カオルの邂逅旅記

しろたんたんめん

喪服とバスと蒼白

カオルは揺られて倒れた後、しばらく固まっていた。自分の状況を把握するのに数十秒ほどかかった。

 バスだ……。

 今まで電車の中を延々走っていたのに……。

カオルは目を見開いて、周りを観察した。車内には人でひきしめあっており、全ての席が埋まっていた。皆着ている服が黒い……。これは…喪服を着ている。

 バスはたてに三列しかなく、とても窮屈だった。カオルはどうやら三列のうちの一人がけの後ろから二、三番目ほどの席に座っている。

 一体どういうことなのか、カオルには訳がわからなかった。なんで急に電車からバスにうつったのか。乗り物なのには変わらないけど……。

しかも、このバスに乗車している人全員が喪服を着ている。そのなかでこんなピンク色の半ズボン姿をしているカオルは明らかに浮いているはずだ。

「……。」

 カオルは警戒しながら周りをじっと観察をしていた。しかし、誰もカオルのと目が合わない。

 ヒソヒソと前の席に座っている人と顔を近づけて話をしている人。このバスの揺れのためゲームをすることもできず、あくびを大きくしている子供。窓の景色を見ながら、物思いに耽っている人……。

 「……。」

 カオルは目立たぬようにひたすら目だけを動かしていた。

 誰とも目が合わない……。

 カオルは試しに、後ろに座っているおじいさんに話しかけてみた。

「あのぉ……。」

カオルの後ろの席に座っていたおじいさんはバスの前方をぼんやりと見つめたままだった。特にカオルに反応することはなかった。

 この距離感で、しかも一人だけ、頭が薄いピンク色のやつに話しかけられて、目が合わないなんて。

カオルは思いきって、おじいさんの目の前で激しく振ってみた。

……やはり反応がない……。

 どうやらカオルの姿自体が周りには見えていないようだった。


「……どういうこと?」

カオルは驚きながらも、落ち着いて周囲を見渡した。バスは激しく揺れながら移動している。

 前後の席に必死に捕まりながら、周囲の人達を必死に見渡しているうちに、この周囲の人達はカオルの親戚の人達が乗っていることに気づいた。

 やっぱりそうだ……。名前もよくわかっていない人たちの集団だけど、どこか懐かしさも感じる……。

 そんなことを考えていると、バスが急に止まった。一人戸惑うカオルのことなんかお構い無く、喪服の集団は降りていく。

 カオルは周りの人達が全て降り終わった後に、混乱しながらもおそるおそるついていった。 カオルが降りた瞬間バスの扉はちょうどしまった。

 降りたあと、集団が案内の人達に沿って、移動している。

 「……。」

 カオルはしばらく目の前の会場を見つめた。

 「そうか……。」

 カオルは自分が今一体どこの記憶に遡っているのか、ここは一体どこなのか、理解した。そして、そこからすぐに、集団が向かった先へと走り出した。

 ここは、カオルの育ての母の葬式だ。あのバスは葬式の会場から、火葬場へと送り届けるバスで、カオルは気がつけば電車からそのバスに乗っていたのだ。

 カオル自身の記憶によると、確かあのバスには一番前の席に座っていた気がする……。

 「あ、いたっ。」

カオルは喪服の集団から見つけ出した。

 髪は今とは違ってまっ黒い髪色をしている。そして中学のときとはうってかわって、髪を短髪にしてあった。そして、髪と同じくらい黒い制服を着ており、思い詰めたような表情で立っていたる。カオルは息をつきながら、高校2年生の時の自分の姿をみた。
 
 背は今と同じ身長まで、成長している。顔の白さは相変わらずだったが、体格が今と全く違った。筋肉がつき、高校生の男の子らしい合体の良い体つきをしている。

 カオルは改めて昔の自分と今の自分で、随分と容姿が異なることにびっくりした。

 これって本当に昔の自分なのか……。

 昔のカオルもやはり他と同様で、今のカオルの姿は見えていないようだった。

 「……。」

 昔のカオルは非常に青白い表情で建物を見ていた。唇は白く、固く閉じられている。表情と同じく、雰囲気が重く固い……。目はどこまでいっても暗く、どこまでいっても重たかった。

 カオルは驚いていた。
 
 カオルは自分自身が記憶しているよりもずっと弱っているような、打ちのめされているような表情をしている。これが果たして自分なのか。ここに立っているのもやっとというような表情だ。

 当時、自分がこんなにも青ざめているなんて……。当時の自分では気づきもしなかった。

 カオルは急に当時の自分に触れたくなった。少しでも触れて、肩の辺りを優しくなでてやりたい……。

 しかし、なぜかカオルは触れることができなかった。真正面に向かい合っている姿はまるで鏡みたいなものだ。

 触ろうとしてやめた。

 「……。」

 幼い頃から育ててくれた母親がいなくなっあのは、高校2年生のとき、2学期がもうすぐ終わりそうな時だった。

 自分は、その時一人暮らしをはじめていて寮で暮らしていた。母親とは、普段は離れて暮らしていたとはいえ、勿論、心の支えにしていたのだ。

 カオルにとって、親しい人がなくなるのはこれで2回目だった。

 「……。」

 カオルは昔の自分を見つめるのをやめ、もときたバスの方に帰った。

 いつまでも昔の自分をみていたところで、何も変わらないし、辛いだけだった。

 バスにのった。

 「……。」

 バスは素直に、もとから乗っていた電車へと姿を変えた。

 「……。」

 

電車は いつのまにか、真っ黒いトンネルの中を走っていた。

 カオルは先ほどの、自分の青白い姿を思いだし、そして先ほどの土橋くんの言葉を思い出していた。

 「自分を責めるために過去をさかのぼっているわけじゃないでしょう?」

 トンネルは真っ黒なトンネルを走り続けている。

 カオルの耳にはトンネルを通る音が鳴り響いている。

 それはまるで何かを訴えかけているかのようだった。

 

 
 
 

 


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