何者?」
「それくらいのお金はありますってば。今時ELFに関わる仕事をしていればねえ」
「あー、なるほどー。もう骨身に染みるくらいELFが好きなんだねー」
徐々にシャンパンの効果も薄れてきて、鈴木はELFマニアに注がれる類の、冷たい視線を感じるようになってきた。そろそろ切り上げ時か。
「そうですよ、僕は骨の髄までELFが好きなんです。でね、ある筋の情報で、そのELFが愛知にいるってことまでは掴んでるんですよ」
鈴木がそう言うと、ひときわ大きな歓声があがった。
「えー、まじまじ、みんなどーするよ?」
「ちょっとあたし、テンチョーに聞いてくるわ!」
こんなブラフでも人は動くのだなと、鈴木は妙な手応えを感じていた。
職業病とも言える直感センサーが、鈴木の内部で過敏な反応を示している。
「そういやーさー、社長さんはボッコちゃんって知ってる?」
ホステスの口からそのキーワードが飛び出たのはその時だった。
鈴木は全身の毛が逆立つ気がした。
寂しくなりつつある頭頂部の産毛ですら、直立したかのように。
「ほ、星新一ですよね?」
「そーそー、さすが社長さーん、よく知ってるー」
かろうじて動揺を抑えて女に問い直す。
「それで、そのボッコちゃんがどうしたんです?」
「んーとねー、よくわかんないんだけどね、別の店で働いている私の友達が、そのまた友達から聞いたんだって。その友達の友達がね、旦那さんから突然、ボッコちゃんって知ってるかって聞かれたんだって。知らないって答えたら、あっそって言われたって」
鈴木は考え込む。
脳裏に何かが来ているのは間違いなかった。
殆ど確信と言っていい。
「ねえ、もしかしてこれってヒット?」
「そうですねえ……その奥さんと連絡が取れたら、ドンペリ入れてもいいかも」
「まじー!?」
女は早速、情報をくれた友人にスマホで連絡を入れた。
その友人が、さらにその友人の連絡先を教えてくれるまで3分とかからなかった。
鈴木はその女性から聞いた店の住所をしかと記憶した。
愛知県の中央部の新幹線停車駅のある街だった。
約束通り、高級シャンパンをもう1本いれて、その日は閉店時間の深夜0時まで騒ぎ通した。
あくまでも物好きで金払いの良い客を演じるためだったが、しかし酒が入ればつい気も緩んでしまうというものだ。
なかなか私を見つけられない疲れもあったはずだ。
一時は店の女たちを見下していた鈴木だったが、最後の方には一緒になって酒を飲み、すっかり盛り上がってしまった。
「お前みたいな小汚え野郎は出てけってんだよ、酒が不味くなる」
「んだとコラァ―!」
鈴木が、名古屋市街の外れにあるクラブでオレンジジュースを飲んでいると、店の一角が騒がしくなった。
鈴木はやれやれと首をふり、隣にいたホステスに勘定を頼む。
「お客さん、すぐに追い出しますんで」
「いえ、いいです。興が削がれました」
「えー、そんなこと言わないで、まだ来て5分も経ってないじゃない」
この店に私がいないことはわかっていたので、鈴木にはこれ以上ここにいる理由がなかった。
喧嘩を始めた客はすぐに黒服に取り囲まれ、店外へと連れ出されていく。
「ねえ、一杯だけでも飲んでいって」
と言ってホステスは、鈴木の腕にすがってきた。
ここで簡単に立ち去られると、あとで色々言われるのだろう。 
「じゃあ水割りを一杯だけ作ってください」
喧嘩が収まるまでの暇つぶしだと割り切って、飲むことにした。
「わーい、ありがとー」
早速ホステスは、喜々としてお酒を作り始める。
安い焼酎の水割りをよくも楽しそうに作れるものだと鈴木は思う。
つまらない客を相手に愛想を振りまいて金をもらうなど、自分には100回生まれ変わっても出来ないだろう。
「はい、どうぞ」
一口飲むが、ただの致酔物だった。
あとどれだけ無駄骨を折ることになるのかと思うと、図らずもため息が出てしまう。
「ねえ、鈴木さん。さっきから全然楽しそうに見えないけど、何か悩み事でも?」
「話すほどのことじゃありませんよ」
「そう? じゃあね、当ててあげようか。こう見えても私、勘は良い方なの」
鈴木はそれには答えずに、氷水で冷やしてあるチョコスナックを一口かじる。
「鈴木さんって、税務署の人でしょう?」
もう1本食べようとしていた手を止める。
当たらずしも遠からずだ。
「もしかして図星?」
「だったらなんですか……。客の詮索をするのが貴方の仕事ではないでしょう?」
「そっちこそ、私達の仕事をなんだと思ってるの?」
ホステスは少し怒っているようだった。
鈴木は天井を眺めながら考える。
思っていることを言うべきか、女の機嫌をとってやるべきか。
「客を酔わせて金を取ることでしょ?」
結局、はっきり言ってしまう。
長居できない方向に持っていくのが正解だ。
「わーお、せいかーい」
と言って女は、ウーロン茶の入った自分のグラスを、鈴木のグラスに合わせてきた。
「でもねー、うちはボッタクリなんかしてないからね? 税金もちゃんと払ってるし」
「人のこと、取り立て屋みたいに言わないでください」
「ふーん、でもね、鈴木さんってこういう店来るような人に見えないんですよー。何か隠しているでしょ? 気になるー」
やれやれ、こんなことならさっさと帰ってしまえば良かった。
そう思いつつ、用意してあった回避手段を発動する。
「探しものをしているんですよ」
「え? それってキャバで見つかるものなの? もしかして鈴木さんって刑事?」
「ただのサラリーマンですよ。個人的な趣味で、逃げたELFを探しているんです」
女はぽんと膝を打ってから言う。
「はあーん、ELFオタクだ!」
随分時代がかった単語が出てきたが、そう思わせることが目的だったのでよしとする。
「今、話題になってるもんね。高い落し物ってことでお金ももらえるし!」
「お金のことはともかく、野良化したELFなんてロマンあると思いません?」
「お客さん、何かロボットに恋しちゃいそうなタイプだもんね、わかるー」
何をわかっているのかと、鈴木は文句を言いたい気分だったが、努めて抑える。
「最近のELFってよく出来ているわよね。遠目だと本当に人間と区別がつかない」
「そのうち、みなさんの仕事も奪われますよ」
鈴木がそう言うと、女はあからさまにムスッとした。
「最近よく言われるわよ、ELFの方が良いとか何とか」
「失礼なお客さんですねえ」
「お客さんだってそうでしょっ、まったく、女をなんだと思っているのさ」
女はムッツリしながらも、7割ほど空になった鈴木のグラスに勝手に酒を注ぎ始めた。
「でも最近、ELFに接客させる店も増えてるのよね。結局、男なんて、見た目が美人ならそれで良いのよ」
この時鈴木は、何か脳裏にひらめくものを感じていた。
自分のことをELFオタクだということにする。
この回避策が、私にリーチする手段として使える気がしてきたのだ。
その時、喧嘩をしていた男が戻ってきた。身なりの悪い客をバカにしていた方だ。
「あー、やれやれ」
気だるそうに席に戻り、氷の溶けきったオンザロックを飲み干す。
財布の中身に物を言わせて、気に食わない客を追い出したのであろうことが、黒服の様子からも伺えた。
貧乏な客と金を持っている客、店がどちらの味方をするかは言うまでもないことだ。
「あんなのがいるから景気が悪くなるんだ、なあ?」
「ほんとにさー」
「いえてるー」
両脇に若い女をはべらせて、褒めそやさせていい気になっている。
ここはそういうサービスを提供する店なのだから、間違ってはいないのかもしれない。
しかし鈴木は、どうにもその男の振る舞いが鼻持ちならなかった。
日雇い労働者みたいな格好でクラブにくる客も大概ではあるが。
「お姉さん、この店で1番高いお酒はなんですか」
「え、ドンペリピンクですけど」
「じゃ、それください。なんだか無性に飲みたくなってきました」
女の表情がみるみる色めき立った。
「て、テンチョー! ピンドン入りまーす!」
全ての客と店員が鈴木の方を振り向いた。
店内にけたたましいBGMが鳴り響き、全てのフロアレディーが、鈴木の周りに集まって踊り始める。
鈴木は特に表情を変えず、その時代がかった光景を眺めていた。
横からは忌々しげな男の視線を感じるが、勝手に悔しがっていればいいと思うだけだ。
気づけば、鈴木付きの女給は5人に増えていた。
「乾杯ー!」
そしてシャンパンで勝手に酒盛りを始めた。
まるでハトに餌をやっているようだと鈴木は思った。
ひとしきり盛り上がったところで改めて店内を見渡すと、居心地が悪くなったのか、ガラの悪い男は消えていた。
場が落ち着いたのを見計らって、鈴木は思いついたアイデアを実行する。 
「みなさん、本当に遠慮というものが無いんですねえ、ELFの店が流行るわけですよ」
「いやいや社長さん、流行ってなんかいませんって、あんなの」
「そうそう、見た目はいいかもしれないけど、言ったこと繰り返すだけだから、すぐに飽きちゃうのよ?」
「そうなんですか?」
鈴木は、キャバクラにELFが導入されている例があることは知っていたが、その実情まではよく知らなかった。
「第一、酒に酔わないからね―」
「口説いても意味ないしー」
「できないしー」
と言って、女たちは甲高い声で笑った。
「あー、はいはい。もしこの中にELFの人が居たら教えてくださいね。そしたらもう1本いれますから」
「あ、はいはいー! わたしわたしー」
「わたしもわたしもー!」
「ちょっとー、あんたたちー!」
うまい具合にELFの話で盛り上がってきた。
今なら何を言っても洒落で済む。
「ここは本当にELFが多い店ですね。でも冗談抜きでですね、僕は逃げたELFを探しているんですよ? 誰か、隠れてそうな場所知りません?」
「えー? やっぱあの店じゃね?」
「あの店?」
「近くに高級感気取ったガールズバーがあってさ、ELFみたいな店員が働いてるの」
「ほお、それはそれは」
鈴木はメガネの位置を直した。
予想以上の成果が期待できそうだ。
「そこのネーチャン達、みんな真面目くさったのばかりでさ、難しい顔してカクテルつくってんの。朝までやってるのだけが取り柄の店でさ、おさわりもなしなのよ?」
と言って隣に座っていた女が、それとなく鈴木の足に太ももを乗せてきた。
「あー、ずるーい」
「ちょっとちょっとー」
負けじと他の女達も、肩を寄せたり足を伸ばしてきたりした。
だが、仮にも国の情報職員であり、妻子もある身でもある鈴木は、このくらいでは動じない。
「なるほど、ELFみたいな店員に混ざっていれば、正体もバレないかもしれませんね」
「でもさー、逃げたELFってそんなに頭いいの? 面接とかどうすんのさ」
確かにそうだよねと、誰もが我に返ったような反応をする。
逃げたELFは、ただの性能の良いELFだと世間では認識されているから、無理もない。
「しょせんはロボットじゃんね? 田んぼにハマって動けなくなってるんじゃないの?」
ウケルウケルと、再び女たちが騒がしくなる。
鈴木は至って冷静な様子で。
「だったら、とっくに見つかってるでしょ……」
「社長さんは、どこにいると思ってるのさ?」
「やっぱりこういう店なんじゃないですか? 男なんて所詮、美人に弱いですからね、案外面接も通っちゃうのかもしれません」
「そんな間抜けなテンチョーいるー?」
「でもですね、未だに見つからないんですよ? 人間のふりして、どっかに溶け込んだとしか考えられないじゃないですか」
「給料とかももらってるのかなー?」
「だったらすげーな。未来ヤバーイ」
「身分確認もされない場所ってなると、さらに限られて来るでしょ?」
「あー、だったら風俗だわ絶対」
「今時キャバだって、身分確認くらいするしね」
「いやいや、風俗なんて一瞬でバレちゃうでしょ……密着するんだし」
「あ、それもそうだねー。じゃああれかな、海外系のやばいクラブ。あそこって身分確認なんかしてないでしょ」
「下手したら、もう日本に居ないかもね。どっかに連れて行かれて、バラバラに……」
案外、ありえない話でもないので、鈴木は1人肝を冷やす。
「ねえねえ社長さん、マジで逃げたELF探してるの?」
「ええ、まあ……」
「さくっとピンドンいれたし、社長さん、一体何者?」
「それくらいのお金はありますってば。今時ELFに関わる仕事をしていればねえ」
「あー、なるほどー。もう骨身に染みるくらいELFが好きなんだねー」
徐々にシャンパンの効果も薄れてきて、鈴木はELFマニアに注がれる類の、冷たい視線を感じるようになってきた。そろそろ切り上げ時か。
「そうですよ、僕は骨の髄までELFが好きなんです。でね、ある筋の情報で、そのELFが愛知にいるってことまでは掴んでるんですよ」
鈴木がそう言うと、ひときわ大きな歓声があがった。
「えー、まじまじ、みんなどーするよ?」
「ちょっとあたし、テンチョーに聞いてくるわ!」
こんなブラフでも人は動くのだなと、鈴木は妙な手応えを感じていた。
職業病とも言える直感センサーが、鈴木の内部で過敏な反応を示している。
「そういやーさー、社長さんはボッコちゃんって知ってる?」
ホステスの口からそのキーワードが飛び出たのはその時だった。
鈴木は全身の毛が逆立つ気がした。
寂しくなりつつある頭頂部の産毛ですら、直立したかのように。
「ほ、星新一ですよね?」
「そーそー、さすが社長さーん、よく知ってるー」
かろうじて動揺を抑えて女に問い直す。
「それで、そのボッコちゃんがどうしたんです?」
「んーとねー、よくわかんないんだけどね、別の店で働いている私の友達が、そのまた友達から聞いたんだって。その友達の友達がね、旦那さんから突然、ボッコちゃんって知ってるかって聞かれたんだって。知らないって答えたら、あっそって言われたって」
鈴木は考え込む。
脳裏に何かが来ているのは間違いなかった。
殆ど確信と言っていい。
「ねえ、もしかしてこれってヒット?」
「そうですねえ……その奥さんと連絡が取れたら、ドンペリ入れてもいいかも」
「まじー!?」
女は早速、情報をくれた友人にスマホで連絡を入れた。
その友人が、さらにその友人の連絡先を教えてくれるまで3分とかからなかった。
鈴木はその女性から聞いた店の住所をしかと記憶した。
愛知県の中央部の新幹線停車駅のある街だった。
約束通り、高級シャンパンをもう1本いれて、その日は閉店時間の深夜0時まで騒ぎ通した。
あくまでも物好きで金払いの良い客を演じるためだったが、しかし酒が入ればつい気も緩んでしまうというものだ。
なかなか私を見つけられない疲れもあったはずだ。
一時は店の女たちを見下していた鈴木だったが、最後の方には一緒になって酒を飲み、すっかり盛り上がってしまった。
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