喜怒哀楽の学び方

七瀬はやと

白銀の天使②




あの時に俺が思った事、それは。
白銀の天使───雪原冬音は、LEの症状になっているかも知れない事。



それが俺の予想だ。彼女は小学校の時とは、かなり別人になっている。


良く微笑ましい笑顔で笑っていたのに、その笑顔が彼女からは無くなっていた。





正直に言うとLEが何なのか、具体的な詳細は知らない。





そう言った詳細は、母親の窓口へ!



俺の母親は医師でもあり、LEを教えてくれた張本人でもある。


母からは、過度なストレスが悲鳴を上げて、一部の感情が無くなると教わった。それは主感情である喜怒哀楽が主に関係しているらしい。



母曰く、「無くした感情を元に戻すためにはどうすれば良い……か、そうねぇ、簡単に言えば前の感覚を心が思い出せば元に戻る筈だけど……、それが簡単に出来たら苦労しないのよね」





という事だった。心が感覚を思い出す───いや、無理ゲーだ!心にそもそも感覚とかそういう概念ってあったの?

という感じで俺は母親の話を聞いて、頭が混乱した。


俺は自分で望んだんだ。誰かを傷付けてしまう感情なんて要らない、そんな風に思ったからこそ無くなったんだ。


でも、今の俺は俺では無い。怒という感情が消え、人間性が少し欠けてしまった。

亡き父は言っていた。「人間は笑って、喜んで、怒って、泣けるから人間なんだ。これは人間が持つ特徴でもあり、人間らしさって感じがするだろ?」



今だからその意味が分かる。主感情が揃って、ようやく人間らしさが生まれるということが。
















授業を受けながら、今に至るまでの事を頭の中で考えていたら、時計の針は12:00を指していた。



「ん?もうそんな時間か」


「授業面倒くさーい!帰りたーい!」

机の下で足をバタバタしながら、妃奈は帰宅を希望した。


「ガキか!」



「ガキだよー!」

こちらを振り向いて、堂々とガキ宣言してくれる。


「賑やかだねー」

俺達の会話を面白そうに見ながら、ニコニコ笑って空がやって来る。



「妃奈が一方的に騒いでるだけだけどな」




「むぅぅ!言い方!」

妃奈は口をムッとさせ、不機嫌になった。相変わらず怒り方が可愛くて癒やされる。

「ごめんごめん、悪かったって」



「まぁ、良いしー。未春が神弁作ってくれたからご機嫌だしー!別にいいもんっ!」

妃奈がドンッと弁当を出しながら、フンッと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「くそっ!日の丸弁当にすれば良かった!」


「日の丸は………ぷふっ」
 
梅干ししか入っていない弁当を想像したのか、空がクスクスと肩を揺らす。



「あーッ!!今、日の丸弁当にすれば良かったとか言ったでしょ!?」






「えーと、難聴?」




「誰が難聴だ!!」


「そんなにカリカリすんなって!俺が作ったやつ食べちゃうぞ?」



「それは駄目!!」


妃奈は自分の弁当を抱くかのように、手で覆い隠す。


「未春が作ってくれたんだもん!普通に嬉し……かったし…」



「妃奈…」




お互いに見つめ合っていると、それを手で遮られる。



「はい、イチャイチャしなーい」



「「してない!!」」




「もういっその事、付き合っちゃえば?」



「いや、ないない!こんな美人と俺じゃ釣り合わないって!」


そう言うと、妃奈の顔がカーッと真っ赤になった。それとは別に、この話を聞いたクラスの男子がうんうんと頷いている。


こいつら………。ちゃっかりしてやがる。頷く深さの度合いが面白く、笑いそうになった。



「美人……えへへ、そっかぁ。未春は私の事そんな風に思ってくれてたんだね。」






実は俺は勉強と料理位しか取り柄が無い。顔立ちも空ほどはイケメンでは無いけど、だからといってモテないって訳でも無い。




歩いていれば、結構寄ってくるんだ。ニャーニャーと可愛い泣き声を出しながら……。


そう、俺がモテるのは猫だ。……はぁぁ。


畜生!俺はどうせ猫の嫁でも出来ますよ!人生負けゲーで彼女なんて出来ない!万年童貞か………。



「なぁ妃奈、俺の顔立ちって妃奈的にどう思う?」



そういえば、この質問はしていなかった。猫にモテる俺は、女子にモテる顔立ちなのか気になった。



「普通にイケメンでしょ」

「未春はモテても良いんじゃないかな?頭が良いからね~」


二人に絶賛の声が上がり、嬉しさの余り妃奈の手を両手で優しく握った。



「え?何?」



「妃奈が長馴染みで良かった!」



「未春……」



またお互いに見つめ合っていると、空が俺達の頭にチョップをしてきた。



「「痛ぁぁぁぁ」」



「無限ループしないでよー、すっごいデジャブ感じたんだけど」


「後、二人のせいで視線が凄いんだけど……」



クラスメイトの視線がやけにこっちに向いている。どれどれ、話を聞いてみるか。

俺は視線の方へ耳を傾けた。


すると、5人の男子グループが俺達の話をしていることが分かった。


「未春には青春の春も来ねぇよ。まぁ、春だけに?俺達の妃奈ちゃんは共有財産だよな!」


「そうだ!そうだ!」




アホかー。俺が馬鹿にされる分にはまだ良いけど、妃奈が共有財産って何?俺と妃奈とで天と地も差があるんだけど……。



「聞かなければ良かった……」

しょうもない話を聞いて、肩の力が自然に抜けていった。




「未春達ー、時間もう無いから早く食べなよ?」


そう言われ、後5分しか無いことに気が付く。




「本当だ!妃奈、久しぶりの早食い対決する?」


「どっちが早く食べれるか競争だよ!勿論私の勝ちの未来しか見えないけ────」


油断している妃奈を無視して、フライングをして食べ始める。

「はむっ、ゆはんはいへひ(油断大敵)」

「ちょっとぉぉ!フライングはズルいよー」


妃奈はフライングした俺に続いて、口の中に弁当の中身を入れ込む。



「へっはふのひはふのおへんほうなほにー!!(せっかくの未春のお弁当なのにー)



「「はむっ、はむっ、はむっ」」


「これで最後!」

よし!もう俺の勝ちだ!さーて最後は何かな─────。



「おぅぅぅ、トメイとぉぉ」

何でこれが入ってんだ!??

正直、窓を開けてグラウンドにぶん投げたいが、そんな事をしたら人としてアウトだ。




お弁当の最後に残っていたのは、赤色の悪魔だった。

実はトマトだけは苦手で、他の野菜はほとんど食べれる。


そう俺は地雷を踏んだ。
嫌いな物を無意識に弁当に入れてしまった。


「………」



俺は打開策を頭で考えた。



あまりにも良い考えが浮かび上がり、ニターッと笑ってしまう。


「確か……あいつらにとって妃奈は共有財産だよな……」



だったらやることは簡単だ。そのやることとは。


俺は五人組の男子が居るところに弁当を持って行き、ニコニコしながら話し掛けた。




「やぁやぁ皆さん、今お時間大丈夫かな?」

お調子者の口調で喋ったせいか、鋭い眼光で睨まれた。



「何の用だよ」



「そうだ!そうだ!」


「ンッッ」

リーダー格の一人が喋るとすぐ便乗する。この光景が面白くって舌を噛んで、笑うのをこらえた。




「その用何だけど。その前に妃奈の事をどう思っているか聞いて良い?」



念には念を。これでもしさっきの会話が空耳なら、早とちりもいいとこだ。

「愛しております」

「尊敬しております」

「胸を見ています」

「美しいと思います」


「いつも祈りを捧げております」


堂々たる真顔でこちらを見て言ってくる。



うわー。妃奈の事になったら口調変わったよ。しかも祈り捧げちゃってるし、妃奈は女神像じゃ無いんだけどなぁ。


というか、一人胸見てるよ。誰も何処が見たいの?なんて聞いていないんだが。



「そっかぁ、そんな君達に何だけどぉ。妃奈が一から栽培したトマトがここにあるんだよねぇー」




お弁当の中にあるトマトに片手で指を指す。


「何!?是非とも食べさせてくれ!」



リーダーは手のひらを擦り合わせて、お願いしてくる。



それもその筈、妃奈が好きであれば妃奈が自分で作った物を食べたいと思うのは当然だ。


「でもさぁ、1個しか無いよぉ?どうしよっか」



弁当の中身を見て現実を知ったのか、悲しそうな顔をして仲間達と話し合いをし始めた。



「リーダー、あんたにあの赤宝を託すぜ」


「そうだ!あんたがあれを食うべき逸材何だ!」



「……お前ら、うぅくそっ!お前らの想いは絶対に忘れないからなぁ!」



「はい!リーダー!


5人とも泣きながら抱き合って素晴らしい友情を見せてくれた。

いや、泣くなよ。トマトで泣く奴初めて見たんだけど………。ここまでされると罪悪感が凄い生まれてくる。


「それじゃあ桜月、それを渡してくれ」


「はいはい」


お弁当からトマトを取り出し、リーダーの手の上に置いた。



「おぉ、これこそが妃奈ちゃんの愛の宝玉!どれどれ」




リーダーはその宝玉を口に運んだ。


念のために言っておきます。ただのトマトです。



「おぉぉぉ!おぉぉ!何だこの味は!今までのトマトがゴミに見えてくるぞ!奥深くて、程良い酸味に、酸味を味わった後にくるこの甘さ!」


追記………彼が食べているのは普通の農家で栽培されたトマトです。

想像力とは時には恐ろしいものだ。普通のトマトが高級トマトに変える事が出来る。今までこんな事をした者がいるであろうか?


俺は初めてそんな人を見た。


「生きてて良かった。ありがとう!妃奈様!」


泣きながらトマトを食べ、5人組は妃奈に向かって深い礼をした。



「喜んでくれて何より。それではじゃあね」


「ありがとぉ!桜月ぃぃい!」



去り際でリーダー達に右手を挙げて、妃奈達の所へ戻った。





席へ戻るとお弁当を片付けている二人の姿があった。



「え?マジか!?」



「やっと帰ってきたぁー!何しに行ってたの?」


「あはは、……ちょっとね」

「それよりっ!勝負は私の勝ちで良いよね!未春が居なくなった時にはもう食べ終わってたんだよ?凄くない!」





「はいはい、分かったよ。それで何が良いの?」

妃奈の弁当を回収して、二つの弁当をバッグに入れながら質問する。

俺達が何かの勝負事をしたときに勝った方が何かを奢るというのが俺らの鉄則だ。





「今度で良いから、抹茶アイスクリーム食べたい!」

「あー、近くで出来た新しい店の?」


「うん!それで良い?」


「そういう決まりだろ?丁度気になってたし行くか」

「うん!!」

妃奈は無邪気に笑って微笑んだ。


「それはまた俺の方で連絡するから」


「了解!楽しみに待ってるね!」



「そうだな」




「空はどうする?」


そう聞くとにやにや笑いながら首を横に振った。



「二人で楽しんで来なよ!邪魔しちゃ悪いからね」


「「何が邪魔なの?」」


思った事を言ったら妃奈とハモってしまい、お互い目を逸らした。    


「どのみち、甘いの苦手だからなぁ」

空は「辛党なんだよね」と言って半笑いした。


「神崎君って甘いの苦手だったんだ!全然知らなかった」


「言われてみればそうだったな」



「てことなんで!二人で楽しんでおいでよ」


「分かった」


「うん!」



新しく出来た店に行くのは案外ワクワクが抑えられないものだ。

心の中で高揚する自分に不思議と懐かしい気持ちが芽生えた。











放課後。



午後の授業が終わり、ポツポツと帰る人が出始めた頃、俺はノートを書いていた。
 


シンプルに眠かったから寝たのだ。寝不足が仇となったが、教科書を見ながらノートを書けばそれなりに頭に内容が入ってくる。


今日やった場所の指定は、もう妃奈に聞いていたので後はノートにまとめるだけだ。


「未春ぅ、まだー?」




「悪い、もう少しかかりそうだから先外に行っててくれ」



「だってさ、外で待ってよ妃奈ちゃん」


「うん、そうだね」

「頑張ってね未春!外で待ってるからー」


「へーい」



妃奈達を目で送ってから、ノートを書くスピードを上げた。



「ふぅぅ、取りあえずこんなもんか」
 

 

今日は狭い内容だったので、二分位でノートにまとめる事が出来た。





机に出した物をバッグに入れ、帰ろうとしたときだった。


「みー君、ちょっと良いですか?」


話し掛けてきたのはユキフユだった。でも、その表情は何処かうかない感じがした。



「どうしたの?ユキフユ」


「えーと、それはですね……」

モジモジしながら綺麗で半透明な白い前髪を手で靡かせ、恥ずかしそうにする。


そんなユキフユを裏手に、彼女の言いたいことを予想した。

「俺に話したい事がある……とか?」

「え?」


まるで心が見えてるのと言わんばかりの表情で驚く。



「そうです。聞きたい事が山ほどありますし、聞いて貰いたい事もくさんあります…」


ユキフユは悲しそうにそう嘆いた。きっと何かあるんだという確証にもなったが、それが何かは考えても出て来ない。



ユキフユには俺も聞きたい事がかなりあった。けどお互いに少し薄い壁が俺達にはあったんだと思う。




「大丈夫、それは俺も一緒だから!」


「はい!ありがとうございます!」

ニコッと頬を歪ませて笑った。彼女の笑顔を初めて見た気がする。それじゃあLEの症状ではないのかな。
いや、まだ分からないな。 



決めるのにはもうちょっと話を聞かないと分からない。





「それで明日って大丈夫?」


そう聞くと「うーん」と悩んで、何かを決めたのかこくりと頷いた。



「はい、大丈夫です」

「分かった。とりあえず連絡先交換しよっか」

「そう言えば、まだ交換していなかったですね」



俺はブレザーの胸ポケットからスマホを取り出し、ユキフユという名前で登録して交換した。


「これで…よし!時間の指定とかはある?」


「特にありません」 


「じゃあ、近くの喫茶店に14:00に待ち合わせで良い?」




「はい、構いませんよ」




「それじゃっ、また明日ね」


「はい、また明日」


バッグを背負って、ユキフユに手を振った後、妃奈達が待っている外へ走って向かった。





本当は自分からユキフユに言うつもりだったが、彼女は自分から話したいと言ってくれた。



久しぶりに会う筈なのに、まるで初めて会う人に接するかのような距離があった。

俺はこれが何故か聞きたい。

そして、悩んでいるなら話して貰いたい。友達が悩んでるのは放っておけないから。





それは明日分かる事だ。LEの症状であっても無くとも、彼女が悩みを抱えている事には何ら関わりのない事実だ。


 








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