前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪

その158 饒舌な冥王メディナ



 ――寒い。

 真っ暗な闇をたゆたう『僕』は気持ち悪いものがこみあげてくる感覚をこらえていた。手足は動かず、体温は徐々に下がっていく……
 そうだ、『僕』は死にかけていたんだっけ。エリィとアニスが回復魔法をかけていたのを、見た気がする。そして『僕』が【僕】になる感覚も。
 
 そうすると『僕』は死んだのか……? 【僕】になった後、アマルティアがどうなったのかはわからない。『僕』が死んだとしても、【僕】がアマルティアを倒してくれれば世界は平和になる。意識が違っても『僕』は【僕】だ。エリィと今度こそ幸せに……

 ん? 意識が違う……? それって――

 そう思ったその時、遠くから声が聞こえてきた。

 「――ィ……」

 この声は……

 「……ュィ……」

 テッラ?

 直後、僕の視界が光に包まれ――



 「ん……」

 「ピュイ! ピューイ♪」

 うっすら目を開けると、僕の胸のあたりでぴょこぴょこと飛び跳ねるテッラが見えた。はは、軽いなこいつ……。そんなことを考えながら目を開け、体を動かそうとしたところで、

 「う……!? か、体が……動かない……」

 「あ! 目が覚めたんですね! 良かった……ちょ、ちょっと待っててください! おかあさま! レオスさんが――」

 そう叫んだのはバス子で、チラリと頭だけ動かし見た姿は、随分とくたびれた髪に服だったような気がする……。僕は……僕達は助かったのか?

 ではアマルティアはどうなったのか? 動かない体で様々な思いを巡らせていると、テッラが僕の頬を舐めてくる。すると程なくして部屋にバス子とふたりの男女が入ってくる。

 「レ、レオス! 目が覚めたんだね! 良かった!」

 「……よく、生きていてくれた」

 それは父さんと母さんだった。母さんは僕をそっと抱きしめ、父さんは手を握ってフッと弱々しい顔でそう言ってくれる。どうしてここに……? それよりもエリィ達は?

 「た、だい、ま……どうなっているか自分じゃ分からないけど……帰ってきたよ……」

 喋るたびに激痛が走り、僕は回復魔法を小さく呟く。

 「<ダークヒール>」

 だけど、発動しなかった。あれ……どうして……

 「話はそこにいるバス子ちゃんから聞いた。顛末もね」

 そう言った父さんの話は衝撃の連続だった。

 まず、今はあの戦いからすでに一週間経過しているらしい。そして、エリィ、ベルゼラ、ルビアの三人はアマルティアへ連れ去られ、アスル公国の大魔王城へと向かったそうだ。

 ルビアがチェイシャを駆使し、エリィも瀕死の僕とメディナを助けようと戦ったけど、バス子が最後に見たのは三人が檻のようなものに入れられて引きずられていく様子だった。

 「そう、か……僕は、負けたんだね……」

 そして力を持っていかれたのだろう。なんとなく、そう思った。

 「すみません……」

 バス子は謝りながら、同族のモラクスとバルバトス。魔聖のルキルもこの場に残って戦ったということも教えてくれた。その三人は僕が倒れた後は歯牙にもかけられずあっという間にやられたのだとか。

 「僕はどうして……」

 「レオスさんとメディナさんは本当に危なかったんです。幸い、心臓が潰されなかったのでお城の回復魔法士が傷を癒してくれたんです。ただ、エリィさんほどの使い手は居ないため、何度もかけてようやくでした。失った血は戻らないので、意識不明がずっと続いていたんでしょう……」

 バス子が呟くと、今度は母さんが泣きはらした目で僕に微笑みかけてきた。

 「目が覚めて良かった……喉が渇いていないか? アタシが飲ませてやるよ」

 「ああ、うん……いつつ……」

 「ほら、僕にもたれかかっていいから」

 父さんに支えられ上半身を起こし周りを見ると、ここはどうも医療室のベッドのようだった。白い清潔感のある壁がそれを醸し出しており、隣には――

 「メディナ……」

 「メディナさんも生きてはいます。ですが、目を覚まさないんです」

 バス子は悲しそうに目を伏せ、メディナの手を取る。左手は炭のように真っ黒だった。何があったのかは想像に難くない。きっと無理をしたのだろうと思った。

 「んぐ……んぐ……ありがとう母さん」

 「おなかは空いていないかい?」

 「大丈夫。もうちょっと寝かせてもらおう、かな……何かあったらバス子づてに呼ぶよ」

 「そうかい? なら、目が覚めたことを国王様に伝えてくるよ。グロリア、休ませてあげよう?」

 「あ、ああ……レオス、もう危険なことはしないでくれよ? お前の姿を見た時、アタシは死ぬかと思ったよ……」

 「……そう、だね」

 何とか振り絞って声に出し、両親を見送る。扉が閉まった後、バス子を呼んだ。

 「肩を、貸してくれないか……メディナの様子を見たい……」

 「無理しないでくださいよ? はい……」

 「ありがとう」

 「ピュー……」

 僕は肩を借りて椅子に座りテッラを膝に乗せる。そしてメディナの真っ黒な腕を取ると、

 「……レオス、目が覚めた。良かった」

 「メディナさん!」

 なんとメディナが目を覚ました! バス子は喜んで体を抱きしめ、僕は涙があふれる。生きていてよかった。そう思ったのも束の間、メディナはぽつりぽつりと呟くように口を開く。

 「ごめん。エリィ達を助けることができなかった。この世界の者はダメージを与えられないと聞いても躊躇せず、もっと大きくなったレオスに力を貸すべきだった」

 「ううん……あいつの魔法を吸収しようとしたんだろ? この腕はそういうことなんだろ? それを言ったら僕なんて悪神だなんて言っておきながらこのザマだ。みんなに合わせる顔がないよ……」

 「レオスさん……」

 僕は調子に乗っていたんだと思う。できないことは無い、勝てない相手はいないと。過信した結果がこれだ。

 「僕はまた好きな人を失くすんだ……これも罰なのかな……」

 「大丈夫。レオスは強い。私は知っている。レオスはあの力を使うことを心の底では拒否しているのだと。使わざるを得ないから使う。そう思うことで肯定してきた」

 「メディナ……」

 「レオス、アレを受け入れる。そうすればアマルティアなんて敵じゃない……ごほ……ごほ……」

 「だ、大丈夫ですか!?」

 咳きこむメディナの背中をさするバス子に頷き、話を続ける。

 「まだこれが残っている。まだ、終わっていない」

 「あ!? み、みんな!?」

 メディナが布団を剥ぐと、そこには赤い鳥、水色の亀、黄土色の蛇、緑色の猫が横たわっていた。こいつらは僕の”四肢”だと直感で分かった。

 「はあ……はあ……。まだエリィ達は諦めていない。レオスが来るのを、待って、いる……ごほ……」

 「お、おい、喋るなよ! 傷に触るよ!」

 僕が寝かせようとするも、僕の腕を掴んでゆっくりと首を振るメディナ。

 「私はもう助からない。自分のことは一番自分がわかる。でも心配してくれてありがとう。優しいレオス」

 「助からないって……!?」

 「あいつから吸収した魔力は私を蝕んでいる。あの魔力は異世界の悪魔……の……。もうじき浸食が心臓に達……ごほ……する。だから最後に、これを」

 スッとポケットからうさぎのメモを取り出し、僕に渡す。

 「きっと役に立つ時が来る。私、は……ごほごほ……! ここまで……必ずエリィ達を助け……ごほっ! 私も……タダでは死なない……から……」

 「メディナ! 最後だなんてダメだよ、お前も一緒に行くんだ!」

 「大丈夫、私は、ずっとみんなと一……緒……。テッラ、元気で、ね……短かったけどありが、とう。好き、だったよレオ――」

 そう言って、メディナは目を閉じた。

 「う、嘘、ですよね? あなたが死ぬなんて……だって冥王なんでしょう? ど、どうせあなたのことだから『嘘』とか言って起き上がる――」

 バス子が心臓に手を当てると、その瞬間、涙があふれだした。

 「うああああん! そんな……! メディナさぁぁぁん!」

 メディナの胸で号泣するバス子を見て、僕も涙を流す。

 「ピューイ……ピュー……」

 テッラがメディナのベッドへ飛び、見送るかのように頬を舐めていた。

 そんなメディナの顔は、最後の最後に初めて笑っていたのだった――

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