前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その106 バス子は真面目な話をしても数分持たない
「まずは君達の正体からだね。僕は『悪魔』という存在を知っているけど、この世界にはいない種族じゃないかな」
「ですね。魔族とは違うんですか?」
僕とエリィの問いに正座したバス子は深呼吸をしてゆっくりと口を開く。
「……驚かれるかもしれませんが、レオスさん達の認識通り、わたし達はこの世界の住人ではありません。50年ほど前、突如わたし達悪魔はこの世界に来てしまったのです」
「え? それって別の世界から来たってこと!?」
ルビアの驚きももっともで、まさかこの世界の者ではないと言われればそうなると思う。となると次の疑問は、
「じゃあどうやってこの世界に来たの? それに『突如』ってことはこの世界に来るつもりは無かったって感じの言い方だよね」
すると大男のサブナックが肩を竦めて忌々しいと言った調子でぼやき始め、オリアス、ヴィネも渋い顔をしていた。
「それが本当に俺達にも分からねぇんだよ。気づいたら……どこだっけ?」
「アスル公国だよサブナック。まあ国もバラバラだったんだが俺達悪魔は召喚……そう、召喚されたってわけ」
「大魔王城がある私の国ね。でもあなた達は見たことないけど……かろうじてバス子だけは知ってるけどね」
「わたし達はこの世界で言うエルフと同じく歳を取るのが凄く緩やかなんです。これでもわたしは100年は生きていましてね、お嬢様が産まれる前に大魔王城へ就職しました」
大魔王城に就職……
「ということはバス子達は元の世界に戻るつもりはない?」
僕が訪ねると、バス子はバツが悪そうな顔をして頬をかきながら言う。
「いやあ、その話になるとどこから言えばいいか……」
「もしこの子に協力してもらうならアタシ達のことは言っておいた方が良くない? 手を出さなければ仕掛けては来なそうだしぃ」
<まあレオス次第じゃろうがな。この世界最強の戦力じゃし>
「驚かさないの。それじゃ話してくれるかしら?」
チェイシャを窘めてルビアがバス子とヴィネへ問う。そしてバス子の口からものすごく長い話が始まった。
「先ほどお話ししましたが悪魔は別世界の住人です。元の世界にも魔族は居まして、むしろ魔族しかいない世界なんですよ。その中で72人のみに与えられる称号と序列がありまして……例えばわたしとヴィネさんは『王』。サブナックさんとオリアスさんは『侯爵』と言った具合です。序列はそのとおり上から順番に72番目まであります」
「あんたは何番目なのよ」
「わたしは32番目ですね」
「プッ……中途半端……」
「中途半端ですね」
エリィとベルゼラが容赦ない一言を浴びせ、バス子は咳ばらいを一つして続けた。
「コホン! わたしの序列はどうでもいいんです! で、結局バラバラになったわたし達は個々の考えで行動することになりました。あちこち旅をして仲間を探している者、わたしのようにこの世界で生きようとする者……そして、元の世界へ戻ろうとする者などです」
「バス子は元の世界に戻る気はないの?」
「いい質問です。この世界へ来てから5年くらいは色々考えたんですが解決策も無く、エスカラーチの配下、お嬢様のお世話係になったんです。他には、そうですね。あの狼の兄妹がいたでしょ?」
「うん。シルバとシロップだね」
「そう。レジナさんの旦那さんでもある男性はわたし達の仲間のマルコシアスさんです」
「マジで!?」
「はい。わたしが居るので恐らく表立って出てこなかったのだと思います。オークション会場のセーレとはすぐにお互いわかりましたが、小声でお互い知らないふりをして戦いました」
そこでルビアが何かに気付きポンと手を打つ。
「あ! だからあいつあんなに簡単に逃げたのね」
バス子はこくりと頷く。
「わたしはことを荒立てなくなかったんですけど、その後すぐにシロップちゃんを攫い、さらに公王を操っているということに疑念を持ちましてね。幸いレオスさん達がスヴェン公国へ向かうという動きを見せてくれたので、セーレの狙いを調べるのが目的でした」
「んなことしてたのかよ……」
「あなた達は元の世界に戻りたい派ですからアガレスさんやセーレさんとかと一緒ですよね? まあちょっと前までわたしもそうだったんですが――」
「心変わりがあったんですね。それがレオス君」
エリィが真面目な顔で言うとバス子は、
「その通りです。そもそもわたしが元の世界へ戻ることを諦めた理由は序列一位の方が死んでしまったからなんです。彼は知恵や力がかなり高く、それこそ神と言っても差し支えないレベルの人でした。それをアガレスさんが復活させようとしているのですが、方法は魔力を絞り出してそれを捧げるというものなのです」
「セーレが生贄と言っていたのはそういう……」
「そうです。現地人を殺さないよう魔力を絞り出していたんですが、やはり強硬派と穏健派というのはどこにでもいましてねえ……セーレは強硬派だったようです」
そこでふと僕は領主様のところで戦った悪魔を思い出す。
「そういえば前に町の領主に成り代わろうとしていた男がいたけど、あいつもそうだったのかな?」
「ああ、ダンタリオンですかね? あいつも強硬派で、恐らく町を一つ占拠して町の人を生贄にするつもりだったのではないかと思います。姿を変えるのが得意ですから、もしかするとうまくいけば国王に成り代わるくらいはしていたかもしれません」
なるほど……結構ギリギリなところだったって訳か。もし僕が立ち寄ってなければノワール城も危なかったかも。
「お父様はこのことを知っていたのかしら……」
「それは正直分からないんですよねえ。実を言うと大魔王様復活はそのあたりが聞けないかとも思ってました。その前に冥王やサブナックさん達が集まっていたのでレオスさんを試すのに絶好の機会だと思い……」
「やらかしたってわけね」
「うう……」
ルビアに言われて呻くバス子。だいたいの話は聞けた。そうなると今後の話に切り替える必要がありそうだ。
「バス子の話は分かったよ。それで、冥王とサブナックさん達はどうするの? それとアガレスって人は穏健派と過激派どっちなのかな?」
「えっと、アガレスさんは強硬派ですね。冥王、あなたがセーレをアジトへ担ぎ込んだからこうなっているのでしょう?」
半分寝ている感じ冥王が急に呼ばれてビクッとなり、すぐに目を開いて返す。
「そうだ」
「その時レオスさんの話は?」
「していない。私が女レオスを倒すために駒を貸せと言っただけ」
「ですよね。さて、こうなったからには考える要素が増えてしまいました……ヴィネさん達、もう少しわたし達に付き合ってください。レオスさん、大魔王復活までわたしが同行することをお願いしていいですかね?」
「……誰にも危害を加えないということであれば構わないよ」
「ええ、ええ、もちろんですとも! それじゃわたしと契約しますか? なあに簡単です。わたしとえっちなことをするだけです! わたしは旅の安全……レオスさんは童〇を捨てられる……いい案だと……思い、ませ、ん?」
「やっぱりもうちょっとおしおきが必要なようですね、ベル」
「ええ。ちょっとこっちに来なさい」
「あ、え? ちょ、引きずられると背中が痛いなーって……ぎゃあああああああ!」
エリィとベルゼラに粛清を受けたバス子はさておき、話を聞く限り、僕がいればバス子は元の世界に戻れる算段があるということ。だけど、疑問が残るのは大魔王がこのことを知らなかった訳ではないはずなんだよね。
でも災厄に対して光の剣を振るう勇者が出るってことは大魔王がその対象――
……あ、もしかして……
僕は一つ、とある考えに行きついた。これが正しいとは思えないけど、やっぱり鍵は大魔王エスカラーチにある。アレンやエリィ、ルビアにあとレオなんちゃらが大魔王に勝てなかったのは仕方がないのかもしれない。
なら災厄というのは――
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