ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

エンドレス・シーカー 4

 翌日の夕方、熱田神宮の境内に鈴木の姿があった。
 おろしたての新札を躊躇なく賽銭箱に放り込み、二礼二拍手一礼とすませて空を見上げる。
 この空の下に、見つけ出すべき対象が必ずいる――そう自身に言い聞かせるように。


 鈴木は参道の屋台でチョコバナナを買い、通りの脇に腰を下ろした。
 豊かに茂った木々の隙間を、冷たい風が吹き抜けていく中、鈴木はスマートフォンをいじり始める。
 一見するとただのサボリーマンにしかみえないが、彼は今、国家の行く末を左右する仕事に臨んでいるのだった。


 街頭カメラ、電子商取引情報、交通監視システム、偵察衛星、目撃情報――。
 APOAと警察が総力を上げ、あらゆるチャンネルからの捜索を試みているにもかかわらず、私の存在は箸にもひっかからない。
 そこで鈴木が取った手段が、自らの足によるしらみ潰しの捜索だった。


 私がすでに協力者を得ているという確信を鈴木は持っていた。
 そして、身分を明かせない私が自立した生活を送るためには、給与を現金払いしてくれうような場所を見つけるしかない。
 つまるところ、概ね夜の店に限られてくる。


 私にリーチするための道筋として、最短とも言える経路を鈴木は辿っていた。


「ふう……」


 チョコバナナを食べ終えた鈴木は、ため息をついてからスマートフォンをしまった。
 そして立ち上がり、通りに並ぶ屋台を覗き込んでいく。
 そこで私が働いているかもしれないという僅かな可能性を潰すために。


 この頃に鈴木以外の担当者が、GFPの元社員やムーンテラスの常連客など、私と接点のあった人物を調べていたようだ。
 美香から聞いた話では、逃亡中のELFの調査という名目で、政府職員を名乗る人物が堂々とやってきたらしい。


 しかしながら美香が『前に仕事をしていた人が、自分のことをELFだとか言っていました』と、ありのままを口にすると、顔を青ざめさせて退散したのだそうだ。
 少なくとも美香が、私のことをELFとは信じていないと考え、万が一にも信じてしまう可能性を低くしようとしたのだ。
 これに対して美香は『あまりにも打ち合わせ通りに行き過ぎて白けた』と後に述べている。


 美香と一緒に上野動物園にいた女性が私であると判明したのはその翌日だったが、その時すでに、私は装いを変えて東京を離れていた。
 ヨコイチさんが借りてくれたレンタカーで移動したので、私の移動の痕跡は、どのような形でも残っていない。


「うむ……」


 全ての屋台を調査して、そこに私がいないことを確かめると、鈴木は自販機でコーヒーを買った。
 実は、鈴木がかなりの確率で私が『あてにしている』と考えている場所が1つあり、彼が捜索範囲を愛知県に絞った理由ともなっている。
 それは、私がハローワークで活動していた時に多くの接点を持った、セツコさんの家だった。


 しかしそのことを、鈴木は彼女に話すわけにはいかない。
 セツコは少なくともELFが野良化したというニュースを知っており、自分のところに国の調査員が来たとなれば、確実に私のことを想起するだろうからだ。


 まさかナナさんが――そう気づいた彼女が、どのような行動に出るかわからない。
 仮に彼女が、SNSなどでその情報を拡散してしまうと、ただちに国政を揺るがす事態へと至ってしまう。
 ゆえに鈴木は、セツコの自宅周辺をくまなく調べ、そして必要な機器を――住民の許可を得ずに――設置する以上のことは、まだしていなかった。


 しかし今は、網を張っておくだけで十分だった。
 私の立場から考えて、今すぐセツコさんを頼ることはリスクが大きいことはわかりきっていたからだ。


 私と接点のある人物としてマークされている可能性が大であり、さらには受け入れてくれる保障もない。そんな人物を頼るということは、よほど追い詰められていなければ出来ることではない。
 そんな私側の事情さえも、鈴木は読んで行動していた。


「さて……」


 コーヒーを飲み干すと、鈴木はそれをゴミ箱に投げ入れた。
 日は西に傾きつつある。
 そろそろ、夜の店が活動を始める頃だ。
 鈴木はスマートフォンとは別の端末を取り出して、調査すべき場所のリストに目を通した。


 身分を確認せずに従業員を働かせている可能性のある店、つまり税務署がマークしつつも、コストの関係で放置している店のリストだ。
 絞り込まれてはいるが、その数は膨大である。一日10件回ったとしても1年や2年では終わらないだろう。


 しかし鈴木に諦める様子はなかった。
 人間にはELFにはない「匂い」を読む能力があり、いずれ私を追い詰める事ができる。
 そう信じて、鈴木は歩き始める。







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