ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

天より 6

 間もなくちゃぶ台のまわりにスペースができる。
 そこで3人、お茶をすすっていると。


「おしっこ」
「せめてトイレって言ってよ……」


 美香が御手洗いに行ったので、私はヨコイチさんと2人きりになる。
 彼は横目でチラチラと私の顔を伺ってくる。
 何か聞きたいことがあるようだが、言い出しにくい様子だ。


「何か、私に聞きたいことがお有りですか?」
「え、あああ……はい。もう何度も聞いてますけど、本当にELFなんですか? 正直、ELFのふりをしている人間のようにしか見えないんですけど」
「それは無理もないことです。私は人類初のサブマリナブルELFとして生み出されたものですから」


 サブマリナブルという単語が通じるのなら話が早いと考えたのだが、それに対する彼の反応は、予想以上に機敏なものだった。


「え!? 実現していたんですか!?」
「はい、今はELFだと信じてもらうために、ELFのように振る舞っていますが、すでに性能は実証済みです」
「ま、マジですか……」


 またもや青年の口から嘆息が漏れる。


「もし宜しければ、触って確認してみますか?」
「え、いやいやいや、そんなことまでは……!」
「全身に最新鋭の生体素材が使われていますので、触ったくらいではELFだとわからないはずです」


 と言って私は、彼の前に腕を差し出した。
 ヨコイチさんは緊張しているのか、顔を赤くして呼吸を荒げている。
 それでも私に対する関心は強いようで、恐る恐るではあるが私の前腕部に触れてきた。


「いかがですか。脈も測れますよ」
「わ、あああ……測れますね」


 手を握ったり開いたりする。
 それに合わせて、前腕部の筋肉が躍動する。


「やっぱり、人間だとしか思えません……」


 これまで人間のふりをすることに苦心してきたが、いざELFであることを明かすとなると、その方がむしろ難度が高いようだった。


「あー! セクハラー!」
「違うよ!」


 美香がトイレから戻ってきた。
 そろそろ本当にELFであることを証明しないと、彼に気の毒だ。
 てへ。


「ヨコイチさん、USBコードはありませんか」
「え? ありますけど……」
「それで、私とPCを繋いで頂けないでしょうか。ウィルス対策は万全ですので」
「つ、繋ぐんですか?」
「はい。リプリニッシャーに接続する時に使う、USBポートに繋ぎます」


 ヨコイチさんは首を傾げつつも、ダンボールの中をゴソゴソと漁り始めた。
 そこから2mほどのUSBケーブルを取り出した。


「これで大丈夫でしょうか……」
「はい、十分です。ありがとうございます」


 私はそれを受け取ると、ワンピースの裾からケーブルを入れて、ヘソの奥にある端子に繋いだ。
 そしてもう一方をパソコンに差す。
 ただちに私の情報がPCに認識される。


「ええっ!?」「うそ……」


 美香とヨコイチさんが身を乗り出す。


「フォルダを開いて、その中にあるEXEファイルを実行してみて下さい」


 美香が食い入るように画面を覗き込む。
 接続が成立した時点でELFであることは証明されているはずだが、それでもまだ信じられないようだった。


「これは……」


 ヨコイチさんが数回マウスをクリックすると、実行されたプログラムの中に、私の視聴覚情報が表示される。
 1週間分が記録されており、シークバーで検索できるようになっている。
 動画情報を巻き戻していくとAPOA内で活動していた時の映像に行き着くはずだ。


「大手町の庁舎ビル!」


 さらに巻き戻していくと研究所内部の様子が映し出され、白衣姿の真司が現れる。


「この人、諏訪真司博士じゃないですか!」
「え? 凄い人なの?」
「凄いなんてものじゃないよ! 20代で2つの博士号を取った天才中の天才! そうかこの人が……」


 ヨコイチさんは真司の姿を見たことで、完全に状況を飲み込んだようだ。


「へ、へええ……」


 しかし美香は、未だに理解が追いつかないようだった。
 恐る恐るUSBコードを手でたどってくるが、その先はもちろん私の服の中だ。


「ねえナナちゃん、ちょっと見せてもらっても……」
「いいですよ」


 美香はヨコイチに「あっち向いてて」と言ってから、私のワンピースをめくりあげた。
 コードの先は、間違いなく私のへそに突き刺さっていた。


「ぬ、抜いてみても……?」
「良いですけど、先にアプリケーションを落としてくださいね」
「もしかして壊れちゃう!?」


 美香は、気の毒なほどに目を泳がせながら言う。


「いいえ、私は大丈夫ですが、パソコンの方に悪影響が出るかもしれません」
「わ、わかった……やめとく」


 めくっていたワンピースをもとに戻す。
 頭を上げた美香は青白い顔になっていた。


「ヨコイチさん、もう大丈夫です、ありがとうございます」
「はい……」


 赤くなったり白くなったりしていた彼の顔も、すっかりと青ざめていた。


「いかがでしょう。私がELFであることを信じてもらえましたでしょうか」
「ええ……」「うう……」


 2人はそのまま、たっぷり1分間は押し黙っていた。
 私はやはり、無理があったのだろうかと不安になった。


 しかしながら私は、2人に私の本当の姿を知って欲しかった。
 そして2人の心と感性をもって裁いて欲しかったのだ。
 もし2人が私を受け入れられないようなら、今はまだその時ではないということだ。


 その時は大人しくお蔵入りになろう。


「う、うああああああ……」


 突然、美香が頭を抱えて立ち上がった。
 その瞳に映っているのは、間違いなく峠の先。


「わああああ……うわあああ……」


 美香は私と仕事をしていた時のことを思い出しているようだった。
 私のことを完全に人間だと思いこんでいた、その時のことを。


「ホントに……ホントに……わあああ……」
「ミカ……落ち着いて」
「あの時も……あの時も……あの時も……ナナちゃんは人間じゃなくて……」
「ミカ、とにかく座って、お茶でも飲んで……」
「ああああ……」


 ヨコイチが語気を強めたところで、美香は糸が切れたようにその場に座り込んだ。
 視線も表情も動かさず、ただ湯呑みに手を伸ばす。
 冷めかけたお茶をごくごくと飲み干し、定まらない視線を宙に泳がせる。


「あ、あの……ナナさん。ひとつ伺っても?」
「はい、何なりと」
「ナナさんは……電気羊の夢って見ます?」


 有名なSF小説のタイトルだ。
 本来なら人間そっくりのアンドロイドを見抜く意味があるだろうが、今この状況では一種のユーモアと解釈できる。


「ぶっちゃけ、見ませんね。ディックは好きですけど」
「ですよねー……って、えー!? 読むんですかー!?」
「はい、読書は私の趣味の1つです」
「えっー!」


 だから私もユーモアで返すことにした。
 ヨコイチさんはひたすら興奮し、美香もまた、しばらくの間こちら側に戻ってこなかった。







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