異世界デスゲーム お荷物リュックと魔導の塔

チョーカー

チュートリアルの階

「え? これで終わり?」

 そこ声に老婆はニッコリとした笑みを浮かべた。

「そうですなぁ。あなた方の願いは、この1階層で叶えるに十分な願いだと判断されました」

「それってどう言う意味ですか?」とリュックの問い。

「意味も何も、ここに集められた皆様方は、特別に願いのランクが低いという意味です」 

「低いって……そんな……」

「例えば、リュックさまの願いは、誰にも憐れられない強さ」

「例えば、ユノさまとレネさまは、王位争奪戦を勝ち抜く力」

「例えば、ダッカ―ドさまは、全盛期の力」

「例えば、スラッシャさまは性別に左右されない強さ」

「例えば、カイトさまは正しいことを突き進められる意思の強さ」

老婆は1人1人を指さしながら、全員の願いを言って周る。

「ここにいる皆様の望みは単純な『力』による強さ。この塔が叶える願いといたしては低いと言わざる得ませんな。ほっほっほ……」

「ならば……」とカイトが前に出て言う。 

「ならば、そのランクが高い願いとやらは? この塔が叶えられる願いとはなんだ?」   

 老婆は笑いをピタリと止め、真剣な顔になり、

「不老不死」

「なんだと?」

「永遠の若さ、死者蘇生、異世界への渡航、生まれ変わり、神々との拝謁、時間旅行、真理の開示、世界の再構築、魔の根源への到達、等々ですなぁ。主だった願いわ」

 「――――ッ!?」とその場にいた全員が絶句した。

 老婆が語る願いとは夢物語だ。

 だから、こそ……

 叶うのか? 本当に? 動揺と混乱。

「おわかりでしょうかね? 皆様が、どれほど慎ましい願いを叶えられたことか」

 そう言われてしまうと、もう反論できない。 しかし、老婆はこう続けたのだ。

「ですが、皆様方……もしも、さらなる願いがあるのならば7日後に再び、この塔を訪れなされ。無論、この遊戯の難易度は願いによって変動いたしますがね」

「それでは、皆様方と元の場所にお送りいたしましょうかぇ。ほっほっほっ……」と空間に老婆の笑い声が響くと、老婆の姿は消えた。

 いや、消えたのは老婆だけではない。

 「ちょっと、貴方の足!」とレネが叫んだ。

 彼女はリュックの足を指さしてた。 リュックの足は色が消え去り、その存在がおぼろげになっていた。

 いや、リュックだけではない。 その場にいた全員の足が消えていく。

「……転送魔法ね。 どうやら私が先に行くみたい」とスラッシャ。

「じゃなぁ、一緒に戦えて楽しかったおじ様」とダッカ―ドに笑みを向ける。

ダッカ―ドは「……うむ、ワシもじゃ」と頷いた。

「それから坊やたち、闘技場に来ることがあったら私を訪ねなさい」

「え? あっはい」とリュック。

「あぁ、機会があれば」とカイト。

「その時は、こんな戦闘用のむさぐるしい姿じゃなくて……」

 スラッシャの言葉は途切れた。その体に変化が起きたのだ。

「本来の姿で、気持ちいいことを教えてあげるわ」

そこにいたは大男ではなかった。

白い長い髪。褐色の肌が特徴的な小柄の美女だった。

しかし、問題は男の時と同じで、上半身が裸だったことだ。

たわわな胸部を露わに、それを見せつけるように揺らし――――

「それじゃ、またね!」と手を振りながらスラッシャは消えていった。


「は、は、は、破廉恥だわ!」とレネが絶叫した。

「あぁ、あんな大きな胸を見せびらかすなんて、破廉恥。破廉恥だわ!」

 それは弾劾するかのようにカイトとリュックに向けられる。

 「あ、貴方たちも女性の胸を凝視するなんて!」

 「いや、僕たちは咄嗟の事で反応できなくて……」  

 「……うむ、俺たちは不意打ちを食らって反応できなかっただけだ」

 「そんな言い訳が……」と怒鳴ろうとするレネをユノが止めた。

 「レネさま、レネさま。このままでは、これが今生の別れとなってしますよ」

 「うっ……ぐっ…」とレネの怒りが急ストップした。

 「リュックさん、貴方の住んでいる場所はどこですか?」

 「え? えっと、エルム町東の1丁目に」

 「わかりました。今は無理でも、成し遂げたら必ず迎えに……」

 「え?」とリュックが聞き返す間もなくレネの姿は消えてなくなった。

 その真意を訪ねるためにユノの方へ。

 「気にしなくても大丈夫ですよ。彼女はやり遂げる子ですから……えっとエルム町東ですね。私も覚えておきます。あの子は、ああ見えて、そそっかしいから……」

 それだけ残してユノも消えた。

リュックたちは何かダッカ―ドにも別れの挨拶をしようと思ったが、彼は「……」と考え込んでいる様子で、話しかけても反応がなかった。

やがて、「……」と無言のまま、老兵は姿を消した。

残されたリュックとカイトの2人。


「俺は、なすべきことをなす。そんな正義の味方になりたかった」

「……うん。カイトは、そんな奴だよ」

「あぁ、それでも力が足りない。できなことがあった。それを、間違いを正すために力を欲した。だから――――いま、手に入れた力。正しいことを突き進める意思が言っているんだ

 この塔は正しくない……と」

「正しくない。それは……」

それは、そうだ。カイトは正しい。 そう言おうと思った。しかし、その言葉は出てこない。

虐げられている幻想。憐れまれている幻想。 それらの幻想を払拭する力を欲しくて、この場所に誘われたリュックには……

この場所を、手に入れた力を否定することはできなかったのだ。

そんなリュックの内面に気付かず、カイトは進める。

「俺は、もう一度……来週、この塔に来る。お前はどうだ? 手を貸してくれないか?」

 その言葉はうれしかった。

 弱い僕。 憐憫。 同情。

 それらがなく純粋に頼ってくるカイトにリュックは……

 だが、しかし、それでも……


 「ごめん、ぼくは……」

 リュックは差し出された手を握り返す事はできなかった。

 「そっか……」とカイトは天を仰ぐ。 その姿は、まるで涙を隠しているように見えて――――

 「そっか、それじゃ。また、どこかで会おう」

 最後にとびっきりの笑顔でカイトは消えていった。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・  

『さてさて、終わったね』

『終わった。終わった。やれやれ、肩が凝ったねぇ』

『それで今回のMVPは?』

『当然、あのリュックって坊やだね』

『そうさね。そうさね。あぁいう子が、この塔には相応しいのさ』

『でも、また来るかね? 来週?』

『来るさ、来るさ。あの子の運命に鎖が巻き付いちまったよ』

『あぁ鎖がかい。それは、とんでもない業値《カルマ》だね』 

『そうかい、そうかい。そいつはかわいそうにね』

『いいや、幸せだよ。 彼の人生には他者にはない選択が与えられたのだからねぇ』

『楽しみだ。楽しみだ。来週が楽しみだ』

『さて、祝おうじゃないかい。新たな英雄の誕生を』

『そして、運命の奴隷の誕生を』

あぁ、不気味だ。なぜなら、声の主たちの正体は――――

たった1人の老婆から発せられているものなのだから……

 

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