お前らの目は節穴か。

春野 甘風

2.私のことは放っておいてのブルース

今日はなんだか、朝から廊下が騒がしい。
うちのクラスの連中も、教室の窓から廊下を覗いている。

私は席の横にかかっているカバンから6本入りの麩菓子の袋を取り出すと、勢いよく袋を開けた。
そして、人差し指と親指を使って麩菓子を1本取り出し口にくわえる。

「ザラメちゃん、おはよう。
朝から麩菓子?」

そう言って、私の席にやってきたのは朱里あかりちゃんである。
少し毛先がくせっ毛の茶色がかったロングヘアで、前髪をクマの刺繍が入ったピンで止めている。
童顔で、天使のような佇まいだ。

「おはよう、あかりちゃん。これは朝ごはん。」

朱里ちゃんは眉をひそめる。

「ザラメちゃん!
ちゃんとご飯食べないとダメだよ?体に悪いよ。」

そういうと朱里ちゃんはほっぺたを膨らませた。
周りにいる男子達が、その様子をみて頬を染めている。

必殺!天使の頬の膨らみ。
と、心の中でナレーションをつけてみた。

「それより、なんか今日騒がしいね。」

興味は特になかったが、話をそらすためにそんな話題を振ってみる。

「あぁ、どうやら2年の黒神くろかみ先輩が1年の階に来てるみたいだよ?理由はわからないけど、1クラスずつ回ってるらしくて。」

「黒神先輩?」

「そうそう。まさか知らないの?」

「2年なら上級生。会うことない。」

「確かにそうだけど、名前くらいは聞いたことない?黒神先輩は学校内にファンクラブもあるし有名だよ?モデルの仕事をやってたこともあるみたいで。」

「へー。」

学校に来るだけで、キャーキャー言われ、知らない人に囲まれるなんて自分に置き換えて考えるとザワッとした。

「ザラメちゃん、興味ないの?」

「うん。それよりお茶とティッシュがほしい。親指と人差し指は黒糖に侵された。」

「もーう。朝から麩菓子なんて食べるから喉が乾くんだよ?」

呆れた顔をした朱里ちゃんは、女子力全開でポケットからティッシュを出すと、私の手のひらに置いた。

「ありがとう。」

そのティッシュで指と口をふいていく。
そして、私はカバンからペットボトルのお茶を取り出すと、蓋を開けて一気に体へ流し込んだ。

「ザラメちゃん、制服にも麩が落ちてるよ?」

そう言うと朱里ちゃんは優しく、私の膝に落ちている麩菓子の粉を手でほろった。



「ねえわらびさん、ちょっといいかな?」

同じクラスの中島くんが不意に話しかけてきた。
ちなみに、蕨とは私の苗字だ。
彼とはほとんど話したこともないし、記憶する限りでは、話しかけられるのは今日が初めてである。

「2年の黒神先輩が人を探してるらしいんだけどさ。」

「そう。」

「うん。でもね、その子の名前を知らないみたいなんだ。
ただ、その子の特徴は分かっているらしくて。
1.150センチくらいの女の子。
2.黒髪で長さは肩にかかるくらい。
3.目に生気がない子で。
4.足がやたらと早いニシローランドゴリラって。
4はちょっと分からないけど、ひょっとしてわらびさんのことじゃないかと思って。」

中島くんはそう言うと、やっぱりそうだよね?と続けて嬉しそうに笑顔を見せた。

いやいや、私はまだ何も言ってない。
そんなことより、ちょっとごめん。
中島くんはその特徴聞いて、どこら辺で私と判断したの?
ちなみに3は?
ちょっと分からないのは4だけなの?
遠回しに私には生気がないと言ってるの?
中島くん。
それ途中から全然特徴じゃないよ、シンプルな悪口だよ。

中島くん、そんな微笑みかけないで。
えっ?天然なの?
君は天然なのかい?

私は顔をひきつらせながら、答える。

「中島くん。私、黒神先輩とは面識ない。」

「えっ?本当に?!」

「うん。ホントに。」

「でも、おかしいなぁ。その割には黒神先輩、廊下の外からこっちに向かってブンブン手を振ってるよ?ほら。」

そう言って中島くんは、親指を廊下の方へ差した。

廊下へ目をやると、そこに居たのは満面の笑みを浮かべた昨日の彼だった。
壁ドンの予行練習をしているという、イタイのその向こう側へ旅立った彼。
お前か。お前なのか。

「ね、ザラメちゃん!なんか、黒神先輩こっちに向かって手を振ってない?」

朱里ちゃんが興奮したように、私の体を揺する。

「いや、きっと中島くんに手を振ってるんだよ。」

そういうと、中島くんは指で自分自身を差して、黒島先輩へ何か合図をしている。

「蕨さん。違うみたいだよ?ほら。」

中島くんがまた、親指で廊下の方を差すので目を向けると、黒神先輩は大きく両手でバツを作っていた。

「俺に用ではないってさ。」

中島くんは、ハハッと笑った。

いや、私も用はないんだが。
それより、怖い。
私を探すために1年のクラスを回ってるの?
なんのため?
昨日の件は恥ずかしいから言わないでという口止め?
いや…そんなまともな羞恥心を持ち合わせている先輩には見えない。


「ザラメちゃん?なんか…黒神先輩近づいてくるよ?」

朱里ちゃんが私の腕をゆさゆさ揺らした。
なんだと。

「キミ、やっと見つけたよ。」

声の方を見ると、黒神先輩がにこりと笑っていた。
それに合わせて、周りから黄色い声が上がる。

「5組だったんだね?1組から見て行ったから時間かかっちゃった。」

そう言って先輩は、ペロッと舌を出した。それに合わせてまた、黄色い声が上がる。

こんな変な人と関わりたくない。
私はあなたのことなんて知りませんけど?という最大限のキョトン顔をしてみせた。

「いやいや、昨日話したばっかりなのに何その顔?」

「昨日?ちょっと記憶にないです。」
 
「嘘でしょ?俺と1度でも話して忘れる人なんていないよ。ほら、この顔だよ?」

そういうとまた満面の笑みを浮かべた。
顔よりトラウマレベルで忘れられない言動が多々あったけどな。

「ザラメちゃん!く、黒神先輩と知り合いなの?」

朱里ちゃんが興奮したように私に問いかける。
それを聞いた黒神先輩が不思議そうな顔をした。

「ザラメちゃん?可愛いあだ名だね。甘党なのかな?」

そういうと黒神先輩は朱里ちゃんに微笑んだ。

「い、いえ!ザラメちゃんは本名です! わらび ザラメって言います。」

朱里ちゃん…
何を勝手に私の名前を教えているんだ。
余計な知識を与えるな。

「えー!本名なの?親御さん変わってるね。」

先輩が少し驚いた顔で答えると

「そうなんです。」

と朱里ちゃんが答えた。

いやいや、朱里ちゃん。
朱里ちゃんをうちの親に会わせたことないんだけども。

「あ、そうだ。中島くんだっけ?ありがとうね。特徴言ったら、うちのクラスの子じゃないかって言ってくれて。助かったよ。」

「いえいえ。細かく特徴を教えて貰ったので。」

そういうと中島くんは手をヒラヒラさせて席に戻った。

細いの意味わかってるのかしら。
あの特徴のどこが細かいの?
逆にあれだけの情報でよく私だと分かったな。
おかしい。
どう考えてもおかしい。

そこまで、死んでる?
そこまで死んだ魚の目なの?

「どうしたの?ザラメちゃん?」

そう言って、黒神先輩は席にいる私の顔をのぞき込んだ。 

顔が近い。
近くて、目と鼻しか見えない。

「あの、顔近いんですけど。」

周りからはキャーという黄色い声が絶えず聞こえている。
そこまでこの先輩が好きなら、誰かこの位置を代わって欲しい。

「近い?そうかな?」

黒神先輩が喋ると私の顔に息がかかる。これ、先輩以外の人が女の子にやったら犯罪者扱いだろう。
私は彼のこの言動を非難したいところだが、黒神信者の目が怖い。

「ところで、先輩は何の用ですか。もうすぐホームルーム始まりますよ。」

さっさと用を済ませて、ご退出願いたい。

「えー、用がないと来ちゃダメなの?」

……。

……。

「ところで、先輩は何の用ですか。もうすぐホームルーム始まりますよ。」

「え?ちょ、ちょっと待って!リピート?リピートしたの?ねぇそれ地味に傷つくんだけど。」

……。

……。

「ところで、先輩は何の用ですか。もうすぐホームルーム始まりますよ。」

「うん。ザラメちゃん、俺が悪かった。」

三度目のリピートを聞いた黒神先輩は、手の平を私の方へ向けて止めに入った。

「今日の放課後ちょっと時間あるかな?」

「ないです。」

私が即答すると、黒神先輩は少し驚いた顔をして、その後に何かを考えている様子を見せた。
もう、諦めて帰りなさいよ。と言いたい。
黒神先輩は考えがまとまったのか急に顔を上げて、私の顔を見ると笑顔で話し始めた。

「あ!本当に?それは良かった。それじゃあ、放課後迎えに来るから待っててね。」

うん?
あれか。ゴリ押しか?
考えた末のゴリ押しか?

「いや、だから行かないです。」

「放課後空いてるなんてちょうど良かったよ、ザラメちゃん!じゃあ、またあとでね!」

そういうと黒神先輩は片手を小さく振って、教室から出ていった。

「ね、ザラメちゃん…?ザラメちゃんと黒神先輩の会話…噛み合ってたかな?」

朱里ちゃんはポカーンとして顔で、まだ黒神先輩が出ていったドアを眺めていた。

何を言ってる。
噛み合ってるわけがないだろう。

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