お前らの目は節穴か。

春野 甘風

1.ナルシスト×無気力少女

「おい、逃げる気か。」

放課後の静かな校舎の廊下にその声は響く。

少し着崩している制服。
校則違反を思わせる明るめの茶色の髪。
遊ばせているという表現が正しいだろう髪型。
180センチはあるだろう身長。
ハーフな整った顔立ち。

美しいという表現が適切な風貌の彼はドンッと壁に手を付き、私の前でそう言い放った。

その様子に私はピクリと肩を揺らす。

「うん?どうした?顔が赤いぞ。 」

彼はそういい、目を薄める。
壁に手を付いた瞬間に耳元の髪が揺れ、シルバーのピアスがチラリと見えた。
窓から差し込む夕日に照らされ、彼の髪がキラキラと光る。

「そんなに怖い顔しないでよ、子猫ちゃん?」

彼はため息混じりにそう言い放ち、ふと微笑んだ。
天使のような微笑みを‥

……。

そう。私の前で。
私の前で、だ。

勘違いされては困るので先に言うが、私は決して、彼の正面にいる訳では無い。

話は数分前に遡るさかのぼ
昨日風邪で学校を休んだため、放課後になり、一昨日出された宿題を担当教員に提出しに行った帰りだった。
放課後の学校内に人は見当たらず、時折外から運動部員の声が聞こえてる。サッカー部か野球部か。
用事も終わり、帰路につこうとしたところだ。

「おい、怪我はないか?」

階段下近くの廊下の方から、声が聞こえた。
誰か怪我をしたのか。
そう思い、声がした方へ足を進めると1人の男子学生が階段の方を見上げていた。

「おい、こっちに来いよ。」

誰かに向かって言ってるようだ。

階段の上にいる誰かが足でも踏み外したのかもしれないと思い、更に小走りで近づくと、私は目を見開いた。

だ、誰もいない…。
いるのは、彼1人だけ。

どうやら、彼は私のことに気づいていない様子で1人で壁に向かって話をしている。

私、疲れているのかしら?
病み上がりだから、幻覚でも見てるのかしら?

もしかして演劇部?
彼、演劇部なのかも。
それならまだ、納得がいく。
かなり迫真の演技である。
将来、主演男優賞も目ではない。

うん…?
あれ…?
うちの学校って演劇部あったけ?
なかったっけ?
同好会とかならあったけ?
聞いた事ないな。
いや、聞いた事ないだけだっけ?

演劇部は関係ないのか。

じゃあ…まさか

こ、これは…
幽霊か?
実は彼は霊能力者で私に見えていないだけなのかもしれない。
それなら納得だ。
古い学校には霊が集まり易いと聞いたことがある。
昔、この学校に通ってた子の霊と話をしているのかもしれない。


うん…?
ちょっと待って。
うちの高校って創立7年とかだっけ?
そんな霊が出そうなほど歴史ある学校だっけ?
というかそもそも幽霊って怪我するっけ?
怪我する幽霊ってなに?
それは幽霊なの?

そんな、私の混乱をよそに冒頭の出来事が起こったのだった。

今…幽霊に壁ドンしたのか。
幽霊に子猫ちゃんといったのか。

いや、そもそも
演劇部でも、幽霊でもないとしたら…。

そう思い至ったとたん、ゾクリと鳥肌がたった。体が、頭が…逃げろと言っている。
ここから離れなきゃ…。
そう思い、足を1歩後ろへ後退させたところで彼と目が合った。

「「あっ。」」

……。

……。

「さようなら。」

私は真顔で彼にお辞儀を素早くすませると、何も見なかったことにした。

「おい!!」

……。

「おい、行くなよ!ちょっと待ってって。」

……。

「え?ホントに無視しちゃう感じ?」

……。
これは、幻聴。これは、幻聴。

「いや、幻聴じゃねーし!」

なんと!エスパーか。

「エスパーじゃないよ。何、そのベタなツッコミ。声に出てるんだよ!わざとか?キミはわざとか?!」

無駄に長い彼の足では、一生懸命歩いてもすぐに私に追いついてしまう。

やばいやつだ。
間違いない。
こいつはどう見てもやばいやつだ。
幽霊の10倍見てはいけないものをみてしまった。
どこの世界に、放課後一人で壁ドンして、壁に向かって微笑む男子高校生がいるのか。
首元の襟についてるバッジを見る限り、彼は2年生であり、私の上級生である。
 
「あの、私は何もみてないので。」

「何も見てない人は、何も見てないって言わないよね?」

「そんな、ことないです。」

「それより、君歩くの早くないかな。競歩してるの?」

「足があなたより短いので、倍の速さで動かしてるだけです。」

「あぁ!たしかに。足が短いね。
それに、よく見るとちんちくりんだね。身長も150センチくらい?
かわいそう。」

彼の横顔を横目でみると、大層不憫そうな顔でこちら見ている。

聞き捨てならない。
めちゃくちゃ聞き捨てならない。
私は彼と比較して足が短いと言っただけだ。そこまでの自虐は言ってない。
だが、反論なんて怖くて出来ない。

「あの、先輩。ついて来ないで下さい。」

私は恐る恐る小さな声で呟いた。

「え?先輩って。お!やっぱり俺の事知ってるの?俺って有名だもんなぁ。しょうがないんだよね。この美貌がさぁ。そうさせてしまうんだよね。」

そう言うと彼はにこりと私に笑いかけた。

おかしいな。
彼の言葉は日本語かしら?

「えっ…なに?
君のその新底軽蔑してます。って感じの目。」

「そんなことないです。昔から私は死んだ魚のような目をしてるので。死んだ魚のような目と言えば、私と言うくらい定評があるので。」

「えっ…大丈夫?
それ、いじめられてない?」

「ちなみに、先輩のことは知りません。バッジが緑だったので、上級生だと思っただけです。」

そう言って私は、バッジへ人差し指を向けると、また何事も無かったかのように歩き始めた。

「いや、だからさー。
ちょっと待ってよー。」

彼のタダを捏ねたような声が聞こえる。

「あの‥何の用ですか?」

「さっきの見てたんでしょ?」

「見てないです。」

「いやいや、見てたよ。」

「見てたとして何か問題が?
先輩が演劇部であろうと、幽霊が見えてようと私には関係ないので。」

「やっぱりみてたんじゃん!
聞かないの?何してたか。」

「聞いて欲しいのですか?」

「聞いて欲しいよ。勘違いされたままだと恥ずかしいじゃんか。」

「じゃあ何をしてたんですか。」

「予行練習だよ。」

「予行練習?」

「そう。壁ドンの。」

‥‥。
ちょっと待て。
恥ずかしいとは?
壁ドンの予行練習以上に勘違いされて恥ずかしいことなんてあるのか?
それより、壁ドンの予行練習ってなに?

「えぇー。なに、そのまた軽蔑の眼差し。」

「いえ別に。」

「だって、俺ほどの美貌だよ?女の子から引く手あまたなわけよ。壁ドンだって、いつ必要になるか分からないじゃない?俺くらいになると、練習も必要なんだよね。」

……。
だから、壁ドンの練習ってなに?
なにそれ、美味しいの?

「ちなみにさっきのはね、廊下で足を踏み外した女の子に俺が声をかけると、俺を一目見て一瞬でハートを射抜かれた彼女が、恥ずかしさのあまりに逃げようとするものだから、そんな可愛い彼女へのご褒美に壁ドンしてあげるという女性なら誰でも腰抜きなシチュエーションの予行練習だよ?」

どんな予行練習だよ。
女の子から引く手あまたな人間の妄想だとは思えない。
それにしても、よく息が続くな。
聞いてるだけで、こっちが息苦しい。
後半、頭が理解するのを拒否した。
色々感想はあるが、とりあえず一言。キモい。

「えっ?なに?キモいって聞こえたけど。」

「気の所為です。肝っ。って言ったんです。焼き鳥は鶏レバー派なんで。」

「えっ?それで誤魔化したつもり?雑じゃない?フォロー雑じゃない?」

「それに、勘違いしたままだと恥ずかしい。とおっしゃいましたが、幽霊見えてる方がまだマシでした。先輩ってアレがアレでアレなんですね。」

「よく分からないけど、デスられてるのかな?」

「まさか、そんなー。」

「今日一の棒読み止めてくれるかな。俺、人からこんなに色々言われるの初めてなんだけど。」

「気づいてないだけじゃないですか。ほら、先輩はアレがアレでアレなようなので。」

「だからさ、アレってなに?
アレってなんだよっ!」

玄関に到着し、上履きを靴に履き替えても、まだ付いてくる。
彼は随分と恵まれた容姿をしているが、どうやら天は二物を与えなかったらしい。

彼はまだ、下らない話を永遠と私にしている。
このままだと、一緒に帰るはめになりそうだ。
常識があるのかもあやしいので、家まで付いてくる可能性もある。
ここから先は本気で逃げねばなるまい。

私は肩掛け用の学生カバンを、リュックのように背負った。
そして、校門をくぐる直前でクラウチングポーズをとる。

「えっ?なになに?」

楽しそうな声を出す彼。

私はクラウチングポーズのまま、首だけを後ろにいる彼へ向けた。

そしてついてきたら許さんぞ。という意味を込めて、最大限の不満を顔にだして見せた。

「え?なに?変顔してるの?ニシローランドゴリラ?」

その彼の言葉と同時に私は、自宅に向かってスタートを切ったのだった。


「うわー、やばい女だなぁ。」

お前に言われたくない。

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