イレギュラー・レゾナンス 〜原初の世界を再び救う為の共振〜

新海 律希

8月15日

 明《あかり》がずっと胸を躍らせて待ち侘びていたその週の土曜日。決して近くない距離の想い人と、初めて2人きりで出かけられる。それも、夏の風物詩とも言える花火大会が舞台だ。

 意味もないのに朝早く起きて、ご飯も上手く喉を通らないほどだった。そんな不可思議な行動をしていると、そりゃもちろん違和感を覚えられるわけで……。

「ねぇ明《あかり》。今日どうしたの? 絶対何かあるよね?」
 双子の姉から明《あかり》が逃れられるはずもなかった。

 親には、先輩と2人で花火大会に行くと言って協力を得ているので浴衣などの心配はいらないが、明《あかり》が最も危険視していたことで、最後まで解決策が浮かばなかった問題。実の姉、黎《らい》のことは、そのときにどうにかなるだろうと楽観視して結局駄目だった。

 まさか、黎《らい》にその想いを打ち明けられるはずもなく。

 打ち明ければ協力してくれると思うが、明《あかり》は黎《らい》が本当は真《しん》のことをどう思っているのか分からない。その微量の不安から、いつまでも言えないでいるのだ。

 だからと言って、その場しのぎの嘘で黎《らい》を誤魔化せないのはとっくに分かりきっている。だから、本当のことを少しだけ言うことにした。

「今日ね、先輩と花火大会に行くの。ごめんね? 内緒にしてて」
「いーけど、なんで秘密にしてたの」
 口を尖らせて不満げに嘆く。

「今日、黎《らい》に誕生日のプレゼントも買おうって計画してたから、びっくりさせたくて……」
 本当のことを少しだけ言うとは言ったが、嘘を言わないとは言っていない。
 それに、言ってしまったからには買わなければいけないのでどうせ本当のことになる。

 まぁ、問題はないでしょ。慎重そうに見えてたまに大雑把な一面もある。明《あかり》の長所であり短所が見事に発動した。

 黎《らい》は予想外のジャブを喰らい、デレデレして何の疑問も持たずに送り出した。

「お待たせしました」
 2人の最寄りの駅の改札前集合と事前に決め、そこに10分前にちょうど着いた真と、慣れない浴衣と新品の下駄で歩くのが遅くなってしまっているのもあり、集合時間ぴったりに着いた明《あかり》。

 真は甚平を子慣れた様子で着こなしている。そして小さめのポーチに財布だけを入れて肩に掛けている。携帯はポケットに入れて、交通系ICはそのケースに装着して使用している。

「大丈夫だよ……えっと、なんて言うか、似合ってるね……」
「え、あ、ありがとうございます……」

 明は、この真の発言が主に零が原因だとすぐに分かってしまった。

 真と零、それと真姫はこれまでに何度も花火大会を共にしたことがある。その時真は浴衣や髪型など、何かしら感想、基《もとい》褒め言葉を言わなければ逃がされない。

 だから真は基本的には出かける時に感想を言う癖が付いている。

 お世辞を言う癖が付いていないのは、単純に今まで感想を言ってきた相手の零と真姫の、顔やスタイル。それらが全て整っているからお世辞を言う必要はなかっただけだ。

 明《あかり》はそれに気付いてしまった。気付かなければ、幸せなまま終われたものを。

 自然に出た言葉じゃなくて、意図して言ったものか……。がっかりしたのも束の間、真の顔を見ると、頬を赤らめていた。
 そして右手の甲でさりげなく隠している。

 明はそれを知っていた。零が前に口を滑らせたから。真のその仕草は、本当に照れてる時にしか出ないと。

 そのせいで明は残念な気持ちなんて吹き飛び、高揚と紅潮に包まれた。

 明は今回でどうやって距離を縮めようかどこか上気ながらも画策しながら電車に揺られ、その間に今朝の黎《らい》との出来事を、真にも伝えて申し訳なくお土産も買うことに誘った。

 真はなんで秘密にしたのかと疑問にも思ったが、明の事情もあるんだろうと納得して快諾した。

 一度の乗り換えで横浜から横須賀駅まで行き、予定通り順調に進んだ。電車内からも、次第に浴衣姿や甚平姿の客も増えていった。まだ会場には少しあるというのに、もう普通の祭り本場ほどの賑わいを見せている。
 ここでこれほどとは、実際の本場はどんな激戦区になっているか。2人は早くも戸惑った。

 混雑している人混みの中で、静かに計画したかのように自然と視線を交わした。本場に着くと、思ってたよりは人の数が少なく、駅と同じくらいの混みだった。

 人数は確かに多い。それでも本場の敷地がそれを予見していたように広く、真達が思っていたよりは自由に動くことが出来る。

 それでもこれでは屋台で買い物をするのも一苦労だと、人の流れに身を任せようと考えた真は、万が一でも離れないよう、手を伸ばして明《あかり》の右手を掴んだ。

「ひゃぇっ……?」
 驚きと恥じらいで一瞬力が抜け、その隙に人波は焦るように2人を押し流した。握っているその手を離さないよう、力を込め直す。

 体感でどれほど経っただろうか。気付くと、メインの通りを離れたのかばっと人がいない場所にいた。
 でも屋台はある。ただ場所が違うだけで、こんなにも差があるのか。この状況は真の興味をとても誘った。

 祭りとしての機能はそこでも全く問題ないので満喫していると、大砲の放たれたような音が耳に入った。何事だ、と祭りの参加者、及び近くにいたほぼ全ての人が虚空の暗い天《そら》を見上げた。

 すると何もなかった空に一筋の糸が靡き、一つの華と爆音を生み出した。煌めく炎が人々の瞳を魅了し、一つ、二つと数を増やすたびに更に大勢のファンを増やす。

 形のバリエーションも最初は一つだったそれも、新たな華も現れ、観客を飽きずに釘付けにし続けた。休む間もなく働き満足の感動を大勢に与えたそれは褒美として皆の記憶、そして情報静止画として刻まれた。人間の大切な思い出となる花火は、アルバムの1ページを飾って実際に見ていない者にも感動を分けることとなる。

 存分に祭典を楽しんだ真《しん》と明《あかり》は、心置きなくその場を去り、未だ鳴り続ける砲音を見ながらお土産を買うため店を目指した。

 と言っても、祭りの土産となっても2人は何も浮かばず、とりあえず目に入った大きなモールらしきものに入った。

 そこにはおしゃれなブランド? 店や洋食店、和食店、子供向けのおもちゃ売り場など、種は熾烈を極めた。
 だからといって真も明もブランドなんてよく分からないし、大きなお金もなかった。だから女子ウケの良さそうなものは真っ先に除外した。

「そういえば今までなんも知らなかったけど、黎《らい》ってどういうものが好きなの?」

「私が知ってる限りでは、歴史的なものとか……、でも人物はあまり興味がなくて、記念品みたいな……? そういう感じの建築物や品が好きなんです」
「へぇー、意外だな……」

 どちらかといえばアクティブな性格の黎《らい》は、もっと楽しげなのが好きという偏見を持っていた。真面目か……。

 一見意外なことだけど、思い出してみると黎《らい》は一応生徒会長も務めている。不真面目だと思っていた不良が実はバリバリ優等生で、ちょっとした対抗心を持った真《しん》だった。

「でも流石に高級なもんは買えないから、とりあえずいい感じの安いやつ探して回ろうか」
「はい!」

 黎《らい》への贈り物は安物で十分だ。と、表に出さないながらも下に見て完全に舐め腐っている2人だった。

 足を動かして少しすると、真はふと月が気になった。今日は8月の15日、大体の確率で満月になる日だった気がする。夜に炎と共に輝く満月に目を取られていると、明《あかり》が真のことをまじまじと見つめていることに気が付かなかった。

「……どうしたんですか?」
 真剣に夜空の何かを見つめる真を見て不審に思い、いつまで経っても外す気配はないので居ても立ってもいられず水を差した。

「あ、いや……ただなんか、奇麗だなって」
 現実に戻され、やっと自分の行動が自身でも不可解なことに気付き恥ずかしくなって目を逸らし言った。

「奇麗……花火のことですか?」
「いや、月のこと」

 何ロマンチスト気取ってんの。零がこの場にいたら十中八九そう言われからかわれる。零と長い時間を共にしている真は、直感的にそう言われてしまうかもと構えたが、相手が明だったことで杞憂に終わった。

「ほんとだ……満月、奇麗ですね」

 ……なんで俺、月が気になったんだろ? しばらく要因となるような記憶を探すと、それが見つかった。

「あれ、今日って8月15日だったよね……?」
「そ、そうですけど」

「8月15…………あれ、誕生日じゃない?」
「え……あ、はい」

 8月の15日。真達3人と望月姉妹が初めて出会ったのが、ちょうど1年前、真らが中学三年生の時の8月15日だった。それが偶然2人の誕生日だった。

 5人にとってその日は衝撃的な出来事があったから覚えている。……と言っても、その出来事のおかげで仲良くなることが出来たのだから、それを後悔したり悪感を感じている者はいないが。むしろあって良かったと、全員が感謝している。

 誕生日と思い出したため、その時らいだけではなく、明《あかり》にもプレゼントをしようと決意した。
 喜ばせるためにも、黎のプレゼント選びの中で、明《あかり》を観察して明の好みも把握しなければならない。

 出来ることなら今日中に渡したいので、観察時間を広げるため、真は明を急かした。

「覚えててくれたんだ……」
 若干急いでいる真は先に歩き出し、明はわずかに乗り遅れた。おかげでその呟きは真には届かなかった。

 まさか、少しの望みを含めて選択した今日ということに、気付いてくれるなんて。との意味の呟きに。

 ―――――――――

 望月姉妹はその夜、黎《らい》はもちろん、明《あかり》ももらった品を家宝のように大事に抱えて布団に入った。
 明は告白も、距離を縮めることも十分には叶わなかったが、それでも満足できた。

 真は、その思い出を決して忘れぬようにと寝る直前まで、その場面を思い出していた。

 十五夜に煌めく星々と満月が見守る中で、安らかに眠った。歳を重ねた人が自分の死期を直感した時のように安らかに。半ば、諦めたように——。





『ほんとだ……満月、奇麗ですね』

 こと無げに言ったその発言。後々考えれば、『月が奇麗ですね』と同じ意味……夏目漱石が由来となった、有名な告白文になっている。

 真は気付くことはなかったが、明は完全に眠る直前に気付き、悶え眠れなくなったのはある意味、明にとっての忘れられない黒歴史となった。

「うあぁ…………」

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