闇鍋スキルの乱法師
第一話:洗面所から始まる異世界転移
「ランダムって素敵な言葉だと思わないかい?」
唐突に何を言い出すのだろうか、コイツは。
そう呆れながら俺は、真っ暗で何も見えない空間で笑みを浮かべながら宙に浮いている自称神様を睨め付ける。
「訳の分からない言い訳してないで、ちゃんと説明してくれよ。ここはどこで、何で俺が呼ばれたんだ」
「おや、その歳で痴呆かい?。うーん、厳正な抽選の結果とはいえ、これから訪れるめくるめく冒険活劇の主人公としてはかなりマイナスな要素だが……しかし、それもランダムが持つ魅力というもの。うん、良し!」
「良し、じゃねぇよ!そもそもボケてもいない!」
歯をむき出して怒鳴る俺に、自称神様はヘラヘラとした笑顔を返して来る。
「ボケてないならもう分かるだろ?上下の区別もつかない謎空間に神様と二人っきり、ほらもうこれはアレだよ。お決まりのアレアレ」
「お決まりのって……アレか、異世界転生とかそういうのか?。でも俺全然死んだ覚えも無いんだけど」
俺の記憶が確かなら、朝起きて洗面所で歯を磨いていたら鏡に映った俺の顔が何時の間にかこのムカつく笑みを浮かべた自称神様の顔に変わり、この謎空間に連れて来られていた。
そして聞いても居ないのに自分は神だとか、君は選ばれましただとか訳の分からない事を一通り話終えたと思ったら……冒頭のアレである。
兎も角、俺の記憶にはトラックに轢かれたとか、突然謎の光に包まれたとか、魔法陣が足元に表れたとかいう記憶も何にもないのだ。
「そりゃあね。別に死人から選んだ訳じゃ無いし」
「あぁ、じゃあ異世界転移ってやつか?それならちょっと待ってくれ、行方不明になる前にベッドの下のエロ本と引き出しの奥の黒歴史ノートを処分したい」
「君、アレだね、凄い冷静だね。もうちょっと抵抗されるものだと思ってたんだけど」
「抵抗されるような事やってる自覚があるならもうちょっと申し訳なさを顔に出してくれ。第一この手のパターンはどれだけ嫌だ嫌だと言っても、最終的には頷かざるを得なくなる状態に追い込まれるのがオチだろう?」
この手の始まり方をするやつは大抵そうなるって俺は知ってる。
「抵抗した所で無駄になるって言うなら、駄々をこねて相手の機嫌を損ねる前に精一杯の譲歩を引き出すのが正しい選択だろ」
「その年頃にしては嫌に達観してるな……まぁこれもランダムの御導きって事で良しとしとこう」
「んで、いい加減訳を聞きたいんだが、どうして俺が選ばれたんだ?。さっきからランダムとか言ってるが、この地球上の人類の中から抽選で選ばれたとかそういう事か?」
だとしたらかなりの低確率を引き当ててしまった事になる。
「別に最初からこの星と決めていた訳じゃないよ。そもそも僕は君が住んでるこの世界とは別の世界の神様でね。まず最初に無数に存在する世界からランダムに選んだんだよ。世界をランダムに選んで、その世界に存在する星の中から生命の存在する星をランダムに選出した結果、この星が選ばれたんだよ」
予想以上に規模がデカかった。
異世界がどれだけ存在しているかは知らないが、無数というくらいだから億やそこらの数字じゃ足りないであろうことは容易に想像がついた。
「で、星が決まったら次に国をランダムに選んで、国が決まったら地域をランダムに選んで、選ばれた地域から更に地域を絞って――」
「待て待て、どこまでランダムで決めてるんだよ!人間一人選ぶだけなら星が決まった時点でもう人で抽選かけても良かったろ!」
なんだったら無数に存在する世界の中から一人をランダムに選択でも良かったまである。
それでもこの自称神様が求めた結果は得られたであろうし、そこまで細かくきざむ必要はない。
「確かにそれでも良いんだけどね。でもさ、百面ダイスで一発で決めちゃうより、十面ダイス二回振って決めた方がドキドキしないかい?」
「いや……ごめん、その例えは分からない。まぁ兎に角そうやって抽選し続けた結果、最後の抽選で俺が当たっちまったって訳だな」
しかし世界単位から始まった抽選だとすると、本当に相当な確率を引き当てたんだな。
運が良いのか悪いのか、ともかく抽選で決まってしまった以上、どうごねたところで結果は変わらないだろうと俺は潔くその結果を認め――
「あ、いや最後は抽選じゃないよ。君の名前に”乱”って入ってるのが見えてね。”あーもうこの子しかいないや。いや、絶対にこの子にする”って僕が選んだだけだから」
「おいぃぃ!!最後の最後でランダム要素投げ捨ててんじゃねぇぞ!?」
――られなかったので、俺は宙に浮いてる神に飛び掛かり襟首をつかんで地面(?)に引き摺り落とした。
「お前何か!?ここまで抽選で選んでおいて、名前に乱って入ってるの見ただけで決めたってのか!?」
「だからそう言ったじゃないか。”森 乱丸”君、ランダム性を感じさせる良い名前だね」
そう、俺の名前は森 乱丸、時代劇が好きだった両親が『苗字が森ならもう名前は乱丸しかない!』とつけた、昨今溢れかえっているものよりは大分マシではあるものの所謂キラキラネームだ。
名前のお蔭で昔から良く弄られていたし、森 乱丸は美少年という固定観念を多く持つ人が居たせいで化粧なんかもさせられてきた。
これまでの人生、この名前に振り回されてきた事は多々あったが、まさか異世界転移をする原因にまで発展するとは思ってもみなかった。
「名前が原因で異世界転移なんてさせられてたまるか!!今すぐ抽選をやり直せ!そして俺を元居たところに戻せぇぇ!」
「いやぁ戻せと言われても」
猛り狂う俺を他所に、神が宙を払うように片手を動かすと突如真っ暗な空間に小窓が現れ、何処かの景色が映し出される。
『乱丸、お母さんもう出かけるから、ちゃんと鍵しめといてね』
『ふぁーい』
『コラ!お箸を咥えたまま返事しない!全く、それじゃあ行って来るわよ』
『行ってらっしゃーい』
そこに映っていたのはダイニングで朝食を摂りながら、母親を見送る自分の姿だった。
「これは――一体何時の」
「リアルタイムの映像だよ。勿論あそこに映っているのは正真正銘本物の君さ」
「本、物?」
じゃあ、今ここに居る自分は?。
その疑問に答えるように、自称神様は告げる。
「流石に僕も自分の都合で他所の世界の、それも生きた人間の魂を引っこ抜くような真似はしないさ。だからコピーを取らせて貰ったんだよ」
「コピー……?」
神は笑顔を浮かべたまま、残酷な事実を告げていく。
「うん、君はコピーだ。だからあの場所に戻せと言われても、君の居場所はあそこには無いよ。だからさ、諦めて異世界生活、エンジョイしちゃおう!」
悪意も無く、しかし善意があるという訳でもない。
ただひたすらに、真実だけを突きつけてくる。
そして俺は少し前、自分が放った言葉を思い出す。
”抵抗されるような事やってる自覚があるならもうちょっと申し訳なさを顔に出してくれ。第一この手のパターンはどれだけ嫌だ嫌だと言っても、最終的には頷かざるを得なくなる状態に追い込まれるのがオチだろう?”
”抵抗した所で無駄になるって言うなら、駄々をこねて相手の機嫌を損ねる前に精一杯の譲歩を引き出すのが正しい選択だろ”
「――――ハッ」
あぁ、なんだ。
結局こうなるんじゃないか。
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