喜怒哀楽の学び方

七瀬はやと

ユキフユ




5/10日(土曜)─────俺は約束の時間までまだ時間があることから、家でゆっくりしていた。

自分の部屋で青色のジーンズを履き、黒いポロシャツを着て、その上から灰色のジャケットを羽織り、紺色のショルダーバッグの中にスマホや財布などの必要そうな物を入れて階段を降りた。


そのままリビングに向かい、今が何時か壁に付いてる時計を見ると、現在の時刻は12:00だった。


後、二時間も暇がある。けど、10分前にはあっちに着いていたいので、ゆっくりし過ぎるのは良くない。

二階の時点で薄々分かるとは思うが、俺の家は一軒家だ。


隣には妃奈の家があり、良くお互いの家に泊まったりしている。

桜月家は現在、三人で暮らしている。

母親の桜月鈴葉(おうつきすずは)と、妹の桜月凛花(おうつきりんか)と一緒に暮らしいているが、実質妹と二人で暮らしいるようなものだ。





母は海外出張もしている有名な医師で、「ロストエモーション」ことLEを発見したのも彼女だ。

だから帰ってくる事がそんなに無い。親が居ない訳からか、家事全般が得意になってしまった。

特に料理や洗濯はほぼ毎日やっているので、やっている内に体が覚えてしまったのだ。


そして凛花は俺の1個年下の妹だ。真っ黒な長い髪に、目はつり目の切れ長。顔のラインが綺麗で穏やかな顔立ちをしているのが特徴だ。


俺の身長が175㎝なので、凛花の身長はきっと155㎝位だろう。妃奈の身長が160㎝らしいので抜かしてくれることを期待している。



そんな事を思っていると、ぐぅぅと腹の虫が鳴いた。



とりあえずお腹が空いたので何かを探すかのように冷蔵庫を開けると食材がパンパンに詰まっていた。


「凛花ー、冷蔵庫パンパンだけど、買い出ししてくれたのか?」


リビングのソファでテレビを見ながらゴロゴロする凛花に声を掛ける。、



「そうだよー」

凛花はこちらを見て適当に返事した。

「そっか、ありがとな!助かったよ」


「別に、兄さんのために買った訳じゃ無いから!その……私の食べたいやつがあったから買っただけ。勘違いしないで」


凛花は俺から目線を逸らしながら、ツンツン怒り始める。

凛花自身のための割には野菜や肉類などがたくさん入っている。もし自分のを優先して買うなら、デザートを絶対に買うのが凛花だ。しかし、デザートは入って無かった。


結論。俺の妹はツンデレである。素直じゃないところは可愛いとは思うが、ツンツンされすぎると結構大変なんだよな。




「野菜がいっぱい入ってたけど?それも食べたかったやつなんだぁ、へぇー」






「兄さんの意地悪!私は兄さんが喜んでくれると思って買ったの!これで良いんでしょ!?」


凛花は眉間にしわを寄せながら、ぷんすか怒ってくる。


「凛花、本当にありがとう」

笑顔でそう言うと、感謝されて嬉しかったのか足をパタパタさせてソファに顔を沈める。


「……うん、どう致しまして…」


そうボソッと言った。
さっきまでぷんすかしてたのに、もういつも通りになっていて驚く。





「そういえば昼ご飯は食べたのか?まだなら作るけど…」




「まだ食べて…ない。…あのね!兄さんのオムライスが食べたい…とか思って無くも無いんだけど…」



「どっち?はい、素直に言ってみよう!せーの」


「兄さんのオムライスが食べたい!!」

大声で素直に食べたいと言ってくれる。というか言わせたって言った方が正しいか。

大声を出したからか、凛花が俺を睨みながら荒い呼吸をする。



凛花が素直じゃ無いときは、よくカウントダウンをして急かすのがツンデレキラーである俺の対処方法だ。







「分かった。美味しいの作るから待っとけよ!」



「大声出させないでよ……。バカ兄さん」


そう言ったのが聞こえて、怒っているのかと思い凛花を見るとムッとしていた。



けど、何処かその表情が嬉しいそうに見えた。


そんな凛花を横目に、俺はオムライスを作り始めた。
















「いただきます!」

凛花は目を輝かせながら手のひらを合わせ、スプーンでフワッフワッのオムライスを口に入れる。



「んー、おいひー!」


笑顔で咀嚼しながら、幸せそうに食べる凛花の表情にホッコリとする。


そんな凛花を見ていると恥ずかしげに睨まれた。


「……そんなに見ないでよ…」 



「ごめんって、自分の作った料理を幸せそうに食べてくれるから嬉しくてつい」


「………美味しいよ」





「え?」



「兄さんのオムライス…やっぱり美味しい!」

ニコッと笑い、微笑んだ。

やはり誰かに美味しいと言われると作って良かったとそんな事を思ってしまう。


「おう…ありがと!じゃあ俺も食べるかな」




手を合わせた後、スプーンを使いオムライスを口に運ぶ。



「うん、美味しいな」


料理が作り慣れているだけ味はそこそこ美味しかった。






「そういえば次、妃奈ちゃんはいつ来るの?」


自己満足に浸っていると凛花が口を開く。


「あーごめん、ちょっと分からないかな」


 
「誘っとこうか?」



「うん!妃奈ちゃんとまたお喋りしたい!」


桜が満開するかのように、優しい笑顔で凛花は微笑んだ。



ニコッとする凛花の笑顔が一番似合うと思う。そこまで頻繁には笑わないため尚、そう思ってしまう。


そんな笑顔を横目に、オムライスをスプーンでどんどん口に運んだ。

それを飲み込んで、俺は口を開いた。




「まぁ、妃奈が忙しく無かったならな」


妃奈には迷惑かけれないしなと心の中で独り言を言いながら、コップに入ったお茶を口に運んだ。




「ありがとう!春兄ぃ!」






「ぼほぅ!?」


唐突の凛花の発言が予想外過ぎて、お茶が変な気管に入ってしまった。


「ゴッホッ!ゴホッ!ゴホッ!」


「に、兄さん!?だ、大丈夫!?」


聞き間違いだろうか?今凛花が春兄と呼んでくれた。あ、難聴か。もし…そう言ったなら小学生の時に言われた以来だぞ。




「……俺は今幸せ者だな」



「……え?」


「ううん、何でも無い」


嬉しさは時に活力になる。今日は良い日だ。でも良い日という断定は出来ない。それでも今日一日分の活力を妹から貰ったのだ。


残りのオムライスを一気に口に入れ込み、飲み込んだ。

「ご馳走様でした」


手を合わせ、食器を片づけると時間が丁度良い時間になっていた。



「そう言えば兄さん、お出掛けでもするの?」




「まぁ、出掛けるっちゃ…出掛ける……?」




「……ふーん、気を付けてね!」


「はいよ」

色々な準備をした後、玄関で靴を履いていると凛花が手を振って見送ってくれた。





「よし…、行ってくるか!」



凛花に手を振り返し、喫茶店へ向かった。















「よし、着いた」



歩いて数分が経つと目的の場所に到着した。


「今何時だろ?」

現時刻が気になり、ジーンズのポケットからスマホを取り出し、電源を入れた。


スマホに表示された時刻は13:49分─────予定通りに十分前に行動をする事が出来、軽く胸を撫で下ろした。


約束場所の喫茶店の中を軽く覗くが、ユキフユの姿は見つからなかった。



早く来すぎたかな?そう思いながら待って居ると、正面の奥から銀髪の少女がこちらに向かって来ていることが分かった。


その銀髪の少女は、俺を見つけた途端駆け足でこちらに向かってくる。



「待たせて……しまいましたか?」




「ううん、今来た所だよ」


勿論嘘だ。彼女に待たせたと思わせてしまっては、きっとユキフユは自分を責めるに違いない。彼女の優しさは十分知っているつもりだ。



そんなユキフユの姿を見ると、改めて美人だなと思う。


水色のフレアスカートに白のニットを着て、清楚かつ、ふわふわな印象を与えてくれる。

そして氷の結晶の髪飾りが彼女を更に可愛くする。付けて貰うだけでも嬉しいのに、付けて似合うとなると喜びが隠しきれない。




「ユキフユの服装似合ってるよ!やっぱり美人だよなー」



「…………ありがとうございます。…そういって頂けて良かったです…!」



ニコリと笑みを浮かべるユキフユに少し違和感を覚えた。


ユキフユは心の底から笑えてない笑顔。そう、そんなぎこちない笑顔だった。


その笑顔は知っている。なんたって良く作り笑いをしていた張本人が俺だからだ。




それは怒が無くなり、怒れない事も知らずに嫌がらせ…いや、イジメてくるクラスメイトに対して作り笑いをして逃げるしか無かった。



そんな事もあったため、作り笑いは大体分かるようになってしまった。




「ユキフユは……さ。喜べないんじゃないかな?」



そう聞くと同時に、俺は小学生の頃を思い出した。あの頃の彼女は笑顔が絶えない…そんな女の子だった。



出来れば彼女には笑っていて欲しい。彼女の笑顔は見た者の心のケアを出来ると言っても良いくらい、笑顔は彼女にとっての魅力でもある。



それが全く見れなくなったのは恐らく────





「………はい。私は何故か喜べなくなってしまったんです…。そもそも喜びというのがどういうものか分からないんです……。」


これもLEの症状だと何となく踏んでいたが、やはりそうらしい。


「喜べない……か」


「…はい」


「……うーん」



あんまり考え込むとユキフユに誤解を与えるから、とりあえず喜べない成り行きをカフェの中でユキフユに聞いてみるか。




「とりあえず。折角カフェに来たからさ、中で話を聞かせて貰っても良い?」



「…はい。分かりました…」




ユキフユが頷くのを確認して、俺達は店に入っていった。


空いている席に座り、お互い飲み物を一品頼んだ。


「じゃあ、何で喜べ無くなったか教えて貰っても良い?」



「……分かりました」

下を向きながらぼそっと言うユキフユの口は少し震えていた。








「私が小学生の頃に急に居なくなったことは覚えていますか?」



「それは……勿論。急に居なくなったからびっくりしたけど……。それと何か関係してるの?」



「当たりです」


ユキフユはこくっと頷き、答える。


けれど、頷いた後に何処か悲しげな表情を浮かべて話を続けた。



「あの時私は、みーくんが居なかったら本当に孤独な生活をしていたんだと思います」


「……孤独?」


「……はい。あの時みーくんが話しかけてくれなかったら、私は人に対して心を閉ざしていたと思います」


正直、大袈裟な気もするけど、彼女から伝わってくる気持ちが本物な事だと主張してくる。


「だからまず、ありがとうです」

そう言ってニコッと笑う。そんなユキフユはやっぱり無理して笑っていた。



「……もう、いいよ」


「え?」



「無理して笑わないで。そんなユキフユは見たくないからさ、俺の前の時で良いから作り笑いしなくて良いよ」



「そうですね……。みーくんが言うならそうします」

そう言った途端に笑顔が急に無くなった。


えぇー!?そんな作って笑ってたのかよ………。そりゃ苦労するよな。


「えーと、これが作り笑い抜いたとき?」


「……はい。そうですよ」



「……そかそか。うーん、可愛いな」


笑ってない氷の女王見たいな雰囲気のユキフユも可愛いな。まぁ、普段の笑顔のユキフユが一番彼女らしくて好きだけど。



「え!?私がですか?」


ユキフユがびくっと驚きながらそう聞いてくる。


「他に誰が居るんだよ……」


「…それは喜べるときに聞きたかったです」

悲しそうにユキフユが呟く。


はい。すみませんでした。



申し訳なさそうにユキフユを見ていると、ユキフユは『話戻しますからね』と言って、俺はそれに頷いた。



「えーとですね、実は小学生のあの時、私は虐めを受けていたんです」



「………え?虐め?」


全く知らなかった。あんなに楽しそうに笑っていた彼女が虐めを受けていたなんて。


「知らなくても当然です。この件はみーくんには関わって欲しく無かったんです」


「………」


あの時のユキフユは普段通りそのものだった。ユキフユが苦しんでるのを分かる事が出来ていれば助けれただろうか?



「そんな顔をしないで下さい」


自分に出来る事があったんじゃないか、と考えているとそうユキフユは言った。


「ほら、みーくんの癖が出てますよ」



「…癖?」


「そうです。癖です。みーくんはすぐ自分のせいにしてしまいます。私のことを思ってくれる事は確かに嬉しいことです。ですが、みーくんは自分をもっと大切にしてあげて下さい」


それは自分に凄く当てはまるものだった。どうしても俺は、イフの仮定を想像してしまう。



もしかしたら、俺がこうしてたら、そんな事を思ってしまうことは確かにある。自分の行動に対して、後で後悔する事なんて今までたくさんあった。





「……大切…か」



「でも、それがみーくんの魅力でもあるんですよ?」


ユキフユは俺の目を見つめながらそう言う。



「あり…がと?」



「何で疑問系なんですか?」



「え、あ、いや、本当に無意識に出ただけだよ。ありがとね」




ユキフユは『そうですか…どう致しまして』と言って、頭を少しぺこっと下げた。





「すみません、また話がズレてしまいましたね。それじゃあ話を戻しますね」


ユキフユの発言に、軽く頭を縦に振った。


「私はあの時、普通に過ごしていたんです。けれど、そんな日が続く事はありませんでした。ある日、同級生のクラスメイトから好意を抱かれるようになってから私の生活は急変してしまいました」




『急変』その言葉に嫌な事を連想すると身も凍えるような寒気が全身を襲った。







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