お前らの目は節穴か。

春野 甘風

5.縁(えにし)というのは儚きものかな

アップルパイと、林檎の紅茶を堪能してお店を出た頃には日が暮れていた。

「黒神先輩、ご馳走様でした。」

私は黒神先輩にそういうと、ちょこんとお辞儀をした。
お会計で私の分まで出してくれたのである。

「いいんだよ、今日は俺が誘ったからさ。」

そういうと「家まで送るよ。」と続けた。
変人には変わりないが、さすがの男前である。

「いえ、家まではさすがにいいです。」

もちろん断るが。

「ここから家は遠いの?」

「いえ、学校からは歩きですし、こここからも遠くはないんですけど…。」

「じゃあ、やっぱり送るよ。女の子1人じゃ危ないでしょ?」

何を言う。
死んだ魚の目を女子高生なんぞ、襲われるわけがない。

「ザラメちゃんだって、女の子でしょ?」

黒神先輩は私の顔をみて、そう言った。
だから、人の心を予測して返答するんじゃない。

夕日が出ている空の下を、黒神先輩と二人でとぼとぼと歩いている。
結局、断りきれずに家まで送って貰うことになった。

アスファルトに当たる2人の足音だけが聞こえている。
不思議な感じだ。
最近は朱里ちゃんとしか遊ぶことは無くて、ましてや男の人と2人で外を歩く日が来るなんて想像もしていなかった。

そう言えば…
結局のところ、用事ってなんだったのか。
これでは、タダで美味しいアップルパイを食べて帰るだけである。

私はさすがに悪いと思い、黒神先輩の方を見た。
黒神先輩と目が合う。

あれ…なぜ目が合う?
黒神先輩はいつから私のことを見ていたのだろう。

「ザラメちゃん…。」

「な、なんですか?」

なんだろう。このむず痒い感じは。
黒神先輩から色気のようなものが出ている気がする。
色気なんていう単語が頭に浮び、自分らしくない気がして鳥肌がたった。

私はこの空気に耐えられずに、少し足を早める。

「ちょっと待って、ザラメちゃん。歩くの早くない?」

「早くないです。先輩より足が短いので早く動かしているんです。」

「それは前に聞いたよ。」

そう言って、先輩は小さなため息をついた。

「ザラメちゃん、待って。」

私は聞こえないふりをする。

「ザラメちゃん。」

……。

「待てって言ってるだろ?」

黒神先輩はそう言って、私の前に回り込むと、私の横の壁にドンッと手をついた。

えっ…?
日常生活で壁ドンする人初めて見たんだが…。
私がびっくりしていると、黒神先輩の顔が少し近づいてきた。
羨ましく思うほどに間近で見ても肌荒れひとつ無い整った顔である。

本当に3次元に生きてるのか怪しいものだ。


そして私の人生で壁ドンされることがあるなんて想像もしていなかったが、ひとつだけわかったことがある。

壁ドンッというのは、好きな相手や、気になっている相手からされるからドキッとするのだ。
例えどんなに相手がイケメンだとしても、そこにそういう感情がなければ成立しないのである。

全身にまた、鳥肌のようなものがたった。
自分が置かれている状況への小っ恥ずかしさや、好きでもない男が物凄く近くにいる状況。
自分でも制御出来ない嫌悪感と少しの恐怖が広がった。
二人きりという状況も、嫌悪感や少しの恐怖が入り交じっている理由である。

やめて欲しいことを黒神先輩に伝えようと、私は恐る恐る顔を上げる。
そこには、黒神先輩の傷ついたようななんとも言えない表情があった。

黒神先輩はそのまま少し黙って私の顔をみた後に口を開いた。

「あのさ…」

「な、なんでしょうか?」

「いや…。」

なんだか煮え切らない様子である。

「そんなに嫌だった?」

黒神先輩は少し悩んだ顔をしてからそう呟いた。

「まぁ…普通は嫌だと思いますけど。」

「普通?」

黒神先輩は驚いたような顔をする。

「朝から思ってたんですけど、黒神先輩は物理的な距離が近すぎます。ちょっとどうかと思います。」

そういうとまた傷ついた顔をした。
なんだ、私が虐めてるみたいじゃないか。

黒神先輩は私の顔をじっと見た後に、ため息をついてゆっくり上体を引き上げ、壁から手を離した。

私も少しだけこの不快感から解放され、肩の力が緩む。

「俺さ、こんなに嫌がられたの初めてだわ。」

「は?」

「普通はさ、俺に話しかけられたり、目が合っただけで女は喜ぶの。分かる?」

実際そうなのだろう。
だが、自分で言っちゃうところがキモい。
黒神先輩はビクッと肩を揺らした。

「また、キモいって言った?」

「あれ?声に出てました?」

‥‥。
黒神先輩、黙るなよ。
沈黙が辛い。

黒神先輩は少し俯くとその場にしゃがみ込み、壁に背をもたれて、重たい口を開いた。

「俺さ、昨日ザラメちゃんと初めて話した時から、その冷たい態度は照れ隠しだと思ってたんだよね。もしくは、どうせ俺には相手にされないだろうと、分かってるからこその拒否反応?」

この人、よくそんなことを本人言えるものだ。

「あの、何言ってるんですか?」

「こうさ、自分を卑下したゆえの態度というか。でもね、さっきのお店で見た嬉しいそうなザラメちゃんを見た後に、俺に対する嫌悪感満載な顔を見ると落ち込むよね。あぁこれは本気の顔だって思ってさ。」

黒神先輩はそういうと、肩を落とした。

「容姿に恵まれていると大変ですね。」

少しイラッときた私は嫌味をオブラートに包んで言ってやる。

「まぁ、そうだよね。大変なことも多いよ。芸能界へのスカウトとか絶えないし、俺のこと好きな女の子はいっぱいいるのに、その愛を全員分受け止めきれないしね。」

怖い。
怖いよ。
素直に受け止めちゃうところが。

「そういう意味じゃないんですけど。容姿が優れていると、チヤホヤされるのに慣れすぎて、普通の人との感覚がズレてきて、不憫だって言ってるんです。」

「は?お、俺が不憫?」

心外だという顔をする黒神先輩。

「というか、そもそも今日はなんの用だったんですか?」

「ザラメちゃん、素直になれないのか昨日から冷たい態度だからさ、素直な女の子にしてあげようと思って。」

‥‥。

「それは日本語ですか?」

「酷いこというなぁ。まぁ、でも本当に俺のこと好きじゃなかったみたいだね。」

そういうと、また黒神先輩はため息をついた。

私は正直、イライラしている。
こやつは、世の中の女性は全員漏れなく自分に恋していると思っているのか。
私は、そんなことのために今日一日大変な目にあったのか。
なんとくだらない。
つまりは、からかわれたようなものである。
色々と考えていくうちに、目の前が真っ白になるほどに頭にどんどん血が上っていく。

「私のこと馬鹿にしてるんですか?」

私は黒神先輩のことをキッとにらみつけた。
黒神先輩は不思議そうな顔をしている。

「自分を卑下してるだの、さっきから上から目線で、すごい失礼じゃないですか?何様ですか?容姿は確かにいいかも知れません。それは認めます。でも、中身が容姿を上回るほど最悪ですね。私、あなたみたいに自分中心で世の中が回っていると勘違いしているような人間が1番嫌いです。一度、自分の言動を客観的に見てみてはいかがですか?ほんと、ぶん殴りたくなりますよ?」

私は相当嫌悪感丸出しのような顔をしているだろう。
黒神先輩は驚きを通り越して、顔を真っ青にしている。

「ぶ、ぶん殴りたくなる?あ、あの‥ザラメちゃん?」

黒神先輩は驚いたように立ち上がり、「どうしたの?」と続けた。

私はその言葉にさらにイラッとする。
どうしたの?と言っているということは、私の言葉を一ミリも理解していないということだ。

「黒神先輩、本当に何も分かってないんですね。つか、キモい。二度と私の前に顔を出すな。」

私はそういうと、歩き出した。
あ、一言言うのを忘れていた。

「あと、ついてくんなよ?ついてきたらぶん殴る。」

私は振り向いて、黒神先輩にそういうと返事を待たずにまた歩き出した。

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