ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

先端技術の使い方 1

――APOA本部最上階、円卓の間。


「ナナさんは、どんな職業に興味がおありですか?」
『はい、私は今、学芸員の仕事に興味をもっております』
「え?」


 ナナをまじえた最初の極秘ミーティングでのことだった。
 モニター越しにそう答えたナナに対し、質問主である小山内が改めて問い直す。


「すみません、もう一度言ってもらえますでしょうか」
『はい、私は今、学芸員の仕事にとても興味をもっております』


 ナナ以外の4名が一斉に腕組みをした。
 サブマリナブルELFの最初の社会活動として学芸員という仕事は果たして妥当なのか。
 それぞれが、それぞれに考える。


「難しいな」
「いや無理でしょう」
「いいですね!」
「厳しい……」


 ナナの意見に賛同してくれたのは、諏訪だけのようだった。


「諏訪さんなぜ良いと思うのです。学芸員ですよ? AI代替が難しい職種の一つです」


 小山内が眉をしかめながら問うが。


「彼女には成長過程において多くの学術、文化の記録を読み込ませています。既に、十分に学芸員としてやっていけるだけの知識を有しています」
「いや確かに、上辺だけの説明だけなら可能かもしれませんが、突っ込んだ質問だってされるでしょう? 人間のふりをし続けながらというのはとても……」
「うーん、そうでしょうか……。ナナさんは、どんな分野の学芸員になりたいんです?」
『私には現在、大学で数理生物学を学んだ経歴が付与されています。よって、最新の生命工学の展示を行っているような科学館、または古生物を扱っている博物館などの学芸員を目指せると考えています』


 ああ――と、諏訪を除く3人がため息をもらした。
 ナナには就業先の選択肢を増やすために、彼女の能力から考えられる最大限の学歴と職歴が与えられている。
 都内の理系学部を卒業し、その後、公立の研究所で助手をしていたというのがその経歴である。
 この経歴の高さが学芸員という高望みを招いてしまったと、誰もが考えたに違いない。


「ど、どちらにしても、色々と目の肥えた人が来る場所です」


 鈴木が恐る恐る手を上げつつ言う。


「学芸員には調査研究という仕事もあります。つまり殆ど学者のようなことをやるんです。もしもの時の対応も難しいですし、私からはまったく推薦できません」


 鈴木の発言に対して、ナナは心持ちムッとした様子で答えた。


『私は、総理大臣と総理秘書官の前で、人間のふりをしたまま過ごすことに成功しています。博物館に来館される方に私の正体を見破られたとすれば、お二方の見識はそれ以下ということになってしまいます』


 思わぬ反撃に、鈴木のメガネが心持ちずれる。


「ぐ、言葉を謹んでください……。私はナナさんの能力を否定しているわけではないんです。知識人にバレそうになった時のサポートが難しいと言っているんです」
「そうですか、それは失礼いたしました」


 黒のリクルートスーツ姿のナナは、むっつりとした表情で頭を下げた。
 むしろその知識人に対して自分の実力を示せることが重要なのだが。


 どうにも形勢不利だと見た諏訪が、ナナに合いの手を入れる。


「他に興味のある仕事はないのですか?」
『はい、あります。学芸員の次になりたい職業は、イルカの調教師です』


 その返答に淀みはなかった。
 諏訪以外の3人はまたもや頭を抱えた。


 なんだってそんなAIには難しい仕事ばかりを――。


 やがて小山内が重い首を上げる。


「徳田さん、念のために聞いておきますが、彼女の防水性能はいかほどでしょう?」
「口を閉じ、呼吸を止めれば完全防水となります。水深10メートルまでは確実に耐えられますよ」
「……泳ぎは?」
「実験例はありませんが、学習させればできるようになるかと」
「学芸員にイルカ調教師ときましたか……。ナナさん、なぜこの2つに興味を?」
『私は基本的に、人に有用な知識や体験を与える仕事に関心があるのです。そして出来れば、まだAIが入っていけない領域で活動したいのです』
「もしかしてそれは、職業安定所での活動と関係があるのでしょうか」
「はい、大いに関係があります。来所された方に適切な就職先を紹介するためには、何より私自身が人について学ばなければなりません。それには人と対面した状態での情報交換が最も効果的であり、心理プロセスによっても好ましい状況と判定されています」


 ハローワーク職員としての経験を積んだELFは、イルカ調教師の夢を見るか――。


 それは諏訪を除く3人には、あまりにも想定外なことであったようだ。
 三者三様に難しい表情を浮かべ、イルカにまたがって観衆に笑顔を振りまくナナの姿を想像するが、それは一般的なELFの開発に携わってきた者達からすれば、あまりにもロマンに溢れた光景だった。


「いいじゃないですかみなさん! ナナさんがこんなにも向上心を発揮しているんです、僕はぜひとも彼女の希望を叶えてあげたいです。絶対にELFだとバレないように、全力を尽くしますよ!」


 と、諏訪は気色ばんで訴えるが。


「うーん、ですが諏訪さん、機密を守りながらでは限度があると思います」


 徳田がため息を付きながらたしなめた。


「私達がそれに直接関与できる機会は少ないですし、やはり初めは慎重を期すべきでは」
「現政権の命運がかかっていることも忘れないで頂きたいです」


 さらに鈴木が付け加える。
 諏訪が黙るのを見計らって小山内が取りまとめた。


「ナナさんの向上心は確かに素晴らしい。しかし物事には順序というものがあります。まずは喫茶店のアルバイトのような、危なくなったらいつでも出ていけるような仕事から取り組んでみてはいかがでしょう?」


 ナナはしばし小首をかしげ、小山内の言ったことに対して長考した。


『はい、理事の提案を理解いたしました。そこでですが、私にはもう1つ、理事のおっしゃった内容に合致する就業希望先があるのです』
「ほう、それは興味深い」


 4人とも身を乗り出してナナの発言を待つ。


『私は、メイド喫茶店員という仕事にも興味があります。私にはまだ理解の難しい、いわゆる『萌え』というものを、是非とも理解してみたく思います」


 それを聞いた4人は、今度こそ全員同時に崩れ落ちた。







コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品