前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その102 煽る
「お前は……バス子……!?」
フードがズタズタになり、その下から出てきた顔は紛れもなくバス子だった。槍を取り出して飛んでいるベルゼラを柄の部分で牽制する。
「きゃ!?」
「おっと!」
「ナイスキャッチですレオス君! バス子ちゃん、どういうつもりですか!」
すると、地上にいた空気……もとい、ヴィネがクククと笑いながら口を開く。
「バス子ってアスモデウスさんのことですぅ?」
「ええ、そうです。ですが正体を見られた以上、その名に意味はありませんがね」
得意気に鼻を鳴らすバス子に、ベルゼラを地面に立たせた僕は質問を投げかける。
「どういうことなんだいバス子。お前はベルゼラの付き人じゃなかったのかい?」
「そうよバス子。あなた私が産まれてからずっと一緒だったじゃない!」
「いや、だからバス子という名に意味は……」
「バス子ちゃん、嘘ですよね? セーレ達の仲間だなんて」
「バス子じゃないって言ってるのに……」
がっくりと肩を落とすバス子はしばらく俯き、気を取り直したのか笑顔で僕達へ言う。
「えっへっへ! そう、わたしはセーレ達の仲間、アスモデウスです。『魔族』ではなく正確には『悪魔』と呼ばれる種族でして、そこにいるヴィネさんと向こうでゲロっているサブナックとオリアスも仲間ですね」
「冥王は……?」
「冥王は駒、というやつですね。冥王には冥王の。そこにいるお嬢さんは計画の邪魔にならないよう監視するのがわたしの目的でした」
槍で肩をトントンしながら、バス子はウッドゴーレムの肩で色々と話してくれる。だけど、
「ちょっとアスモデウスさん? おしゃべりが過ぎるんじゃなぁい?」
ヴィネが不服そうに話を遮った。
「えっへっへ。まあ、待ってくださいヴィネさん。わたしはレオスさん達と旅をしていて、いいことを思いついたんですよ」
「いいこと?」
「はい。彼等にも計画に参加してもらいましょう」
「はあ!? いくらなんでもそれは――」
「アガレス様がお怒りになる、と言いたいのでしょうが、人間の国を掌握して魔力を抜く生贄を手に入れるよりはるかに楽だと思いますよ。そこにいるレオスさんはその昔『神』だったらしいですし」
「……!?」
ヴィネが僕を見て目を見開く。
「いやいや、バス子。あれはレオバールを脅す方便だって」
「さすがにわたしも馬鹿じゃありませんよ? そもそも勇者ですら敵わなかった大魔王を倒し、他に使えない魔法を使うなんて、少なくともこの世の存在じゃありませんよ。そこでわたしが目を付けたのがレオスさんの魔力です」
「魔力がどうかしたんですかバス子ちゃん。確かにレオス君の魔力はすごいですけど」
僕とエリィにバス子バス子と言われ、少しぴくぴくしているバス子はそれでも丁寧に教えてくれる。
「さっき言いましたよね? 生贄から魔力を抜く、と。それをレオスさん一人で賄えば万事解決ってわけです」
「魔力を抜いてどうするつもりなのバス子?」
僕も疑問に思っていたことをベルゼラが聞いてくれる。
それにセーレがティリアさんとシロップを使って何かを復活させようとしていたのであれば邪魔されないよう僕達を止めておくべきだったはずだ。
「それは――」
「それは……?」
「レオスさんが本気になってからにしましょうか!」
「フフフ、ようやく再開ってわけぇ?」
ガクっとなる僕達。バス子たちには自信があるようだけど、正直この二人から脅威は感じられないので僕一人でも何とかなりそうである。
「それじゃ、続きは拘束してから話してもらうよ<インフェルノブラスト>」
ボッ! ドゴン!
景気のいい音と共にウッドゴーレムが一瞬で灰と化し、バス子は宙へと舞い、ヴィネが姿勢を低くして襲い掛かってきた。
「『神』の力、見せてねぇ!」
「負けてから後悔しないでよ」
「レオス君、ショートソードと小手の動きに気を付けてください!」
さっき少し見た近接の動きだと思い、一撃目をショートソードでガードさせた後顔が近づくくらいまで前進する。こうすれば拳も簡単には繰り出せないだろう。
「この戦闘スタイルの弱点をあっさりとまあぁ。わかっていても怖くてできない奴の方が多いんだけどねぇ!」
ショートソードの柄で僕の頭を叩こうとしてきたので蹴りを入れて間合いを離す。直後、目の前をショートソードが掠めていき、吹き飛んでいるヴィネに、
「<ファイアーボール>」
「うえぇ!?」
ボカン!
ガードさせる間もなくファイアーボールを叩きこみごろごろと転がり、よろよろと立ち上がる。結構タフだな、と思いながらバス子へ目をやると、僕に槍で突きかかろうと急降下してくる最中だった。
「えっへっへ! レオスさん、覚悟! わたしがお相手しますよ!」
「バス子ちゃん! 《エクスプロージョン》」
「いきなり上級魔法!? ハッ!?」
「少しおしおきが必要みたいね? えい!」
「いたっ!? 調子にのらないでもらいたいですね!」
エリィのエクスプロージョンを回避した後、回り込んでいたベルゼラに杖で殴られるバス子。癇に障ったのか、槍でベルゼラを叩き落す。
「ベル!」
「いったぁ……やってくれたわね……!」
「えっへっへ。へっぽこ魔法しか使えないお嬢様には言われたくありませんねえ」
「友達だと思っていたのに……!」
「へえ?」
「子供のころからずっと一緒で、一番の友達だと思っていたのに……!」
「……」
「ベル……」
ベルゼラが叫ぶと、バス子は顔から笑みを消し、ポケットからスッと何か紙切れを取り出す。
「お友達ごっこなんてご免ですよ? わたしはお嬢様を利用していただけです。さて、確かにレオスさんは強いです。恐らくヴィネと二人がかりでも勝てないでしょうね」
「なら早く降参してくれるとありがたいんだけど?」
「まあまあ、慌てないでください。わたしの目的はあくまでも『レオスさんの本気』を見たいんですよ」
「でも本気にならなくても負けないよ、この程度じゃ」
「おっしゃるとおり……でも、これならどうですか?」
シュっと紙切れをめくった瞬間――
「え?」
エリィがバス子の場所へ転移していた。なんだ、嫌な予感がする。
「――」
「そんな、バス子――」
ドシュ!
「ああ!?」
バス子がエリィの耳元で何かを囁いた後、手にしていた槍を、エリィの腹部へと刺した。吐血するエリィに悲鳴を上げるベルゼラ。
僕はその時、何かが切れた。
「げひゃひゃひゃひゃ! どうですレオスさん、これでわたしが……う!?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「な、なに、この振動はぁ!? く、苦し、息が……」
バサバサバサ……!
ギャアギャア!
「動物たちが逃げていく……う、くふ……苦し……レオスさん……エリィ……」
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