ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

マイ・ドリーム 8

「それでは定例会議を始めます」
『私は廃棄処分でしょうか』


 今回ばかりは、小山内はナナの言うことに耳を貸さない。
 一切表情を変えることなく話を続ける。


「私としては、ナナさんのサブマリナブルELFとしての性能は、ほぼ実証されたとみて良いと考えています。みなさんの意見をお聞かせ下さい」


 いつになく雰囲気が緊迫していた。
 その原因が、ナナが正体を明かすような発言をしたことにあるのは間違いない。
 諏訪でさえ難しい顔をしていることから、官邸から相当な圧力がかかっているのだろう。
 仮にセブンシー計画が世に知られれば、政府のみならず、国家全体にとっての大打撃となるのだから。


「僕もそう思います。今のナナさんなら、自らELFだと名乗り出たとしても、周囲がそれを信じないでしょう。ムーンテラスでの経緯からもそれは明らかです」


 しかし意外なことに、真っ先に意見を述べたのは諏訪だった。


「そもそも僕は、ナナさんに経済活動をさせること自体に疑問を感じていました。それよりも、一般的な市民生活の中で運用することを考えるべきなんです。今のところ、非労働的な活動をするELFの研究は進んでいませんし、人間そのものを標榜する以上、一般市民と同等の活動が出来なければなりませんから」


 実社会において生産的な活動を行うELFに、そもそもサブマリニティは必要ないという、言ってしまえば身も蓋もない事実を諏訪に指摘され、小山内と鈴木が密かに視線を泳がせた。
 ナナの諜報活動への応用、及び姿勢制御機能がもたらす利権。
 そういったメリットを見込んでいたからこそ、彼らはあえてリスクのある計画に参加したのだ。


 紛れもなく、私利私欲のために国家を窮地に立たせており、そんな彼らがナナの行動を糾弾することはまったくの筋違いであり、責任転嫁に他ならない。


「私も諏訪さんに同意見です」


 計画の裏側を咎めるような諏訪の意見に対し、素早い反応を示したのは鈴木だった。


「ナナさんのサブマリニティが高いレベルにあるのは疑いありませんが、現状の形で経済活動をさせることは、やはりリスクが高すぎると感じます。もしかすると、通常の市民生活でさえも……。試験室レベルでも、まだやれることが沢山あるのでは?」


 と言って鈴木は、諏訪ではなく、モニターの中のナナを睨みつけた。
 リスクが高すぎると言ってはいるが、もっと企業活動をさせたかったというのが本音であろう。
 諏訪の意見の一部をそれとなく否定し、プロジェクトそのものを手打ちに持っていくのが狙いのようだ。


「私も……お2人の考えに同意します。ELFとして活動させた方が、むしろ大掛かりな試験がしやすいと思います」


 徳田の意見は政治的な思惑の伴わない、極めて理性的なものであったが、それ故にナナの危機感を押し上げた。
 ナナの存在意義と言っても良いサブマリニティの必要性が、限りなく薄まっていく。


『では私は、これからはAPOA内で活動することになるのですか?』


 探りをいれるようにナナは問うが、それに答えるものは誰もいない。
 単に高性能なELFとして試験をするのであれば、ナナは一体あれば事足りる。
 つまり本命を消すかダミーを消すかの2択であるが、より知る者が少ない方を消す方が安全かつ合理的なのは間違いなく、答えはわかりきっていた。


『やはり私はお蔵入りなのですね……』


 会議室に立ち込める重い空気の中に、ある種の意味を抽出したのか、ナナは暗い表情をして言った。


「いやいや、そんなことはないでしょう。計画の肝はSHINONシステムです。つまりナナさんそのものなんですよ? それをお蔵入りにしてしまうなんて」


 この諏訪の意見には、徳田と小山内が同意を示し、鈴木だけが難しい表情を浮かべた。
 徳田は純粋に科学者としての関心があり、小山内はナナの姿勢制御機能にSHINONシステムが深く関わっていることを知っている。
 実際のところ、ナナに関するデータはまだまだ欲しいところなのだ。


 しかしながら政府にとってはリスクでしかなく、機密保持の実働部隊である鈴木の負担も増えることから、彼が難しい表情を浮かべるのはある意味当然のことであった。


「鈴木さんは、気が進まないでしょうね……。一番負担が大きいのだし」


 その徳田の発言は、鈴木を純粋に気遣ってのことのようだったが、実際的には彼の腹の底を探る機能を果たした。


「い、いえ、そのようなことは……仕事ですので」


 鈴木は慌ててメガネを直しつつ先を続ける。 


「ただ、みなさんおわかりかと思いますが、ナナさんの正体が外部に漏洩するようなことがあれば、それは本当に大変なことになるのです。やはりそのリスクを考慮した上で、今後の試験方法を検討すべきです」


 総理の代弁者たる鈴木の発言は、かなり明確にナナの凍結処分を告げていた。
 ナナが頼みの綱ともいえる諏訪に目を向けると、彼は机の上で両手を組んで何かを考えている。
 試験の継続の是非は、彼の頭脳にかかっていると言っても過言ではない。 


「諏訪さん、何か考えがおありですか?」


 しかし、そんな諏訪に対して鈴木が先手を打ってきた。
 ナナの内部で『舌打ち』という選択肢が上位に躍り出るが、あくまでもポーカーフェイスを貫く。
 この場であまり長考を続けてしまうと、何かを企んでいると思われかねない。鈴木はその可能性を利用して、意図的に諏訪の考慮時間を奪いに来たのだ。


 しかしながら諏訪は、質問に対してまったく反応を示さなかった。
 しきりにブツブツと何かを呟いて、完全に自分の世界に没入してしまっている。


「……諏訪さん?」


 鈴木がメガネを持ち上げながら覗き込むが、諏訪は一向に気にする様子がない。


「これは……」


 隣に座っていた徳田が、諏訪の目の前で手を振るが反応はない。
 諏訪は完全に別の世界に行ってしまっている。


「ああ、例のやつだ……」
「例のやつ?」


 その場にいる者の中で、鈴木だけが事態を把握していなかった。


 この時まさに、諏訪の持病が発動していた。
 彼は極度に深い思考に陥ると、その計算速度に記憶能力が追いつかず、ある種の健忘状態になるのだ。
 最終的に計算結果だけが残るのだが、その過程はあとから逆算し直さなければならない。


「……こうなるとしばらくは戻ってきませんよ?」
「続きはひとまず明日でしょうか」


 何度か実例を見たことのある徳田と小山内が、さじを投げたように言った。


 鈴木はしばらくの間、別世界に飛んでいってしまった諏訪を歯がゆそうな目で見ていたが、やがて諦めたように帰り支度を始めた。


 結局、諏訪が意識を取り戻したのは、会議が終わってから2時間ほどたった頃だった。







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