闇鍋スキルの乱法師

西洋躑躅

第三話:名前を決めよう


「さて、とりあえず僕の世界に来て貰うにあたって、今の内にいくつか決めておこうと思う」
「決めるって?」
「僕の世界での君のアバターさ。流石にソックリそのままというのは世界観に合わないからね」

神は寝間着姿の俺を見ながら言う。

確かに着の身着のまま放り出されるのは勘弁願いたいのでここは素直に従う。

「とりあえず見た目もそうだけど、まずは名前を決めようか。和名は浮いちゃうからね」
「人を名前で選んどいて変えるのかよ……まぁ良いけど」

元より自分の名前に愛着なんてものは無かったし、何より今の自分がこの名前を名乗るのは、自分の事など何も知らない本物の自分を思い浮かべてしまい嫌な気分になる。

「じゃあ手の平を上に向けて手を出して見て」
「こうか?」

言われるがまま手を出すと、手の平の上に丸い二つの玉が出現する。

「それは千面ダイスだ」
「千面ダイス!?」

百面ダイスまでは知っているが、千面なんて聞いた事もない。
恐らくこの為だけに作ったのだろうがところ狭しと小さな字で埋め尽くされている為、もはやただの真っ黒い球体だ。

「こんなの投げても判別つかねぇだろ……」
「投げた後に文字が宙に浮かび上がるようにしてあるから大丈夫さ。ほら、百聞は一見にしかずだよ」
「……えぇい、ままよ!」

どうにでもなれと俺は手の平に乗っかった黒い球体を放り投げる。

黒い空間に吸い込まれるように消えていったそれは一瞬で何処に転がったのか判別が付かなくなり、コロコロと地面を転がる音だけが真っ暗な空間に響き渡る。

やがてその音がどんどん小さくなり、ピタリと止まった瞬間二つの言葉が宙に浮かび上がった。

『ジャスティン』
『ゴトウ』

ジャスティン・ゴトウ。

「おめでとう、君の新しい名前だよ!。これからよろしくね、ジャスティン・ゴトウ!」
「まてぇぇぇい!!!」

本日三度目、神の襟首を掴みながら俺は猛抗議する。

「お前数十秒前に言った自分の言葉思い出してみろ!!和名は浮くとか言ってたのになんで思いっきり和名混ざってんだよ!?」
「いや、だってこういう名前決める時のランダム要素って洋名と和名が入り混じってるからこそ面白味が出るところあるじゃん?」
「あるじゃん?じゃねぇよ!俺は面白味なんてなんも求めてないんだよ!良いからやり直させろ!!」

流石にジャスティン・ゴトウは嫌すぎると俺が食い掛ると、神はしょうがないと俺の手にあの真っ黒い千面ダイスを握らせる。

「じゃあ振り直しを認めよう。回数は五回まで、それ以上は無しだよ」
「くっ……ちなみにその5つの中から自由に選ぶって事は?」
「勿論駄目さ。振り直してしまったらもう前の名前は使えないよ」
「どっかで妥協しないと、最後にトンデモないものを引くかもしれないって事か」

俺は手の中にある千面ダイスを睨みながら、その賭けに乗る事にした。

「やるのかい?」
「あぁ、やるさ」
「そのダイスを振ってしまうともうジャスティン・ゴトウにはなれないけど、本当に良いんだね?」
「その最終確認は要らねぇよ」

ツッコミを入れつつ、俺はダイスを再度振る。

真っ暗な空間に再び音だけが響き、暫くして宙に言葉が浮かぶ。

『レッツゴー』
『ジャスティン』

「ジャスティィン!なんで速攻でジャスティン被りしてんだよ!!千面もあるのに嘘だろ!?」
「いや、さっきのはファーストネームのジャスティンで、こっちはラストネームのジャスティンだから正確には被りじゃないさ」
「そんな冷静な分析は要らねぇよ!えぇい、もう一度だ!」

『ダイナミック』
『タイヨウ』

「おいこのダイス人名が少なくないか!?というかジャスティンに気を取られてたけどレッツゴーも名前じゃねぇだろ!」
「だって普通の名前なんて出来ても面白くないじゃない?」
「人の名前決めるのに面白さを出すんじゃねぇ!」

怒りと共に投げ捨てたダイスは遥か遠くまで転がって行き、真っ暗な空に二つの言葉を浮かび上がらせる。

『キラキラ』
『スターマイン』

「わぁ綺麗なお星さま――じゃねぇよぶっ飛ばすぞ」
「ダ、ダイスの結果だから僕に言われても……」
「そのダイスの内容決めたのはお前だろうが」

クソ、どんどん人名から離れているうえ、もう三回使ってしまった。

残りは後二回、次で変なの引いてもまだリカバリーは効くが、最後の一回は振ったらもう変更が出来ないので出来れば次で決めたい。

「頼む!」

人名よ来てくれと切に願いながら、俺はダイスを天高く放り投げた。

ダイスは甲高い音を立てながら数回バウンドしてから転がる。
そんな俺の願いが届いたのか、ダイスは二つの人名を浮かび上がらせた。

『ロスカル』
『ゴーン』

「ンンンンンンンンンン!!」

人名だけど、そうなんだけどそれは駄目だろうと、微妙にパチモン臭のする名前を前にして頭を抱える。

「ロスカル・ゴーンか……何だか国外逃亡しそうな――」
「やめろぉ!!」

時事ネタはNGだと俺の中の何かが叫ぶ。

「で、どうする?後一回残ってる訳だけど」
「ぐぬぬぬぬぬ!」

折角来た人名らしい人名だが、この名前で進めるのはもう色々と問題しか感じない。

「さぁどうするんだい?大人しく受け入れるのか、それとも国外へ逃げるのか」
「その言い回しはやめろ!?あぁ振るよ!振ってやらぁ!」

もうヤケクソだと左右の手にダイスを握り、俺は全力で交互にダイスを遥か彼方までぶん投げた。

こういうのは勢いが大事だと、適当にやった時こそ案外無難な物がくると相場が決まって――

『ジャイアント』
『モリ』

「あぁぁぁんまぁぁりぃだぁぁぁぁぁぁああ!!」

どう考えてもプロレスラーのリングネームにしか思えない名前に俺は膝から崩れ落ちた。

「君の名前もダイスの中に紛れ込ませてはいたんだが……まさか最後に苗字だけでも引き当てるとは、凄い運だね」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

もはやツッコミを入れる気力さえ失った俺の慟哭が、真っ暗な空間に虚しく響き渡るのであった。

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